よるのないくに3 〜翳ゆ月明の神巫(かんなぎ)〜

株式会社コーエーテクモゲームス・ガストブランド 製 作

NOA3 編

よるのないくに3 〜翳ゆ月明の神巫(かんなぎ)〜
  1.  
  2. プロローグ
  3. 第1章: 邪なる力、その身に宿して
  4. 【11/8 更新分】
  5. 【次回11/22 18時ころ更新します】
  6. 作品情報(最下部)

【11/8更新】【毎週『金曜18時』ころ更新。更新できない日もあるので注意】

コーエーテクモゲームス・ガストブランドさんから発売されているゲーム、『よるのないくに』シリーズの最新作をイメージした小説を書きます

今まで3つほど、さんざんアカウントを変えてきましたが、この垢で決着させることにします。今まで読んでくださった方々、ブックマーク、お気に入り登録してくださった方々、何卒よろしくお願いいたします。もちろん、新しく読み始める方もよろしくお願いいたします

作品投稿方式としては、基本的に一つのページを継続して更新していくことにします(分割したらページ数が多くなってダメでした)

それでは、どうぞお楽しみください!

登場人物などはこちら → https://slib.net/95069

 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

プロローグ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 かつて、世界は平穏に包まれていた。暖かい陽光の差す、平和な世界。
 だが、突如起こった妖魔と聖女との『聖戦』により、世界の様相は一変してしまった。
 日の光が差し込む昼の間は人間が活動し、暗闇の()の間は邪悪な化け物、邪妖たちが跋扈する、暗黒の世界。
 邪妖たちは世界各地に現れて、人々を襲った。幾人もの人間が死に、時には邪妖の青い血を浴びて人間が邪妖と化した。人々は悲しみに暮れ、絶望した。そして、皆口々にこの世界を揶揄してこう言った。――邪妖によって夜を奪われた真黒(しんこく)の地、『よるのないくに』と。
 そんな世界に、一筋の光――救世主とも呼べる存在が現れた。教皇庁と呼ばれる、邪妖対抗組織である。
 教皇庁は邪妖に蹂躙されきった世界を憂い、各地に騎士たち、『エージェント』を派遣し、事態の収拾を図っていた。それは、教皇庁本部よりはるか東、極東の地にも例外なく行われたのである。
 物語はその極東の地で、一人の騎士が派遣されたところから始まる――。
 
* * *
 
 もといたところからどれくらい旅をしてきただろうか。もうあたりは太陽も沈む頃で、黄昏色の夕日が山から半分ほど顔をのぞかせている。気温も昼間よりだいぶ下がって肌寒くなってきた。
「ふぅ…あと少しか」
 乗っている馬の横腹を軽く蹴りながら、私は一人呟いた。馬はそれに応えるように、ぐんぐん前へと進んでいく。前方の少しいったところに、小さく盛りあがっている一つの峠が見えた。
 もう全体の三分の二以上は踏破してきただろう。目的地まではあと少しだ。
 この先の峠を一つ越えたところに大きな草原がある。そこには白い百合の花が咲き乱れてとても素敵な場所だ。そこをあと少し過ぎたところに目的地はある。
 ――教皇庁、極東支部。通称教皇庁。とても大きな建物が草原を越えたところに建っていて、極東各地のエージェントたちの統率を司っている。私たち騎士にとっての本拠地である場所。邪妖に困ったらここに頼むのが本筋だ。ちなみに本部は遠い西方のどこかにあるらしいが、私は見たことがない。
 その教皇庁の長が教皇様だ。私は今回、その教皇様に召集されて、教皇庁に向かっている。教皇様に呼ばれるなんて、今まで数回しかない。しかもそのほとんどが何か特別な用件でだった。例えば、新種の強力な大型邪妖が見つかって、その調査のために最先任要員として派遣されたり、騎士たちに与えられる特別勲章の授与式への立ち会いなど。…今回もまた、いつもとは何か違うことがあるような気がした。
「この峠を越えれば…」
 馬はもう峠の始まりあたりまで差し掛かっていた。この峠がなかなか急勾配で大変だ。数時間も連続して走らせていたせいか、馬の速度もみるみるうちに落ちていった。教皇庁まで足がもてばいいけれど。
 先ほどまでより、ゆっくりとした速度で馬は急な坂を駆け上がっていく。一歩一歩踏みしめるごとに私の乗っている馬と峠の頂上との距離が近くなっていく。あと少し…あと少し…。
 そして、ちょうど、馬の(ひづめ)が峠の頂上を踏む時に、私は馬を止めるために手にした手綱を思いっきり引っ張った。馬はすぐに峠の上に立って止まった。直後、私の眼前に白い百合の野原が広がる。
「綺麗…」
 ここはいつ見ても綺麗だ。子供の頃、邪妖の出ない昼間にいつも訪れて『彼女』と一緒に走り回ったっけな…。夜中に見るのは邪妖が出たりして危険だし、任務があったりして、見るのは久しぶりだ。月明かりに照らされた真白い百合たちが、きらきらと星のように輝いている。…そういえば、気がついたら夜中になっていたな。
「……『彼女』は今何をしているんだろう」
 峠の頂上から馬をゆっくりと歩かせながら、先ほど思い出した、唯一無二の親友のことを思ってみた。教皇庁に騎士と巫女として入庁した三年前以来、私たち二人はずっと会っていない。今『彼女』はどこで何をしているんだろう。教皇庁の仕事が順調にいっていれば、今も巫女をしているはずだけれど…。きっと、ずっと大人びて、可憐になっているんだろうな、会ってみないと分からないけれど。
 しばらく一人、『彼女』のことで考えごとをしながら馬を歩かせていると、ちょうど百合の花畑の真ん中、そこに差し掛かったあたりに、不意に私は何者かの気配を感じとった。その気配に呼応するように、目の前の草むらががさっと揺れた。
「…やっぱり来たか。こんな美しいところでは戦いたくなかったんだけれど」
 草むらが揺れるのを見るやいなや、私は馬から降りて、瞬時に身体を”戦闘体勢”にさせた。そして、腰に差してあった鉄刀を抜き放った。眼前で動く者は動物だが、ただの動物ではない。いや、動物ですらない、『呪われた何か』だ。――奴らが、来る。
 まだ草むらが揺れている。そして一度、ひときわ強く揺れたかと思うと、その直後、人の大きさほどもありそうな黒い何かが、私目掛けて飛びかかってきた。私は瞬時に、身を横に引いてそれを回避する。そして、背後に飛んでいった何かを振り向きざま目で捉えた。
 黒く、ぬめり気のありそうなつややかな体皮。無駄のない、狼のようなすらりとした肉体。そいつは邪妖の中でも最下級である存在だが、気づけばまわりに何体もいた。主に群れになって襲ってくる邪妖だから無理もない。
「まあ夜になったからな、少し気づくのが遅れたけれど」
 やはり夜間の油断は危険だ。昼間なら考えごとでも何でもしていいが、夜間は世界に邪妖が現れる。考えごとでもして襲われて、命を落としたらひとたまりもない。
 攻撃を外した邪妖は私のほうに向きなおり、こちらの様子を伺っている。まわりにいる数体もじりじりと距離を詰めてきている。一対多数だが奴らはそれほど手強くない。むしろ弱いと言ってもいいくらいだ。だからそれほど不利でもなかった。一気に突撃して片付けようとしても問題なさそうだ。私はそう考えると、手にした鉄刀を構え直した。
「すぐに片付ける…」
 そう言いつつ調子合わせに一拍置いてから、私は邪妖に向かって突っ込んだ。まず狙うのは、私への攻撃を外した真ん中にいる邪妖である。走ってくる私を見て、邪妖は迎え撃つか、攻撃を避けるかまだ迷っているようだ。その数拍の間を私は逃さなかった。
「はあっ!」
 切っ先を邪妖に向けてから、刀を横に薙いだ。研ぎ澄まされた刃と一撃は、柔らかい邪妖の身体を易々と切り裂く。邪妖が一撃で怯んだのを見て、私はもう二撃、刃を叩きつける。それでその邪妖は息絶えた。
 一体倒した後にいとまを持たせぬまま、私は他の邪妖に目をやるためにまわりを一瞥した。するとちょうどその時、私の正面右側の邪妖が飛びかかってきそうなのが視界の端に見えた。
「不意を突いたつもりだろうけど、当たらないぞ!」
 私は攻撃をかわすために、身体を反らしながら移動させる。そして、振り向きざま邪妖を鉄刀で切り裂いた。素早く振り抜かれた刀は飛びかかってきていた邪妖の急所の首元にぶつかり、とたんに蒼い血が吹き出してきた。この邪妖の蒼い血を多量に浴びると人は邪妖化すると言われているが、私はまだそれがどんな様子か見たことがないので詳しいことは分からない。ほとばしる蒼血を避けながら確認すると、邪妖はもう動かなくなっていた。
「あと何体だ?」
 私は残り頭数を確認する。まわりにはもう三体いる。ということは、同じことをあと三回繰り返せばいいだけだ。私は遠目にこちらの様子を伺っている残りの邪妖に向かって刃を構えた。そして突っ走った。
 走りながら刃を振り上げ、邪妖が避ける前に叩きつける。一体倒し、そのまま走り、もう一体倒し、また走り、最後は避けられたが、すぐに捉え直して倒した。
 最後の一体を倒すと、あたりの邪悪な気配は潮が引くように去っていった。
「ふぅ…とりあえず終わりか」
 血のついた刀を振り払い、カチャンと鞘に納める。念のためまわりを確認してみるが、邪妖の姿は見受けられない。ただ、綺麗な白い百合の花が青い血に濡らされて真っ青になってしまっていた。せっかくの美しい風景が台無しだったが、むやみに青い血に触るのは危険だし、任務もあったので、花のことには触れずに先を急ぐことにした。だが、しかし――。
「馬がいないな…どこ行ったんだ」
 今気づいたが、乗ってきた軍馬がいなかった。夢中で邪妖と戦っていて気づかなかったが、どうやら邪妖たちとの攻防で興奮してどこかに走り去っていってしまったらしい。呼び戻すための口笛を二、三回吹いてみるが一向に戻ってきそうな気配はなく…。
「仕方ない…ここからは歩きだな」
 夜の間は邪妖が出るので馬に乗って早急に向かいたいところだったが、こうなってしまっては仕方がない。私はいつ邪妖が出てきてもいいように警戒しながら徒歩で向かうことにした。
「『彼女』と会えるかな…会えたらいいな」
 教皇庁までは、あと少しだ。蒼き百合の(かぐわ)しい香りに包まれながら、私は前へ前へと歩みを進めていった。

