女王の時代 中編

松見坂

中編です。

『女王計画』
 それは病方が発案したタイトルだった。私の決意をすぐさま彼に話したところ、「表舞台以外なら」と協力を了解してくれた。これからの「革命」が、そのまま出し物にもなるのだと分かってくれたようだ。結局、なんやかんや云って彼も場所と予算が欲しいらしい。それに加えて、春永春水の鼻を明かしてやりたい気もあるのだろう。……と言っても、別に春永がなにか悪いことをしたのではないのだけれど。
 これは証明だ。
 私たちが、より清々しく生きるための証明だ。
「さて、女王計画の簡単な概要について述べよう」
 翌日の放課後、彼は早速考えてきた「革命」の計画を私に話してくれた。
「一月ほど前から、春永は動画投稿サイトにて定期的に動画をアップしている。それは知ってる?」
 ファンなのでもちろん知っている。毎日のように見ていた。六号館に巣食う大学生の半分は閲覧済でなかろうか。
 内容は、日常であった出来事の報告や、六号館内のイベント情報、イロモノ商品のレビュー、等とありがちなものばかりであった。しかし『春永春水』という存在がそもそもコンテンツとして集客率が高いため、再生数やチャンネル登録者数は中々高い。
「もっと有名になりたいという薄汚れた魂胆だろうけど……。俺たちも、同じようにする」「動画を、と、投稿するの?」
「あぁ。君を、春永と肩を並べる存在――つまり『女王』にするためには、これしかないと思う。君は会話が苦手だよね? でも、画面越しだったらどうだろう。姿の視えない者共を相手にするのなら、また話が違ってくる。……それに、俺が色々編集できる」
「わ、私が、タレントとなって、動画をアップしてくってわけだね……」
「あぁ」
「無理」
「まてまて、もう少しだけ話を聞いてくれ……。俺たちの強みはなんだ?」
「強みがない、とこ」
「映画だよ。そう、映画にするんだ。……実は俺、趣味で脚本を書くときがあってねー。と言っても、現実での鬱憤を晴らすための箱庭治療的なあれなんだけど……。多少なりと、脚本技巧について勉強してる。それを見様見真似で応用する」
 彼が何を云いたいのかはイマイチ掴めなかったが、策があるのには間違いなかった。私は人形として、それに操られればいいわけだ。
「ね、ねぇ」私は少し躊躇したものの、訊かずにはいられなかった。「この計画、って――『向上心おことわり』に抵触しない、よね」
「……」病方は目をそらした。「むしろ逆だね。向上心のない俺たちでも匹敵できるのだとー、向上心を否定する活動に他ならない。さァ、これから忙しいぞ」
 映画にする。それはつまり、動画投稿を物語風味に仕立て上げること。
 『珠城柚子』という架空のキャラクターを創作し、さらには架空の人生までもをでっち上げる。そうして「共感」と「同情」を誘い、感情移入を促し、ファンを増やしていく……という作戦だった。
「そして強烈な『目的』を産み出し、それが達成されるか否か、という問いで引っ張るんだ」
 がぶがぶとモンスターを飲み干してから、病方は一枚のA5用紙を机に広げた。しかしカーテンが閉じたままなので、見えづらい。何が書いてあるのかほとんど読めない。
「ここに書かれた設定を頭に叩き込め。最初の動画は『駈込み訴え』でいく」
 駈込み訴え?
 太宰が果たしてどう関係するのだろう。
「わわわ、分かった……」分かってない。「最初の撮影はいつ?」
 病方が隈だらけの眼でこちらを振り返る。そしてスマホを取り出した。
「今から」


