白米様

MK3

白米様

「どれ、いぐが。まず、はえぬきからな」
 叔父の一声が号令となる。
「父ちゃん、ここでいいが?」
「んだ、そごでいい」
 僕ら親子の会話がそれに続く。

 片道一時間半かけ、軽トラに五百キロ相当の米を載せ、叔父はやってくる。
 銘柄ごとに置く場所を分けていくため管理人たる父へ確認しつつ、荷台から納屋への運搬作業を行う。
 品種別に少し間隔をあけ、三十キロ入り米袋を最大で四つ、向きを変え組み立てるように積み上げていく。

「次、あきたこまち」
「はい」
「これは古米な、こっちはもち米」
 叔父とのバケツリレーならぬ米袋リレー。
腕力だけでなく体全体を使い、腹のちょっと上に抱え込むように持ち上げ、一歩一歩踏みしめる。
 高校と大学のときに二度、ギックリ腰を経験している身である。細心の注意を払わねば。
あのカニ歩きの日々は二度とごめんだ。

 運動不足の身には地味につらい作業。目の前の一袋に集中し運び続ける。
「よし、これで最後な」
 積み込み終了。ようやく終わった。
 ずらりと並ぶ米袋の山、その成果に達成感が湧いてくる。

「おい、ちょっと来てみろ」
 軽トラの脇に立つ叔父が呼ぶ。
十キロ入りの米袋、その中から精米済みの一粒をつまんで僕に見せてくる。
「どうだ、透き通ってんべ?」
 確かに、ガラスのようだ。白ではない、透明に近い色合い。
「最初から最後まで丁寧に作らねど、こうはなんねえんだ。濁ってっとダメ、炊いてもまずい米さなっから」
 結果は過程次第、見た目に味が出る、という訳か、なるほど確かに。
 説得力のある解説に思わずうなる。

 思い出す。
小学校高学年のころだったか。
 ガリガリに痩せ力がなかった僕にはどんなに頑張ったところで、米袋は地面からわずか数センチ浮き上がる程度。
それも結ばれた紐の部分をつかみ、引っ張り上げてのこと。
 確か二十キロ入りだったはず。あれは幼いながらも悔しかった、今でも記憶にあるくらいだから。
と同時に、それを軽々と持ち上げることができる叔父をすごいとも思った。

 在京時、精神面の脆さを補う目的から、僕は成果が形となって表れる肉体改造に励んだ。
 週に五日は鍛える部位を変え、筋トレによって自分自身を追い込んでいく。
東京で暮らした九年間、メニューをこなせるようになると回数や負荷を増やすなど、常に工夫を凝らし変化を心がけた。

 運動直後はタンパク質摂取における絶好の時間帯、通称ゴールデンタイムを逃さぬよう急いで食事をとる。
 蒸すだけで味付け一切なしの鳥の胸肉三百グラム(脂身はすべて取り除く)に豆腐と納豆、これが基本。
たまに贅沢して胸肉をささみに変えることはあったが。
 これらをおかずにし、母が送ってくれたあきたこまちを一合、必ず食べた。
 
 実家で食べていた頃より、お米がずっとおいしく感じられた。
空腹のスパイスに加え、感謝の気持ちという味付けがそう感じさせたのだろう。
 あれは本当、うまかった。

 そんなストイック過ぎた当時の貯金のおかげで、筋肉痛が二、三日後にやってくる四十の坂を越えた現在の僕でも、
定期的にやってくる米運びをこなせている。
 二十キロすら持ち上げられなかったあの頃を、目線と思いは異なるだろうが覚えているであろう、僕の叔父。

「お前がいてけっど、本当助かるわ」
 雨よけのためかけてきたブルーシートを片付けながら、そう言ってくれる。
 お世辞が言えず本音ばかりが口をつき、決して世渡り上手とは言えない叔父だが、
それゆえどの言葉も本心からのため、この一言が素直に嬉しく受け止められる。

 そんな大好きな叔父だが以前からひとつ、気になる点がある。
 それは食事時、食べ終えたお茶碗に大量の米粒を残す癖。
椀内のいたるところへ銀シャリがこびりつけたまま、爪楊枝でシーハシーハしている。
 
 僕が気にし過ぎなのかもしれない。
「米の一粒は汗の一滴なのです!」
農家の努力、米作りの過酷さを示すこの一言が忘れられないせいもある。
 とはいえ透き通った一粒の米を厚い手のひらにのせ、出来の良し悪しを力説する人なのに、人だから。
 気になります。
ちなみに叔父ほどではないが、彼の妹たる僕の母もよくご飯粒を残す人。
 こちらもやはり、気になります。

白米様

白米様

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-25

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted