踊る

麦倉尚

中原幸喜(二六)は目上の人の言動・行動に疑問が生まれても基本的には逆らわない。それは彼の人生哲学の「長い物には巻かれろ」が念頭にあるからだった。
 しかし今回先生の行いは目に余った。
一週間前の稽古の時のことである。
 「山森さんはもっと腰使いに気をかけたほうがいいねえ」
 と言って山森さん(三三)に近寄り、触りはしないものの腰に向かって、手をかざし下に下に、というジェスチャーをした。
 果たしてこれはセクシャルハラスメントに該当するのだろうか、俺はしっかりその光景を観察していたが山森さんの表情は真顔だった、彼女が不快を感じていた、と見るのが妥当だろう。
 中原はその場で憤ったが、その日は問題を整理するために疑問を一度持ち帰り考えた。
 問題は、先生、唐津義一(五五)に悪意があったのかどうかということである。
 ここでいう悪意とは、性的な欲求を満たすために腰使いを指摘したのか、ということだ。中原はその場面を記憶の中で何回か再生したところ、唐津の顔の口角が少し上がっていた、つまりにやついていたということが発覚した。唐津は心の優しい阿波踊りの先生として通っているが、彼もまた男性である。中原は「性的な欲求を満たす目的が皆無なわけではない」と断定した。
 直接唐津に抗議する訳にもいかないので、当事者の山森さんに、嫌な思いをしたのなら抗議してちゃんと対応するべきです、俺も力になります、と言ったが、
「男の人ってそういうものだから、別におしりをさわられたわけじゃないし」
そう漏らし、半ば諦めのような表情を浮かべていた。
 当人がいいならいい、そういう問題ではない、これがきっかけでセクシャルハラスメントをしても誰も文句を言わない、という風潮が広がり、山森さんだけでなくほかの阿波踊りを習いに来ている若い主婦の皆様に被害が及ぶかもしれない、と予想すると中原の内面で怒り・憤り・悲しみ、負の方向への感情が噴火してしまい、今度の稽古の場で問い詰めるにした。
 そして来た稽古当日、だが何かがおかしい、唐津がおらず仕切っているのは商店街でうどん屋を営む井川卓蔵(四三)、中原は休憩時間に井川にこう問うた。
 「唐津先生はどうされたんですか?」
 「なんかよくわからないんだけど、今日の朝メールで行けないから頼むって着ててさ、まあ嫁さんと喧嘩して顔にあざでも作ったんだろう」
 へらへらしている井川さんだが、体育館全体の雰囲気がいつもと違い、おばさま方の数が少ない。中原は察した。
 体育館から退室し唐津に電話をかけた、だが取らない。かけてもかけても取らない。
 その足で唐津の家、和風のお屋敷まで行った。
 「唐津先生、お話があります、出てきてください」
 インターホンで対応したのは奥様のよしえさん(五三)。
 「主人は体調を崩しておりまして、また後日お越しください」
 中原は激怒した。腐った唐津の根性に。

 その日の稽古の終わり、中原は青年たちが集まる飲みの席でこう発言した。
 「みんなも気付いていると思うが、この岡坂街商店街阿波踊りの会でセクシャルハラスメント、及びそれの隠蔽工作が横行している、これは異常事態だ、我々若者が先頭に立ってこの状況は打破していくべきだ。だからみんな力をかしてくれ」
 本屋の息子、伊能隆司(二一)が立ち上がった。
 「俺もおかしいと思ってたんだ、唐津のジジイ、大した技術もないくせにでかい顔してむかつく、いっそ叩きのめしてやろうぜ」
 明らかに興奮している様子だった、それに続いて豆腐屋の次男、中島達也(二十)も立ち上がり、
 「そうだそうだ、あのエロジジイきもちわりいんだよ、この前古本屋のエロビデオコーナーを物色してるの見たし、しかも阿波踊りの指導も女には丁寧に教えるくせに男には大まかな指導しかしねえ、ボコボコにしてやる」
 その他の物も口々に唐津への不満を口にしていた。
 みんな目がぎらぎらしている、恐ろしい怪獣のようだ。
 そんなこんなでその場にいた全員が打倒唐津を掲げた。中原は未来に胸を躍らせている。
唐津の貶めるにはどうすればいいのか。最初はセクハラ行為をインターネットで訴える、唐津の阿波踊りの技術の低さを思い知らせるために俺たちがもっと練習してうまくなろう、など建設的・現実的な会話がなされていたが、時間が経つにつれてアルコールが回りどんどん話題が逸れていき、最近稽古に来てない八百屋の長男の馬場雄介は大学受験に失敗して引きこもっているとか、中学の時グレた野中明美は誰とでもヤる馬鹿女であるとか、だれがこの中で童貞だとか、二六で童貞はマジヤバイ、しかもまだ学生してるのはドン引きなどクソみないな話をして酔っぱらっていた。そして帰り際に中原幸喜(大学生)が言った。
 「アメリカ人の金髪のねーちゃんで童貞捨てたい、物凄いやつやりたい」
 そこからアメリカン阿波踊りを流行らせて今の腐った岡坂商店街阿波踊りの会を懲悪してやろう、となり解散した。