* * *

 教皇庁の入り口から入って、目的の建物を探す。教皇様の鎮座する建築物は最も巨大で、かつ中央部にあるので見つけるのはそれほど難しくなかった。私は少し歩いてからその建物を見つけ出し、教皇様がいるそこへ入っていく。
 建物の内部は、既に数回訪れているのでどんなものかわかっていたが、いつ見ても荘厳な景色だと思えた。周囲のステンドグラスには何か美しい――旧き時代にあった聖女と妖魔との戦いを模したと思われる――装飾がなされていて、天井にも太陽を(かたど)った巨大な紋様が描かれている。
 私はそんなまわりの様子に目を取られつつ、歩を前に進めた。
 前方に大きな玉座が見える。焦げ茶色で重厚な、最上級の者が座るにふさわしい王座だ。そこに一人の人物、まるで夜空のような紺色の着物を着た妙齢の女性が、佇むように静かに座っていた。
 私はその女性が座る玉座の少し手前まで近づくと、胸に手を当てて、小さく敬礼した。
「教皇様、騎士 忽那(つくな) 安寧花(あねか)、ただいま参りました」
 私が訪来の言葉を述べると、女性――教皇様は小さく微笑んだ。そして、私に言葉をかけてくる。
「よく来ました、エージェント・アネカ。あなたを呼び寄せたのは他でもない、あなたに任務をお願いしたいからです。来て早々、早速ですが、これからあなたに受けてもらう任務について、説明させてもらいます」
 それを聞いて、私はごくりと唾を飲み込んだ。一体、何を頼まれるんだろう。きっと前々から予想していた通り、何か特別なことには違いないが、この時に至っても、それが何かまったく検討がつかなかった。騎士だから邪妖のことについてなんだろうか…それともまた別な任務なんだろうか…私は教皇様の次の言葉を耳を澄まして待った。
 そんな私の感情を知ってか知らずか、教皇様は少し間を開けて、ゆっくりと話し出した。
「…実はこの教皇庁極東支部より、北のほうのあるところに、ここ最近発見した遺跡があるのです。そこの調査をあなたにお願いしたいのです」
「遺跡?」
 遺跡、と言われて一瞬考えたが、ピンと来なかった。私はこの地方の生まれで、育ったのもここだから、地理に疎いわけでもないが、そんな場所があるとは知らなかった。きっと教皇様の言葉通り、最近発見されて教皇庁内でも秘密にされている案件なんだろう。やはり想像に違わず、任務は特別なものだったようだ。
「そう、遺跡です。まだここは発見されたばかりで何があるのか分からず、どんな危険が潜んでいるかも分かりません。ただ分かるのは、古き時代、ある妖魔によってこれが建てられたということ…。ですから、信頼できるあなたにこれの調査をお願いしたいのです」
 ある妖魔…。妖魔が遺跡を建てるのか。少し不思議だったが、やはり妖魔に作られたんだから、その遺跡は何かしら、彼らや邪妖に関わることなんだろうと思えた。だからこそ教皇庁の関係者たちが調査をしているわけだけれど。
 私が空を眺めながら考えごとをしていると、教皇様はもう一度微笑み、横を手で指し示した。そして言葉を発した。
「一人で行くのは大変でしょう。もう一人、巫女を連れてきています。…リンナ、こちらに来なさい」
「えっ?」
 教皇様は突然、私の親友の『彼女』の名を呼び、横に上げていた手を下げる。それと同時に教皇様の座る玉座の裏方から、純白の戦衣(いくさころも)を着た一人の少女がゆっくりと現れた。私は驚いて口に手を当てる。
「リンナ!」
 私は『彼女』の名を呼ぶ。『彼女』もそれに応えてくれた。
「久しぶりね、アネカ。もう…三年ぶりくらいかしら?」
 彼女は頬に人差し指を当てて考える。その昔からの仕草がとても可愛いかった。
「そうだよ、もう三年ぶりだよ。久しぶり!」
 私とリンナはそのまま近づいて抱擁した。彼女の身体は昔と変わらず華奢で、抱いていてもそれがすぐに分かった。抱擁のあと、私は彼女のことをもう一度見つめた。リンナもまた、見つめ返してきた。
 先ほど抱いていても分かったように、すらりとした細身の身体。ブラウンの瞳に、服と同じ真白い髪。そしてなにより目を引いたのは、やはりその可憐な顔つきだった。彼女はこの三年間で成長し、昔の様子とはうってかわって、すっかり大人の女性になってしまっていた。
「ずいぶん…綺麗になったね」
「そうかしら。アネカは昔と全然変わってないけれどね」
 そう言って彼女は笑顔を見せる。
「それは…まだ私が子供っぽいってこと?」
「そういうわけじゃないけれど、アネは今も昔もアネってことかな」
「…よくわからないな」
「それより、騎士の仕事はどうなってるの?ちゃんとできてる?」
「もちろん!まだまだ騎士としては修行中の身だけどね、なんとかやってるよ。リンも立派な巫女になってるようで、よかったよ」
「アネほどじゃないよ、私もまだまだだよ」
「でも、私たちも教皇様に呼び出されるほどになったんだ。それなりの実力はつけてきているのかもしれないな」
 こういう他愛のない会話も三年ぶりだ。
「あっ…」
 今話題に出てきたおかげで思い出したが、傍に教皇様がいることを半分忘れていた。本当はもっともっと話したかったが、私たち二人は教皇様のほうに改めて向き直り、敬礼をした。
「教皇様、それでは任務を承りました。騎士アネカと巫女リンナ、遺跡の調査に行って参ります」
「やはり親友の絆というのは良いものですね…その絆をもって任務を見事成し遂げてください。頼みましたよ、二人とも」
「はい!」
 それから、私たちは教皇様の神殿を後にした。



 彼女たちがいなくなったあと、神話の様子が描かれたステンドグラスから一人、すっかり暗くなってしまった夜空を見上げる。
「――やはり、『彼女』が適任なのですかね…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

第1章: 邪なる力、その身に宿して

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 教皇庁から立ってきた夜から翌日。邪妖調査のためにも、ちょうど夜に着くように調整して移動してきた私たちは、予定通り夜の間に、教皇庁の北部にある遺跡へと到着することができていた。
 教皇庁が調査中という遺跡の前にたどり着くと、私たちは乗ってきた馬から降りて、その遺跡を仰ぎ見た。
 昨日見た真白い百合のように白い満月に静かに照らされた、石造りの巨大で無骨な建築物は、ずしんと重々しくそこに居を構えている。
「古そうな建物だな…邪妖がうじゃうじゃいそう」
「そうだね、気をつけて行かないと」
 私たちは二人でそう言い合って、遺跡の入り口へと足を踏み入れて行った。

