御伽夜話(おとぎよばなし)~幻想の宴

みなみ☆たえと


 (………く、ぅ…)
 身体中の痛みと、美しい音楽の調べで、意識がまた、呼び戻された。

まず。
体の自由が利かない。

何か特別に強い糸を編んで出来た、雫型の鳥かごらしい物の中に、自分はいる。
同じ糸で身体を吊されているのだ。

キリキリ、と。
糸はきつく身に絞まる。

足元には、水の波紋。
金持ちが道楽で作ったような、広大な人工の池だ。 

ウフフ…クスクス…
周囲には自分と同じような娘たち。薄い衣一枚で笑う表情は、どこか異様だ。
驚いて自分を見ると、やはり薄絹一枚にされていた。

彼女らは、身の回りにある複雑に絡んだ糸を、少しずつ真っ直ぐに解きながら。
まるで、指先でハープの弦を弾くように爪弾き、奏でていた。

ポロン、ポロロン…、
チリチリ、チリン…、

より美しい音が鳴る間は、糸の絞まりがゆるむらしい。
何もしないでいると、更にきつく絞まってくる。

仕方がなく、自分も周囲の調べにあわせ、音を奏でながら、考えた。

(刀さえ、手にはいれば……出られるッ)

時折、横を豪華な屋形船が行き過ぎる。

考えろ。
脱出の方法を。
私はここから出たい。
あんな娘たちのようには、なりたくない。


船をこぐ人間の腰には、刀がある。ギリギリまで近づいたら飛びかかり、刀を奪おう。
刀を奪いさえすれば、どうにかなる気が…す……る。


 音を奏でていると、頭の芯がしびれ、気が遠退く感覚がする。
だめだ。思考を明晰にしていないと、逃げ出せない。身体をすぐ動かせるようにしておかなければ。

音を奏でながら、私は自分のことを思い出す。
どこから思い出せばよいのか、はっきり分からないのだが。

 たしか、私は山育ちのじゃじゃ馬で、小さな頃から野性の馬に乗り、毎日野山を駆け巡って暮していたはずだ。
ある時、貿易商の父が、遠い異国の長旅から、お帰りになった。一人の若い男と、その供の集団を連れて。父は、彼を私の許婚にした。聡明な彼に、私もいつしか惹かれていった。

 昨日の晩はたしか、婚礼の儀を兼ねて、皆で杯を交わし、それは楽しく騒ぎ、食べ、飲んだ。
そのうち、皆は酒がまわり、あちこちで寝転がった。

いきなり、私だけが起こされ、猿轡に縄で縛られ、外に連れ出された。 

皆、気付かなかった。 
父母は、親族は皆は、あの後一体、どうしただろう。許婚の異国男が、妖しい顔つきで、猿轡を外した。
 
「なにをする!」
「ふ、お前はもう私の物。私の花嫁よ。」
「ならば尚更、このような振る舞いは、やめてくれないか」
「は、バカを言うな。お前はもう私の花嫁なのだぞ。新しい花嫁は、婿の犠牲になるものだ……」

異国の男は、詐欺師だった。人のいい父は、騙されていたのだ。聡明な実業家の一族だと信じていた許婚と、その供の集団は。
本当はとんでもない思想・風習を持つ、恐ろしい集団であった。長となる男の、身の安全ために、定期的に女を花嫁に仕立てあげ、殺し、海に捧げるというのが、彼らの風習だった。

一度、縄を切り逃げたが、輩どもの力と太刀にかなわず、再び捕えられてしまった。

逃げたい。
生きたい。
このまま死ぬのはいやだ。

そう考えていると、折りよくも、この船に賊が入った。たくさんの物と人間が、入り交じった。
そのさなかで、海老色の烏帽子に太刀を持つ人間が、私を攫い、別の船に移した。そいつは人買いだった。私は、焼き印を押され、人買いに引き渡された。


それで。
気が付くと、このバカでかい池の上に吊されていたのだった。


…………そうだった。

 たまに使用人が、小さな船でこの鳥かごを周った。

ドサリ、と。音楽の止まった鳥かごは、内部で娘が崩れ落ちている。それを、使用人達が回収している。
あとから暴れだす娘には、容赦なく殴り付けて沈めるか、太刀で突いている。それから別の使用人が、銀色の水差しから、音を奏でている娘たちの口に、何かを含ませて周っている。