 「僕マイケルと言います、この街に引っ越してきたばかりです、阿波踊りに興味があるので今日から参加させて下さい、よろしくお願いします」
 マイケル(二十五)は引っ越してきたばかりでもなく阿波踊りに興味があるわけでもない留学生、中原の大学の友人だった。
 マイケルは寛大な性格で、中原が困っている旨を訴えると依頼を快諾してくれたのだった。マイケルはアメリカ人であるにも関わらず日本の将来を憂いてくれる、素晴らしい精神をもった人物だった。
 「阿波踊りは日本の文化、それを利用してハラスメントを行う人間は討つ必要があるね」
 マイケルは中原にそういった。中原は、ありがとう、と百点満点の笑顔で返した。
 しかしマイケルがきて何が変わるのだろうか、青年たちには考えがあった。

 「マイケルはアメリカでジャズダンスを習っていた、だから阿波踊りにそれを混ぜた踊り、アメリカン阿波踊りを流行らせよう」
 中原は青年らが入ったライングループでそう発言した。既読はどんどん着いていくものの返信がないことに焦っていたが、了解のスタンプが一つきた。その後に、わかったー、がんばろう、絶対に成功させよう、など励まし・激励のメッセージが着た。中原は自分の中に確かな手ごたえを感じ身体の中に喜びが生まれたことを見逃さなかった。
 
 体育館でいつものように稽古をしていると、
「この感じ、雰囲気、ミュージックのテンポ、故郷のニューオリンズに似ている」
マイケルはそう言い、子供の頃に習っていたジャズダンスと阿波踊り組み合わせたダンス、アメリカン阿波踊りを踊るのだ。
最初、青年らは何が何だか分からない、阿波踊り、ジャズダンス、阿波踊り、ジャズダンスを繰り返しているだけじゃないか、面白くないジョークだ、と呆れた顔をするのだが、中原はいいじゃんそれ、いいよこれ、徳島の音楽にのせて踊るアメリカのダンス、これこそ新しい文化だよ、と言い真似てアメリカン阿波踊り、それを見ていた若者たちが、そのダンス、なんだかとってもいい感じじゃん、俺たちも続こうぜ、と同調しアメリカン阿波踊り、こうなれば全体の三割が異端のダンス・アメリカン阿波踊りをしていることになる。
 しかし残りの七割、おじさまおばさまもつられてアメリカン阿波踊りをする、という訳がなく、彼らに蔑みの視線を浴びせている、こいつら一体なにやってるんだ、頭がおかしくなったのかと唖然としている。そこで青年らはひたすらに踊るのだった。踊って踊って踊りまくってむしろおかしいのは踊っていないおばさまおじさまだ、そんな雰囲気を作り上げていた。
 最初にアメリカンを取り入れたのは井川さん。
 「俺もさあ、最近普通の阿波踊りばっかりでマンネリ化してたんだよね、たまにはいいじゃんこういうのも」
 といい踊りだす井川さん、それを見たおじさま方は、そうだよなあ、やっぱ気分転換って大事だよなあ、と言い始まる集団でのアメリカン阿波踊り、全体の七割がアメリカンを受け入れていることになった。
 こうなればもう青年らの勝利で、室内は体育館は合衆国プラス徳島県の文化。熱された空気が建物に充満している。
 中原は勝った、勝利した、何もかもうまくいった、それが幸福でたまらなかった。自分が二六歳で大学生、しかも童貞であることなんてどうでもよくなり全力でアメリカン阿波踊りを踊っていると怒号が響いた。
 「おまえらあ、ふざけんのもええかかげんにせえやあ!」
 踊りが止まってみんなが唐津のほうを向いた。
 「わしがおらんうちに勝手にないさらしとんじゃ!今すぐやめろや!」
 中原にとって唐津は先生である、しかし今までなら言う通りにしただろうが、今なら何でもできる、俺は強い、中原の中には燃える炎がある。
中原は腰の重心を下げ両腕を顔の前にもってきた。
 「俺は踊るぞ唐津、これが俺らのアメリカン盆踊りや」
 それを見ていた青年たちも同じようにするとみんなも続いてアメリカン阿波踊り、唐津を無視してどんどん踊る。
 中原は勝利と自分の正義に従い踊り続けた。
 唐津は錯乱して喚き始めた。唾を垂らし髪を頭を掻きむしり、目から青紫色の液が垂れている。
 「山森さん、山森さん、山森さんはどこ」
 そういって走り回り山森さんを探し出し、彼女に向かって床に手を付いて土下座スタイルになった。
 「すまん、本当に申し訳ない、俺が全面的に悪かった、もう二度とセクハラはしない、許してください」
 山森さんはひたすらにアメリカン阿波踊り。唐津の泣き声と謝罪の言葉が体育館じゅうに響く。
 中原は勝ったのだ、成し遂げたのだ、勝利したのだ、人生に勝ったのだ、悪を討ったのだ。

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第一回阿波しらさぎ文学賞落選

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-29

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