 結果から述べると、最初の動画はそこそこバズった。
「聞いて下さい。聞いて下さい。みなさま。あの人は、ひどい。ひどい。はい。いやなやつです。悪い人です。ああ。がまんならない。生かしておけない――」
 動画の内容は、私がカメラに向かってひたすら「訴える」というものだった。
 とある男と半年間付き合ってきた。大変に愛して、一途に付き合ってきたのに、先日こっぴどく袖にされてしまった。原因は相手の浮気だ。憎くて憎くてたまらないし、今もまだ恋々としている。こんな苦しいことは生まれてこの方初めてだ。どうか、助けてくれ、死にたい、もう嫌だ……。
 といったことを、拙くも一生懸命に捲し立てたのである。もちろん全てが病方の手による虚構にすぎないが、ついこの前に似た経験をした私は、するりと感情移入をして話すことができた。他人の目がないだけでここまで話しやすいものなのだな、とも分かった。
 そして最後に、
「皆さんのアドバイスを教えて下さい! あなたの体験談を、哲学を、どうかコメント欄に!」
 と涙ながらに訴えて動画は締めくくられた。ちなみに涙は目薬である。
 こんな動画、どこに需要が……? とはじめは訝しんだものの、病方がとある知り合いに頼んで動画をツイートしてもらうと、たちまちリツイートの通知が暴れだした。
 そして本来の動画も着々と再生数を伸ばした。
 私の泣き顔が不特定多数の大学生たちに見られるのには抵抗があったが、堆く重なっていくコメントを見ていると、やがて不安は快感に変わった。こんなにも多くの人々が、私のために、同情やアドバイスを寄越している! もちろん中には「ヤラセだ」だの「ムカつく」だのネガティブな意見もあったが、些細な問題であった。とにかく「気にされている」という状態があまりにも興奮する。
「他人の不幸は蜜の味っていうだろー。人はとにかく同情したいんだよ」
 したり顔の病方は云った。
「しかも幼気な女子の失恋談ときた。こんなの好かれるに決まっている。一丸となって少女を護りたくなるし、振った男に怒りたくなる。あとな、人は教えたがりなんだ。加えて、自分の恋愛話をしたがっている。そのダブルパンチがくればコメントせざるを得ないだろう。ほら、見てみろ! 俺が作った嘘に! 皆が真剣になってる! あはははははザマァみろ」
 三百を超えたリツイート数を見て、彼は頬をひくひくとさせていた。(もしかして笑っている?)私はその横で、同じようにパソコンのスクリーンを見つめ、ぼんやりしていた。
 ……実感がなかった。画面に映された数字は膨らみ続けているけれど、どうにも呆気ない気がする。例えば今、〈ロブスター〉に人が殺到し、そこの ドアを開いて「サインください!」なんて叫ばれでもしたら、少しは自覚できるのかもしれない。または、私の身体がたちまち光り輝きだしたなら……。でも、そんなことは有り得ない。私と病方の嘘が一人でふわふわと飛んでいき、色んな人を騙くらかし、集中させている。それだけだ。
 これからはマスクを着けて生活しよう。そう決めた。
「さて、毎日投稿をするぞ」
 すっかりやる気になった病方がそう息巻いた。
「いや、さすがに毎日は……」
「必要だ。ライブ感を出したいからな。それに、攻め時はバズってる今だろうー」
「なる、ほど」
「次の動画で『目的』を提示する。ずばり、新しい恋人の獲得だ」
 病方が、両手を天上へ突き出してぐぐっと伸びをした。その長身がさらに大きく見える。
「その恋人をどうやったらものにできるのか、そして失恋の痛みをどうして忘れるのか、といったところを視聴者に問いかけ続けよう。そして実践した、ということにして、架空の男との距離が縮まったり、遠ざかったり……といった風だなー。恋愛話としてはありがちだが、むしろ嘘が少なくていい。できそう?」
「……うん、いける……」
 こうして私は、架空の恋をすることになった。

「皆さんこんにちは。珠城柚子です。えー、一昨日のコメントでありました『贈り物には一言添えるといい』というアドバイス。ありがとうございました。文化祭に向けて色々作業をしているのですが、それが一段落して、缶コーヒーを差し入れしてみたんですね。そのとき、お疲れさまと一言だけポストイットに書いて、貼ったんです。するとなんと! 夜に彼からわざわざラインが来たんですよ! ありがとう、って! いやーーーー嬉しい! アドバイスをくれた皆さん、いつもいつも本当にありがとうございます! ……あ、でもですね、今さっきラインを返したのですが……。なんか、会話が続きづらいというか、あまり盛り上がってる感じがしないというか、ビミョーなんですよねぇ。思えば、私、彼と付き合いたいとか言っておきながら、共通の趣味だのなんだのに乏しいんですよ。……あぁ、そういえば、***とはよく話があったなぁ。そもそも***と仲良くなったのも、好きなバンドが同じで、バンドでも組もうかとか冗談を言い合ったところからだったなぁ……(切なげな表情)。あぁ、いけない。ごめんなさい。思い出すだけ辛くなるだけですよね。とにかく、ラインが上手くできないんです。助けてください! できれば、すぐにコメントお願いします。それでは!」
『ちょうど開いたときアップされたわ』『笑笑』『よかったですね!』『0:31 ここすき』『こんだけ一途に思われたい笑』『***引きずりすぎwwwww』『本人はほんとに苦しいんだからバカにするなよ』『溢れ出る中学生感』『ラインは質問するのを心がけるといいですよ!』『何学部ですか?』『めっちゃかわいい』『相手の男に見せてあげたいわこの動画』『***はクソ』『ふつーに趣味の話とかすれば?』『この子の恋愛を、ふざけてはいけない。真面目に、アドヴァイスすべきだ。』『後ろにモンスター置いてあるけど飲むの!?』『向こうからライン来たんだから脈アリ(*^^*)』『俳優の###に声似てるw』『何でもきいてください! 応援してます!』『0:11 ←ちょっと胸見えてる』『がんばれ笑』『次の動画も待ってます!』

