ブラザーズ×××デイズ #2
「ふんふんふ~ん、ふんふふふ~ん♪」
戒人(かいと)は鼻歌混じりに弱火で鍋をかきまぜていた。男兄弟だけの三人暮らし。弟たちの面倒を見る長男として、彼がキッチンに立つことは多い。
そこに、
「あー、ハラ立つー!」
ダン! 乱暴に玄関の扉を開けて末弟の輝人(きいと)が帰ってきた。
キッチン前を通る彼に、
「ひじきがあるぞ」
「えっ?」
何を言われたのかわからないというように輝人が目を丸くする。
戒人は手にした小鍋をかかげ、
「いまちょうど煮ていた。食べるだろう」
「……なにそれ?」
「だから、ひじきだ」
「じゃなくて『ひじき食べるだろう』ってなんなのって聞いてるの!」
目をつりあげて輝人が声を張る。
戒人は、四つ年下の弟がキレることなど慣れているという顔で、
「ひじきにはカルシウムや鉄分が豊富だ。イライラしているときにはひじきがいいぞ」
「いらないよ、ひじきなんて!」
輝人は子どもそのものといったように腕をふり回し、
「もー、なんで!? 弟のおれがこんなに怒ってるんだよ? 『どうした?』とか『何があった?』とか、そういう優しい言葉はないの!」
「そういうことを求めていたのか」
戒人は鍋を置くと、輝人をなだめるように頭をなでながら共にリビングに向かう。
並んでソファーに腰かけ、
「それでは、輝人。何があったんだ」
「デート、ドタキャンされたんだ……」
「それはよかったな」
「って、なんでそうなるわけ!」
再び怒る末弟に、戒人はたんたんと、
「子どものくせにデートなど十年早い。何度も言っただろう」
「早くないよ! おれ、もう十五だよ!」
「十分早い」
「早くないって! おかしいって!」
立ち上がると、輝人は戒人を指さし、
「ていうか、戒兄ちゃん!」
「目上の人間に指をつきつけるものではないぞ」
「いまはそういうのはどうでもよくて!」
「良くはない。おまえにはあらためて礼儀を一つ一つ……」
「戒兄ちゃん」
輝人は脱力し、
「戒兄ちゃんって……なんでそうなの」
「『そう』とは?」
「だって、ほら! ひじきとかさ!」
キッチンのほうを指さし、
「十九歳の男子が休日の昼にそんなの煮てる、普通!?」
「休日だから煮ているのだろう。平日にはいろいろと用事が」
「そうじゃなくて! 休日にはもっとあるでしょ、遊びに行くとか、デートとか!」
「そのようなことで時間を無駄にできないだろう」
「戒兄ちゃん……」
輝人は本気で心配そうな顔で、
「どうして、戒兄ちゃん、そんなに余裕あるの」
「余裕?」
「だって、しばらく彼女とかいないでしょ? なのに、その余裕はどこから来るわけ?」
「向こう」
戒人の指さした方向に輝人も目を向ける。
「………………」
「………………」
そこには、ただリビングの天井の角が見えているだけだったが――戒人の指は明らかにその向こうのはるか遠くをさしていた。
「……そうだね」
輝人から力が抜ける。
「なんか、怒ってるおれが馬鹿みたいって気がしてきた」
「その通り。果報は寝て待てだ」
「寝て待て? じゃあ、寝よっかな」
「そうしろ。夕食のころには起こして……」
そのとき――
「ぎゃああああああああああああっ!」
「!」
部屋のすぐ外から聞こえてきた悲鳴に戒人と輝人はぎょっとなる。
そして飛びこんできたのは、
「麗ちゃん!?」
輝人が驚いて次男の麗人(れいと)に駆け寄る。
「ど、どうしたの!?」
「カラスだよ!」
はっとなる輝人。そういえば、先ほどから外でカラスたちがうるさく鳴く声が聞こえてきていた。
「カラスに襲われて、なんとかこれだけ死守してきたんだよ!」
「おい!」
戒人が身を乗り出す。麗人はゴミのつまったゴミ袋を手にしていた。
「これは、今朝、うちが出したものじゃないか!」
「やっぱり、うちのかよ!」
「なぜ持って帰ってくるんだ!」
「みんな持って帰ってきてるよ!」
「みんな持って帰ってきてる!?」
