夢遊

将来の夢、素敵な大人。

23歳、無職、童貞。将来の夢、素敵な大人。子供の頃想像していた自分は、もっと輝いていました。芸能人やスポーツ選手になりたかったわけではありません。唯、大学を出て普通の社会人になっていると漠然と考えていました。
その普通がいかに難しい事でしょうか。まだ、若いですしどうにでもなると思う時もあるのです。しかし、その根拠のない自信は夜を迎えるとふっと流れ星のように消えてしまいます。何をしたらふつうのルートに戻れるのか、何をするべきなのかが、僕には分からないのです。
その日は久しぶりに電車に乗りました。晴れていましたから。こんな太陽が眩しい日なら、きっと誰も自分の事など見ないはずだと思ったのです。みんな、太陽ばかり見ているはずだと。
そして、この日、僕は死にました。
最後に見た景色は青。その視界一面に広がった青はきっと空なのだと思うのです。みんな上を見ているだろうと外出しましたが、地面ばかり見ていました。地面に太陽があるのでしょうか。いや、僕を見てるのでしょうか。一瞬僕は太陽になった気がしました。


ここはどこなのでしょうか。僕は、死んだと思ったのですが、病院ではない事は確かのようです。僕は白い病院独特のベットではなく黒いタイルの床に放置されていますし、身体に傷も見当たりません。この部屋にあるのは机とその主人であろう女でした。その女は。その女の顔を形容するのはひどく難しい事に思います。何故彼女を語ることができないのか私にも分かりません。特徴が無い顔をしているわけでは無いのですが、彼女を説明する言葉が浮かんでは次の瞬間には水滴のように消えてしまうのです。
彼女は、僕をじっと見てそれでいて何も話し掛けようとはしませんでした。もしかして、僕から話しかけなければいけないのでしょうか。それはとても僕にとっては、難しいことです。もし無視されたら、もし自分の意図が伝わらなかったら、もし気持ち悪いと思われたら。そんな事を考えてると発しそうと思った言葉は、喉を下り、胃へと行き消化されてしまうのです。
いつも、いつもそうなのです。しかし、この悩みは彼女の一言によって消される事となりました。彼女が僕に話しかけてきたのですから。
「貴方はまだ死んでいないわ。貴方のそれを決めるのは私の役目ですもの。貴方が勝手に決められる事じゃないの。」
「僕は死んだのではないんですか」
「それを決めるのがこの場であり、私なのよ。故にまだ貴方は死んでいないわ。」彼女は、ひどく勿体ぶった遠回りな言い方をする人でした。
「では、僕は死ぬのですか」
出来る事なら、彼女の小さな手で殺して欲しいと思いました。彼女の手はきっときめ細やかで、柔らかく、冷たく、触ると気持ちが良いものでしょう。
「いいえ、貴方は死なないわ。そう私が決めたのですから。死なないわ。」
又も彼女は尊大な回りくどい口調で私に告げたのです。
「また、貴女に会いに来ます。必ず、また来ます」
彼女は、何も返事をしませんでした。それでも良いのです。

太陽に一番近い場所で思います。私はもう一度太陽になるのです。

夢遊

夢遊

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-24

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