 初投稿より三週間は怒涛の日々であった。
 毎日投稿して、コメント見て、それを参考に病方が新たな脚本を書いて、私がそれを覚えて、また撮影して投稿する。その繰り返しだ。
 さらに私は、自分が珠城柚子であることを周囲にひた隠さなければならなかった。……といっても、元々友人と呼べる存在に恵まれていないので、帽子を目深に被ってマスクをすれば事なきを得ていた。
 三日目に喉が腫れた。喉薬をグビグビ飲んで、龍角散をバリバリ食べて、なんとかした。四日目には頬が筋肉痛になった。友人のいなかった私に、表情筋とは普段使わない筋肉なのである。病方に頼んで思いっきりビンタをしてもらったらマシになった。彼に躊躇はなかった。九日目から、昼間の講義で寝るようになった。動画の撮影は夕方に行われ、その後には夜遅くまで編集作業がある。そのため睡眠時間がガリガリ削られていくのだ。……まぁ、私が船を漕いでいたところで気にする人間もいないので、特に問題はなかった。十四日目に「ネタがない」と病方が唸ってモンスターの海に溺れていた。そのときはテキトーな恋愛映画を見て真似した。二十日目あたりから幻聴が聞こえるようになった。私の一挙一動に、周囲が感想を囁いてくるように感じるのだ。これには大変まいった。〈ロブスター〉にいるとき以外は、よくトイレの個室に閉じ籠もってカタカタ震えていた。
 齷齪、尽瘁、粉骨、砕身――。私と病方は取り憑かれたように投稿を続けた。全ては証明のため。神様の鼻をあかすため。凍えるほどの惨めさのため。
 突発的に始めたにしては、中々良い再生数とコメント数を保ち続けている。だがしかし――「春永春水」のチャンネルと比べると、まだその三分の一くらいの値しか残せていないのであった。やはり生まれながらの神様は違う。そう簡単には追いつけない。
 そんな折、とある友人の獲得によって「珠城柚子」の人気は決定的なものとなる。

 舞台上へと姿を表した私に、会場は湧いた。
 軽く手を振って応える。すると一層色めき立つ。
「待っていたよ」
 既に出演していた春永が、スッと笑って出迎えた。スポットライトを浴びてピカピカに輝いている。やはりこの人は神様なんだな、と実感した。
 ……こうして直接会うのは、あのラブレターを読まれた日以来だ。
 彼が近づき、マイクを手渡してくる。
 それを受け取る。
 頭はクリアだった。
「それでは珠城柚子のターンです!」
どこからか司会が叫び、三百人以上のひしめく観客たちが息を潜めた。誰もが私を見ている。春永ですら、こちらをじっと見つめている。今日、私は、ここに生まれる

