アーユルヴェーダ*仂

これちかうじょう

  1. あいの歌
  2. さよならあなた
  3. こんにちはあなた
  4. 愛の歌
  5. それでも何でも君が好き

自分に何ができるのか、できたのか。そして、できないのか。
冬至は悩みます。
そして、朝が来ました。

あいの歌

何時だろう、とふと目が覚めた俺は、目の前の寝顔にぎょっとする。
なんとまあ、あんな美人である結ちゃんが、年相応の顔なんである。
16歳と言っても、俺と1つしか年は変わらないし、
それに、単なる高校2年生だ。
まだまだ子供なんだなあと不思議に思ってしまう。
じゃあ、俺はもっと子供か。

「…」
すやすや眠ってるとこを見れば、まあ、普通の人なんであって、
何も怖いことはない。
入学式から既に1か月近く経とうとしているけれど、
あの日に遭ったことと同じようなことは、
結ちゃんは決してしてこない。
それが救いで、それが、妙なもんなのである。

まあいいか、と、帰るのは今日だな、と、
俺は何気なく考えている、早朝、4時。
「…?」
あれ、何だろう、この感覚。
知っている、見知っている、そういう感覚が背中を走った。
もぞもぞと結ちゃんの腕の中から脱出して、俺は床に足を付けた。

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歌が聞こえない。
だったら歌えばいいのだろうか、俺が。
もし、歌うのであれば、
この気持ちがはっきりすればいいなと思うのだが。

「…」
目が覚める時間ではない。
いつも俺は4時半に起きるけれど、
気が付いた時は4時だった。
昨日の夜にぎゅうと抱きついた冬至がいない。
トイレだろうか、トイレの場所知ってるんだろうか、と起き上がる。
びよーん、と髪の毛が飛び跳ねた。

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懐かしい歌が聞こえた気がした。
そうだ、あいの歌だ。
あい、あい、愛、愛の歌。
昔に、母さんが歌ってくれた、
優しい歌だ。

さよならあなた

「…誰かいるの」
階段を下がって、とことこ歩いて、今、玄関の前。
さすがに帰るには帰るけど、
その前に何かの気配を感じて、俺はそう呼びかけてみる。
「誰かそこに、」
いるの?
まさかまたおじいちゃんとか?と苦笑するけれど、その気配は何故か、
もっと違う気がした。
そう、例えるならば、まさに俺と同じ匂いというか、
こっち側の人間だ。
結ちゃんとは違う、ちょっと違う、いや、かなり違う、そういう人種。
「…じ」
俺は耳を疑った。
忘れてた声。
忘れてはいけなかった声。
そう、4年ぶりの、
それでも初めてじゃない、あの声だ。

「冬至、そこにいるの?」

母さんの、声が。

「ねえ冬至、いるなら返事して、お母さんよ」

母さんの、存在が。

「迎えに来たの、また一緒に暮らしましょう?家出なんかして、駄目な子ね」

母さんの、ちょっと叱るような雰囲気が。

「ねえ冬至、お願い、此処を開けて。顔を見せて」

まさかな、いや、本当にまさかだよ。
4年目だぞ、もう3年と数か月は見えてなかった俺を、
迎えに来たって、まさか、そんな。

「人様のおうちに上がり込むなんてご迷惑でしょう?さあ、帰りましょう」
「か、」
「お母さんが悪かったわ、何もしてあげなくて、何もしてあげられなくて。
 ごめんなさい、謝るから、お願い、此処を開けて」
「かあさ、」

見えるんだ、聞こえるんだ、俺がいること、分かるんだ。
俺が、母さんに意識されてるんだ。
途端、俺は嬉しくなってドアノブに手をかけた。
嬉しい、嬉しいよ、母さん。

ガチャ

ドアを開けて、俺は満面の笑顔だった。
でも、見てしまった。
ドアの前に居たのは、母さんじゃなかった。
母さんだけど、母さんじゃなかった。
包丁を持った、1人の母親だった。

「やっと見つけた。冬至、一緒に死んでくれるわね?」
「え、な、」

俺は見ている。
包丁が、俺の腹に刺さる瞬間を、まるで見逃したくないかのように、
スローモーションになっているそれを、見ている。

「さよならあなた」

ああ、死ぬんだ。
そう思ってしまったら、至極簡単なことだった。
疑ったじゃないか。
4年も見えてなかった、見てくれなかった、そんな人が、
今さら俺なんかを意識するなんてこと、ないじゃないか。