「兄貴」
麗人は責めるような目で戒人を見て、
「もうカラスにひじきやるのやめろよ」
「それは……」
「えっ、そんなことしてたの、戒兄ちゃん」
「仕方ないだろう、おまえたちがよく残すから」
「だからって、なんでカラスにやるんだよ!」
「このあたりのカラスは狂暴じゃないか。カルシウムを与えればすこしはおとなしくなるかと思って」
「ちゃんと効いてるよ、カルシウム! もうくちばしが出ちゃってすげーんだよ!」
「そんなことになるとは……というか、おまえ、それ血じゃないか!」
ゴミを持っていないほうの手で押さえている額から血がにじんでいるのに気づき、戒人はあわてて救急箱の置いてある部屋へ走った。
「おまえは大丈夫だったのかよ、輝ぃ」
「うん。なんか、おれが帰ってきたときはおとなしかったけど……」
「おい、傷口を見せろ!」
あたふたと戻ってきた戒人が傷の手当てを始める。
「痛ててて……つか、こんなことしてる場合じゃねえぜ、兄貴」
「何?」
「まだうちのゴミが下にあるだろ」
「う……あるが」
「おれ、行ってくる」
「何!?」
「頼むぜ、輝ぃ」
「何を言っている! おまえまで怪我したらどうするんだ!」
「でも、行かないと。うちの戒兄ちゃんが原因みたいなんだし」
「そ、それは……」
「大丈夫だよ。急いで取ってくれば」
「カラスに気をつけろよ!」
「わかってるよ!」
「あっ……」
戒人が止める間もなく輝人は飛び出していった。
「大丈夫だろうか……」
「とにかく、兄貴。これをきっかけにひじき煮るのだけはやめてくれよ」
「わ、わかった」
そこに、
「うわあああああああああああっ!」
「!」
「輝人!?」
すかさず戒人が駆け出そうとしたそこに、
「痛い……」
「輝人!」
口もとを押さえた輝人がよろよろと入ってきた。
「どうした!? カラスにやられたのか!」
「やられた……」
手を離さないまま答える。
「見せてみろ! ほら!」
「うん……」
その手が下ろされた瞬間、
「!」
戒人と麗人が目を見開く。
「わはははははっ! なんだよ、それ!」
爆笑する麗人。
「何? なんか、変、おれ?」
「輝人……鼻から」
「鼻!? 鼻血!?」
上を向いて首の後ろに手刀を当てる輝人に、戒人があわててティッシュを持ってくる。
そして、悲壮感に満ちた顔で、
「やはり、俺が行くしかないな」
「兄貴!?」
「戒兄ちゃん!」
「おまえたち……後のことは頼んだぞ!」
そう言うと、勇ましく部屋の外へ飛び出していった。
「大丈夫かな、戒兄ちゃん」
「それにしても、大変なことになっちまったよな」
「そうだね。いろんな意味で」
そこに、
「うおおおおおおおおおっ!」
「!」
やっぱりというように立ち上がる二人。そこに、
「ううう……」
額を押さえた戒人がふらつきながら戻ってくる。
「戒兄ちゃんもやられちゃったの?」
「頭か? 見せてみろよ」
手をどけると、
「血が青い!」
「戒兄ちゃん、イカ!? イカなの!?」
「看板にぶつかったんだ……」
「看板に?」
「塗料がぬりたてだったんだろうな」
「あるの、そんな看板?」
「つか、間抜けだよなー、兄貴」
「うるさい! おまえだって逃げたのは同じだろう」
「そりゃ、逃げてきたけど、兄貴みたいに間抜けじゃないっていうかさー」
「じゃあ、どうやって逃げたの?」
「もちろん華麗にだよ。ダンサーみたいに? こう、しなやかな足取りで」
「うわっ……ここで再現しなくていいから」
「おまえはどうなんだよ」
「えっ」
「おまえはどうやって逃げてきたんだよ、輝ぃ」
「おれは……カーニバル?」
「は?」
「こうやって華麗に腰を回しながら」
「ってか、おまえも再現すんなよ! そんなので逃げられたのかよ、マジで!」
「変わってるな、おまえたちは……」
「兄貴は?」
「戒兄ちゃんは?」
「俺は……回転レシーブ」
「は?」
「うおぉー、やめろーっ!」
ゴロンッ!
