献血車

草片文庫(くさびらぶんこ)

献血車

不思議小説です。縦書きでお読みください。


 私が住んでいる紅村は多くの家が空き家になり、過疎化の代表のような村であった。東京から鉄道の幹線が通っており特急は止まらないが、四つ前の停車駅で各駅に乗り換えて一都心から二時間弱ほどで、ひどく不便というところではない。山が連なり自然の好きな者にとって、山歩きにはとても気持ちがよいところである。


 紅村は大昔、蝙蝠村と呼ばれていて、集落の一角に大きな洞窟があり、夕方になると数え切れないほどの蝙蝠の群が近隣の村まで飛び回ったといわれている。蝙蝠は蚊を食べてくれるし大事にされていたそうだ。ところが大きな大雨による山崩れが起き、洞窟の入り口はふさがれ、蝙蝠は飛ばなくなってしまったそうである。おそらく洞窟の中で餓死したのであろう。もう何百年も昔の話である。
 山崩れは取り除かれたが洞窟は埋もれたままになり、そこに新たな集落ができ居間に至っているということである。洞窟のあったところには神社が建てられ、蝙蝠神社として蝙蝠の供養が行われるようになったという。紅村では今でも蝙蝠神社の祭りが年一回、豊作祈願を兼ねて秋のはじめに行われている。
 五年前のことである、村は人口の減少を何とかしなければと、村長は県の広報の若い人に相談をした。五年住んでくれるという約束さえできれば、空いた家の家賃はただ、改造が必要なら低利息で資金を貸与する制度をつくるよう進言された。村ではそう決め、さらに永住してくれるのなら改造資金は無利息で貸すことにした。
 その家の放置された田畑も利用できる。うまくすれば自分の家で食べるぐらいの野菜は収穫できる。最近はこういったころみが全国で行われている。発想としては目新しいものではない。
 村に就職口があるわけはなく、といって農業で収入をえようとするのは指導者もおらず村に収入源を求めるのは難しい。おのずと応募してきたのは若い芸術家、IT関係、それに退職して自然の中で暮らしたい人たちである。川もあり釣りの好きな人などもだいぶ移り住んできた。
 ともかく、紅村の試みはそれなりの功を奏し、空いていた古屋の半分に若い人がはいった。都心から近いこともあるだろう。移ってきた人は東京、神奈川、埼玉、千葉の大都市に住んでいた人が多かった。ただ、村が期待したのは家庭を持ってほしかったわけだが、多くは一人でひっそりと仕事を楽しんでいるか、老後を楽しんでいる人たちだ。それなりの効果はあったと、県も村もとりあえず満足したのであるが、人口はそれ以上にはならなかった。
 そんな状況の時に、私は移ったのである。
 私はグラフィックデザイナーである。仕事のし過ぎだったのかもしれないが、めまいで都内の病院に一週間ほど入院した。結局は疲れで、仕事を減らしてもっとゆったりした場所に仕事場を移した方がいい、と看護師さんにいわれた。偶然かどかわからないが、採血が必要なとき必ずその看護師さんが担当になった。
 退院間際、医者から疲れすぎないようにいわれ、注意を受けて病室を出た廊下に彼女がいて、紅村のパンフレットを手渡されたのだ。知り合いが関わっているので興味があったら私の紹介といえば、パンフレットに書かれているものの三割引になるということだった。
 渋谷のマンションに戻り、落ち着いたときにパンフレットを開いた。目に飛び込んできたのが借りることになった昔医者の家の写真だった。それは半分壊れていたが日本家屋に洋風な診察室がくっついている、大正、昭和初期野の雰囲気丸出しの家であった。
 コンピューターに向かう仕事ばっかりだったので、この機会に生活を変えるのもいいだろう。そう思った私は、ちょっと田舎の空気を吸おうと思い立ち、パンフレットの紅村に行ってみることにした。新宿から特急に乗って一時間半ほどの駅で降り、ローカル線に乗り換えて三十分、四つ目の駅の村であるである。山の合間の小さな駅で、それでも駅員さんがいて切符を受け取った。駅前は小さな広場になっていて、駐車場には数台の車がおいてあった。かなり広い自転車置き場と公衆トイレがある。
 その駅前広場の一角には食堂と雑貨屋が並んでいる。
 年をとった駅員にタクシーはあるか聞いたら、結局乗り換えた特急の止まる駅から呼ぶしかないようだ。
 あらかじめパンフレットから得た知識だと、その村は四つの地区、蝙蝠地区、茸地区、鹿熊地区、岩魚地区と分かれていて、パンフレットに乗っていた建物は蝙蝠地区にあった。地区の名前はパンフレットを作るときに名付けたようである。パンフレットの地図によると駅の広場から山の上に向かう道があり、10分ほど上ると少しばかり開けたところにでて左右に蝙蝠地区が広がっている。そこには蝙蝠神社を中心に、村役場、小学校、それに併設されて村の図書館、農協、いくつかのお店、それに個人の家がある。どの家も庭は広々としていてゆったりしている。空き家はかなりあるが、昭和半ばにたてられたものだろう、かなり壊れている。パンフレットの医者の家は蝙蝠神社の近くにあった。
 駅から登ってきた道は蝙蝠地区からさらに上に続いている。上に行くと茸地区があり、農家や猟師の家が点在している。林に囲まれ、茸がよく生えるところだという。画家や作家など芸術関係の若い人がすんで、活動をしているということだ。さらに上の方に行くと、鹿熊地区になり、陶芸家が釜を造って活動をしていたりするそうである。鹿や熊が出るかというと、昔は熊が出たらしいが最近出たという話はきかないという。せいぜい栗鼠や兎だということだ。
 駅の広場から下に行く道は線路をまたぎ、しばらく下ると岩魚川の橋に続く。橋を渡ると山裾まで田畑が広がりや間際に農家が点在する。田畑といってもそんなに広いものではなく、取れた米は村の中や近くの町に売られる程度だったそうである。空いている農家には子供を連れた家族が行く組みか移り住んでいるという。それとつり好きな人が何人か入ったということだ。
 さて、パンフレットにのっていた家はかなり直さなければならないが、雰囲気を気に入り写真を撮って東京にもどった。庭も広いし日当たりやなども申し分ない。
 東京で友人の建築家に撮ってきた写真をみせたら、なかなかいい家だと彼も気に入った。改築をして住む価値があるかどうか聞くと、大いにあると頷き、やらせてくれと彼のほうが乗り気になった。費用は村が低利息で貸してくれるし、看護婦さんの話では、彼女に聞いたことをいうとさらに3割引いてくれると言う。そえで改築はそいつにまかせて修理し住むことにしたのである。
 5年間借りるのではなく買いたいと村役場に行くと、大喜びで看護婦さんのことを言うまでもなく、3割引でいいということになった。友人に改築を頼み、半年後なかなかノスタルジックないい建物にできあがって、住み始めるととても気持ちのよいところであることも分かってきた。とても東京ではこのような物件は高くて望めないだろう。そのせいかいいデザインが頭に浮かび仕事がはかどった。
 村には移住者をサポートする体制がある。入ってすぐの人たちには、村の人が村の中をくまなく案内してくれて、注意をするところ楽しいところ、避難所、詳しく説明してくれた。最も大事な水の供給、ガスの供給など、生活に基本となる村の中の主要な施設や店も案内してもらった。この組織があるお陰で移住者が村の中にはよくとけ込めるのである。
 その組織の特に先頭に立ってまとめていてくれているのが、蝙蝠神社の神主、雲谷芯山である。34、5で私と同じほどなのでよく話をするし、さっぱりとしていて気持ちのいい男である。何くれとなく私の相談に乗ってくれる。奥さんの魂(たま)さんもこまめによく働く人で、巫女の役割もするし、この村の独特な古い風習などをよく知っていた。
 このように、村の人たちとの交流もうまくいっていて、生活はとても満足のできるものだった。