馬鹿、だよなあ、俺。

不思議と、その一瞬は走馬灯のように時間が流れて行った。
大丈夫だ、俺、死ぬの怖くない。
だって今まで嫌と言うほど見てきたじゃないか。
歩いたり走ったり、笑ったり泣いたり、
いろんな死人を見てきたじゃないか。
あそこへ行くだけだ。
だから怖くない。

「どこまでひどい母親だ」

その声に意識が引き戻されたのはすぐのことだった。
俺は見ている。
包丁を、刃先を、手が掴んでいるのを。
そこから、血がどんどん垂れて行くのを。

こんにちはあなた

「何をするのよあなた!離しなさい!」
「このまま帰るなら大事にはしない」
「離して!私はこの子の母親よ!他人のあなたに何が分かるの!」
「…」

分からないことはいっぱいある。
でも、分かりたいと思うことは、必然だ。

「帰ってくれれば、他言しない」
「何よ!何なのよ!」

俺は左手で包丁の刃先を掴んでいる。
と同時に右手で冬至の腰に手を回した。
そのまま左手をぶんぶんと振って、相手が包丁の柄を離すのを見て、
そのまま手を引っ込めた。
ドアは自動的に閉まるので、ばたん、と音を立てる。
鍵をかけたのを確認してから、左手を開いた。

がちゃん、という音がする。包丁が玄関に落ちた音だ。

「ゆ、」
「…?」
「結ちゃん、馬鹿か!お前は!どこまでも頭が悪いな!」
回れ右した冬至が俺をけなす。
でも、そういう意味ではない。
「ああもう、血が止まらないよ!馬鹿、馬鹿だよ!」
「…」
目が覚めたら冬至がいなかったから、
だから探してただけなのに。
たまたま玄関を開ける冬至を見てしまって、
何事かと思えば冬至の母親がいて、
包丁を持っていただけだ。
だからそれを掴んだだけなんだが、
俺は馬鹿なのか?

「馬鹿ぁ、」
冬至が必死に俺の左手を舐めてくれる。
それはそれでゾクゾクしたけれど、
また泣かせてしまったなとそればかりが困る。
苦しい。

「冬至、」
「あんだよ!」
「トイレの場所分かるか」
「大馬鹿野郎!」

あれ、違ったのか?

愛の歌

結ちゃんが怪我をしました。
それは、俺のせいです。
俺に原因があります。
俺に非があります。
だから、いつまでも下僕扱いできません。
俺が、結ちゃんの下僕に成り下がりました。

「痛くないの?痛いだろ、痛いよな」
「…」
「ごめんな、俺が、ドア開けちゃったから、母さんだって分かって、
 嬉しくなって、馬鹿だよな俺、」
「…」

なでなで。
結ちゃんは何も言いませんでしたが、
黙ったまま俺の頭を撫でてくれました。
それが非常に心苦しくて、
俺はだらだら泣いてしまいました。

血は止まりましたが、やはり怪我は怪我です。
病院に行こうと持ち掛けたら、ご飯を食べてからと言われて俺は憤慨しました。
「だって」
冬至がお腹空いてるから、と言われてますます憤慨しました。
何故、そこまで俺を想うのでしょうか?
どこにそんな魅力があるんでしょうか?

俺は、何なのでしょうか?

「とはいえこれじゃ作れないから昨日の残りで許してくれ」

俺には何もできないのでしょうか?
こんなに、好かれているのに、逆に返すものが何もない。
むしろ、
逆に夢の中に入っちゃったりして、散々困らせてるのに。

「…ごめん、ごめん、ごめん」
治療費すら、払えないのに。
庇ってもらって、ありがとうとも言えない。
ひたすら謝るしか、俺にはもう、方法がなかった。

それでも何でも君が好き

父に聞いた通りだった。
あの様子では、相当疲弊したに違いない。
冬至が見えない、なんてのは嘘だ。
見えていて、何もしなかった。
何もしてこなかった。
だから冬至がそれを嘆いて泣く。
その悪循環が、虐待というものだ。