「と、このように回転レシーブを決めつつ」
「って、ただ転んでるだけじゃん!」
「そんなことやってるから、看板に頭ぶつけたりするんだよ」
――と、
「はぁ……」
麗人があからさまなため息をつく。
「こんなんで大丈夫かよ」
「何が? カラス?」
「じゃねぇって」
そう言うと麗人は何かを取り出した。
「ほれ、兄貴」
「なんだこれは」
「寿だぜ」
「ええっ!?」
輝人が驚きの声をあげ、戒人もあぜんと目を見開く。
「『寿』ってあれ!? お見合い写真!」
「イエース」
「そんな……いまどき古風な」
「これって戒兄ちゃんの? 戒兄ちゃんのお見合い?」
「当たり前だろ。うちで嫁き遅れてるのは兄貴だけで……」
「おい」
さすがにいまのは聞き逃せないと、
「誰が嫁き遅れだ。俺はまだ十九だぞ」
「けど、オレら兄弟でカノジョいないの兄貴だけじゃん」
「だよねー」
「う……だが、麗人のようにいいかげんに付き合うのは問題だろう」
「いいかげんってなんだよ。オレが付き合ってるのはこの間バイトで告ってきた子と、それとは別にキープで……」
「それがいいかげんだと言うんだ!」
「そうだよ。おれみたいに真面目に……」
「真面目に付き合ってデートをすっぽかされるか」
「それは言わないでよ! いまは戒兄ちゃんの話でしょ!」
「ほら、これが写真」
「う……」
「ん?」
「い、いまは待て」
麗人にお見合い写真をつきつけられた戒人は、気分が悪そうに顔をそむけた。
「なんでだよ」
「いや……その……」
「ひょっとして!」
輝人が驚きの大きな声をあげ、
「戒兄ちゃんって女の人がだめな人!? そっち方向の人!?」
「やっぱりか。前からそうかもしんねえとは思ってたけど……」
「そうではない! その……まだ気持ちが落ち着かないというか」
「気持ち?」
「さっきのカラスだ」
「あー」
兄の気持ちを察する弟二人。カラスに襲われたショックにまだ自分が影響を受けていると言いたいのだ。
「正直、いまは冷静に判断する自信がない……」
「ンなマジに考えることねって」
「しかし……」
「とにかく、ほら、顔だけでもさ」
「まあ……見るだけなら」
と、お見合い写真を開いた瞬間、
「うおおっ、カラス!!!」
「ええっ!?」
「黒いものが写真に……」
「って、違うじゃん! この人の髪が黒いだけじゃん!」
「カラスの濡れ羽色と言うだろう!」
「何それ?」
「髪が黒くて美しいことを例えた言い方だ」
「へー」
「さすが、兄貴。歳とってるよな」
「古い人間はいろんなこと知ってるね」
「古くない。変わらないだろう、世代的にはおまえたちと」
「てゆーか、カラスのことは忘れてちゃんと見ろよ」
「むぅ……」
「わっ」
輝人が驚きの声をあげる。
「ちゃんと見たら、すごい美人じゃん」
「この子、早稲田の女子大生でさ。理系女子ってやつ?」
「ねー、おれ、だめ? おれが見合い相手に」
「いや、そういう特殊な趣味はない子みたいだから」
「特殊?」
「その……ショタ? 的な」
「なんで!? おれ、子どもじゃないんだけど!」
「見た目が……」
「見た目が!?」
「待て」
戒人が二人の間に割って入る。
「なぜ、こんな大学生の子が見合いなどと」
「この子、すごい真面目みたいでさー」
「それは、なんとなくわかるが」
「で、いいかげんな相手と付き合いたくないとか言っててさ。しかも、付き合うなら当然結婚前提だって」
「わー、かたーい」
「いや、当然だと思うが」