 最近、ちょっと不思議なことがある。献血車が家の前を献血を呼びかけながら通り過ぎていく。献血バスというのは大きな駅に止まっていたり、大学にきていたりして見ていたが、マイクロバスの献血車というのは始めてみた。それに、こんな過疎の町に献血車は似合わない。余り献血する人もいないだろうに。
 そのことを蝙蝠神社の住職である彼に言ったところ、「たしかにな、だけど村にはいいことだよ」と笑った。「家内はなんだかおかしな匂いがすると言ってたけど、あいつの占いもどうってことないからな」とも言った。
 ある日、村の図書館に出来立てのグラフィック絵本を寄付しに行ったときのことである。この村の図書館にはかなりいいというか、かわっているというか、面白い小説、美術や科学の本がそろっている。村に移住してきた連中が自分の本を寄付しているからだ。
 顔なじみの司書が「いつもありがとうございます、久米光平先生の本人気があるのですよと」言ってくれた。それで聞いてみた。
 「最近、献血車を見かけるけど珍しいねえ」
 
 「そうなんですか」
 「村の助役の話じゃ、献血の成績がよければ、この村に総合病院を造ってもいいというお金持ちがいるそうなんです」
 「どこの病院なんだろう」
 すると「救魅会というグループの病院だそうですよ」と彼女が言った。
 私が一週間入院したのも、救魅会渋谷病院だった。
 「県の方でも、その病院がきてくれるのなら補助を出すと言っているそうです、そうなると駅から村の中を走る紅村一周バスをはしらせることもできるということです、献血よろしくお願いします、私も一度しました」と若い彼女は笑った。それで状況が飲み込めた。一度くらいしてもいいだろう。
 「何でも、献血するといろいろな検査もしてくれて、自分の健康管理にもいいそうですよ、悪いところがあると教えてくれるんですって」
 それを聞いて家に帰ると、調度献血車が献血を呼びかけてゆっくり走っていたので、手を挙げて、我家の前で止まってもらった。
 車の扉を開けてくれたので、中に入ると、驚いたことに私が入院した病院の、しかもこの村を紹介してくれた採決担当の看護師さんだった。
 「あら、こんにちわ、お元気になられたのですね」
 「本当に驚きました、パンフレットをいただいたおかげでこの村にすんでいます」
 「私この村の出身なのですよ、これに必要事項書いてください」
 そう言いながらクリップボードを渡してくれて採決の準備をしている。
 「あの病院辞めたのですか」
 「いえ、私は救魅会本病院の者で、関連病院で人数が足りてないところに一定期間派遣されます。渋谷の病院に派遣されていた時に入院されたんでしたね、この献血車は救魅会の車で私が担当になりました」
 彼女は私が書いた書類に眼を通すと、「紙面上は問題ないようですが、採った血液を検査して問題があるようでしたら、使えるのなら血液製剤に回します、よろしければサインください。すべてのデータをご自宅に郵送します」
 と事務的に言って私を見た。よく見るとなかなかの美人だ。
 献血は初めての経験である。200CCというと、牛乳瓶一本よりちょっと多いくらいだろう。400ccまでとれるらしい。
 私はうなずいて、腕をまくると椅子に腰掛けようとしたら「体重計にのってください」と言われた。
 64。5キロだ。
 「男性は200cc献血なら45キロ以上、女性は40キロ以上じゃないとできないのです、400ccなら男女とも50キロ以上ですので、大丈夫ですね」
 なるほど。
 「今まで経験ありますか」
 「いえ、はじめてです」
 「肝炎などないと書かれていますが、こちらでも調べさせてもらいます」
 「はい」
 椅子が倒されて、ベッドのようになった。マイクロバスなりの工夫がある。すぐ注射針でぶすりかと思ったら彼女は血圧を測った。
 「122、67、いいですね、脈拍は70」
 そう言ってから、血管を指でさぐって、アルコール綿で拭くと、チューブのついた針をほんのちょっとちくりとさせただけで血管に差しれた。針をテープで皮膚に止めると、
 「ゆったりしてくださいね」
 そう言って自分も椅子に腰かけた。透明のチューブに赤黒い血が流れはじめた。彼女の目が嬉しそうにそれを追った。
 すぐにチーンと音がして、
 「あらはやいこと」と彼女は立ち上がり腕からはりを抜いて血のあとを拭くと丸いテープを張った。
 「押さえていてくださいな、ずいぶん健康になりましたね」と、自分の血が入って赤黒くふくらんだビニール袋をすぐに冷蔵庫にいれた。
 「これは採血した方に差し上げるものです、町の街頭では車内で召し上がっていただいたりするのですが、家の門の前ですので、どうぞ家で召し上がってください」
 彼女は福袋のように大きな紙袋をくれた。
 「それに、これは献血のスタンプです、スタンプがたまると、救魅会病院の無料検診券を差し上げます、MRIなどが受けられます」
 確かに便利かもしれない。
 「とられた血液はどのくらいで戻りますか」
 「体の状態にもよりますがすぐですよ、男性なら3ヶ月たてばまた献血できます、200ccなら年6回、400ccなら3回できます、年1200ccまでです」
 「自分の血液の量はどのくらいのものですか」
 「体重の8ー9%、12ー13分の1ぐらいと考えてください」
 「すると、僕は5000ccということですか」
 「そうですね」
 「400cc献血すると12分の一あげちゃうんですね、大丈夫なんですね」
 「血液が半分で出てしまうと死ぬ危険がありますが、造血の力は強いんですよ、それでないと怪我をして出血したときすぐ死んじゃう」
 「いや、よくわかりました」
 「またお願いします、手術に血液が足りなくて困っています。検査結果はふつうなら2週間で届くのですが、うちの病院の場合は1週間で届きます」
 私が降りると、彼女は外に出るとありがとうございましたと言って扉を閉め、運転席にいった。ワンマン献血車だ。大変な仕事だ。
 その夕方、集会所で月一回の紅村ミーティングに出席した。村の新しいしい人と昔からいる人の懇談会である。蝙蝠神社の雲谷芯山もリーダーの一人である。雲谷に献血車のことを聞いたら「俺は血の気は多いが、それをやっちまったら、村の運動を引っ張っていけなくなるで、まだしてねえ」
 という答えだった。
 紅村ミーティングは村役場にある集会所で車座になってやる。
 私がきた年、昨年から芸術家たちが村でアートフェスティバルをはじめたようとしていた。秋に蝙蝠神社の祭りをやるが、昨年はその週に芸術家たちが自宅を開放し、作品を皆にみてもらった。私のところにも東京から知り合いが見に来て、ついでに茸狩りをして帰った。ちょっと楽しい催しになった。茸の選別は村の長老たちがしてくれる。いいみやげになったと友人達は喜んでいた。今年は天然茸を売り出そうという老人がいた。去年は間に合わなかったが、地元の人は昔から家々で造られていた、アケビの蔓で造った籠などをなど売ることになった。村の人たちにとっても楽しみができたようだ。雲谷はこの村に住み着いた芸術家たちに、蝙蝠に関わるものを造ってもらい、蝙蝠神社に展示即売をすることを提案し、みな喜んで賛同した。
 ミーティングで村役場の若い男性がこんなことを言った。
 「最近みなさんが献血をよくするものだから、この村に病院ができるかもしれねえ」
 今ではこの村に医者おらず、隣の駅か特急の止まる町まで行かなければならない。数年前までは私がすんでいる家が唯一医院だったのだが、その後はもう医者が村には来なかった。
 「ある病院の理事長がこの村を気に入って、総合病院やケアハウスを建てたいといってると県の担当者が言っとたよ」
 「どこに建てるんかね」
 「駅のところだそうだ」
 「だけど騒がしくなるのはやだなあ」と新しく入った連中はいった。しかし地元の人たちは大乗り気である。
 「別荘地も開発したいそうだ」
 「だけどなあ、大丈夫かな」
 新しくきた人の中にはあまり賛成できない雰囲気もあった。何もないところに引かれて移ってきた人も多い。といって地元の人にはとても言い話である。雲谷は何も言わなかったがなにか付に落ちない様子だ。
 「その理事長って人も自然は壊したくない、駅舎もそのままにするし、蝙蝠祭りももっと復活させ、芸術村にしたいそうだ」
 その言葉に新しくきた人たちも肯定的な雰囲気になった。
 「病院はわしらの願いだったでよう」
 地元の老人は口をそろえた。
 「温泉も掘るそうだ」
 「いいことづくめだ」
 「私らの意見も取り入れてもらえるのですか」
 陶芸家の女性はまだ疑心暗鬼だ。それだけではない。隣に座っていた雲谷が小さな声で私に「家内が奇妙な夢をみるそうだ、村が赤い川にのみこまれる夢だそうだ」
 私はなんとこたえたらいいかわからず、首をかしげた。
 「理事長という人は、まだ若い絵描きや音楽家にずいぶん投資をしている人だということです」
 「私も図書館の方に話を聞いて、早速午前中に献血をしました」
 私が言うと、20半ばの彫刻家が、
 「僕もしました、驚いたことにこの村をすすめてくれた人が献血車に乗っていました」
 「私もですよ、入院した病院で採血をしてくれた看護師さんだった」
 「僕の個展の時、背広姿の男性と一緒にきて、作品を二点買ってくれました、だから看護師さんだと知らなかった、一緒にいた人が理事長さんかもしれない」
 その後の雑談で、かなりの人があの看護師さんを知っているのには驚いた。
 紅村ミーティングはフェスティバルの計画をまとめ、新たな病院の設立の話を聞いて終わりになった。
 そのあと雲谷と町で唯一の飲み屋で飲んだ。
 「あの病院の話はいいことだとは思うんだが、なんだか変な感じをもつんだよな、いくら芸術が好きな人でも、このへんぴなところに総合病院を造ろうっていうのはどうなんだろう」
 「ここが、へんぴじゃなくなるということだな」
 「それじゃ、紅村じゃなくなっちまうよな」
 「儲け主義じゃない人ならば、うまくいくんじゃないかな、病院は特色さえでれば、それで患者は集まるし、温泉を掘りケアハウスを造るのは紅村にはとてもいいことだと思うよ」
 「たしかにな、かみさんは、献血車の裏を調べろというんだ、そんなことをいう奴じゃないのだけど、献血車が赤くもやもやしたものに包まれて見えるそうだ」
 雲谷のいうことは私にはあまり深刻な問題とは聞こえなかった。
 献血の日から一週間後検査結果が届いた。
 中性脂肪がほんの少し基準より高いだけで、後はみな正常であった。感謝状とともにMRIの頭部無料検査補助券が入っていた。5枚たまると無料で検査が受けられるというものだ。ただその救魅会の病院は東京まで行かなければならない。
 こうなると近くに病院があれば便利である。
 昔からの人たちは温泉にとても期待していた。地元の人には共同浴場も造るという。