「えー、大変不服ながら」
 ある日、病方が一枚の葉書を渡してきた。
「ある女性から招待状が届いた。この葉書を持って〈田中の超理場(スタバ)〉に行ってこい」
「誰から?」
羽音美溢(はおとびいつ)。動画投稿をしている者だ。俺たちよりも遥かに人気者であるから、この会食をうまいことこなして気に入られろ。……ほら、最初に、知り合いに頼んでツイートしてもらったって言ったろ? 彼女がそうだ」
「……やや、病方さん、知り合いなんていたん、ですね」
 彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。眼の隈が一層深くなり、闇を湛えている。
「いるわけがない」
 それきり黙ってしまったので、私は大人しくスタバへ向かうこととした。
 ……それにしても。
 緊張する。
 スタバなんて入ったことない。というかスタバってゆーんだ。〈田中の超理場(スーパー・タナカ・バックヤード)〉で、スタバか。どんな名前やねん。
 なんていうか……。コーヒーやフルーツの匂いにつられて、通りかかる度にチラと目線をやってしまうのだけど、どうにも入りづらい。いや、別に、「珠城柚子お断り」なんて立て札があるわけじゃないのだけど、例えば注文をミスって恥をかかないか、だとか。私なんて日陰の者がいたら雰囲気が壊れるんじゃないか、とか。そんな馬鹿げた考えが頭をもたげてしまう。だからなんとなく入れていない。
 時刻は午後八時。六号館一階の人通りはまばらである。十月も後半に入り、すれ違う人々の格好にもそこそこ厚さが感じられた。私はいつも通り床とニラメッコをしながらこそこそと歩いた。
 着いた。無人のテラス席をするすると抜けて、『本日貸切』と描かれた張り紙を尻目に恐る恐る中へ入る。正面奥にカウンターがあり、タキシードを着た男性が一人で注文を待っているのが見えた。ぐるりと見回すと、丸机と椅子が点在しており、随分広々としている。およそ教室二つ分だ。どうやら壁をぶち抜いて繋げているらしい。違法では?
 コーヒー豆の香ばしい匂いが鼻腔を満たす。そして囁くようなトロンボーンの音色――『ファイヴ・スポット・アフター・ダーク』が小さく流れており、巨大な英字の印刷された壁紙と、オレンジ色の間接照明がほどよく調和して、シックな雰囲気を演出していた。私には目の毒だった。
「来た来た! こっちよ!」
 高い声が私を呼んだ。振り返ると、奥の席で数人の男女が一服しているのが分かった。ティーカップを片手に、ちょいちょいと片手をこちらへ振る女性――彼女が『羽音美溢』だ。
 彼女には羽が生えていた。
 いや、正確にはそれは長髪であった。肩甲骨のあたりで左右にウェーブしており、それが胡蝶のように大胆かつ巨大であるから、羽を広げたように見えたのだ。何とも前衛的なヘアスタイルである。
 そして重たいトレンチコートを着ていた。ボタンを全てぴっちりと留めている。少し季節が早いのでは? と思ったが、それ以上気にしなかった。
 着席すると、その場の視線が集中してきた。胃がキリキリと痛む。口がカラカラと乾く。
「さて、皆!」羽音がパンと手を叩く。「本日の主役の登場よ。グラスを!」
 全員がそっとグラスを掲げた。私だけなにもないので恥ずかしい。
「彼女は全ての女性の味方、珠城柚子ちゃん。手酷い失恋にもめげず、新たな恋を目指して奮闘しているわ。今夜はその勇姿を称えましょう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 ぐびっ。
 ふぅ。
 と、全員がグラスを置いて、またひそひそと歓談が再開された。
 ……なんで呼ばれたんだ? 私はどうしていいか分からずキョロキョロしてしまう。
「あなたとお話がしたかったの」
 隣席の羽音がくるりとコチラを向いた。
「あれ、何も頼んでないの?」
「え、あ、ごめんなさい忘れてました……」
「今日は私たちの奢りだから何でも飲みなよ! あ、私のこと分かるよね?」
「羽音さん……です、よね。メイク動画とかで人気の……。どうして、私なんかと、話を?」
 羽音が手を上げて店員を呼んだ。羽がふわりと揺れて、甘い鱗粉──香水がこちらに漂う。
「自分と似てるなって思ったの」
「ど、どこらへんが……でしょうか」
「絶望感とか。私ね、病方くんの元カノなの」
「承ります」店員が背後に現れた。
「どうも、田中さん」羽音がメニュー表を指す。「なにがいい、珠城ちゃん」
「え、あ、は」なにか今トンデモナイこと云われた気がする。「……これで」混乱し、私はメニュー名も読まずに頼んでしまった。
 店員は一礼して去っていった。
「もももも」どもるな私の口よ。「元カノ、ですか?」
「うん。まだ私も病方くんも映画部にいた頃なんだけどね。知ってる? あの子、かなりの天才なのよ。それはもうスゴイ作品を一緒に作ったんだから!」
 ……なるほど。だから、動画の制作もここまで大衆の心を掴んでいるのか。一人納得していると、羽音が耳元でこう囁いてきた。
「珠城ちゃん、病方くんと付き合ってるの?」
「まっさっかっ!」一際大きな声で反応してしまった。テーブルの皆がチラとこちらを見てくる。「ないですよ。たっ、ただ、〈ロブスター〉の仲間ってだけで……」
「え、うそ、〈ロブスター〉に入れたの!?」
 羽音が口に手を当てて驚いた。ロブスター、という単語に反応して、テーブルの皆はとうとうこちらに注目してきた。ざわざわと色めき立っている。
「ここにいる皆、ロブスターに入れなかったのよ」
「あの……入会試験、ですか?」
「そう! それ! 動物、何を言っても彼は入会を認めてくれなかったの」
 全員がうんうんと頷く。会話の流れ的に、ここに集っている面々は〈映画部〉であろうか。
「羽音さんは……なんて云ったんですか?」
「パッションフルーツ」
 動物じゃねぇ。
「あなたは? 珠城ちゃん。なんて答えたら、入会できたの?」
 全員が、私の顔をじっと見つめた。大変期待した顔つきで言葉を待っている。
 ごくり。固くなった唾を飲み込んで、言った。
「……アンモナイト」
 静寂。
 そして、「あー!」との声が上がった。「なるほどなるほど」「それだったか」と、彼らは何やら納得しているようだった。
「へぇー! スゴイね珠城ちゃん! スゴイ!」
「そうなん、ですかね……」
「ねぇ、――お友達にならない?」羽音が首を傾けて、顔を覗き込んできた。頬が薄っすらと赤い。まるで誘惑でもしているかのようだ。「私、珠城ちゃんのこと、もっと知りたいな」
 私は息を呑んだ。
 友達!
 友達だって!?
「ぜ、ぜぜっ是非! よろしくお願いします!」反射的に、思いっきり頭を下げる。ゴンと机にぶつけた。「あ痛っ!」
「うふふ、よろしくね」彼女は女神のように微笑んだ。「これからも動画、楽しみにしているよ。失恋した君も、それを引きずる君も、誰かに恋して一喜一憂する君も、全部大好きだよ!」
 羽音が握手してきて、ぶんぶんと手を振り回した。羽がヒラヒラと踊って甘い匂いが振りまかれる。その力の入りようから、今述べたことは全て心底真実であると理解できた。
 それらは全て病方の創った嘘なのだが……。
 しかしそれでも、私は「友人」を獲得できたことが嬉しくて嬉しくて舞い上がっていた。高校の頃の私に教えてあげたい。アト数年耐えればこんな素敵な友人ができるのだ、と。
「あ、それでさ、私の動画で珠城ちゃんのこと紹介してもいいい?」
「もちろんです! もっ、もちろん! バンバンやって下さい」
「へっへー。じゃあ紹介しちゃうよ」
「お待たせ致しました」
 いつの間にか、店員がすぐ背後に立っていた。そして机に置かれたのは、小さなカップに満たされた茶色の泡だった。
 そっと口をつけてみる。
「……にがっ」

