紙一重その二

MK3

紙一重その二

 老舗であり且つ日本一と名高い某書店、しかもその本店に勤めていた頃。
 既に服飾専門学校は卒業、伴いバイトの身分も卒業し契約社員の身へとジャンプアップして間もないころの話。
 配属されたのは一階文芸売り場、棚担当はサブカルチャー。

 本店は旧国鉄新宿駅東口から徒歩五分、三丁目一等地に自社ビルを構える。
店舗へは地上からも地下からも出入り可能。
 雑居ビルに老舗百貨店、家電量販店が隙間なく立ち並び、道路は車の往来激しく喧噪の途切れる時間はない。
歩道を市井の人々とデイウォーカー、双方が忙しそうにすれ違い交差している。
路地裏では自転車に乗った若者を警察官が制止し、職務質問する光景が目につく。
 ホームレスの姿も多い。夜は地下通路の端へ座り込み、
帰路を急いだり飲みへ繰り出す人々をほの暗い灯りの下、うつろな目で見つめている。
 雑多で猥雑、ゆえに人を選ばず誰もが受け入れられる街、それが新宿。
 
 本店一階には小さな広場がある。
 閉店後は待ち合わせスポットと化すその場所に、
営業時間内は移動式のエンド台をUの字につなぎ合わせた、外売り場が常設されていた。
 ベストセラーにロングセラー、出版社お奨めの文庫本など、多種多様な話題の本が数多く陳列されている。
広場は歩道のすぐ脇に面しているため人目につきやすい。
 一時間ごとの入れ替わりで、スタッフがレジ係を担当する。
当初は一回につき二人体制だったが、新人のサポート時を除き一人で入ることが基本となった。
 
 平日、ある晴れた日の午後。
僕は店内でレジに立っていた。

 するとにわかに表が騒がしくなった。呼びかう声、駆ける足音、警備員も駆けつけてくる。
何やらバタついている。
 何事かと思っていると、広場に一人で立っていた女性スタッフが同僚の肩を借り、
今にも吐き出しそうなくらい真っ青な顔で身をかがめ、レジの前を通り過ぎていく。
 倒れそうなおぼつかない足取りでバックルームへと入っていった。

 外売り場は街との境目がないに等しいがため、店内と比べ万引きや理不尽なクレームなど、トラブルが起こりやすい。
またお会計にお問合せ、電話が重なるような二人体制なら分担して乗り切れたことも、
一人三役対応しなければならず気苦労も少なくない。

 とはいえ彼女の様子は尋常ではなかった。
突然体調が悪くなってしまったのだろうか。あるいは接客中待たせてしまった相手から怒鳴られた可能性もある。

 間もなく係長から事の顛末を聞いた。
 それはあまりにも最悪な偶然。
 隣の雑居ビル屋上から、中年男性が飛び降り自殺を図ったというものだった。

「ドスン!」
 大きな音に彼女が気づき、視線を向けたその先に街路樹の下、全身血まみれでぐちゃぐちゃの男性が倒れていた。
 即死だった。
 普段から人通りの絶えない歩道だが、幸いにも通りすがりに巻き込まれた人はなく、
外売り場の書籍含め自社ビル敷地内への二次被害もなかったらしい。

 しかし、不幸にも第一目撃者となった彼女が受けた衝撃は計り知れないほど大きく、
業務続行不可どころか立っていることすら困難となった。
 騒ぎを聞きつけやってきた同僚が傍らに寄り添い立ち上がれるようになってから、
場所を変えるため移動したのだった。
 
 勤務時間の各自ローテーションは基本一時間単位だが、
スタッフの人数が足りない日や当日欠員が出た際には三十分と短く割り振られる。
 体調不良や版元営業と打ち合わせの約束がある場合、レジに入る時間帯をスタッフ間で交換することがある。
 多店舗やお客様からの店頭在庫確認、予約及び注文に関するお問い合わせへの電話対応中、急遽レジ入りするケースも多々ある。

 もし今この時間、何らかの事情から彼女の代理で外売り場に入っていたら……
考えただけでゾッとする。

 加えてもうひとつ。
 これはあとで聞いたのだが救急車到着までの間、遺体をスマホで撮っている通行人が少なからずいたそうだ。
 まるで人肉や臓物へ群がるゾンビ。
 死体をカメラに写す行為は、生ける死体のそれとほぼ同じ。
 なんとおぞましいことを……ゾッとした。

紙一重その二

紙一重その二

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-21

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