* * *

 遺跡の建物の中に入ると、古びた建築物特有の、少しカビくさい臭いを鼻に感じた。
 あたりを見渡すとそこはいかにも古そうな、石でできた遺跡という感じだった。外観と同じく灰色の石造りの壁や床は鈍重な雰囲気を醸し出している。ただ思ったのは、初めは建物を古そうに感じたが、中に入ってよく確認してみると、実際はそこまで古いというわけでもなさそうだった。古い遺跡というと、経年の劣化でところどころにひびができたり、じめじめとしているので菌糸や苔が生えたりするものだが、この遺跡ではそういう様子が見られなかったのだ。
 今度は私たちが向かう行き先を見てみることにした。行き先は三方向に分かれていて、正面の大扉と左右にそれぞれ一つずつ、道があった。
「三つ道があるな。どれに進む」
 リンナにそう聞いてみると、彼女は少し考えてから言った。
「とりあえず、真ん中の大扉が開くかどうか試してみましょう」
「そうだね」
 私たちは部屋の中をゆっくりと歩き出す。今いるここは遺跡の最初のホールにあたる部分のようだ。教皇様の鎮座する広間の半分ほどの広さのホールは、想像以上に広く、正面の大扉までたどり着くのに時間がかかった。
 正面にある大扉までたどり着くと、私は両手を使って思い切り押し開けようとした。しかし、扉はびくともしない。内側に(かんぬき)でもつけられているのだろうか、扉は固く閉じられているようだった。
「扉は開かないな。左右に道があるけど…右側に行くとしようか」
「ええ、そうね。もしかしたら、その先に扉を開ける手がかりがあるかも知れないわ」
 私たちはそう言い合って、右側の道に進んで行くことにした。
 右方に続く、細長い道を進んでいく。細長いと言ってもある程度の広さはあり、そこまで圧迫感はない。これなら複数の邪妖が出てきてもなんとか対処できるだろう。
 石の廊下道の少し遠くのほうに、どうやら開けた小部屋があるようだ。まだそこに何があるかは分からないが、そのことだけは分かった。リンの言う通り、例の正面の扉を開ける手がかりがあるのだろうか。とにかく、何かしら見つかればいいと思った。こんな長い道をわざわざ歩いて行って何もなければ骨折り損のくたびれ儲けだ。
「そんなに暗くないよね。どこかから光りが入っているのかな」
 リンがそう言って歩きながらあたりを見渡す。私も改めて見てみるが、確かに遺跡には蝋燭(ろうそく)もないのに、あたりは薄暗く、視界もなんとか問題ないくらいに明るかった。どこからか、外の月明かりが漏れて入ってきているのかもしれないが、遺跡の壁にひび割れなどはない。ではどこかに小窓があるのかと思って探してみると、壁と天井に石を四角く抜いた窓が一定間隔で設けられていた。ちょっと立ち止まって見てみると、窓からは外からも見えた満月を見ることができた。
「今日は月が綺麗だよね…任務を忘れて見いっちゃいそう」
 リンがうっとりとした声の調子で言う。
「そうだね。でも月は『狂気』を意味することもあるからなぁ。何か悪いことが起きないといいけれど…」
「心配はいらないよ、アネ。今回はこの遺跡の調査だけで終わりでしょう。それより、久しぶりに再会したんだから、この任務が終わってからどこかへ行きましょう?二人で休暇をとって、紅葉(こうよう)を見に行ったり…どう?私たちの住む日の本の国は紅葉(こうよう)する木が西の国より多くて、美しいんだって」
「そうなのか、知らなかったな。よし、任務が終わったら一緒に行こう。絶対に。約束だ」
 私たちはそう言って指を切り合った。
 ――と、その時。
「んっ…!この気配…!」
 私は咄嗟に腰元にある刀の柄に手をやった。
 そして刀を引き抜きつつ、後ろを確認するため、瞬時に背後へ振り返ると、案の上、廊下道の左端の壁近くに邪妖たちが数匹現れていた。
「来たな!リン、戦うぞ」
「うん、サポートするよ、アネ」
 リンにそう言ってから、私は状況把握に努める。中型の、遺跡と同じ石でできたような岩人の邪妖と、浮かぶ魂火(たましび)のような、昔話に出てくるおばけの鬼火のような邪妖が数匹いる。この数と体の大きさで、この廊下道の広さなら、戦いにくい状況に陥ることもないだろう。特段手こずるような相手でもなさそうだった。
 だが教皇庁に向かう途中、一人で戦っていた時のように、突撃するのはご法度だ。あの時戦っていた最下級の邪妖よりは力のある邪妖なので、多少は様子見をしながら戦う必要があった。もし私が、噂に聞く人間と邪妖の異端者、半妖でもあるなら話は別だが、ただの人間である以上、繰り出せる力と倒すことができる邪妖には限度がある。それをわきまえて、戦わなければならなかった。
 そこで私は、ひとまず移動が遅く、比較的耐久力のありそうな岩人の邪妖は無視して、動きが早く、すぐに沈められそうな鬼火に目を向けた。
「小さいのから倒そう。それから、あの岩の奴だ」
「うん」
 私はそう言いつつも、まだ動かない。相手の攻撃を誘う戦法でいくことにしたのだ。
 しばらく様子を窺っていると、不意に、岩人の邪妖の周囲に四体いた鬼火たちが、私に吸い寄せられるように一斉に近づいてきた。きた、と思って私は改めて戦闘態勢を取った。
 そして、一匹の鬼火がまず動いた。
 鬼火は一度、空中でぴょんと上に跳ね上がったと思うと、私たちに向かってまるで弾丸のように勢いよく突進してきた。しかし、事前に戦闘態勢に入っていた私たちは——鬼火の身体は小さいので少し距離感は掴みにくかったが——造作もなくその攻撃を避わすことができた。
 たが、油断はできない。まだ鬼火は三体もいるのだ。その他の鬼火たちが一斉、もしくは各々に私たちへと突進を食らわそうとしてこないとも限らない。そう思っていると、予想通り、もう一匹の鬼火が先ほどのものと同じように、上に小さく跳ね上がったのが見えた。
「まだまだ来るぞ。油断はするなよ!」
 そしてその鬼火も、私たちへと突進を開始した。だが先ほどと同じこと。うっかりしていなければ、まず当たることはない。今度は一発、最初の手土産に反撃を食らわしてやろうかと私は考えた。
 弾丸のように鬼火が飛んでくる。それを待ち構えながら私は目で鬼火を追う。そして、自分の身体の一歩手前ほどまで引き寄せた後、私は鬼火の攻撃を避けつつ、同時に振り上げた右手の鉄刀を降り下ろした。
 鬼火が私がもといた場所に来るより、ほんの少し早く降り下ろされた鉄刀は、勢いよく突進してきた鬼火のちょうど身体の中央付近にフィットするように吸い込まれていった。刀が当たった部分もぴったり剣腹の真ん中あたりだったため、攻撃を避わしながら行った反撃にしてはなかなかの有効打となっただろう。
 降り下ろした刀をもう一度構え直したあと、斬られた後に突進を続けていた鬼火をちらりと見てみると、ちょうど身体が半々に真っ二つになっていた。しかし、それくらいで消滅するほど、やわではないようだ。その半分になった2つの身体は一度ふわふわと宙を彷徨(さまよ)ったあと、まるで旧知の友人を偶然見つけたかのように二つ同士が吸い寄せられていき、ほのかな光を伴って再び一つに結合した。
「やっぱり最下級とは比べ物にならないくらいタフだな…」
 しかし、私たちにとっての光がないわけではない。その鬼火は結合する前のものより一回り小さくなっている。ダメージを与えていないわけではないのだ。もう一度真っ二つにしてやればさすがに消滅するだろう。
「ああ…半妖の力でもあればなぁ…」
 こういう時にふと思う。私にもっと力があればな、と。噂に聞く半妖の力でもあれば、こんな邪妖なんて…。――リンナをもっと、守ってやれるのに。
 だが半妖の力はリスクが大きすぎる。呪われた青い血と混血になり、邪妖と同類になるのだ。そのリスクさえなくなれば喜んで半妖にでもなるのにな、と思ったが、そんな日はこれから先絶対来ることはないだろう。
「アネ!来るよ!」
 と、リンの声にはっとした。そうだ、今は考えごとより戦いだ。私は構え直していた刀を邪妖たちに改めて向けた。
 後方に飛んでいった二匹の鬼火たちはひとまずおいておいて、私は前方に集中した。まだ鬼火は二体いる。追続の突撃に警戒する必要があった。
 右斜め向かいか、左斜め向かいのどちらの鬼火に刃を向けるか迷っていたが、今度は先ほどまでとは違いほぼ同時に、鬼火たちは上方に浮かび上がり、突進を開始しようとしていた。それら二体を私一人で捌ききれないわけではないが、一体の時と比べると大変で、骨が折れる。私は左後方にいたリンに援護を頼んだ。
「リン、左の手前のやつを頼む!」
「ええ、分かったわ!」
 リンは私の声に応じて力強く頷くと、鬼火に向かって一歩前に進み、両手を構えた。手ぶらのリンは、一見すると刀や杖などの武器や攻力は有していないように見えるが、特別な試練を受けた教皇庁の巫女に与えられる、聖なる魔法の力を有していて、それで攻撃する。時には私の刀による打撃よりも大きな威力を発揮するため、支援攻撃としてはとても頼りになった。
「さぁ、いつでも来い!」
 私が自分自身に喝を入れるように一言そう叫ぶと、絶対にあり得ないことだろうが、まるでその声が邪妖に聞こえているかのように、鬼火たちはそれを機に再び突進し始めた。
 二体の鬼火とも、先ほどまで前側にいた私に向かって一点に突っ込んできていた。それを阻止するために突進の最中(さなか)に、リンが白い魔法球を撃ち込み、一体の突撃の軌道を反らそうとする。それは無事に成功し、リンに狙われた一体は私に向かう動線から大きく外れて明後日(あさって)の方向に飛んでいった。
 そしてもう一体は、私が先ほどまでと同じように、ぎりぎりまで引きつけて刀を降り下ろした。刀は、今度は少し浅めだったが、鬼火の身体をするりと斬り裂く。真っ二つにする、とまではいかなかったが、ダメージを与えられぬよりはマシだろう。
 戦いの中、一つだけ先ほどまでとは違うことがあった。私は鬼火の身体を斬ったのを確認するとすぐに、後ろを振り向いたのだ。リンも意図したことが分かったのだろう、私に続けて後ろに振り返った。それはなぜか。今度は始めに相手にしていたもう二体の鬼火たちが突進を開始するタイミングだったのだ。刀を構えて見ると、案の定、最初に戦った鬼火たちはふわりと浮かび上がって、今まさに突進を始めようとしていた。
「そうはさせないわ!」
 リンが声を張り上げ、一体に魔法球を飛ばす。私が一度刀で切り裂き真っ二つにした、一回り小さな鬼火だ。魔法球を食らった鬼火は、突進を始めようとしていたが、その前に分裂して散り散りに消えていった。
「ナイス、リン!まず一匹!」
 そして今度は私の出番だ。まだ一度も攻撃を加えていないので、また分裂後に結合してしまうかもしれないが、初めから行っていた引きつけ戦法を同じように実践した。再び会心の一撃が繰り出され、私は鬼火を真っ二つにした。斬りつけられた鬼火は思っていた通り、再び融合してしまったが、二度も黙って見ているだけの私ではなかった。
 今度は逆に鬼火を追撃した。刀を脇差しに構え、突風の如く疾走した。鬼火に肉薄し、走る勢いを殺さぬまま、両手から刀へ力を移動させる。