 半年後、正式にその計画が県から発表された。それにより急にその村が有名になった。空いていた家はほとんど人が入り、茸地区と鹿熊地区はさながら芸術家村になった。退職者が多かった岩魚地区はかなり若い家族たちがはいり、畑を耕しながら、自宅でできる仕事をしていた。
 村は救魅会の支持をうけ山の中に古風な家を建て売り出した。実はその家の設計者は私の友人で、今住んでいる家の改築をした男だ。古い家が好きなやつだから、おのずと設計する家もこの家になじむものとなった。その家は全国から退職後の人が買い求めた。雰囲気だけではなく、家の中のファシリティは最新のものだったのだ。
 私のいる蝙蝠地区には新しい建物が建てられなかった、小学校はアートホールとなることになり、公共施設の外形はそのまま内部が改装され、機能的になり、必要に応じて違和感のないような増築が行われた。昭和の味、山間の町の味はそのまま残された。
 ただ奇妙なことに、どの地区でも新たに入った人たちは誰かの紹介でくるか、直接申し込んできた人は村役場で審査され購入が許可された。
 さて、こうして一年がたったが、病院やケアハウス、温泉施設の敷地の土台づくりも進められている中、あの献血車は相変わらず村の中を忙しく走り回っていた。私ももう3回献血している。二年後に病院が開院するので、そのころには10回以上献血していることになるであろう。10回献血すると、病院に一泊してすべての検査が無料で受けられる。献血しているせいか体が軽くて仕事もはかどっている。
 現在村のはずれの森の中に造られている山小屋風の家は貸し別荘になるという。季節によって避暑だったり、茸狩りだったり楽しめる。アートフェスティバルのときにはいい宿になる。川の岸にも同様に別荘を造るらしい。
 こうして一年がすぎ、病院やケアハウスは建物の全容がみえてきた。共同の湯屋はもうできていて、村人はパスを見せれば無料で、旅行者は5百円で入ることができる。男女とも室内風呂と川に面した露天風呂がある。
 露天風呂の前によく献血車が止まっていて、あの看護師さんが忙しく働いていた。
 いつものミーティングの時に新しくきたトンボ玉を造っている、本人がトンボ玉のような丸いかわいらしい顔をした女性が紹介された。。
 彼女が自己紹介した。
 「霞理理(りり)です。ガラス工芸展にトンボ玉出したときに、理事長さんが見に来て、トンボ玉を買ってくれてここを勧めてくれました。その時理事長さんと話をしたんですけど、理事長さん、若いとき村にいたことがあるんだって、お母さんがここの出身で、若くしてお父さんが事故でなくなったものだから、お母さんの実家に小学校5年生までいたんだそうよ、だけど医者になる教育を受けるために東京にもどったんだって」
 「それじゃ、理事長はあの小学校にいたことがあるのか」
 「だからあそこを紅村アートホールにしたわけか」
 みんなやっと納得した面持ちである。
 小学校はすでに改装され個展にも貸し出しているし、村の芸術家や農家の造った籠や草鞋なども展示即売している。手編みの猫チグラはずい分の人気である。旅行中に車でよる人が増えてきた。
 理事長がここの小学校にいたことが知れ渡ると、村に移住した連中ばかりでなく、村の人も献血をするようになった。ただ献血は70になるとできないし、65以上で初めての人も献血はできないので、老人の多い村の人はあまり献血をしていない。
 今年の紅村アートフェスティバルのテーマは誰からともなく「赤」になった。村の名前もあるが、どうも献血で血を見慣れたせいかもしれない。
 「それじゃ、今年も赤い蝙蝠をつくってくれ、神社に展示して、全国に宣伝すべえ」
 雲谷もみなに細かな指示をし、来たばかりの芸術かたちのも子供のようにはしゃいでいる。ビルに囲まれてスピーカーで音がながされる都会のフェスティバルとは全く違う開放性がそうさせているのだろう。
 救魅会も多額な寄付をしてくれ、全国にしゃれたポスターを配布することになった。新しく来たドラマーが、農村ジャズをやろうということで、田圃の稲に囲まれた稲穂ジャズフェステバルも平行しておこなうことになった。紅村フェスティバルに音が加わった。
 地元のおじいちゃんが「アートフェスティバル」を「アットフェスチバル」というものだから、面白がって、若い移住者が「紅村アット、フェス血バル」と変換されたものをSNSで送ったものだから、SNS上で紅村が炎上してしまった。若い連中は紅村のマークを蝙蝠神社からとって赤い蝙蝠にした。
 その年の紅村フェスティバルは昨年より格段に多くの人が集まった。村の中を若い人たちが歩き回り、こんなに村に人が集まるのは初めてだと老人たちは驚いた。あらかじめゴミについては駅の脇に大きなゴミ捨て場を用意して、そこに分別して捨てるようにSNSで流してあったこともありうまく処理ができた。さらに驚いたことに、その日は村すべてを自宅以外すべてのところを禁煙にしたことである。といって吸いた人がいることは確かである。そこで考えたのは駐車場の近くのこんもりした林の中のみ有料で吸ってよいことにした。動植物には迷惑な話だったろうが、木の切り株に腰掛けて吸うのは格別だったということである。たばこの好きな地元の老人が一日中森の中で、吸う人への注意やら吸い殻の始末やらをやってくれた。もちろん自分も楽しんだのだ。この様子もSNSで拡散し、来年は煙草をすいに来るという反応がたくさんあった。煙草フェスティバルになってはこまるなーと雲谷たちは思案に暮れている。
 芸術家たちの造ったものもかなり売れたようである。
 駅の前には献血車が止まってあの看護師さんが働いていた。献血したフェスティバル来場者には、救魅会が貸別荘の無料一日宿泊券を配った。ただし冬の間しか使えない。それでもフェスチバル終了後も旅行客がおととずれるようになることになり、とても効果的だった。
 