娘たちは、とろける様な顔になる。中にはおかしな声をあげる者。

私の番が来た。

甘い。
トロリとした水蜜だ。私達の食事はこれしかないらしい。

だが、私は口の中に毒気を感じた。直感でわかる。これには、なにか変な薬が混ざっている、と。
とっさに、使用人の顔に吹き付けてやった。

彼はヒィ、と叫びながら去った。太刀は持っていなかったようだった。

二、三日なら何ということはない。そのうちに、かたをつけてやる。 

 さて。
逃げだすには、人目を引かなければならないようだ。誰よりも美しい演奏で。あの使用人の様に油断させ、近寄らせるしかない。

まずは目を閉じ、耳を澄ませ、まわりの音を聴く。
頭のおかしな娘たちにしては、たしかに美しい調べが流れている。
だが、途中で止まったり、高音だけが飛び出たりと、バラバラで統一性がない。 決定的に、低音が欠けている。まるで骨のない馬だ。フワフワと幽霊のように、足取りが不安定きわまりない。

よし、ならば私が低い音色で骨を創りだしてやる。低い調べは鼓動となり、やがて筋肉となろう。 
指先に集中して、糸を弾く。竪琴と同じ要領だ。

 私の里では、小さな竪琴を弾くのは、一種のステータスだった。音楽で、女は子供をあやし、心を癒す。男は、精神をクリアにし、統率力や共生の心を学ぶのだ。特に人の上に立つものには、馬と剣術、竪琴は、必須の素養だ。父も母も、竪琴が巧かった。低い調べと高い調べの合わさる揺りかごの中で、私は過ごした。幸せだった。

 落ち着いて、弾けばいい。

父の弾いたように、低い調べで、高い調べを包むようにしてやる。
母の弾くような、温かい音色でメロディラインを創ってゆく。

ただ、指先と耳は怜悧に研ぎ澄ましながら。 


 両手首にきつく縛られた糸は、だんだんと緩む。体に巻き付いた糸も、楽になってきた。腕に余裕ができたので、より広範囲の糸を弾く。
私のメロディーは、他の娘たちの軸となり、その上に違う音色が、たくさん重なってゆく。

 気が付くと、夜になっていた。蛍が、たくさん舞い、辺りをほの明るく照らし始めた。しばらくすると、向こうのほうから、明かりを灯した一際豪華な屋形船が近づいてきた。とたんに娘たちは、音の調べを乱して、黄色い嬌声をあげだした。

音が止まると、糸が体を締め付けるというのに。
おかまいなしで、艶っぽいため息をつき、妖しい声をあげていた。
今までの船には、ちらっと視線を向けるのみで、声をかけたりしなかったのに。

おかしい。
なんだ、この騒ぎ様は。

 
 さらに驚いたことに、その屋形船は、私のいるほうへ、音もなく、ただ真っすぐにすべり寄ってきた。
供の者にひかれ、中から若く美しい、高貴な着物を着た男が一人、現れた。

その涼しい瞳。
真っすぐに見つめてきた。

瞳が、合ってしまった。

逃れられないと、感じた。

「その娘を降ろせ」

 彼の一言で、供の者達が数人、素早く動いた。

あっという間に、私は鳥籠から降ろされた。ただし、手足は別の縄で縛られた。
私は、後ろ手の縄を少しずつ捻って、ゆるめながら、誰か太刀を持ってはいないかと、供の者達を睨み付けて探していた。
よく見ると、奴らは海老茶色の服を着ている。私を買った人買いと、同じ色だ。

「それで若様、この娘どうするんで?」
「かまわぬから、この船へあげろ。館へ連れていく」
「へ、この様な卑しの者をですかい?本当によろしいんで?」
「かまわぬ、と言っているのだ。ついでに、わが前へ連れてこい」
「ひっ、御意。」


