おおかみと花

あおい はる

 黄色い空の日は、なんとなく、誰かの幸せを願わずにはいられないで、ぼくは、きみの、指の先に咲いたマーガレットの花びらを、一枚ずつ、ていねいに、毟り取ってゆく、という行為に少しだけ、儀式めいたものを感じている。
 街に、おおかみが、あふれはじめている。
 やさしいおおかみはいいけれど、こわいやつもいて、こわいやつは無遠慮に、にんげん世界の秩序を乱してくるため、やさしいおおかみも、迫害をうけている、と知ったとき、おおかみの保護団体なるものをつくった兄と、ある一匹のおおかみとのあいだに生まれた、愛、というやつが、おおかみとにんげんたちの関係に変化をもたらしている。
 親愛、友愛、大いに結構であるが、恋愛、と呼ばれるそれに発展する場合がある故、性行為は慎重に、と、国のえらいひとは忠告し、しかし、ぼくら街のひとたちは、すでに、わかっている。というより、あらためて確認するまでもなく、ぼくらにんげんも、おおかみも、おなじどうぶつであり、どうぶつ同士、ひかれあうのは当然であるということ。おおかみたちは、ぼくらとおなじ言語を扱うようになり、二足歩行も難なくこなし、にんげん世界に馴染みすぎているくらい、馴染んでいるということ。
「赤ん坊の成長を見ているみたい」
 そう言って、きみは、ぼくの髪に咲いたサザンカを、ぷつ、ぷつ、と摘み取ってゆく。摘んでも摘んでも、花は咲く。きみの指の先にも、よく行くコンビニエンスストアのレジのひとの目元にも、現代文のせんせいのくちびるにも、知らない誰かの背中にも、花は咲く。おおかみたちは、それを、うつくしいと愛でる。さいきん、ぼくは、いわゆるところの、無遠慮ににんげん世界の秩序を乱していた、こわい部類のおおかみと、親しくなりつつある。おおかみは、こわい、というより無愛想という感じで、笑わないで、いつも、むっ、としている顔で、けれども、鼻先をすりつけてくるときの、甘えているんだなあ、と思った瞬間には、まぎれもない愛しさがこみあげてくる。つつみこんであげたいと思う。まもりたい、とも思う。それから、うっすらと、ぼくだけのものにしたい、とも。
「きみの花はいつも、うつくしくていいね」
 ぼくの髪から摘み取ったサザンカを、きみはいつものように、水をはった透明なシャーレに浮かべる。いずれ枯れるとわかっていながら、きみは花を、たいせつに保管しようとする。それで、枯れたら、潔く捨てる。
 ぼくは、きみの指先に咲くマーガレットの花びらを、庭にまく。そこに花は咲かないよ、と言う、きみの言葉を無視して、まく。
 件のおおかみと、そろそろ、進展してもいい頃かもしれない、と思う。

おおかみと花

おおかみと花

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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