 フェスティバルも終わり落ち着いたころに、6回目の献血を家の前に止まった献血車でした。看護師さんが「久米さんの血液は特級です、いい血液なので病院は喜んでいます、特級の人はこの村に3人います、とても貴重です」
 と言った。どのような意味があるのかよくわからないが人の役にたつなら嬉しいことである。
 紅村総合病院、紅村ケアハウスは1年後の八月に完成し、9月開院ということになった。祝賀会が八月の終わりに行われる予定である。県知事を始め、全国の献血の会会長、血液学会をはじめ多くの人が集まることになった。その前に紅村の村議会や村役場の職員、紅村ミーティング会の幹事が病院長の個人的なパーティーに呼ばれ、病院スタッフや救魅会の理事に紹介された。そこで今後の計画等も聞いた。紅村総合病院の病院長になる人は前に救魅会総合病院本部の副院長をなさっていた人のようである。救魅会は大都市に必ず一つの病院を持っていたが、今後、すべての県に必ず一つは造ると理事長が説明をしていた。
 パーティーの席上で、あの看護師が理事長を連れて私のところにきて
 「理事長、グラフィックデザイナーの久米さんよ、もう15回も献血してくださってます」
 「救魅男爵でございます、すばらしい血液をお持ちの方と聞いております、今後もよろしく願います」
 理事長は腰を低くした。白い髭をたくわえた背の高い紳士である。なんと答えていいかわからず、
 「こちらこそ、よろしくお願いします」としか言えなかった。
 救魅という名字で、男爵という名前だそうだ。
 「これは孫の魅子(みこ)です、お世話になってます、これからもよろしく」
 と、理事長はあの看護師を紹介してくれた。
 採血の看護師さんは理事一族だったのだ。
 「魅子さんはここのご出身だといったのは、理事長さんがここにいたからだったのですか」
 私が尋ねると、彼女は首を横に振って、
 「いえ、母がここの村の出身で看護師になって、父と結婚したんです、だから、母の実家にはよく遊びに来ていましたし、母が実家で私を産んでここの役場に出産届けをだしたので、最初はここに戸籍があったのです、ここにできる紅村病院の院長になるのは父です、母も働くことになると思います、おじいちゃんは母のお父さん」
 納得した。
 「そのうち、特別ご招待しますね」と看護師の魅子さんは理事長をつれて他の人のところへ挨拶にいった。
 茸地区や鹿熊地区の芸術家たちと理事長はいろいろと話をしたようだ。みんなますます献血にはげむようになった。

