なまたまご

朝になりずるり引きずりだされると誓ったことを何か忘れる

それぞれに傘をさすとき聞き流す天気予報と事故死のニュース

決められた枠でニュースを流されてカラクリ時計のように見逃す

針のない時計がゼロになるたびに少し記憶を奪われている

充血の目を見つめあう鏡越し空虚に水を満たせば花瓶

鏡へと問えば問い返されるだけ何も持たないままで来ました

切りあげるために話を合わせても次から次に果実の酸味

嘘をつくつもりはなくて新しい未来のことを話したかった

ぬるい水で洗うコップにくりかえし黒い汚れはあらわれてくる

いっせいに動き始めた細胞が食い殺しあう前に朝食

今朝はまだソーセージを食べるほう餌にまわすと言われていない

焼けすぎたいわしの固い身を噛んでやり直せるとしてもどこから

アーモンドと信じたものを噛み砕く滅びていてもきっと知らない

生まれないから死んではいないなまたまごそれでも放っておいたら腐る

誠実を半透明で見せながら袋の口は固く固く閉じる

枠に押すハンコが左に傾いてそこが牢屋と気づいたように

取り返しのつかないことと知りながらポストの穴へ封書を落とす

いつまでも起きる気配のない部屋のカギを開けさせられてるような

誰あてというわけでなく微笑んでパンフレットの中のふるさと

何も言わず風が乱れて吹く日には閉ざされたいえのカーテンも揺れる

すきまからのぞけばあの日ひとつずつちぎっていったカマキリの足

もう風にさからうこともできないでほこりに混じる蝶の片羽

口にしたコーヒー飴に混ぜられたミルクが甘すぎても受けいれる

指示通りやさしく誤解されながら一様になるまでかきまぜる

その時がきてしまったらお茶碗はさわっただけでふたつに割れる

白黒黒黒黒白と並んでも黒い車はなぜか消えない

街にあるカラクリ時計を見たくとも街で立ち止まることはためらう

手を離れ転がるふたを見失うことを恐れてじっと目で追う

予定より遅れるバスを予定より早目に着いて待つ停留所

決められた道をたどって行くバスに逃亡犯になっても乗るか

ゆるやかに席におしつけられながら真正面から出会う夕焼け

ひとまわり小さなバスは別の道おそらく山のほうへと進む

大切な現在位置を確かめる寝過ごさないで目が覚めました

監視され録画されてもそれなりの事件がないと見つけてくれない

カメラしかそこにないのに敏感に視線を感じて振りかえった

なめらかな上りのエスカレーターをころげ落ちれば勢いが増す

客がみな帰ったあともねばりつく視線はナイフ売場をさまよう

歩道橋は古びたせいかよく揺れた人も車も風も揺らした

年ごとにひどい嵐の日が増えて髪型のこと気にしなくなる

いつまでも冷たいままの空と虹ガラスばかりにふれているので

だんだんと淡くなる虹を見ていたら消えてしまった虹を見ていた

朝からの雨が晴れへと移る日の一音だけの風鈴の音

人よりも高いところを飛ぶ蝶はまたたきながらときどき消える

池を出て鴨はひなたに座りこみ誰か並べた木彫りの楽器

この先は秒針だけが動く道尽きることなくさくらが落ちる

吹きかたを知らない笛が生えていて資格がないとおのずとわかる

神さまの気配を宿す信号を守って渡る真夜中の道

真夜中の駅はどこへもつながらず言葉につかまり登ってみる

消灯のあとだけ見える幻燈に偽の記憶を映して眠る

夜なのに目を閉じないで見ていたら見られていると気づくのが夜

なまたまご

なまたまご

「第65回角川短歌賞」に応募した短歌50首です。

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-26

Copyrighted
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