 その日は鼻歌を歌いながら帰った。ギターソロ部分も無理矢理歌った。家帰ったら久々に練習しよう。
 ――まさか世界は案外ちょろい。
 なんだか私は、世界の構造を知ってしまったような気がしていた。
 居場所を、ファンを、友達を、こんなにも獲得してしまうことができる。
 もう惨めじゃない。
 そう思ってもいい気がしてきた。

 スタバを後にして帰路へついたとき、声をかけられた。
「もし、珠城柚子さん」
 振り返ると、丸メガネの男が立っていた。夜なので顔はよく分からない。
「……なんですか」警戒し、一歩下がってから、応える。
「春永春水のチャンネルを運営している者です」
 なんと、敵の本陣が向こうからやってきた。
「そ、そんな人が、何の用でしょう……か」
「統合しませんか」
「……は?」
 突然の提案に目が点になる。統合――つまり、同じチャンネルしよう、という意味か?
「ご存知の通り、我々春永春水のチャンネルは、六号館で一番の勢力を誇っています。ですがある程度までいくと、さすがに伸び悩み出しましてね……。先の会議にて、テコ入れをしよう、となったのです。そこであなた、珠城柚子にお声がけをしたわけです」
「わ、私に……?」
「はい。春永春水が部長を務める〈恋愛斡旋サークル氷結〉は、その名の通り恋愛を斡旋する部活。……今のあなたに必要なものではないですか?」
 ない。失恋も恋愛も嘘だから。
「どうでしょうか。あなたもきっと、有名になりたくて動画の投稿を始めたのでしょう。その夢が明日にでも叶うのです。しかも運営や編集は我々に任せて下さればいいので、もっと楽になります」
 咄嗟に、悪くない提案だ、と思ってしまった。ここ三週間のような地獄の日々が、これからも続くかと思うと気が遠くなる。それならば、丸メガネの云う通りに統合してしまい、もっと楽に春永春水と肩を並べるべきなのではないか……。そんな風に一瞬だけ考えた。
「こちら側になりませんか」
 しかし――、腹が立って仕方ない(・・・・・・・・・)
「ふざけるな」
 口をついたのは、そんな強い言葉であった。
「私が与すると思うな。立ち去れ」
「……ならば、我々はあなたを敵とみなします。敵には、相応の対処をさせて頂きます」
 丸メガネの男は、そんな捨て台詞を吐いて、夜の闇へと消えた。

 翌日、その一件を病方に伝えると、彼はまた頬をひくひくさせていた。(やっぱり笑ってる!)
「君がそんなこと云える人間だとは」
「いや、そのときは、ほんと、どうかしてた……。」
「さーて、まずいことになった」病方がボリボリと頭を掻く。「敵とみなされたからには、これから奴らが潰しにかかってくる。俺たちのチャンネルはまだまだ発展途上だし、ひとたまりもないだろーね」
「うぅ、ごめんなさい……」
「かくなる上は」病方がのっそりと立ち上がる。私はその長身を見上げて、次なる希望を聞いた。「全面戦争を仕掛ける。ねぇ、〈虚構的新聞部〉か〈第六感〉に知り合いはいない?」
「新聞部に、一人……」乾の顔を最近見ていないな、と思い出した。
「そいつに連絡してくれ。今すぐ! 俺はちょっと〈OS〉に行ってくる」
 彼は、ぐびっとモンスターを飲み干して、その缶を握り潰した。
「『女王計画』は次なるフェイズへ移行する。もっと、もっと、大衆を騙すぞ……!」



 羽音美溢の動画にて紹介されたことで、「珠城柚子」は再びバズった。再生数もコメント数も爆発的に伸びた。倍加からの倍加である。
 そのタイミングを狙って、我々〈ロブスター〉は爆弾を投下した。