 病院が開院して半月がたつ頃に、紅村の名が全国に知れ渡るような出来事が起きた。血液の癌を煩ってしばらく療養をすることを発表し顔を見せなくなった大女優が半年で癌を克服して舞台に復帰する記者会見を行ったのだ。その場所が紅村総合病院の院長室だった。女優は病院の優秀さと紅村の自然と湯、それに若い芸術家の村ですばらしい環境であることを淡々と話した。それからはここの病院の得意な分野の一つが血液学であることが知られ、温泉が血液を増やす効果があると思われるようになった。
 そんなある日、献血車の中で血を採られているときに魅子にきかれた。
 「久米さんお一人のようですね」
 「ええ」
 「どうしてかしら、こんなこと聞いちゃ失礼かな」
 黒い縁のめがねのレンズの奥から私を見た。
 「いえ、どうも縁がなくて、というより、昔からどうもこんな調子で」
 「おじいちゃんがいうには、霞さんと久米さん相性がいいんですって」
 霞理理はトンボ玉を造っている女性だ。
 「理事長がそんなことおっしゃっているの」
 「おじいちゃん血液占いにこっているの、久米さんABでしょ、霞さんОなの」
 ずい分単純なんだ。そんな占い小学生でもやっている。と思っていたらその先の話があった。
 「その遺伝子配列の相性がいいんだって」
 遺伝子配列って何だ。
 「血球を造っている遺伝子があって、同じ血液型でも人によって遺伝子の違う部分がたくさんあって、二人の遺伝子を見るといい子供が生まれるそうよ」
 「そんな占いあるんですか」
 「占いって言ったけど、おじいちゃんが何千、何万の人の血液を見てきた血液学者だから、統計的な結果みたい」
 「科学者ってそういうことも考えるんですね」
 「いやじゃなかったらお見合いする」
 「誰とです」
 「霞さん」
 「よく顔を合わせて話をするけど、僕になんか興味ないんじゃないかな」
 「わからないわよ」
 私はどうも女性がわからなくて、結婚はお見合いかなとも思っていたので、お見合いをする事には抵抗がないが、霞さんと今更お見合いというのもなんだかおかしい。
 返事をしないでいると、「まあ考えといてよ」と腕から針を抜いた。そうだ血液を採っていたのだ。 
 そうしたら次の日には電話があって、救魅理事長がお見合いの席を設けるけどいつがいいか魅子が聞いてきた。空いている日を教えたのだが、どうもしっくりこない。こういうときにはよく雲谷に相談する。雲谷に電話すると神社の方にこいといった。
 蝙蝠神社に行くと自宅に通され、いっぱい飲もうと彼はウイスキーを出してきた。奥さの魂さんもグラスを用意してきた。彼女と話すといつも頭をのぞかれているような気分になる。いい人だがちょっと分からない奇妙な女性だ。
 彼女も一緒にウイスキーを飲んだ。ジャックダニエルをストレートで飲んでいる。
 「それでお見合いがどうしたんだって」
 「救魅理事長のお膳立てで、霞さんとお見合い」
 今までのいきさつを話した。笑うかとおもったら、彼はまじめな顔で「いいじゃないか」言った。
 魂さんも「あの子はいいこね」と肯定的である。
 「理事長のお孫さんの魅子さんにすすめられましてね」
 「魅子さんの乗った献血車が通った後に必ず血の匂いがする」と言い添えた
 どういう意味だろう。献血を積んでいるからだろうか。
 「人を轢いて死なせてしまった車は通ると血の匂いがするのよ」
 雲谷芯山は魂の言ったことを補足した。
 「まだ一緒になる前、家内はひき逃げをした車を何度も見つけだして、警察から表彰されているんだ、そういう匂いがするそうだ」
 「久米さん、霞さんはいい伴侶になりますよ、でもなぜあの理事長が二人を一緒にさせたがっているのかしら」
 「血液の遺伝子占いだそうです」
 魂が不思議そうな顔をした。
 「あなたたち聞いていない、あの理事長、月に一回必ず食事会をしているのよ、雑貨屋のシゲおばあさんが言ってたわ、あそこは茸や山菜も売っているでしょう、村の人が朝早く採って来たものよ、それを必ず病院の料理主任が買いに来るんだって、客を地元のものでもてなすようよ、岩魚や山女も使うのよ、全国にある救魅会病院の院長が参加して外国からのお客をもてなすみたい」
 「俺はその話し初めてだな、だけどそれがどうしたの」
 「僕はその話は初めて聞きます」
 「それがおかしいの、料理主任は料理を任されるのだけど、食事の部屋には入ったことがないって言うの。部屋の扉の前においておくように指示され、中に運ぶのは食事部屋の担当の男と女の人だけだそうよ。理事長が連れてきた人で、いつもぴしっとしたなりをしているというの」
 「あの理事長は凝る人のようだから、きっと自分のやり方を守っているんだな」
 「さらにおかしいのは、お酒を飲まないようなの、ワインもウイスキーも日本酒も用意されたのを見たことがないというの、水もないそうよ」
 「イスラムの人はお酒を飲まないな」
 「でも理事長は外ではよく飲むそうよ」
 確かに開院のパーティーの時は飲んでいた。
 「私が感じるのは、邪悪なことではなく、いにしえの悪が変化した現代の魍魎の背徳かしら」
 「難しくて理解せきませんでしたが、悪いことをしているわけではないと聞こえましたが」
 「そうなんです、だけど背徳なことをしているってこと」
 はじめからそう言ってくれればわかる。
 「俺が探ってみようか」
 「あなたやってくれる、もっとも荒立てると、背徳が邪悪に変わるときがあるから気をつけなければ」
 そんな話をした。わかったことは霞さんはいい人のようだ。
 ということで見合いすることになった。
 見合い当日である。
 病院の応接室で肩の凝らない見合いとうことにしたという理事長の話があった。救魅理事長と魂子が最初同席をした。
 お茶が目の前におかれただけである。
 「お二人とは改めて紹介する必要もないでしょう、どうでしょう、ご結婚なさっては」
 やけに直接的ではあるが、確かに遠回しの言い方はここではおかしい。
 霞さんはにこにこして、僕をみた。やはり僕から言わなければならないのだろう。なかなか言葉が出てこなかったが、
 「あの、霞さんが来てくれてうれしく思います、僕と結婚してもいいのですか」
 とやっと言った。
 「アハハハハ おもしろいのね久米さんて」
 僕は頭をかいた。
 「いいわよ、私もう38よ、それでもいいの」
 これまた驚いた。20そこそこだと思っていたのだ。
 「あのぼく、36です」
 「年上いやじゃない」
 「とんでもありません」
 敬語になってしまった。
 「さー、決まったようで、これは私たちからのプレゼント」
 魂子さんが封筒をテーブルの上においた。
 「旅行券、のんびりしてきてください」
 「新婚旅行のですか」
 僕が聞くと、魂子さんが「お好きなときにお使いください」
 といった。
 「結婚式しますか」
 霞さんが僕に聞いた。
 「霞さんに任せます」といったら「やめよ、めんどうでしょ」
 そう言ったので、そのまま霞さんは僕の家住むことになった。霞さんがいる鹿熊地区の林の中の小屋はそのままにしておいて、茸採りなどに使おうということになった。
 雲谷にその話をしたら。「俺が音頭とって、会費制で結婚祭やろうよ」といった。霞さんとも相談して、蝙蝠神社の境内でお祭りをすることにした。紅村ミーティングのスタッフが祭りの準備をし、屋台まで呼んでみんなと飲んだのである。病院の人たちが理事長と魂子さんにたくさん引きつられてきて、大きな祭になってしまった。
 理事長は「私ははじめて仲人をさせていただいたので、嬉しいことです」と髭をなでた。
 雲谷宮司の奥さんの魂は理事長を間じかで見るのは始めてである。
 「なんだか蝙蝠の糞の匂いがする」と訳の分からないことをつぶやいた。 
 その後、理理とうちとけて僕の家の一部屋をガラス工芸の展示室にし、僕のグラフィック絵本も並べた。