「これを…喰らえっ!」
 そして、まるで遠い西方の国の、噂にだけ聞く首断の処刑台の如く、刀を渾身の勢いで降り下ろした。
シュー…
 先ほどリンが魔法球で倒した時は距離が遠かったので分からなかったが、近くで改めて聞くと、まるで何かが蒸発していくかのような奇妙な音を立てて鬼火は消滅していった。よし、いい調子、あと二体だ。しかもその両方とも、あと一撃で沈められるところまできた。あとは一気に攻めていってもいいかもしれない。
 と、戦いの終わりがちょうど見えてきたところだったが、私は、会心の笑みをこぼす前に、すぐさま後ろに転がって回避した。なぜなら、先ほどまで立っていたその場所に、今まさに重量級の両腕の一撃が勢いよく繰り出されたからである。
 何者の急襲か。それは、今まで放っておいた巨大な岩人の、重々しい一撃だった。先ほど視界の端、しかも距離的にもかなり近い位置に岩人を捉え、警戒していたのだった。それは功を奏し、私は無事、なんとか一撃を避わすことができた。
「こいつもいたな…」
 遅いからといって放置していたが、鬼火と戦っている間、十数分かの時間が経過し、もうかなりの距離まで近づいてきている。短期決戦を仕掛けないと、鬼火との距離はさらに縮まり、こちらが戦いにくく、また不利になってしまう。もっと急がないと…。
「リン!私が巨人を引き付けておくから鬼火の駆除を頼む!」
 リンと岩人との距離はまだそれなりにある。あちらは彼女に任せて、私は岩人に集中するのが得策だろうと思えた。鬼火はあと全て一撃ほどで沈められるし、私よりはいくぶんか火力の低い彼女でも大丈夫だろう。それに、岩人は遅いが決して進んでいないわけではない。ここで私が進行を食い止める必要もあった。
「さて…どこから狙おうか」
 私は改めて岩人をひと睨みする。見るからに岩人の体は強固そうで、私の持っている薄く細い刀で切り裂こうとすれば、火花が散って刃こぼれするどころか折れてしまいそうだ。むやみやたらに狙いもつけず切ることはできない。私は弱点を見極めた。幸い、動きは遅いから、ある程度はじっと見ていられる。
「やはり、頭か」
 頭の、人で言うと両目にあたる部分が青白く薄光りしている。蒼血がたんまりと溜まっている部分、そして体の中で一番脆い部分と見て間違いなさそうだが、いかんせん岩人のその体躯は私の二倍以上もある。飛びかかって切ろうとしてもなかなか届きそうにない。
 次に足元を見た。何か転ばせる手段でもあればいいが、ぱっと見た感じは足元に弱点らしきものはない。普通に攻撃すれば弾かれてしまう。私だけでは手も足も出ない状況だった。
(だったら、リンが倒すまで牽制か)
 私は、今のところは岩人を引きつけることに考えを及ばせた。そうと決まったらまず相手の敵視を集める必要がある。私は岩人に走りよった。
「来いよ、頓馬(とんま)!」
 そう言って、刃を傷つけない程度に軽く峰打ちを食らわせた。こつんとぶつかった衝撃は、本当にその巨躯に響いただろうか、分からなかったが、どうやら挑発は成功したようで、岩人はもうリンの方など向きもしない様子で私を直視している。このまま、リンが鬼火たちを駆除するまで引きつけだ。
 岩人からの一撃が来る。前に振り払うように繰り出された、大振りの右腕だ。私は冷静に後ろへ一歩飛び退いてそれを回避する。そして、ちらりとリンのほうを見てみる。
 リンは、一匹の鬼火を撃破してもう一匹に向かおうとしている時だった。なら、もう一撃、奴の攻撃を誘発すればいい。そうすればベストタイミングでリンがこちらに戻って来てくれるだろう。
 岩人を見ると、まだ態勢を立て直していないようだった。私は次も避けることができるように、一度そこで大きく深呼吸をする。気分は落ち着いた。あとは攻撃に備えるだけだ。
 そして、岩人は動いた。今度は左足を持ち上げて踏みつけようとするようだった。回避することに備えて岩人から視線を離さないでいると、ふと、私はあることに気がついた。
 岩人が上げた左足が、もっと正確に言えば左足の裏が、頭と同じように青白く光っているのだ。ということは…。
「まさか、あそこも弱点なのか?」
 岩人の足踏みが繰り出された。私は先ほどと同じように、後ろに飛び退いて避ける。どうやら岩人の弱点は頭の他に足の裏にもあるらしい。この発見は、戦いに利用できるかもしれない。
 今の隙に、リンのほうを再び見てみると、彼女は私のすぐ後ろにいた。
「お待たせ! 引きつけてくれていたおかげで鬼火は倒せたよ」
「ああ、ありがとう。それで今度はこいつだ。こいつだけど、弱点らしきものは、頭と、そして足の裏にあるらしい。また攻撃を引きつけるなりして、足を上げれれば私は攻撃できるんだけど…」
 今までで判明した、伝えるべき大切なことをリンに伝える。リンは、私の言う言葉に合わせて岩人の足と頭をちらりちらりと見て、そして腕を構えた。
「私なら、頭を狙えるね。何かできないか試してみる」
「ああ、そうしてもらえると助かるよ。私はもう一度足元であいつを引きつけてみる」
 そうして正面を見て、二人は動き出した。リンは頭を捉え、私は足元へ向かう。足元に到達した私は、もう一度、岩人に峰打ちをして、様子を見る。
 岩人の頭部のほうへ、空を見上げるようにして仰ぎ見てみると、岩の頭が少しだけ動いて下の私を見つめ、目が合った。目が合ったのと同時に、ゆっくりと足が上げられるようだったが、その前に、岩人の頭で一つの小さな丸い光が輝いた。
 何が起きたのかはすぐわかった。リンの魔法球が、岩人の頭に衝突したのだ。ほぼ直撃といった感じに私には見えたが、ダメージはそれほど通ってはいないようにも見えた。
(私が頭に一撃入れなきゃ始まらないか…)
 やはり、この辺りの邪妖となると一筋縄ではいかない。リンの攻撃で何か変わるかと思ったが、彼女のものでは威力が低すぎる。もっと威力の高い攻撃を仕掛ける必要があった。それには、私の刀の一撃を、あいつの頭か足の裏に加えることが必須だった。
 そのためには、頭には届かないので、どうしても片足のどちらかを上げさせなければならなかった。
 私を踏みつけるために少し上げていた足は再び下げられ、岩人はリンを狙うことにしたようだ。邪妖の知性は低い、狙いようは単純だ、攻撃されたほうを優先する。足をもう一度上げさせるためには、リンに攻撃を控えてもらわなければならない。
「リン、ちょっと攻撃の手を止めて!あいつの足を上げさせる!」
 そう叫びつつ、リンのほうへ進もうとする岩人の目の前で阻止するように仁王立ちして、そしてもう一度、今度は強めに峰打ちした。
 岩人は、今度は立ち止まらない。こんな時に限って、と思ったが、諦めず再び数度峰打ちする。
 ようやく巨体に響いたのか、岩人はそれで私のほうへと注意を向けてくれたようだった。
「よし、足を上げろ!」
 あとは岩人次第だ。私は、少し鼓動を感じるくらいどきどきしていたけれど、神妙な面持ちで冷静を装って、次の攻撃を待った。
 岩人は——ゆっくりと足を持ち上げた!成功だ。
 足の裏が少しづつ露わになる。ぼんやりと、地面に青く輝いているのが反射して見える。そして——。
「今だ! リン! 私が行った後、追撃を頼む!」
「…足ね! 分かったわ」
 リンがそう言うだけで察してくれたのが助かった。私は、足の裏の青く光る亀裂が完全に見えるようになった時、岩人に向かって突っ走った。
 そして、低い体勢で上げられた足の下に入り、刀を振り上げて、そのまま奥へとスライディングするようにすり抜けた。
 見えなかったが、その後、背後で小さな破裂音がこだまする。リンの魔法球も、足の亀裂に無事ぶつかったようだった。
 滑り込みを終え、体勢を立て直した私が背後に振り向くと、
「アネ、危ない! 倒れる!」
 そうリンの声が聞こえ、岩人が私めがけて倒れてくるのが見えた。
「!」
 ガガガン!! ものすごい音を立てて、岩人が石床に倒れる。なんとか走って押しつぶされることは避けられた。倒れた岩人を見ると、どうにかして起き上がろうとしているのがわかったが、しばらくそのままの状態で立てないでいるようだ。これは、大チャンスだ。
「これで終わらせるぞ!」
 私は青く光る頭部に走りよる。そして、刀を振り上げ、思い切り岩人の頭に刀を刺しこんだ。それも何度も、何度も。
 うまく溢れ出る蒼い血を躱しながら刺しこみ続けていると、次第に岩人の青い輝きが薄れていき、そして消えた。
「倒した…のか?」
 実感は湧かなかったが、もうその岩の巨像は動かない。本当に倒したのかどうか確認するために、もう一度岩人の身体を峰でこつこつと叩こうと思って近づくと、その途端にその石の身体は溶けていくように黒く消滅していった。
 倒したことを今ようやく実感すると、その瞬間身体から一気に力が抜けた。刀を杖代わりにして立とうとしても叶わず、刀を握ったままゆるゆると地面に尻餅をついた。
「よかった…勝てたね」
 リンが話しかけてきながら近づいてくる。見ると、彼女もよっぽど疲弊しているようだった。魔法球を何度も撃つのも楽ではないし、私の指示に従いつつ、動くのも疲れるだろう。
「リンと戦った時はいつも思うけど、ここまで楽に勝てるのも、リンの支援のおかげだ。私の指示に従って動いてくれてありがとう。一人で戦っていたら、これの倍は疲れていただろう」
「それは違うよ、アネ。こちらこそアネの力強い攻撃があってこそだよ、アネがいなければ、倒すことすらままならなかったかもしれない」
「まぁ…お互い様ってとこか」
 私は小さく笑って、地面に落ちた腰をゆっくりと持ち上げる。こりゃ、帰ったら、身体全体が痛くなるパターンだな。任務が終わったらしっかり休養を取らなきゃな…。
「よし、じゃあこれ以上余韻に浸ってても意味ないし、進むとするか」
「うん」
 そして私たちは、止まっていた歩を進めた。
 歩みを進めていると、次第に小部屋にたどり着いた。小部屋には特に大きく目立ったモノは見当たらなかったが、奥の壁際に中央に一つだけ、何かを作動させるための、両手で押すタイプの大きめの回転式レバーがあった。
「小部屋にレバーが一つ…」
「普通に考えれば、あの真ん中の大扉を開けるためのものだろうけど…どうだろう」
 リンが少し思案顔で顎に指を当てる。
「普通に考えればそうだろう。今まで、あそこ以外に稼働しそうなところは見当たらなかったからな。だけど、罠のレバーの可能性もなきにしもあらずだ。レバーを押すときは慎重にならないとね」
 そう言いながら、私はレバーに近づいた。おもむろにに身体を預ける。そして、自分の身体ごと前に押した。
 ゴトゴトゴト…と石と石がぶつかり、擦れ合う音を立てながらレバーが前に押し込まれる。レバーを最後まで押し込めれるところまで押したが、どうやら罠が仕掛けられてはいなかったようだ。少し警戒していたので、私は内心安堵する。だが、どこかで作動音などがしたわけでもなかった。
「開いた…のかな?」
「わからない。百聞は一見にしかずだ、まあ見れば分かるさ」
 そう言って、私たちはその場を後にした。