 『対決! あの「悲劇の少女」珠城柚子が、「絶対王者」春永春水に宣戦布告!?』

 そんな見出しの記事を、虚構的新聞の一面に載せたのだ。春永春水のチャンネルからなにかされる前に打った先手である。
「覚悟しなよ」
 久々に会った乾はそう吐き捨てた。
「私がこの記事を書いたのは、春永様をより一層輝かせるためだから。愛を忘れたあなたなんて、応援しないから」
「……」
「神になんて勝てると思わないことね」
 私は終始何も言い返さずに、彼女の言葉を聞いていた。
 対決――。
 その勝敗を分ける具体的な方法は、これを読んでいるあなたも恐らくご存知であろう、〈虚構的新聞部〉による『ライク・バトル』というものだ。参加してくれたかな? 新聞部の部室前に置かれた『アンケートボタン』――〈OS〉作の、アーケードゲームの筐体によく似た装置。そこに設けられた二つのボタンは「グッド!」と親指を突き出したデザインをしていて、それぞれに「タマキ」「ハルナガ」と書かれている。
 一週間に一度、そのボタンの押された回数を集計し、結果を出す。そして、より多くの「グッド!」を獲得した方の勝利、というわけだ。集計は三度行われ、『ライク・バトル』は実に三週間に渡っての戦争となる。
 ボタンには指紋認証システムが採用されており、一人につき一週間に一度しか押せない。指紋が確認できないと反応しなく、また大学外の人間による投票も無効である。
 如何に人々を熱狂させ、そのボタンへと扇動するか。この勝負は、純粋な人気の差が雌雄を決すると言えるだろう。
 ちなみに、全て〈ロブスター〉が勝手に企画したものである。春永サイドには一切の確認をとっていない。まさしく喧嘩を吹っかけたのだ。
 だが彼らは何も云ってこなかった。一層の人気を誇る良い機会だと判断したのだろう。そしてつまり、それは彼らが勝利を確信している証拠でもあった。
 さて、『ライク・バトル』の詳細が明かされると、大学生たちの食いつきっぷりは凄まじいものだった。元々最後のモラトリアムを謳歌している彼らに、このようなお祭り事は願ったり叶ったりなのだ。私と春永が対峙している似顔絵ポスターが勝手に作られ、六号館のいたるところに貼られた。また「珠城柚子」の動画再生数も飛躍的に伸びて、もはや羽音美溢さえも凌駕する勢いであった。そのせいで私は一躍有名人となってしまい、例えマスクを着けていようと、床を睨んで歩いていようと、所構わずに声をかけられた。それは「応援してるよ!」とか「頑張ってね!」といった言葉であったり、「(舌打ち)」とか「身の程を知れ」といった言葉でもあったりした。私はへらへらと手を振って応えた。ぎこちない笑顔を繕うことに段々と慣れてきた気がする。度重なった動画作成や、羽音との会食なんかが、成長させたのであろうか。
 春永と珠城の色で染まっていく、そして浮かれていく六号館を見回して、私は興奮が抑えられない。来るところまで来た、といった感じだ。この『ライク・バトル』で勝利を収めれば、私たちの証明は完成する。神様なぞいないのだと分かる。もう少し、あと三週間だ……! ところで、喧嘩を吹っかけた張本人である病方は、果たしてどんな策を用意しているのだろうか。
「いや、なにも」
 は?
「この『対決』は、潰されないために咄嗟に弄した策だ。ここからはー、まぁ、なんていうか、頑張ろう」
 ……もしかしてかなりマズイ状況なのでは? 私たちは、徒手空拳のままライオンに喧嘩を売ったのでは? 今更そんなことに気がついた。
 それを象徴するかのように、新聞部がバトル開始直前に行った街頭アンケートは、

 春永春水 支持率64%
 珠城柚子 支持率23%
 無回答 13%

 という中々苦しい結果であった。そしてその予兆は、とある春永サイドの「一手」により現実的なものとなってしまう。
「こんばんは。午後6時、第六感のお時間です」
 平日の決まった時刻に流れる、六号館限定で放送されるラジオ番組がある。運営しているのは、〈放送局 第六感〉。一応委員会というカテゴリらしい。
 そこのゲストに春永春水が呼ばれたのだ。
「こんばんは。春永です」
「おぉー! 春永さん! 生でお話するのは初めてですね」パーソナリティを勤める男子の、快活な挨拶。
「えぇ、よろしくお願いします。……さて、皆さん」春永の、柔らかくも芯のある声が六号館を満たす。女子という女子がピタリと止まり、耳を澄ませて恍惚な表情を浮かべていた。「文化祭もいよいよ三週間後となりましたね。各々の委員会、部、同好会などが企画を用意していることかと思います。……さて、先日より面白い企画が始まりました。そうです、『ライク・バトル』! いやぁ、実に愉快な仕掛けだ。私と、そして珠城柚子。何故この二人かというと、実はですね、我々は動画投稿をしているのですよ。ご存知ですか?」
「えぇ。……ですが、申し訳無い。そこまで積極的には見ていないんですよねぇ」
「あはは、分かっています。……私は〈氷結〉の部長としての勤めが生活のほとんどですが、現在は専ら、この動画投稿に凝っていましてね……」
 やられた、と私は戦慄した。
 これが春永春水の「一手」――。自身のコネを使い、動画を大々的に宣伝してしまうというものだった。この放送は、六号館内のほとんどの大学生、つまり『ライク・バトル』の投票権を持つ者たちが聞いている。これにより、動画視聴者以外の支持者を多数確保する魂胆だ。
「……というわけで、是非皆さんもボタンを押しましょう! そして何より動画見て下さい動画!」
「僕も家に帰ったら早速見てみますねー! では、ここで一曲」
 それは、春永春水の動画にて必ず流れているものだった。全ての動画をチェックしている私なんかは、簡単に口ずさむことができるほど覚えている。
「ピロウズで、『サードアイ』」