 理理と結婚してから雲谷夫婦がよく遊びに来るようになった。魂さんと理理は気があうようでよく話し込んでいる。魂さんに理理が大きな真っ赤なトンボ玉を造ってプレゼントをしたら、白い巫女さんの格好をしたときには必ずその赤いトンボ玉を胸の前につるした。それがまた魂さんを引き立てた。
 ある日、芯山だけが家に来て僕に話しがあるといいうので僕の作業部屋に通した。
 こんな話だった。救魅病院のパーティーをする貴賓室には貴賓室担当の二人しか入ることができないが、病院の掃除の者が二人のもとで部屋に入り、パーティーの前の日に掃除をするそうである。掃除をした男の話しでは、大きな木のテーブルが部屋の真ん中にあり、一方の壁の本棚には古そうな革装の外国の本が並べてある。ガラスの開き扉のついた食器棚には、たくさんのグラスが並べてあるという。リキュールグラスや小型のワイングラスで、かなりの年代物のようである。掃除を担当する者はテーブルの上や家具を乾拭きさせられるそうだ。
 話を聞いたところでは何も変ったところはないと思われたのだが。
 「ところがな、人を招いて食事をするとき、グラスはあるが、ワインや酒類は注文がないのは不思議だろう、水も用意されないんだ」
 その話しは魂さんから聞いていたので僕はうなずいた。
 「貴賓室の担当の女性と男性は、棚のグラスを丁寧に磨いているそうだ、だからなんかに使っているようだよ、何を飲んでいるのだろう」
 「だけど、それでなんだと思ってるの」
 「わからない、部屋の一角にやっぱり大きな戸棚があって、鍵のかかった木の両開き扉がついている立派なものだそうだ。それも乾拭きするそうだが、かすかに機械の音がしているようだって言うんだ」 
 「それワインの貯蔵庫じゃない、今家庭にも木でできた電気のワインクーラーがあるよ。ワイン好きはそういうのそろえるの好きだから」
 「そうかな、僕は薬をやってるんじゃないかと思ってるんだ」
 「覚醒剤かなにかかい」
 「うん、医者はそういうの手に入れることができるだろ」
 「だけどそういうの目立たないようにやるだろう、大々的にパーティーにするとみつかるじゃないか」
 「そうだけどな、その中にはいっているものがわかればはっきりするだろう、何とか突き止めてみようと思う」
 「魂さんはどういってるの」
 「気をつけろって、やめたほうがいいと言っててるよ、どうなるかわからないらしい、あいつの占いははっきりしているんだが、あの病院の人たちに関しては、よく見えないらしい」
 「それじゃ、あまり顔をつっこまないほうがいいよ」
 「そうだな、無理のない範囲で調べるよ」
 貴賓室のことを教えてくれたのは蝙蝠神社の信者の息子からだそうだ。その男の子が救魅病院の清掃員として雇われていることを知って、彼は病院の貴賓室についていろいろ聞き出していたのである。
 その後、彼は檀家の息子に少しばかりの小遣いを渡して、音のする家具について調べてもらったのである。
 二人の貴賓室担当者がグラスを磨いているときに、音のする家具の扉を磨きながら少しばかり開いてみたという。その時鍵はかかっていなかったようだ。中はやはりクーラーボックスのようで、中の扉はガラスになっていて、ワインの入った瓶が並んでいたということである。
 やっぱり上等なワインを所蔵していたのかと思ったそうだが、ラベルを見ると番号と年月日のかかれた紙が張ってあるだけのものだったそうだ。
 雲谷に「密造ワインを造っているんじゃないか」と聞くと、「そうかもしれないが、ワインのように透明感はなくて赤黒かったそうだ」
 「そういう不透明のワインだってあるぜ、またはワインに何か混ぜてあるのかもしれないな」
 「確かにそうだな、もうちょっとあいつに調べさせるか」
 そんな話をして1週間たったある日、雲谷が血相を変えて家に飛び込んできた。ちょうど理理は小学校だったアートホールの仲間のところに行っているときだった。
 「見つかっちまった、あの男貴賓室のワインクーラーを開いて中のものを調べようとしたらしい、それで俺に頼まれたことを言っちまったようだ」
 「どうしてそれがわかったんだ」
 「魅子さんから連絡があったんだ、貴賓室の中のワインを見せてあげますから来てくださいと言われた、それに、誰にも言わないでほしいとも言っていた、だがお前には言っとこうと思って来たんだ」
 「俺のことも知ってるのかな」
 「いや、知らないと思う、おれはこのことをいっさい他に言っていない、それで、魂にも言わないで魅子に会うつもりだ、それでなにがどうなるかわからないから、ほらこのズボンのベルトをはめてきた、ベルトの両脇のところが幅広くなっているだろう」
 彼は普段からGパンにカーボーイのような太いベルトを締めているが、両脇がさらに膨らんでいるベルトをしている。
 「この裏に小さなナイフ等が入れられるようになっている、そこに薄いボイスレコーダー入れておく、彼女との会話を録っておくから、俺が記憶喪失にでもなって帰ったときには確認してくれ」
 記憶喪失って何だ。なんだか大仰な気もするがうなずいた。
 「それじゃ、これから行ってくる」 
 「まあ、気をつけてくれよ、美味いワインを飲ませてもらうだけかもしれないよ」
 その夜の十二時頃である。魂さんから電話がかかってきた。魂さんが僕の携帯に電話をかけるなどということは今までなかった。十二時はまだ我々にとって活動時間である。理理は今日アートホールで若い作家たちに刺激され今新しいトンボ玉を造っているところだ。
 「あの人おかしいの、どこから帰ってきたのか知らないけど、病院の人と同じ匂いがするの、蝙蝠の糞の匂い」
 芯山は帰ってきたようだ。
 「なんでしょうね」
 「何かあの人の身に起きたようなんです」
 「どうしたんです」
 「普通の人になってるんです、言葉も丁寧だし、でも飲んできたことは確かです、酔ってます、よい方が違うんです、まじめに酔ってるんです」
 彼女の表現はむずかしい。
 「これから伺っていいですか」
 「お願いします、あの人の様子見てください」
 「ではすぐ行きます」
 蝙蝠神社は歩いてすぐのところだ。
 「誰から電話」
 「雲谷」
 「行くのなら、もらったお酒もっていく」
 「ああ、いいのかい、おまえは行かない」
 「今のってきたところだから、魂さんによろしく」
 「うん」
  蝙蝠神社では、魂さんが玄関で待っていてくれた。
 「こんばんわ、ありがとうございます」
  ちいさなこえで耳打ちをした。
 「主人の前ではいえないんですけど、急に変ってしまったみたい」
  奥から「誰かきたの」と声がした。
 「久米さん」
 「酒もらったから飲もうと思って、理理はトンボつくてて来れないから、みなさんによろしくって」
 浴衣を来た彼が玄関にでてきた。確かに雰囲気が違う。表情が薄い。
 「わざわざすみませんね、今に入ってください」
 よう、あがれよというのが彼だ。今日病院に行く前に自分のところに来たことも忘れているようだ。
 「今日はどうだった」
 僕はそう聞いてみた。
 「救魅病院の理事長と魅子さんと、うまいワインを飲みながらこの神社のことを話してね、大昔に埋まった洞窟をさがすと言うことになったんだ、また村の観光スポットがふえるしね」
 「そりゃあよかった、美味い酒飲んで来たのなら、もってきた酒じゃ口汚しになっちゃうかな」
 「とんでもない、いただくよ」
 もってきた酒を見せて、キッチンにいき、飲む用意をしていた魂さんに酒を渡し、小声で「彼のベルトの左右どちらかの膨らみにボイスレコーダーが入っています、取り出してください」と言った。
 居間に戻ると芯山はテレビをつけて深夜の番組を見ている。
 「病院でどんなワインがでたの」
 「とろっとしたワインだった、新鮮でね」
 
