コミカルでミュージアムなアスファルト畑

 ヘッドフォンは青いヤツでしょ。だって人の肌みたいな色のヘッドフォンってダサいよね。それに半透明で中の機械が見えるヘッドフォンもダサいんだ。一昔の未来を気取っているようでさ、すんごく、カッコ悪い。てへへ。

 テントウムシが放課後の渡り廊下で飛んでいて数秒間ブウンと飛び回った後に窓にへばり付いた。ピタリ。そうピタリとね。壁画の絵みたいに。僕はそれからテントウムシを捕まえてやろうと思って窓の方に歩いて行った。テントウムシは動かないでいたけど、テントウムシがへばり付いた窓から吹奏楽部の部屋が見えた。誰もいなかった。何時もならこの時間帯でも数人の生徒たちがギラギラと光る金属の楽器を打ち鳴らしたり、吹いたり、奏でている筈がさ。そんなふうに思ってテントウムシを指で弾こうとした時に吹奏楽の部屋の窓に設置されている赤いカーテンがヒラリと揺れる。それと共に黒い女生徒の影が部屋の壁に映り出された。部屋の奥で一人、練習でもしているのだろうか? クラリネットを持ち身体をリズムよく動かし、スカートもヒラヒラと反復している。ああ。きっと、日頃、下手くそな演奏をしている所為で可哀想に、一人居残りの練習を命じられたんだろうな。しかし、その顧問の言うことを聞いて居残るとは真面目な女生徒だ。僕ならきっと真面目な演奏をせず、ギターをガシャガシャと鳴らして炭酸飲料水のソーダとかを休憩中に飲むのにな。と言っても、僕は楽器なんてもの一つさえ弾けやしないが。なはは。女生徒はまだリズムよくクラリネットを動かして一人オーケストラごっこをしていた。影の癖に適度に爽やかに笑顔であった。それから僕はテントウムシを親指で潰した。嘘。テントウムシはもう既に別の廊下に消えていた。それでテントウムシが逃げた事は関係がないけども僕はほんの少し野菜が食べたくなった。キャベツとかレタスとかカボチャとか。テントウムシも野菜が好きそうじゃん?

 ねえ? 聞いてよ。未来って気になる? 私は一応気になるの。例えば未来のヘッドフォンってどんな色かしらね? もしかしたらワタ飴のようにフワフワとか? シュワシュワとか? 違うわね。鉛筆の芯よりも細いデータを頭に差し込んで再生するのかしら? でもそんな事をしたら、常にヘッドフォンを首にかけているキャラクターが死んじゃう。それってつまり、個性がないね。未来って意外に個性がない世界かもしれない。
 話は少しだけ変わるけど多分ね。そう。多分よ。未来の世界ってアスファルトはないの。だって自動車とかないから。ついでに電車もないの。だから線路もない。飛行機もないわ。でも船はあるの。おかしいでしょ。でもテレポートする機械とかない。断言する。だって急ぐ必要もないし、それに、景色を見ながら歩きたいじゃない? 雨の日は靴とか草履とかがきっとグチャグチャになるね。それなら、アスファルトが欲しい? ってキミは言うかい? たまに雨に濡れるのも悪くはないぞ。キミ。