「だろー。兄貴ならそう言うんじゃねえかと思ってさ。だから兄貴にって」
「むぅ……」
「それで、いつ、お見合いするの?」
「こら、輝人。俺はまだ受けるとは」
「急なんだけど、今日がいいっていうかさー」
「今日!?」
「というわけで行こうぜ、兄貴」
「ま、待て!」
さすがに戒人も取り乱し、
「それは……いきなりすぎるだろう!」
「いきなりのほうがいいじゃん、兄貴的にも」
「どういう意味だ、それは!」
「ほら、兄貴って考えすぎるタイプっつーかさ。で、うだうだ考えちゃって結局は動けないっていう」
「あー、そういうとこあるある」
「輝人、おまえまで……」
「だからさ、こういうのはパッと決めちゃったほうがいいんだよ。なっ」
「そうだよ。決めちゃいないよ」
「むぅぅ……」
「兄貴、考えてみろよ」
「何をだ」
「兄貴に彼女ができてさ、その大切な彼女の前でたかがカラスにびくびくしてられるか?」
「う……それは」
「女ができれば男は変わるって。いままで以上に頼れる男になるって」
「………………」
沈黙する戒人。
そして、
「……麗人」
「お、その気になった?」
「なぜ、そこまで俺に見合いをさせようとするんだ」
「は?」
戒人は不審に満ちた目で、
「まさか、彼女……おまえの恋人だったとか言うんじゃ」
「えー! 麗ちゃん、鬼畜ー」
「ないない、いくらオレでもそんな汚いことしねって」
「そうだよね。いくら麗ちゃんが鬼畜でもそこまでのことはしないよね」
「鬼畜は変わらねえのかよ、おい」
「ふむ……」
腕を組んで考えるそぶりを見せ、そして戒人は一つうなずく。
「おまえたちがそこまで言うなら」
「よっし、決まりな!」
麗人がパンと手を叩く。
「ねーねー、どんな服で行くのー」
「服?」
「そうだよ、いつものカッコで行くわけにいかないでしょ」
「このままではだめか?」
「せめて、エプロンは外せって」
ピンポーン。
「ん?」
「誰だよ、こんなときに」
麗人が玄関に立つ。すると、
「おいおい、なんだよ、竹野ぉー」
「?」
楽しそうな声が聞こえ、戒人と輝人が首をひねる。
そこに、おどおどしながらもファッションに気をつかっているという見た目の青年が麗人と共に入ってきた。
「えっ……誰、麗ちゃん?」
「こいつ、竹野って言ってさ。オレのバイトの後輩」
「なんだ、遊びに来たのか?」
「いや、こいつ、この間まで実家に帰っててさ。そのときのおみやげを渡してなかったからって届けに来てくれたんだよ」
そう言いながら、麗人がお菓子の箱をかかげる。
「それは、わざわざご丁寧に」
戒人が家長らしく頭を下げる。
「てか、ラッキーだぜ、兄貴!」
「ラッキー?」
「おみやげが?」
「違くて! こいつ、スタイリストの見習いやってんだよ。こいつに兄貴の服とか髪とかやってもらおうぜ」
「なに、髪もか?」
「当ったり前だろ! 向こうだってちゃんとして来てくれたほうが気分いいじゃん」
「う、うむ……」
「ここまで来たら徹底的にやろうよ」
「確かに……やると決めたら手抜きはいけないな」
「というわけで、よろしくな、竹野!」
「お願いしまーす!」
「急なことで申しわけない。後でお礼に食事か何か……」
「つか、竹野も一緒に行かね?」
「えっ!」
「そうだよ、おれたちと一緒に行こうよ」
「ま、待て、おまえたちも来る気か!?」
「ほら、お見合いって付添人? とかいるんだろ。つか、兄貴が一人だけで気の利いたこととか言えるわけねーし」
