第8話-27
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まるで荷物を放り投げるように、研究室へ父親を押し込み、ビザンも研究室の中に入るとドアをロックしようとした。
けれどそれより早くミザンが2人に追いつき、研究室へ滑り込むように入ってきた。
「兄さん、何考えてるの」
赤い顔で怒りの声を水中に張り上げる妹をよそに、ビザンの視線は父親の持つ銀色のキューブに注がれていた。
いきなりだった。ビザンは父が大事に抱えていた泡の中のキューブに腕をのばすやいなや、それを力ずくで奪い去った。
筋肉がほとんどない腕をバタバタさせ、グザは自らの宝を奪い返そうとする。
けれど息子は父親をなんと引っ叩いて、水分子を凝縮した床へ倒した。
「兄さん」
驚いたミザンが兄の所業に愕然として叫ぶ。
腕を掴んだミザンを払い、水分子を凝縮した壁にぶつけると、父に向かって叫んだ。
「父さん、この箱は、深海で何をみたんだ」
宝を奪われたグザは、唸り声をあげた。
「返せぇ、返せぇ。それはいかん、いかんのだぁ」
「だからなにが。なにを知っての」
ビザンは詰めよるように、水の中に叫び声を響かせる。
「なにも、お前はなにもわかっておらんのだ」
「何度も言わせないでくれ、父さん。惑星ムーノの海溝で何を見たか聞かせてくれ」
必死に冷静でいるように努めたビザンだったが、焦燥感がその胸の中では風船のように大きく膨れ上がっていた。
息子からキューブを取り戻そうと、必死にあがくグザ。
「お前には、お前にはなにも見つけられぬ。世界は、水はお前を認めはせん。何もできない、ビザン」
頭は明瞭で父はいつもよりもはっきりとした口調だった。ところが足の間からは彼ら種族の尿が水の中に広がる。
その瞬間である。ビザンの脳裡でこれまで父を介護してきた光景が本をめくるかのように駆け巡った。
「兄さん」
壁際のミザンが叫んだ時、ビザンは無意識のうちにそれを行っていた。銀色のキューブをひとつ放り投げ、もうひとつを両手でしっかりと抱え、父の頭に叩きつけていた。
純正の銀の塊で力いっぱい生物の頭を殴ったらどうなるのか。結果は容易に分かる。
グザの、父の肉体は血液を頭蓋から水中に放出し、水中に枯れ葉の如く浮いていた。その細い身体に力はなかった。
「嘘でしょ、嘘よね」
壁際でゆっくり立ち上がり、父の身体にゆっくりと近づく。何を言っていいのか混乱する彼女は、父を必死に揺さぶるがグザが意識を取り戻すことは二度となかった。
怯えながら兄の顔を見ると、ビザンの眼には父の遺骸より銀色のキューブが映し出され、ギラギラと野心の黒々とした色が兄の身体を縁取っていた。
ビザンは銀色のキューブを2つ手にすると、父の遺体をそのままに部屋を出たのだった。
第8話-28へ続く
第8話-27