 「そうだとおもうよ」
 魂さんが、お酒の用意をしてくれた。魂さんのつけたキュウリの糠みそづけと、猪の肉の味噌づけである。
 彼は猪の肉を食べ、酒を飲んだ。
 「この肉うまいね」
 魂さんが不思議そうな顔をした。芯山は魂さんのぬかみそが好きで、それで酒を一升飲むタイプである。
 「その洞窟をさがすのはいつからやるんだい」
 「まだ病院も開院して間もないことだから、数年後だと思う」
 「神社の裏の斜面を掘ることになるね」
 「うん、鍾乳洞でもあるといいな」
 「蝙蝠もまたすむな」
 「きっとな」
 そんな話をしていると二時を過ぎた。
 「そろそろかえるな、紅村ミーティング明後日だな、よろしく」
 「ああ、お休み」
 玄関で魂さんが「これ理理さんにわたして」といつものようにキュウリの糠みそづけを包んでくれた。目でベルトの中のものが入っていると知らせてくれた。
 家に帰ると理理が作業のか片づけをしていた。
 
 と包みをテーブルの上に広げると、キュウリと一緒にビニール袋に入ったボイスレコーダーがあった。
 「なにそれ」
 「録音機、明日説明するよ」
 すぐ聞いてみたかったが、酒が入っているし明日にすることにした。
 そこには大変な話しが入っていたのである。

 朝起きるとすぐに、作業部屋でボイスレコーダーを再生した。
 「雲谷宮司さん、来てくださってありがとうございます、理事長は病院の方の急用でこれませんので、私の方からお話ししますね」
 魅子の声である。
 「あの男に探るように行ったのは私です」
 「なにがあると思われたのかしら」
 「マジックマッシュルームとか覚醒剤とかじゃないかと」
 「それだけ」
 「ええ」
 「今日はすべてお話しししますね、用意してちょうだい」
 貴賓室担当の者に食事の用意をさせている音が入っている。
 「この病院がなぜここにきたか、疑っているのでしょう」
 「疑うって言うのではなくて、ちょっと気味が悪いというか」
 「はっきりおっしゃるのね、これから話すこと最後まで聞いてくださいね、そのワインは原始的だけど好きなワインです、ジョージア、グルジアのワインです、ワインの発祥の地よ」
 「あ、おいしいですね、少しとろっとしている」
 「この病院は、血液の病気が得意なことはご存じね、私たちが生き延びるには、医者や医療関係、生命科学者になって改革をしていかなければならなかったのよ。
 あのワインクーラーの中に入っているのは瓶に入った血液よ、とてもおいしい血液、あ、逃げようとしてもだめよ、ここからはでられない、最後まで聞いてよ」
 芯山は逃げようとしたのだろう。
 「病院には多くの患者さんがくる、我々はそれらをテイスチングできるのよ、おいしい血液の人を見つけると、この村を紹介したの、この村に集まっている人はみな私たちが声をかけた人で、献血をしてもらって、月に一度、集まって飲むの、私たちの楽しみよ、それでわれわれは生きていける」 
 「吸血鬼なら、なぜかみついて血を吸わない」
 「暖かい血はおいしいわ、でも冷たくして飲むことを我々は覚えたの、なぜかって言うと、かみつくと、その人我々の仲間になってしまうのはご存知でしょ」
 「知っている」
 「ということは、おいしい血を持ってる人が仲間になると、もうその血は楽しめないわ、それで、おいしい血を持っている人は大事に保護して、一生涯我々が面倒をみて、寿命が来たら、血を全部抜いて、葬式も病院がもってあげるのよ」
 
 「言い方次第でしょ、本人が知らなければ、一生幸せで終わるのよ」
 「みんな一生懸命、病気の人のために献血しているのに、おまえたちの食料になっているのだ」
 「病院として患者さんを直すために使っているわ、ほんの少しいただいているの、一月にグラスいっぱい飲めばいいのよ、私たちもあなたたちからみたら先天性の病人よ」
 「吸血鬼じゃないか」
 「鬼じゃないし、吸いもしない、吸血鬼はブラム・ストーカーが作り上げた小説の主人公、私たちは、血を飲まないと生きていけない生き物、草食動物、肉食動物、雑食動物という分け方からすると、血食動物よ」
 「そんな生き物がいるとは思っていなかった」
 「いや、蚊だって、蚤だって、吸血蝙蝠だってその分け方なら我々の仲間、だけど、人間としては私がその最初なの、八百年まえ、夕方にこの村の洞窟の前にいたら、何千もの蝙蝠が洞窟から飛び出してきて、私にかみついて血を吸ったわ。吸血蝙蝠だったのよ。吸血蝙蝠は動物たちの血を吸うのよ、日本にはここにしかいなかった。私はかまれて血を求めるようになり、周りの人の血を吸って、仲間を増やしたわ。どうしてそうなったかそれは分からない、吸血蝙蝠が血を吸った時唾液が私の体に入って、私の遺伝子を変えてしまったということになるのかしら、私たちには血を一月に一回吸えば永久にいきることができた。今の理事長は私が仲間にしたのよ、彼は私より数段頭が良かった、みんな吸血鬼にしてしまったら、吸う血がなくなる、リサイクルを考えなければだめだということで、献血車を思いつき、さらに将来、人間に血をもとめなくてもよくなるようにすると救魅男爵は考えているの」
 「それはどうするんだ」
 「血液をつくるのよ」
 「どうやって」
 「ノーベル賞を取った山中さんは私たちにとって神様よ、血液の細胞を作り出せる、細胞だけではなく成分の調整はむずかしくない」
 「造った血液で満足できるのか」
 「だからおいしい血を持っている人捜したの」
 「いたのか」
 「そう、最高においしい血液をもっているのが久米さん、それに霞さん」
 「それで結婚させたのか」
 「お見合いよ、二人の意志よ、きっといままでにないおいしい血液を持った子供が産まれるわ、その子の血液を山中細胞から作れるようにするのよ」
 「そんなことはさせない」
 「さっき言ったように、本人たちはなに不自由なく充実した人間としての人生を送るのよ」
 「この村からでるように俺が言う」
 「それは無理よ、あなたは私たちの仲間になるのよ、押さえつけてちょうだい」
 がたがた後片付けをする音が聞こえ、「うわー」という芯山の叫びが聞こえた。
「ソファーに寝かしといて、目が覚めたら教えてね」
 という声とともにハイヒールの音が遠ざかり、扉が開き、閉まる音がした。その後も片付ける音と、後片付けをしている男女の二人の会話が入っていた。
 「この人蝙蝠神社の神主さんでしょ」
 「うん、でも今日から我々、血食人間だな」
 「あまり増えない方がいいけど」
 「仕方ないさ、人間が人間の多様性を認めるまで、こういうかたちでしか対応できないものな」
 「理事長が進めている本当の血液の生産がうまくいけばいいのでしょうね」
 「そうだな、死ぬことのない我々は人間社会で大事な役割を果たすはずだけどな」
 「そう、長い長い地球の歴史を見ているものね、失敗を繰り返さないように正しい判断をするのには大事なことよ」
 「今の人間にそれがわかるようになるのは時間がかかるね」
 また人の動くような音とガラスの扉が閉まる音がした
 「さて、グラスを拭き終わったし、向こうの部屋で、我々も血液をいただこう」
 二人の靴音が遠ざかり、その後は雑音だけになった。
 しばらくの空白のあとに「神主さん起きました」という声が入っていた。
 ハイヒールの音が聞こえ、「雲谷さんご気分はどうですか」
 魅子の声である。
 「俺はどうしたのかな」
 「ちょっと酔われたようね」
 「もう、十二時だ」
 「お帰りになる前に、向かい酒、とっておきのいっぱい召し上がれ、私もいっぱいいただくわ、これは滅多に飲めないの、お近づきの乾杯」
 扉を開ける音がして、やがて「乾杯」という魅子の声がして、かちんとグラスをぶつける音がした。
 「うわー、うまい」
 芯山の声である。
 「私の飲んだのもおいしいわ、雲谷さんのは久米さんの血、私の飲んだのは理理さん」
 「うまいなあ」
 「一月に一度お誘いします、でもいつもこの二人の血が飲めるとはかぎらないのよ、外国からのお客様が優先、でもここに住んでいる人たちの血は選ばれたものだからみな美味しいわ」
 「ごちそうさまでした」
 「おやすみなさい」
 その後芯山の歩く音だけで、途中で録音が終わった。
 「あいつ、俺の血を飲みやがった、吸血鬼、いや血食動物になったのか」と私は独り言をつぶやいた。