* * *

 遺跡のロビーまで戻ってきて見てみたが、大扉は開いてはいなかった。
「開いてないね…残念」
 あのレバーは、この扉のものではなかったのだろうか。いや、それはない。ここ以外にどこか開きそうなところはない。だとすれば、もう片方の——左側の道に何か解決策がありそうだ。
「左側のほうに行ってみるか。もう一つレバーがあったりして」
「そうかもしれないね。行ってみよう」
 私たちは歩を進めた。



 左側の道に入ると、途端に邪妖が襲ってきた。だが、ここの邪妖はもう問題ない。先ほど一度戦闘を経験したので、あとは私たちの実力でもなんとか戦うことができた。
 鬼火を引きつけ倒す。そして岩人の足を狙い、頭を攻撃する。戦いにおいて場数を踏むということがどんなに大切か、改めて痛感させられた。
 迫り来る全てを倒し、私たちは進行を再開した。しばらく進んでいると、右側の道の時と同じように、四角形の小部屋にたどり着いた。
「レバーは……あ、やっぱりあったな」
 右の部屋とほぼ同じ位置どりに、同じ形のレバーが設けられているのを確認した。
 レバーに近づいて、思いっきり押す。もう罠の心配はないので今度はためらわなかった。
「ふぅ…どうだ?」
 レバーを最後まで押し切り、両手を離し、腰に手を当てじっとりと額にかいていた汗を左手の甲で拭っていると、どこからか、ゴゴゴゴゴ…と何かが動くような鈍い低音がこだまして聞こえてきた。
「今度こそ、開いたね」
 リンが嬉しそうに笑って手を合わせる。
「ああ、そうだね。教皇様に与えられたこの任務も、たぶんもう終わりが近いな。…意外と早かったな」
 私は、うーん、と両手を上に上げて大きく伸びをした。安心したら、思わず大きなあくびが出てきた。
「もう、アネったら。あまり油断しちゃいけないよ」
 安心しきった様子の私にリンが慎重になるように釘を刺してくる。
「わかってるよ、でももう少しで終わりと考えると、その後の休暇が楽しみでさぁ」
「うふふ、アネらしい」
「そう?」
 私たちはおしゃべりしながら、左の小部屋から出ていった。



