モンブラン/嫉妬/おやすみなさい

あおい はる

 あやとりをしていて、ひもが、ほどけなくなったみたいな、からまって、こんがらがって、よくわからないようになってしまって、思考が、そんなときは大体、恋におちたときだって、せんぱいが言ってた。七つ年上のせんぱい。三か月前から、ちいさなケーキ屋さんで働きはじめて、なんだか楽しそうである。モンブランをつくるのが好きで、とくに、マロンペーストをしぼるのがおもしろいんだよと、せんぱいは話してくれた。いつものおだやかな声色で、ぼくはいまにも、眠りそうになりながら、せんぱいの声に耳を傾けていた。そういえば、ヨシダと、おなじ年の子が入ったよ。せんぱいがそう続けて、ぼくは、はんぶん閉じかけていた目を、かっ、と見開いた。それって、おとこのこですか、おんなのこですか。ぼくがたずねると、せんぱいは、おとこのこ、と答えて、部屋の照明を消した。せんぱいは、常夜灯がついていると、眠れない質であって、ぼくは、べつに、どちらでもだいじょうぶなひとだった。
「まだ、緊張しているのかもしれないけれど、おどおどしてて、おれと出逢ったばかりの頃のヨシダを思い出したよ。あと、まゆげのかたちが、きれいなんだ」
 ぼくは、ふとんをかぶりながら、そうですか、と言った。すごいわかりやすく、ぶっきらぼうな、そうですか、になったので、ぼくはすこしだけ、どきどきしていた。顔も、なまえも知らないひとに嫉妬していることを、せんぱいに覚られたら、という不安と、嫉妬している理由を、気づかれたときの言い訳と、その、まゆげのかたちがきれいと、せんぱいにほめられたやつへの興味と、憎しみと、言葉で説明するには厄介な、諸々の感情が、いっぺんにおしよせてきて、眠気を吹き飛ばしていった。
「そういえば、ヨシダ、さいきん来ないよね。店長が会いたがってたよ」
 ぼくは、ころころとした手の、パンダの店長のことを思い浮かべた。パンダの店長は、さくさくのクッキーや、ふわふわしっとりのケーキなんかを、あのおおきなからだを揺らし、せっせとつくっていた。ぼくは、さいきん、せんぱいの働いているケーキ屋さんどころか、せんぱいの部屋にも、あまり寄りつかないようにしていたというのに、せんぱいに誘われると、すぐ、かんたんに、ころっと、誘われてしまうのだった。
 今度行きます。
 ぼくは言った。その、例のやつの顔も、見てみたいと思った。せんぱいと、いっしょの職場とか、ずるい、とも思った。仕事をしているということは、そのあいだ、ずっと、せんぱいといっしょにいれるということなので、やっぱり、ずるい、としか思えなかった。ぼくも大学をやめて、せんぱいと働きたい、と思ったけれど、きっと、これをいうとせんぱいは、いつものやさしい気配を殺して、こんこんと怒るのだろうと想像したから、黙っておくことにした。どちらかといえば、近寄りがたい感じの人相をしているけれど、反して、驚くほどにおだやかで、やさしく、争いごとを拒む、平和主義のせんぱいが、怒るときは、ちゃんと怒って、でも、怒られて怖い、というより、怒られると痛い、と感じるほど、じぶんの心を痛めて怒る、せんぱいだからこそ、ぼくは、黙っていた。せんぱいと長い時間を過ごしたいから、大学も、就職活動もやめたいとか、大学の友だちよりも、せんぱいを優先したいとか。
「うん、おいでよ。店長、おいしそうにたべるヨシダのこと、すごい気に入ってるから」
(ぼくは、せんぱいにだけ気に入られれば、いいです)
 思いながら、ぼくは、はい、と短い返事をして、それから、おやすみなさい、と言った。もぐったふとんのなかで、ぎゅっ、と目をつむった。せんぱいの、おやすみ、の声が、はっきりとではなく、ぼやんときこえた。ぼやん、としていて、でも、せんぱいの声は、言葉は、いつも、ぼくのからだに、じわじわと浸透してくるので、泣きたかった。

モンブラン/嫉妬/おやすみなさい

モンブラン/嫉妬/おやすみなさい

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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