 日曜日の肌寒い朝。
 六号館の廊下は無人で、無駄なものがない。私の乾いた鼻歌がよく通る。
 春永春水のチャンネルを見ている者なら誰でも分かる、そのフレーズ。『サードアイ』の泣きたくなるようなイントロ。
 自然と指が動く。架空の弦を弾く。
「負けたよ」
 〈ロブスター〉の扉を開けると、病方が肩を落としていた。
「第一次ライク・バトルの結果は、春永春水に324票、珠城柚子に112票だとさ」
 あれ、割りといけてる?
 そんな風に思った。
「んで、明日からの第二次ライク・バトル……。それに負けたらお終いだ。全てが水の泡だ」
「原点に戻りましょう」
 そう提案すると。病方は驚いたようにやや仰け反った。風に吹かれた枯れ木のようにしなっている。
「なんですか?」
「いや、別に」彼は眼をごしごしと拭った。インクのような隈が少しでも取れるかと期待したが、そんなことはない。「なんでもない」
「はぁ」私は聞き流す。「いいですか、『珠城柚子』の物語を進めてやるんですよ。狙っていた男と付き合わせるんです」
「それはいい。名前は『ぬーくん』でいこう」
「……え、ほんとに? いいの?」
 こんな単純な思いつきで形勢は逆転するのだろうか。
「ホンは任せて。とびきりのエピソードをどんどん用意してやる」
「また、恋愛映画を真似するの?」
「いや……真似するのは自分だ」
 病方は深い溜息をついた。私の脳裏によぎったのは、羽音の笑顔。
「……病方さん、春永春水と知り合いなんですよね」
「え? まぁまぁ」曖昧な返事。彼の視線が泳ぐ。
「もしかして、〈氷結〉を利用したことがあるんですか」
「うるさい」病方はぱったりと身体を曲げて、上体を机に投げ出した。「……まだ〈ロブスター〉が映画部から独立してないときの話だよ。ま、〈氷結〉なんて二度と頼らないさ。おかげで俺は、映画部の連中に嫌われた」
「そんなこと……」
 スタバでの一件を思い出す。あのときの彼らは、特に病方哲夜を嫌っているような素振りを見せてはいなかった。むしろ、〈ロブスター〉に入りたがっていたような。
「あ、分かった」私は考えなしに口走る。「病方さん、羽音さんをとられたんでしょ。多分――春永春水あたりに」
 ぶはっ。
 病方がモンスターを吹き出した。「……バカ」口を拭いながら悪態をつく彼の耳は真っ赤だった。
 図星か。
 そのまま動かなくなってしまった彼を見下ろして、私は打倒春永の決意を一層固めた。

 珠城柚子のチャンネルは突如方向性を変え、ぬーくんという正体不明の男子との恋愛日記風となった。失恋を乗り越え、ようやく新たな恋人を手にした珠城柚子へ祝福と応援のコメントが多数寄せられた。なんと虚構的新聞で少し取り上げられるなどもした。
 動画の内容は、リアリティあるお悩み相談、ニヤッとするような体験談、プレゼント選びの難航、……等々である。そして目立った変更点と云えば、再生時間を極端に短くした。二分以内。それは、ツイッターにて簡単に共有・再生しやすい時間である。その代わり一日に何本もアップした。
 私がカメラに向かって吐露するリアリティある悩みの数々は、すなわち誰かしらの代弁にもなっていたのだ。誰もが恋愛という輝きの裏で感じていた翳りを、代わりに発してやる存在となる。
 人気の秘訣は、やはり生々しさとライブ感にあったのだろう。まるで友人の相談に耳を傾けるが如く、大学生たちは次なる動画に夢中になった。そしてコメントを飛ばしまくった。そのうち私と(想像上の)ぬーくんがイチャつく様子を描いたファンアートなんかも蔓延しだした。嵐のごとく、六号館の話題をかっさらったのである。
 とある深夜、忘れ物をしてこっそりと〈ロブスター〉へ向かった。
 室内から音がする。そっと扉を開けると、中には病方がいた。一心不乱にパソコンをタイプしていた。明日の動画用のホンを書いているのだろう。
「うぅ……。ぐ、うぅ……」
 彼は滂沱の涙を流していた。それでもタイプする手を止めず、ただひたすらに執筆を続けていく。
 私はそっと帰宅することにした。
 第二次ライク・バトルは200対200で引き分けとなった。