……ドスン、と。
荷物の様に、彼の前へ置かれた。

太刀は……ある。

私は息を飲んで、その機会を待った。隠しているが、縄もあらかた解けていた。
 
「面白い瞳をしているな、まるで手負いの獣だ。」

ぐい、と顎をつかまれた。片手は腕を押さえられ、身動きがとれない。
いつのまに間合いをつめたのか。なんという素早い動きだろう。これでは刀を奪えない。

「捕えられているというのに、まだそんな顔ができるとはな。」
「お前のような者に卑しいと呼ばれる筋合いはない」
「ほ…ぅ、お前のような、とはまこと面白い。そういうそなたは、私の事を知っているのか」
「知らぬ。だが人を売り買いし、籠に閉じ込め痛め付けるような連中を、私は貴いとは思わない」
「はっ、はっ、はっ!なんと、これは楽しい女だ。確かにそうとも言えるな」

顎をはなし、海老茶の家来たちを呼んだ。

「池の鳥をすべて放て。泣いてもすがっても、知らぬ。全員、別邸から逃がし元の貧相な村へ、つき返すがよい」
「そ、それは…若さ…」
「なんじゃ、歯向かうか?斬られたいのか貴様」
「ひっ、御意のままに!」
「それから、この娘に部屋を与えよ。後で着物を送らせるゆえ、ましな物を着せてやれ」
「な、なんと…!」
「それと、爺に言うてやれ、親父の池はぶっ潰す、女子遊びはほかでやれとな」

は、は、は、と豪快に笑いながら。私の脇腹を打つ。

意識が………遠のいた。
目が覚めると。

美しい寝床に、寝かされていた。清々しい香が満ちた、素晴らしい部屋である。
手足も自由になっていた。衣服は白い絹に、男物の紺色の上着がかけられていた。
かすかに、あの男の香りがした。あの、涼しい瞳の。

まだ頭がぼんやりしているし、身体も痛い。半身を起こすのがやっと、だった。
この扱いを考えれば、すぐに危害は加えられそうにない。今すぐ逃げ出す必要はないらしい。 

枕元に、桔梗の花と一緒に文が一通、置かれていた。

「井波 砂紗(ささ)殿

 御楽池での振舞い、無礼の数々を詫び申す。
ただ、私はそなたの奏でる調べ、そなたの人間性が大変に気に入った。

よって、そなたを妻とすることに決めた。

そなたがいま一番心配していることを叶えるゆえ、私の元で安堵して暮らしてほしい。
また、そなたの命はいまや、私の手のなかにあることを、お忘れなきよう。今後は心して行動してほしい。

後に私が参るまで、どこへも行かずに、この部屋で待つように。

角倉 伊吹 拝 」


驚いた。
角倉家とは、このあたりを治めている家柄だった。

手紙に家紋を押してあるということは、この家の長男であり、時期当主を意味している。
それに、どうして私の名を知っているのだろうか。私の口からはもちろん言わなかったが、あの人買いどもだって、知らないはずなのに。私の一番心配していることを叶える、とはどういうことだろう。

それにそれに……!

書かれてあるすべての事が、一度に押し寄せてきて、私は軽いめまいを感じた。 

そこへ。

「失礼申し上げます」

女中が数人、入ってきて、何か大きな包みを開いた。幾重にも包まれた和紙の中に、とても美しくて、豪華絢爛な模様の入った美しい打ち掛けが見えた。 

「こちらが、伊吹様のご用意された品物です。どうぞお納め下さいませ」
「こ、このような見事な品物、いただく訳には……」
「こちらの打ち掛けをお召しなさいますように、との事です。御召し替えの際は、こちらの侍女たちとお手伝いさせて頂きますゆえ、ご心配なく。」

有無を言わせぬ、丁寧な口調。仕方がなく、白絹の上から豪華絢爛の着物に、袖をとおした。

「お美しゅう……ございます…」
「あ、ありがとう…」

髪を櫛削られ、化粧やら、何やらと、身支度をさせられ、一通りの事が済むと、そそくさと女達は部屋を去った。


夜になり。 
冷たい夜気のなかで、鈴虫や蛙の声が聞こえてくる。蛍が舞っている。

よくよく考えると、角倉伊吹は、私の太刀を持っているのかもしれない。
父様からもらった、大事な小太刀だった。
ひとり娘だったので、井波家の家紋つきを許され、名前まで彫って頂いた大事な小太刀。