 カボチャを近所の店に買いに行く前に僕は部活の顧問に辞表を出さなければならなかった。僕が所属する部活の教室の隣に顧問の部屋があった。僕はドアに指をかけて開いた。丸い縁のメガネをかけた女の教師がコーヒーを啜りながら椅子に座り新聞を読んでいた。僕の方に一度目をやるが再びコーヒーを啜り、新聞に目をやった。それから僕は一礼をしてから女教師のいる部屋に入り白い封筒の辞表を渡した。すると女教師は軽く手を伸ばして封筒を持ち上げてから僕の足元にあるゴミ箱に放った。
「辞められると思っているのか?」
「ええ。だって僕。ただのいち生徒ですし」
「いち生徒ですって?」
 女教師はそう言うと読んでいた新聞を僕に見せた。『天才少年。種による創造を行う。今回で種から物質を生み出す事に成功したのは235種となる。235種類目として、種から舗装されていない道路にアスファルトを発芽させる事だと言う。これにより、舗装されていない未開の国々の開拓が行われる事が期待される。前回の234種目は種による飛行機の発芽。233種は自動車。232種は鉄道。231種はロックソングとなる。これからもこの天才少年による種からの研究はますます期待して……』と文章がズラリと書かれていた。
「にしし」
 僕はお口を大きくあ広げて笑った。だが目の前に居る女教師は瞼をぴくぴくと動かして非常に、ええ、非常に不愉快な表情で「金の卵を生み出す鶏をチキンのスープにするか?」と言った。やはり頭の固い連中が考えることは何時も単純でお昼の煮豆のスープを食べれるかくらいにしか考えちゃいない。もっとこう。つまりだ。近所に建っているコンビニエンスストアまでの距離感の恋愛ではなく僕が今立っているこの校舎から土星や金星、もしくはアンドロメダ銀河、小マゼラン雲、おたまじゃくし銀河まで離れた遠距離恋愛の様にロマンスとサスペンスに満ち溢れた愉快な妄想を持って日常を過ごしてもらいたいんだ。豆がにょきにょきと生えて虹色の雨を降らせようが、種から羽根の生えたクジラが生まれようが多分、明日には飽きられている。この女教師のようにどんなに食べようが見ようがずっと飢えている。ああ。決して満たされることがない可哀想な先生。げっぷ、なんてものも知らないんだろうな。
「それは新作の種?」
 僕は学ランのポケットを揺さぶってから、種を一つ、つまんで女教師に見せた。焼いた食パンのミミみたいな色で人生ゲームをする際に丁度いいサイコロ程の大きさだった。ただ種の癖に砕いた宝石が散ったカスのような大気が種の廻りで浮遊していた。僕は優しく微笑んでから女教師に答えた。
「これは溶けるんだ。君も僕も彼女も」
 僕はそう言って種を宙に放った。
 女教師は何かを察したのか緊張した声を発し、偉そうな席から勢いよく立上り転がるようにして宙に浮いた種を掴もうとするが、種は膨張する。沸騰して震える球体の液体となり部屋の天井を破壊した。球体は空に昇り膜を張る。それは大気でぽつぽつと雨として地上に降った。道路のアスファルトは溶けた。飛行機は溶けた。自動車は溶けた。鉄道は溶けた。ロックソングは溶けた。先生は溶けた。僕も溶けた。

 キミって何時もイヤホンをしているよね。赤いヤツ。林檎アメ的に光っているヤツ。どんな風味がする音楽を聴いているの? ふふふ。不思議な顔でこっちを見るね。だって味がするじゃん? だから耳の中にキャンディーを突っ込むんでしょ? 私が好きなのは甘くてパチパチするソング。いいじゃない。パチパチする感覚って、舌の上でサーフィンしているみたいにさ。ちなみに私はイヤホンよりもヘッドフォンが好きなの。だってカッコいいじゃん。しかもブルー。過去も現在も未来も明後日も飽きない色って最高でしょ? そう思ったら、ほら、拍手しなさい。拍手。ねえ。こんな夜中にキミは何をしに来たの。だってほら。ここって田舎のだだっぴろい道路の上。アスファルトの上でしょ。そこにうずくまって携帯電話にイヤホンを突き刺して腰を曲げて何をしているのさ。キミってあれかい。いわゆる変人かい? ええホントに変人なの? 素直な人だ。だってほら。そう言う言葉って普通は否定するでしょ。それなのにキミは認めた。オーケー。それならたった今、キミは何をしていたの? はあ? 種を蒔いていただって? キミはバカかい。種は畑に蒔くものだろう? ええ此処はキミにとっての畑だって? はあ。キミはホントに変わっているな。そんな事より私が何の曲を聴いているかだって? ふふん。気になるかい。それは勿論……。

 水滴に濡れたテントウムシは羽根をピピッと振動させて葉の下で休んだ。葉の真上には教室があった。吹奏楽部の部屋の床にクラリネットが沈黙し、置かれている。持ち主は近くにいなかった。机の上にはまだ温かいミルクティーの缶が飲まれずに放置されている。その隣の椅子に掛けられている青いヘッドホンからレモンケーキ的なポップスが漏れていて、それで、全部おしまい。

コミカルでミュージアムなアスファルト畑

コミカルでミュージアムなアスファルト畑

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-22

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