 そして第三次ライク・バトル――つまり春永春水と珠城柚子の間で決着のつく最後の対決は、文化祭当日に行われた(・・・・)
 行われた。
 そう、第三次ライク・バトルは今までのように一週間に渡って集計を数えるものではなく、イベントを開き、その場に集まった大学生たちから直接票を取るといった催しであった。
 もちろんイベントには私と春永春水が参加する――と当然のごとく決められていた。これは春永春水チャンネルの運営による企画なのである。
 いつかの仕返しをされたのだ。あの丸メガネめ。
 恐らく、私が動画投稿のみを繰り返していることより、人前に立ってのアピールが不得手だと判断してのことなのだろう。そして、それは概ね大正解である。
 イベントの内容は単純だった。元よりごった返しの文化祭にて、そこまでの時間や労力は割けない。
 まず、春永春水がマイクを握って演説する。
 次に、珠城柚子にマイクが譲られ、同じく演説する。
 最後に、先着百名に配られたボタンにより、集計がなされる。そしてその場で結果が発表され、ライク・バトルは終了する。
 公開処刑といっても過言ではない。
「まぁ、しかし。春永のように滔々とやらなくていいんだ」病方が言う。「むしろ君は、愛着のある感じの方がウケるだろう」
「そういう問題じゃなくて……」私は頭を抱えた。「あんな大勢の前で、演説とか、無理だよ」
「なら、どうする。棄権するか」
 病方が平坦に訊いてきた。
「……」
 頷きはしなかった。
「原稿は俺が書く。何度も何度も書き直す。……そうだな、やはり『ぬーくん』とのことを恥ずかしそうに話すか……それとも失恋の痛みを生で訴えるか……」
 ふむふむ、と病方は考えを巡らせ出した。
 ――しかし結局、その原稿が私の手に渡ることはなかった。まず彼はそれを完成形に書き上げるのに一週間を丸々要した。「本番までには渡す!」そう云った彼の眼には鬼気迫るものがあったので、私はそれを許した。延長に延長を重ねて、とうとう原稿の完成は本番直前、土曜日の午前九時となる。私は既に幕裏にいて、それを待っていた。だが、原稿は奴らに奪われた。あの日私にクソみたいな誘いの手を伸ばしてきたアイツに奪われた。
 そのとき、プツン、と音がしたんだ。
 脳内で何かが切れたんだ。
 気がつけば足が動いており、無意識にマイクを握っていた。
 深く、息を吸った――。

「聞け、諸君ッ!! 我々は女王の時代へ突入した!
 もはや神の存在意義は、天に在りて遥か及ばぬものではない。その輪郭を諸君ら全てが纏い得るのだ。
 玉座は君を待っている。
 大衆は君を望んでいる。
 さぁ、欲に駆られるまま叫び給え――。
 ――私は、褒められた青春を送ってこなかった。取るに足らない人間だった。そして、それは貴様らも同じだ。誰もが同じなんだ、取るに足らない、粗末な、木っ端大学生ども!
 ……。
 嗚呼、私は、一体なにが言いたいのだ。一体なにがしたいのだ。
 こんなところまで来た。本来ならば、私は、その人混みのなかで、一人、腐っているはずだった。いや、そもそも参加すらしなかっただろう。そうして満足していただろう。だが、ここにいる。
 ……嗚呼、最高の気分だ。
 何をそんなに静かなんだ? 貴様ら。
 もっと騒げよいつもみたいに。もっと阿呆みたいに叫べ、罵れ、褒めちぎれ。ほら!
 本当に素晴らしい世界になった。
 諸君! 素晴らしいことのない人間なぞいない。誰もがカスで、誰もが神だ。凍えるほどの惨めさこそが人間の持つべきものなのだ。それこそが、人をこうして目覚めさせる。
 さァ、その手を掲げろ!
 突き上げろ!
 次の女王は貴様だ―――ッ!!」

 割れんばかりの大歓声。会場が揺れ、その震源地のド真ん中に私が立っている。
 春永は呆気にとられていた。
 そんな彼に、「グッド!」と親指を突き出す。
 その親指を、ゆっくりと、首に添え、
 ビッ――、と切り裂いた。
 ばたり。
 彼が倒れる。
 春永の首を討ち取った。

 この日、私は女王と化した。



 私のお伽噺はここでお終いである。
 実際にはもう少しだけ続くが、一度栄華を極めてしまったが故に、盛者必衰、ここからは下り坂だ。なので読み飛ばしてしまっても構わない。これより連なる文章たちは……謂わば愚痴である。
 普通に本当の愚痴である。

女王の時代 中編

女王の時代 中編

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更新日
登録日 2019-10-27

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