 今度こそ、と思いながら中央広間まで戻ってくると、案の定、大扉は開いていた。
「さあて、奥には何があるのかな。ちょっと楽しみ」
「邪妖じゃなかったら、いいけれど…」
 広間から見る限り、左右の道と同じように直線の廊下が続いているようだった。
 私たちは今までの調子で、大扉の向こう側にも足を踏み入れていった。
 一本道の石廊を歩いていく。両側に一定に設けられた小窓からは、左右に続く廊下の壁が小さく見えた。
 カサ…カサ…コツン…コツン…と私の草履とリンの靴が石畳とぶつかる音だけがこだました。
 ——どれくらい歩いただろうか、長い長い廊下を進んだ先には、玄関広間以上に広い大広間があった。
 そして、その中央奥間には何かが『刺さって』いた。
「なんだ、あれ…?」
 ここから見えるのは、黒い棒状の何かだ。だが遠くてこの位置からでは何なのかがよく見えない。その両脇に、小さく灯った篝火があるのはわかったが。…というか、篝火が灯っているのはなぜだろうか。定期的に管理する人間が、ここを訪れているのだろうか?
「あれも調査する必要がありそうね、アネ」
「ああ…だけど一体なんだろう?」
 私たちは、その黒い物体にゆっくりと近づいていく。少しずつ明らかになっていく黒光りする何か。数メートルほど近づいた時に、ようやくそれが何か、私たちの目で捉えることができた。
「あれは——刀?」
 そこに刺さっていたのは…なんと一本の長い太刀。真剣だった。
「どうしてこんなところに……」
 リンが心底不思議そうに、首を傾げて真剣を見つめている。それもそうだ。こんな古びた遺跡の中に、それも新品同様のピカピカの刀があるなんて…。まだ古いのなら、誰かが遺棄したものなど可能性は考えられるが、こんな真新しい刀なら捨てた可能性は低いだろう。
「ひとまず、調査だ…」
 気になる気持ちを押しこらえて、私たち調査を続行した。まず刀に近づいて、その様子を確認してみる。
「…綺麗だな。いい刀だ」
 黒く光る刃が特徴の、上質な刀だ。実際に斬ってみないとその実はわからないが、今ここでぱっと見てみてもその良質さが目に見えてわかるほどだ。確実に、私の持っている刀よりも数段上の切れ味を誇るだろうことは、容易に想像できた。
「そしてこれは…石碑?」
 刀が刺さっているところからすぐ向かいに、一つの小さな石碑があった。その石碑には文字が書かれてあった。
 薄暗くてよく見えないが、文字は風化してかすれているわけではなさそうだ。篝火の明かりに照らされて、私はその全てを垣間見ることができた。
『災厄来たれり。よって、ここにこれを封印する。力あるものだけが、この魔剣を我がものとする』
「…災厄? 魔剣?」
 ひとまず、得られた情報を整理してみよう。教皇様の話によると、ここはとある妖魔によって建てられた遺跡。内部を見る限り、それほど古くはない。その最奥の部屋に刀が刺さっていた。近くの石碑には、災厄が来たのでこの刀をここにおさめた、力のある人物だけがこれを抜くことができると書いてある。ということは…。
「妖魔が、人に、この刀を抜いて、その災厄とやらを鎮めることを仕向けている…ってとこか」
 と、いかにも名推理をしたかのような私だが、改めて冷静になって考えてみると、色々とおかしい点があることがわかる。そもそも、妖魔というのは私の推理とは真逆で、人に厄災をもたらす存在である。そんな妖魔が、わざわざ災いが起きたことを人間たちに教え、かつ遠回しにでも助けを求めているというのは、変な話じゃないか。
「リンは、どう思う? 妖魔が人に、助けを乞うていると思うか?」
 話を聞いていたリンは、私と同じことを考えていたようで、人差し指を顎に当てて少し思案し、そして口を開いた。
「うーん…今のところはまだはっきりとはわからないけど…」
 リンは、地面に刺さった黒柄の長刀を見つめる。
「人間と協調する、仲の良い妖魔も、中にはいるのかも……」
 言い終わったあと、本当にわからないといった様子で、リンはもう一度首を傾げた。
「人と協調する、仲の良い妖魔ねぇ…」
 私は黒い刀に近づきながら、さっぱりわからないと、リンと同じように首を傾げた。
「でも、なにがどうあれ、この刀は教皇庁へ持って帰らないといけないな。調査の唯一の証拠物品だ」
 と、特に何も考えずに刀を引き抜こうとしたところ、「待って、アネ」とリンが制止してきた。
「それを引き抜いちゃうと……『選ばれちゃう』んじゃない? あなたが」
「選ばれる? この石碑に書いてあることが本当だと? …まさかね。妖魔は人に仇なす存在なのは、リンももちろん知っているだろう? なのに、こんな風に助力を求めてくるようなことをしてくると思う?」
「それはそうだけど…でもだったらこんなふうに石碑を置いておかないでしょう。ちゃんと理由があるはずだわ」
「ただの妖魔の脅し文句だよ。そこらのエセ者に簡単には引き抜いて欲しくなくて、こんなことを書いているんだ。こういうことを書いて、誰が、どんなやつが抜くか、どこかで隠れ見て楽しんでいるんだよ。そういうことなら、なおのこと引き抜きたくなるね。ほら、こういうやつが抜いてやったぞと。そうは思わないか?」
「…本当にそうかしらね。危ないことでないといいけれど…」
 リンはいまだに渋っていたが、ここで迷っていても仕方ない。何かしらの調査の成果を持って帰らなければ、こちらの体裁が汚れる。ここは引き抜くしかないと、私は決心した。

* * *

 一方、その頃……。
「そろそろ、到達したころですかね……」
 玉座に座り、夜空を見上げる。空には真円の満月が一つだけ、妖しく浮かんでいる。
 右手を見た。握られたそれには、何か一つの物が掴まれていた。

——閉ざされた瞳、月はただ青く、この夜を染めていく——

 月明かりに照らされ、輝くそれは、封印の結晶。

——取り戻すたびに、失う答えを、一人求め続けて——

「……このままでは、世界が壊されていってしまう。でも、あの()たちが、なんとかしてくれるはずだわ…」

——心を閉ざしても、瞳をそらしても、止められない痛みなら——

「アネカ、リンナ……これから全てを()て、全てを理解し、全てを解放してください……」

——引き裂かれよう、このまま——

 結晶を、握りしめた。
 パリン、と儚げな音を立てて、その晶石は、静かに割れ落ちた……。

* * *

 闇夜のように黒い刀の柄に手をやり、思い切り引き抜こうとする。
 はじめは、なかなか抜けそうになかった。思った以上にしっかり石床へと刺さっているようだ。何度か上に動かして引き抜こうとして、ようやく抜けた。
「……これは」
 手に握りしめた黒刀を眺める。一見したときと同様、それほど時間が経っていないのか、それは新刀さながらだった。鞘ごと刺さっていたので、一度鞘から抜いて、刃を見つめた。
 何か、独特な——妖気というものなのか——そういうものを、この刀からは感じとることができた。人を惹きつけて魅了し、深淵まで引きずり込まれそうな、そんな雰囲気があった。
「さすが…妖魔の得物だな」
 私はそれを鞘に戻し、腰帯に固定する。いつも刀は一本だけだったので、二本帯刀することは久しぶりだ。腰がガチャガチャして、なんか重い。
「……特に、何もないね」
 リンが私を見つめてぽつりと言う。
「でしょ? あんなの嘘に決まっているさ。さあ、教皇庁に戻ろう」