人買いに攫われた時に、海老茶色の男に多分、奪われた。あれが彼の配下なら。

「目を閉じて、考えごとでもしているのか」
目を開けると、顎をつかまれていた。にやりとした、得意顔。 

「……太刀を返せ」
「だめだ。くく、そのような恐ろしい顔はよせ。俺は、そなたを妻にすると決めたのだから」
「人買いの頭に嫁ぐ気はない。私が……気に入らなければ、切り捨て、また買うのだろう」
「ああ、その件だが。あれは俺の意思ではない。御楽池のあれも、父の趣味だ。そなたが気に入らぬというから、全て解き放ったであろう」
「…………」
「まあ、今は信じられなくともよい。あの男のおかげで、そなたが手に入ったのも事実だからな。だが…」

ふわりと。
いきなり抱き締められた。髪を撫で、耳に囁く。

「俺はそなたしか要らぬ。今からそれを信じさせてやろう……そなたが太刀よりも大事に思う存在を連れてきた」

彼が合図をすると。 
控えていた男達がさっと動き、ふすまが開く。

「おお、砂紗(ささ)よ…会いたかったぞ…」
「と、父様……!?」

外国に貿易に行ったはずの父が、そこにいた。 

「無事で良かった…」
「父様こそ…そうだ、母様は、母様は…ご無事ですか…?」
「心配ない。この角倉伊吹殿が、すべて善きに計らってくれたのでな」
「角倉…伊吹…殿…が…」

振り向くと。
クスクス、とやや控えめに本人が笑った。

「くく、今さら何だ、その呼び方は。いや、感動の対面を割って入り申し訳ない。俺のことは伊吹でよい」
「本当に、何から何まで、世話になり申したな、伊吹殿。」
「では俺が砂紗をもらっても、かまわぬな」
「もちろんだ、伊吹殿は命の恩人だ。私ども一族にとっても、砂紗にとっても。むしろ、この様なじゃじゃ馬に育ててしまい、申し訳ないくらいだ」
「ふ、かまわぬ。砂紗は他の女子にない強さを持っている。そこが気に入ったのだからな」
「父様………?!」
「砂紗、聞いたであろう。今度こそは、またとないご縁だ。角倉家の妻として、しかと勤めを果たすのだ」
「………は……い…」
「ふ、決まりだな。観念したか?砂紗。今日からそなたは、俺のものだ。」
「…………。」
「伊吹殿、砂紗をよろしく頼む」
「心得た。すべて俺に任せておけ、井波殿。」


これはもう、仕方がない。父様から言われたら。 
角倉伊吹め、仕組んだか。

観念したか、と言われても。嫁ぎはしても、まだ信じられない気持ちは、完全に消えてはいない。
池の上での、あのような扱いを受けては。なかなか元の穏やかな気持ちには、戻れそうにない。

「砂紗……………。」
「……伊…吹……。」

屋敷から見える山々を、美しい花火が彩る真夏の夜。
今夜は使用人が花火を見に出払って誰もいない。
私達は、初夜を迎えた。

二羽の鶴が、つがいで舞うように、お互いの身体を、何度も重ね合わせた。


彼の身体は、とても美しく、素晴らしい。
荒々しく求めるかと思えば、繊細なため息をつく。
彼の呼吸は、私のなかに、とめどなく響いてゆく。
美しい手のひらは、温かく、指先は優しくなぞる。

「砂紗…痛くないか」

何度も、私の名を呼ぶ。私も呼び返す。

「…んぅ…ぁぁ……だいじょうぶ………伊吹……ぃぃ…ぁ、ぁ、ぁ……ぅぅ…」

少々理不尽な出会いでもあったが、私のことを大事に思う気持ちは本当らしい。
触れる先から、それが伝わってくる気がする。
いまは、愛しく思える。

汗ばむ身体。
濡れる黒髪。
重なる、呼吸音。

見つめる瞳に、月の光が映って見える。

「ゆるせ、お前が愛しいからだ、砂紗………」
「………ぁ…ぁ…伊吹…」

月が、隠れる。
彼の身体がかぶさって、視界が遮られるのか。
花火の音のように。

熱い刺激のなかで、何度も眩暈を覚え、意識が飛ぶ。
その度、あたりが暗くなる。身体が強く痙攣する。


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御伽夜話(おとぎよばなし)~幻想の宴

ちょっとエロいおとぎ話を書いてみたかったのです。気が向けば続きを書きます。

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  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-10-21

CC BY-NC-ND
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