午前中、休日外来というものに訪れた俺に、もれなく冬至がついてくる。
お菓子におまけがついているかのようなものじゃなく、
多分、違った意味での。

それが、俺は嬉しい。
…嬉しい、と思う。

「結構深い傷だね、菌が入ったら大変だから一応注射を打っておこうか」
「…はい」
「痛そうだけど、鎮痛剤も打っておこうか」
「結構です」

痛くはない。
痛みに鈍感なわけじゃないけれど、このうずくような痛みは、
冬至の受けた傷よりはるかに浅いはずだ。
我慢するわけじゃないけれど、
そんなに気にもならない。
それでも何でも、俺は。

「じゃあまた来週来てください、経過を見たいので。抜糸もしないといけないしね」
「…はい」
傷口を10針ほど縫ったけれど、麻酔のせいで痛みはない。

処置室を出てぼんやりしていると、
「えええええええ!」
という冬至の声にびっくりする。
待合室で待っていた冬至の目の前に、見慣れた2人の姿がある。
城善寺と藤堂だ。

「藤堂会長って男だったんですかー!」
「あんまり大きな声で言わないで欲しいな、内緒なんだから」
「でも何で城善寺先輩と一緒なんですか」
「今日が退院だったから、千春と僕の。同時退院だね」

ああそうか、と思う。
藤堂は長かった髪が短くなっていて、短かったスカートも穿いてない。
そう、藤堂悟という生徒は、生徒会長でありながら、
城善寺の幼馴染でもある、男子生徒である。
今までが偽りだったわけじゃない。
藤堂にとっては、今までが全て、本当のことだったのだと俺は思う。
そう、城善寺から聞いている。

「でも中村は何で休日外来に?」
「結ちゃんの付き添いです」
「ゆ、い、ちゃ、ん?」
「!」

一応、なんだが、冬至は俺をそう呼んでいるのをあまり大っぴらにしていない。

「だ、団長が怪我しまして!」
「結ちゃんって言った!言ったよな悟!」
「聞いた、ちゃんづけしてたね中村」

まずいな、と思いつつ俺がそこに加わるのもどうかと思う。

「あ、ゆ、じゃねえ、団長!」
俺に気が付いて(やっと)、冬至が走ってくる。

「どうだったの、」
「傷が浅いからもう来なくていいらしい」
「そ、そっかあ…」
そこへ藤堂と城善寺が歩いてくる。

「結ちゃんだ、結ちゃんだ!」
「怪我してるの藤原」
「…少し」
「なるほど、中村のせいで怪我しちゃったってことかあ、それでこの慌て様」

藤堂は何気にちくりと痛みのある言葉を使う。
同時に冬至が思い出し泣きをしてしまって、どうにも、困る。

「結ちゃんも中村と仲良くなれてよかったな!怪我、ちゃんと治してまた学校で逢おうな!」
「うん」
城善寺はそう言うと藤堂と会計カウンターへ行ってしまった。
「もう泣くな」
「うー…だって俺のせいじゃん、俺が馬鹿なせいじゃん、」
「すぐ治る」
「でも痛いよ、あんなに血が出たんだもん」
「心配ない」
ああ、また白くなる。
真っ暗だった夜が、新しい朝になる。

それでも何でも、冬至が救いになる。
だから、好きでいる。
それは、否定しない。

「お、番号出たな。会計しに行くぞ」
「うん」
「左手使えないから不便だろ、財布貸せ」
ポケットに入ってる、と言うが同時に引き抜かれてげんなりされる。

「お前、やっぱ金持ちなんだな…」
10万くらいしか入ってないのに。
「身分が違いすぎるわ…」
そんなことはないのに。

アーユルヴェーダ*仂

冬至の母親が来ました。
冬至を殺しに来ました。
一緒に死んでくれるわねと言っておきながら、
冬至を殺して完結するところでした。
それを無事に阻止できた結です。
なんとなく、この回では、結が王子様みたいな感じに書きたかったので、
怪我の度合いが結構ひどいんですが、
もう病院には来ません。
冬至が心配するから、と、泣かれると困る、と。
どうせなら、冬至には笑って欲しいんです。
笑って、「結ちゃん大好き」と言って欲しいんですが、
それまではまだまだレベルが低いです。
ゲマに殺されるパパスがごとくです。

アーユルヴェーダ*仂

早朝4時の出来事です。 人間は恐ろしい生き物です。 冬至は悩みます。 結は行動します。 そして、彼女が来ます。

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  • SF
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更新日
登録日 2019-10-31

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