 さて、これをどのように扱えばいいのか。頭で整理をしてみた。
 文学の中では吸血鬼と呼ばれている血食人間が世の中に本当にいる。
 彼らは永遠の命がある。
 雑食動物の人間に危害を加えるつもりはない。
 それを知っているのは僕だけだ。
 彼らが我々の中で無理なく生きるにはどうしたらいいか。
 彼らが自分たちで血を造ろうとしているのは正しい。
 もし国や世界が彼らをどこか追いやろうとしても雑食人間がかなうわけはない。
 今のままでまずはだいじょうぶである。
 本当にそのままでもいいのか。自分一人の頭の中ではそうしろと言っている。
 身近なところで、魂さんが疑問に思うだろう。彼女の夫は彼女のぬかみそキュウリをかたちだけで食べる。雑食人間と血食人間の子供はどうなるのだろう。魂さんには知らせよう。
 家内、理理にはどうだろう。夫婦であり、二人とも血食人間にとっておいしい血を持っている。やっぱり知らせるべきだろう。
 ただ、僕や魂さんや理理が知ってることを魅子たちが気づいたらかみつかれて、血食人間にされないだろうか。ということは、魂さんと理理に話す前に魅子さんに僕の考えを知ってもらった方がいいのだろうか。
 僕は一週間も悩んだ。それでまずこういうことにした。
 救魅病院の献血センターに電話をした。魅子さんに献血の時期になったので献血車に来てもらえないか言った。理理も一緒だと言うと、喜んで献血車を家の前に走らせてきた。二人とも献血をした後、お茶でもどうかと、魅子さんを家の中に誘った。理理の手作りアップルパイは評判なのだ。三人でお茶を飲みながら、僕は話し始めた。
 「魅子さん、ぼくはあなた方の味方です」と切り出した。
 理理はなにを言うのという顔をして、魅子さんはちょっと緊張した。勘のいい人だ。
 「血食人間であるあなた方と共存をしたい」
 二人とも僕を見つめた。
 「芯山が血食人間になったことを知っています、魂さんは知りません」
 「どうしてお知りになったの」
 「芯山は魅子さんに会いに行く前に僕のところへきました、ベルトにボイスレコーダーを入れていくといって出かけました、僕の血をおいしいといっている声も入っています」
 魅子さんはびっくりして、理理は何の話をしてるのと言う顔をした。
 僕はボイスレコーダーから録音したものが入っているPCを持ってきて、二人に聞かせた。
 魅子さんは顔を伏せて、「おしまいかしら」と小さな声で言った。
 そこで僕の考えを言った。それを聞いて、
 「私はあなたの考えに賛成よ」
 と理理が言った。
 「魅子さん、芯山と魂さんの子供はできますか」
 僕が聞くと「できないわ、亜種じゃなくて、別種の人間だから、人間は一種だったの、それが二種になるのよ」
 「どういことです」
 「亜種だったら子供はできる、ライオンとヒョウのレオポンみたいに、でもあなた方と私では形は同じでも、主要な部分で遺伝子が違う、私たちは寿命がない、子供を産む仕組みはないの」
 「それは魂さんも知るべきだな」
 「そうね、そうしないと魂さんかわいそう」
 「そうですね、久米さん、どうしたらいいでしょう」
 「芯山にまずこのことを魅子さんから言ってください、その後、これからのことを五人で考えませんか、ぼくは血食人間にはなりません」
 「大丈夫です、もし皆にしれたら私たちはどこかに隠れて暮らすしかありません、そうすると、また昔のように人にかみついて血を飲むしかなくなって、血食人間が増えてしまいます」
 「そうならないように、今のままでいられるように考えましょう」
 魅子さんの顔が明るくなった。
 「お願いがあります」
 「なんでしょう」
 「この録音は芯山には聞かせないつもりです、黙っていてくれませんか」
 「どうしてでしょう」
 「僕の血をうまいと言って飲んでいる自分の声を聞いて彼がどう思うかわからないからです」
 二人はうなずいた。

 今は病院の理事長をはじめとして、皆僕に協力をしてくれている。血液や骨髄を提供して、彼らが自分たちでおいしい血を造るようになって、独立できるように協力している。芯山ともよくはなす。僕をみる目つきにかわりはない。永遠の命を持つと考え方が変わるそうだ。寿命のある魂さんがかわいくてしょうがないらしい。いっぽうで魂さんは芯山といつまでも暮らしたいから、血をすってくれと芯山にせがむらしい。今はそうしたくないけど未来にはわからないと言っている。
 そして、周りの人に彼らのことを話すのはやめようということになった。雑食人間の考えは様々で、今は無理だ。それでいい。
 洞窟を掘ることはやめることにしたと理事長が言った。なにが出てくるかわからないし、莫大な費用がかかるので、その分、村の発展に使うと言うことである。
 今紅村は平和である。
 われわれ二人は血食人間のことは忘れて寿命をまっとうするつもりである。何せ日本で一番美味しい血をもっているので、いつも病院の人たちのからは尊敬の眼で見られている。

19ー10ー13
台風十九号去る日本晴れ、ラグビーワールドカップ、日本スコットランド戦勝利8強入り。
 

献血車

献血車

過疎地の空き家を改造して住むことになった。なぜか献血車が回ってくるようになった。その目的とは?

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-25

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著作権法内での利用のみを許可します。

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