* * *

 先ほど通ってきた廊下を逆戻りする。再び、カサ…カサ…コツン…コツン…と二人の履物の音が静かに響きわたった。
 帰り際、もう一度廊下の小窓から空を眺めてみる。来た時と変わらず、一つの大きな白月が夜空に輝いていた……。大月は、雲に見え隠れして、翳っている。任務が終わって安心したからなのか、先ほどとは違って、その翳ゆ月明を感じた時に、私は何か、ぞっとするような不安を感じた……。
 しばらく歩いて遺跡のロビーまで着く。私たちは入り口の大扉を開けた。
 鈍い音を立てて、扉が開かれた。遺跡の前の広地と森が眼前に広がる。
「さて、任務もじきに終わりだ。あとは帰るだけ。でも帰るまでが任務だからまだ油断はしないでね」
 そうだね、とリンが言い、遺跡の近くに止めてあった馬のもとに行こうとした、
 その瞬間。
『……強い妖力と蒼血の匂いを感じて来てみたら、人間の娘が二人——ふふふ』
「…! 誰だ!」
 そう叫んで、声がしたほうを見上げる。上空。遺跡の屋根よりも高いところで、黒いもやのようなものが漂っていた。
 そのもやが次第に晴れてくると、そこには一人の女の形をした——妖魔が浮かんでいた。
「本物の、妖魔だと!?」
「ようやく解放されたと思って、来てみたら、最初に会ったのがこんな小娘たちとは…。まあいいわ、それよりなにやら聞き覚えのある声……一度会ったことがあるかしら?」
 その妖魔は、私たちに問いかけてくる。
「本物の妖魔に遭遇したのも初めてなのに…そんなわけあるか」
「あら、そうだったのね。別にどうでもいいけれど」
 そう言って、妖魔は私たちをじろりと見つめてくる。舐めるように、という表現がふさわしいほどじろりと。
 ——その時、何かが変わったのか……わからないが、その妖魔の態度がなぜか急変した。
「……お前たちは……。どうりで聞いたことのある声だと思ったわ、その聞きたくもないほど耳に聞いた声」
 まるで、私たちを古くから知っているかのような様子で、妖魔はそう吐き捨てる。私には、その言葉の意味はわからずじまいだったが、リンを見てみると、何か悩ましそうな、そんな顔をしていた。
「……私も、会ったこと、あるかも」
「……なんだって?」
 ただ、人物像に見覚えがあるだけで、その妖魔の名前などは分からないといった様子だった。
「…まさか…」
 リンは、何か記憶に思い当たる節があったのか、少し青ざめた顔を俯かせる。
「……いや、違うわよね、ありえない」
「その白い小娘……ああ、名前も思い出したくない……その娘など、邪妖どもの餌食にでもされてしまえばいいんだわ。ああ、忌々しい……。『向こう側』にでも、送ってあげようかしら」
 そう言って、妖魔は身構える。右手に一本の(つるぎ)を異空間から呼び寄せ、私たちに向けてきた。どうやら、こちらに向かってくるようだ。戦うしかない、と判断したが、その時、後ろから叫ぶ声がした。
「助太刀だ、加勢する!」
 呼び声に反応して、後ろを振り向く。そこには、夜月に照らされて、三人の人影がぼんやりと浮かんでいた。
 声からして、叫んだ人物は若年から中年の間くらいの女性のようだ。しかし、今はその顔を確かめることはできなかった。いかんせん、暗くて何が何だかよく見えない。
「いきなりだが、私たちは味方だ、安心しろ」
 女性は妖魔の前でも冷静にそう言って、何かを手にして構える。カチャカチャと音を立てて構えられたそれは、なにやら銃器のようだった。……珍しい武器を持っているな。
「……あの妖魔の味方でない証拠は?」
 私は、まだ信用できない、と思って、女性に続ける。リンと二人で戦っている最中(さなか)に、背後から襲われたりでもしたらたまらない。ここは用心深くいく必要があった。
「これでも信用できないか?」
 そう言って、女性は突然、銃を発砲した。
「!」
 バシュン、とけたたましい音を上げて、銃弾が発射される。その狙いは……妖魔。だが、本体に命中はしなかったようだ。妖魔が剣を掲げてそれを受け流し、防いだのだ。
 キュン、と響いて、弾かれた跳弾が地面に向かっていく。
「あらあら、こちらから仕掛けようとしていたのに、いきなり現れて、挨拶もなしに……まったく、不躾(ぶしつけ)な女ね」
 妖魔は攻撃しようとしていた手を止めて、ふん、と鼻を鳴らしている。
「……わかった。今のところは味方と認めよう。だけど、邪魔はしないでくれよ。その銃で誤射でもされたら、戦えるものも戦えない」
「心配はするな。銃の腕には自信がある。こちらの二人も、それなりの実力者だ、味方を斬る、撃つ、などというヘマはしないだろう」
 気配で、後ろの二人がしっかりと頷いたのがわかった。
「……いいだろう。そうと決まったら、すぐに戦おう」
 私は前に向き直して、刀を構えた。——あの妖刀を使おうかとも考えたが、まだどんな代物かわかったものではない。今のところは、使い慣れているこちらの鉄刀のほうがいいだろう。
「さて……戦闘開始だ!!」
 私は妖魔に向かって突っ込んでいった。
「いくら数が増えても同じこと……すぐに蹴散らしてあげるわ!!」
 ひとまず、相手がどう出るか分からなかったので、突っ走っていって真っ正面から刀を叩きつけてやることにした。とりあえず、何かしらこちらから接触して反応を見てみないと相手の動向は分からない。考えている最中も、足の回転は緩めずに全速力で妖魔のもとへ向かう。
 妖魔は、先ほどまでは宙に浮いていたが、今は地面へと降りてきていた。どうやら基本的には私たちと同じように地面に足をつけて戦うタイプの妖魔らしかった。それなら、リンやあの女性以外でも武器で攻撃できる。刀を持って戦う私にとっては好都合だった。
 そして、私は妖魔の、ほんの眼前に到達する。暗くてよくは見えないが、妖魔と目があったのがわかった。紫色の、妖しげな瞳だった。——どこか、あの妖刀と同じようなものを感じた。
()けるなよっ!!」
 私は声を張り上げて、刀を縦に振るう。突撃の勢いを殺さぬまま放たれたそれは、獲物に渾身の一撃を見舞うかと思われたが、すぐのち、妖魔に冷静に見切られてしまう。避けこそしなかったものの、先ほど銃弾を受け流した時のように、防御のために、手にした大剣を身体の前に掲げたのだ。
 ガキン!と東洋の刀と西洋の大剣の鋼鉄同士がぶつかり合い、硬い音を立てる。それは盛大に火花を上げた。
「……ふふふ、久しぶりに会えて本当に嬉しいわ……。貴女はこちらに来るのよ、アネカ」
 妖魔から名前を呼ばれて、私は驚く。大剣の向こうから伸ばされていた妖魔の白い腕を振り払って、私は口を開いた。
「どうして名前を知ってる?」
「私……すごく悲しいわ。貴女が昔のことを忘れてしまっていて……。よく一緒に遊んだじゃない? 忘れてしまったの……?」
 妖魔の顔をちらりと見ると、ちょうど月明かりに照らされたその顔は、とても悲しそうな、そんな顔をしていた。
「忘れるどころか、知るよしもない。私は、純血の妖魔と一緒に遊ぶほど、馬鹿じゃないんでね! 妖魔と邪妖は、いつなんどきでも人間の敵だ!」
 そう言うと、妖魔はますます悲しそうな顔をして、顔を俯かせる。
「……そう。でも私、諦めないわ。貴女がいつか、思い出してくれるまで……」
 妖魔は、垂れ下がっていた白い左手を、大剣を握っていた右手に添える。そして身体に力を入れた。
「貴女だけは、ここで殺す気はないわ。でも、あの白い娘たちは違う……貴女が守ろうとしても必ず………」
 次の瞬間、ゴォォ、というものすごい轟音とともに、視界が瞬時に変化した。白く輝く星々が浮かぶ、藍色の夜空が見える。そして、身体に感じるのはふわりと浮いているような浮遊感。——何らかの衝撃波によって、私の身体は吹き飛ばされたのだということに、地面に叩きつけられてからようやく気がついた。
 倒れた上半身を持ち上げる。ぼやける視界でなんとか焦点を合わせようと妖魔のほうを見る。妖魔は、後ろのリンたちのほうへ向かっているようだった。
「……リン……!」
 吹き飛ばされた衝撃で胸が詰まってうまく声が出せない。その声は、彼女には届かなかった。
 バスン、バスン、と銃声が響く。どうやら先ほどの女性と、もう一人の後ろにいた人物が銃弾を放ったようだ。だが、有効打にはならず。妖魔はくるくると大剣を回し、銃弾を周囲に弾き返す。
 そして、さらにもう一人の人物——今気づいたが、その人物は女性のようだ——が、巨大な黒い片刃剣を振りかざし、妖魔に突進する。人間とは思えないような移動。すさまじいスピード感と鋭い一撃だったが、妖魔は大剣の腹で受け止めて、先ほどの私と同じように、その女性を吹き飛ばした。
「……アネカは私のものよ。お前には、渡さない!」
 妖魔は立ち尽くすリンに向かって大剣を突きつける。そして……ゆっくりと身構えた。——くそ、このままでは……。全身に、これまでにないほど力を込めて立ち上がろうとするが、なぜかうまく力が入らない。どうして……こんな時に限って。
「お仕舞いよ……リンナ」
 ふっ、と妖魔が不敵な笑いを見せた。
「助けて……アネ……」
バサバサバサ……。
 その時だった。何者かの大きな羽音とともに、それに伴う突風がこちらに吹いてくる。妖魔は、何事か、といった怪訝な表情で空を見上げた。
『……ほう、人間の匂いと強い蒼き血の匂いを感じて来てみれば、なにやら小競り合いが始まっているではないか。どうだ、私も混ぜてはくれないか』
 私も、力の入らない身体で必死で上空を見てみると、そこには一匹の……竜が飛んでいた。
「ふう……折角いいところだったのに……邪魔が入ったわね」
 妖魔は心底残念そうに、腰に手を当てて顔を横に振る。
『おお……妖魔の王の一人、『紅月の女王』までもがいるではないか。なぜ、そのような者が、かようなちっぽけな人間たちと、このような場所で戦っておるのだ?』
 妖魔の……王だと?あいつが……。そんなやつと、私たちは戦っていたのか。
「お前と同じだ、木偶の坊。私の邪魔をしないでほしいわね。ちょうど一番面白い瞬間の時に来るなんて……ああ、まったく、興ざめだわ」
 妖魔の女王は、声にもならない叫びをあげたいといった様子で顔に手を当て、上下に首を動かして、激情を露わにした。
「……まあ、いいわ。ただ殺すよりは、邪妖の餌にでもされて、屈辱を与えられながら死ねばいいもの。そう考えれば、丁度良かったのかもしれないわ……」
 そう言うと、妖魔はリンに、今度は剣ではなく左手を差し出す。「はっ!」と一声上げ、少し身体を力ませた。
「……! 何……?」
 声を上げたのは、リンだった。リンは力なくその場に倒れこむ。何事か、と思ったが、意識はあり、声も出せるようだ。
「私が本気を出せばお前を捕らえることくらい、造作もないことよ」
 妖魔が腕をゆっくりと動かす。それに従ってリンの身体が……ふわりと浮いた! 遠くから人や物を操る念力も使うことができるのか……。
「竜よ。この汚らわしい小娘を、好きなくらい喰らうといいわ。ただし……この世にないほど痛ぶり、(はずかし)めを与えて、ね」
『いいのか、女王よ。人の赤き血は、我々にとって最大の力の源。しかも強い魔力を有するこの娘をもらっても』
「別にいいわよ。私は、力は求めていないのだから。私が一番欲しているのは……『常夜』の拡大。それだけよ」
 左手を竜の方向に向けて、リンをその眼前に浮かせる。竜はもう一度、妖魔の女王とリンを交互に見ると、彼女を巨大な真黒い口で咥えた。
「アネっ……!」
『それでは、いただくぞ』
 そして、そのままどこかへ飛び立つかと思いきや、異空間に穴を開けて、そこに入って消えてしまった。
「……リンっ!」
 ようやく立ち上がったのはよかったが、リンはもう既に、いなくなってしまった。
「ふふ……アネ、余計な小娘もいなくなったことだし、二人でどこかへ……と思ったところだけど、私も、解放されてからやらなくてはいけないことがあったんだわ。だから、この辺で失礼させてもらうわ……それじゃあね、私の愛しい花嫁……」
 妖魔の女王——紅月の女王は、そう呟くと、竜と同じように、どこか異空間へと入っていって、消えてしまった。
「うう……くそ……。リン……」
 俯いて、両手を強く握りしめることしか、今の私にはできなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

【11/8 更新分】

「……おい、大丈夫か」
 沈んだ気持ちでいたさなか、後ろから声を掛けられる。先ほどの女性だった。
「リンが……リンが行ってしまった」
「……止められなくてすまなかった。大切な友人なんだろう?」
 女性は、私に同調して悲しげな声で気遣ってくる。
「どうしてそれを知っているんだ? ……そもそも、あんたらは、何者だ?」
 私は彼女に身体を真正面に向けて、言う。まだ顔は、よく見えなかった。
「説明は、後からにしよう。それより、彼女が攫われたことによって、私たちは今すぐにでも教皇庁へ戻らなければいけなくなった。さあ、行けるか?」
「そんな……!」
 私は女性が差し伸べた手を振り払った。
「彼女を……リンを置いて帰れるわけ、ないだろう」
 私はそう言って、妖魔の女王たちが消えていった空を見つめる。
「……彼女には、すまないが、今はそれよりも重要なことが、教皇庁で待っている」
「彼女より……重要なことだって? 嘘だ、あんたらはリンのことを知らないからそんなことを言えるんだ! リンは、私の唯一無二の、大切な友達なんだ。それなのに、放っておいていけるはずないだろう!」
「まあまあ……落ちついて」
 黒髪だと思われる女性の後ろに立っていた、戦いのさなか人外の動きを見せた女性が、私をなだめてくる。この女性の髪色はすぐに分かった。月夜に照らされてほのかに輝いたその髪は、白色だった。
「ひとまず、私たちに従って教皇庁に戻らないか? 君に伝えたい、大切なこともあるんでね……」
 女性は、手にしていた黒い片刃剣を異空間に戻す。この女性も、魔法のようなものを使えるのか……教皇庁の巫女ではなさそうだが、一体何者だ。
「そんなに警戒しなくてもよろしくて? 冷静になってみればわかるでしょう。彼女は確かに攫われた。が、今の私たちには、情報というものが一切ない。ならば、教皇庁に一度戻ったほうが手順としては正しくて? 急がば回れ、とよく言うでしょう」
 白髪の彼女の隣にいた、もう一人の女性が、私をたしなめてくる。彼女は——どうやら黒い髪のようだが、顔は見えない。
「とにかく、こんなところで話している暇はない。急ごう、みんな」
 白髪の女性がそう言うと、二人は頷き、歩いて行った。
「リン……」
 私は、星空を眺めた。

* * *

 教皇庁に着くまで、私は俯いたままだった。
 道中、三人が時々励ましてきてくれたが、私の心には届かず。沈んだ気持ちは、消えることはなかった。
 教皇庁に着き、街の中に入っていく。白髪の女性が先導して教皇庁支部の門前までたどり着く。
 白髪の女性が門を押し開けた。直後、壮大な広間が眼前に広がった。しかし、今は感慨に浸れるような気分でもなかった。
 ゆっくりと、教皇様のもとへ歩いていく。カサ、カサ、という草履の音だけが耳に響いた。
 教皇様の座る玉座の少し手前まで来ると、白髪の女性は口を開いた。
「彼女を連れてきた。剣を引き抜くことには成功、だけど、リンナは攫われた。直後に現れた『紅月の女王』によってね」
 初めて会った時から感づいてはいたが、彼女たち三人は、私たちの任務のことなど全て知っていたようだ。
「そうですか……やはり、気づかれましたか」
 教皇様は悲しげな、しかし少し困ったような顔をして、私の顔を見つめてきた。
「エージェント・アネカ。大切な話があります。心して聞きなさい」
 教皇様がいつになく真剣な顔をする。
「このことを言えば、あなたを追い詰めてしまうことになります……でも、決して追い詰めようとして、しているわけではないことを、理解してください」
 教皇様は、一度しばらく目を閉じる。そして決心したかのように、それを開いた。
「あなたを、今から聖騎士として、任命します。巫女リンナを、あなた方を襲った紅月の女王に、捧げ、この極東の惨状、『よるのないくに』を終わらせてください」
「……えっ?」
 それは……つまり……。
「それはつまり……どういうことですか?」
「リンナを、捧げる……。妖魔の王と一体化させて、その力を封じ込めるということです。代償として、捧げられた肉体は失われます。つまり、リンナは……」
 教皇様が暗い顔を見せる。
「リンは……いなくなっちゃうってことですか……?」
「そうなります……」
「……」
「あなたには、大変お辛いことでありますが、伝えるのが遅かれ早かれ、この事実はもう決まっていたこと。刀を抜いた後、一刻も早く伝えるべきだと思ったのです」
「……そうですか」
 私は顔を俯けて、地面を見る。涙すら出ないほどに、混乱し、悲しみに暮れていた。
「これからの、あなたへの任務の内容をお伝えします。まず第一に、巫女リンナの救出。これが第一です、リンナがいなければ、何も始まりません。後ろの三人と協力して捜索にあたってください。そして、その後、彼女に事実を伝えること。アネカ、できますね……?」
「……」
「この世界を救うために、どうか、あなたも決断してください」
 教皇様の声が響く。妙に遠のいて響いたように聞こえた。
(リン……私は……)
 私は、教皇の間の天井を見上げる。美しく彫刻された一つの太陽が、目に飛び込んできた。
(私は、どうすればいいんだ……?)

* * *

 私——いや私たちは、黒髪の女性に先導されて、教皇庁の城下町にある一つの長屋に来ていた。
「アネカ、今日は色々あって疲れただろう? 泊まる時はこのホテル——いや、長屋を使ってくれ。教皇様から、この任務のために貸し出された、貸切の長屋だ」
 先導した女性と、もう一人の黒髪の女性は靴を脱いで区分けられた座敷の上に上がる。そして先導していた女性が、私のほうを向いて、そう声をかけてきた。
 白髪の女性を見ると……何やら戸惑っている。靴のまま上がろうとしていたようだ。西のほうの人たちは、靴を脱ぐという習慣がないらしいが、まさか西洋の人間なのか?
「……それより、明かりもついて顔も見えるし、そろそろ自己紹介をしてもらいたい」
 私は少し不満げにそう言った。いきなり現れておいて、まだ自己紹介もしないのか、といった調子で。女性たちは、そうだった、といった顔をして、全員が私のほうに身体を向けた。
「まず私は……カミラという。カミラ・有角だ。ここ、極東出身の、研究者だ。リンナを探すため、よろしく頼む」
 最初に先導していた女性、カミラ。どうやら、メガネを掛けて様々な道具を括りつつけている黒い服を着ているようだ。ああ、確かに研究者のようには見える。
「私は……『銀仮面の淑女』……とでも呼んでくれ。すまないけど、今は名前と顔は教えられない」
 そして次に、白髪の女性、『銀仮面の淑女』。名乗った二つ名の通り、銀仮面をつけ、顔を隠している。服装は、茶色い外套を羽織っているが、その内側では蒼っぽい服を着ているようだ。その銀仮面の意匠は……何やら女性が眠っているような感じだ。
「どうして、教えられない?」
 私は銀仮面の淑女を問い詰めた。
「それも、教えられない。誰しも秘密というものがあるものだろう? 君が信頼に値するものだと思ったら、全て明かすよ。その時までは、秘密」
「……」
「そして、私は、鳴神(なるかみ)。鳴神教授とも呼べばよろしくてよ? カミラと同様、研究者をしているの」
 そして最後に、もう一人の黒髪の女性。長く下ろしたカミラと違って、短い髪だ。鳴神教授と言うらしい——この人が一番癖が強そう——。

【次回11/22 18時ころ更新します】

作品情報(最下部)

よるのないくに3 〜翳ゆ月明の神巫(かんなぎ)〜

お読みいただきありがとうございました
下から読んでいる方、こんにちは!

登場人物などはこちら → https://slib.net/95069

【作者コメント】※作者コメントは随時更新します

よるのないくに3 〜翳ゆ月明の神巫(かんなぎ)〜

【10/29更新】【毎週『金曜18時』ころ更新。更新できない日もあるので注意】コーエーテクモゲームス・ガストブランドさんから発売されているゲーム、『よるのないくに』シリーズの最新作をイメージした小説を書きます。作品投稿方式としては、基本的に一つのページを継続して更新していくことにします。それでは、どうぞお楽しみください!

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-29

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work