「そーそー、おれたちがフォローしないと」
「それはともかく、どうして彼まで」
「だから、スタイリストとしてついてきてもらうんだって。向こうに行くまで何があるかわからねえじゃん」
「そーそー、カラスに襲われるかもしれねえし」
「なんか、みんなで食事? みたいにしたカンジがお互い緊張しないでいいじゃん。竹野へのお礼もそこでってことで」
「なるほど……それは合理的だな」
「だろ」
麗人の笑みを受けつつ、戒人は竹野に聞く。
「そういうことでいいだろうか」
「いいよな、竹野!」
「決まりーっ!」
「お、おいっ」
戸惑う戒人をつれ、兄弟はマンションの部屋を後にした。
夕方――
「………………」
「………………」
「………………」
うなだれた戒人が力なく玄関の扉を開けた。そのままリビングに入り、後ろについてきた麗人、輝人と共にソファーに座る。
「………………」
沈黙が部屋に満ちる。
(麗ちゃん)
輝人が小声で呼びかける。
(なんか言ってよ、麗ちゃん)
(なんかって何言えばいいんだよ)
(だから、その、場を明るくするような)
(言えるわけねえだろ、あんなことがあって)
(じゃあ、どうすんの?)
(どうすんのって……)
ドン!
「!?」
不意にテーブルを叩いた戒人が立ち上がり、
「なんなんだ、あの竹野という男は!」
驚く輝人たちだったが、あわてて、
「そ、そうだよね! なんなんだってカンジだよね!」
「誰だよ、あんなやつつれてきたの!」
「いや、麗ちゃんに会いに来たんでしょ?」
「あ……それはそうだけど」
「真面目にスタイリストを目指しているみたいな顔をしていながら……」
戒人はがまんできないというように、
「なぜ、彼女とうまくいってしまうんだ!」
「ねー、おかしいよねー」
「兄貴の立場ってもんがさー。なー」
「それだけではない。俺はおまえたちの気持ちも考えて憤っているんだ」
「いや、おれたちはそこまで……」
「なんだよ、輝ぃ。『おれじゃだめ?』とか言ってたじゃん」
「麗ちゃんだって元カノなんでしょ」
「だから、そういう汚ぇことしねって!」
「おい」
戒人が声をひそめ、
「おまえたち聞いていたか」
「聞いていた?」
「何を?」
「あの男が彼女に話していたぞ……『このあと友だちのアートカフェに行こう』と」
「なに、アートカフェって!?」
「あれだろ? なんか、芸術家気取りのやつらが変な自作のポストカードとか置いてる店!」
「あるの、そんなの?」
「で、身内同士でほめあってんだよ! 痛ぇーよなー!」
「わー、寒ーい!」
「ところで、麗人。この服は本当に返さなくてもいいんだな」
「いいって、いいって。慰謝料? みたいなさ」
「わー、得したねー、戒兄ちゃん」
「う……まあな」
「つか、おれも負けてねえぜ」
「えっ、何?」
「これだよ」
ガラガラガラガラッ。
「わっ、何これ?」
「ほら、あのホテルのレストランでさ。やっぱ、ああいうとこのは違うよな、塩とかコショウのビンでも高級っていうか」
「取ってきたのか、おまえは!」
「わー、麗ちゃん、信じらんなーい」
「輝ぃ。そう言うおまえだって」
「おまえまで何かやったのか!」
「やったっていうか……たまたま拾った? みたいな」
そう言って輝人が取り出したのは、
「スマホ!?」
「てか、あの女のじゃん!」
「おい、輝人! 俺はそんなことをする人間におまえを育てた覚えは……」
「盗んだんじゃないって! たまたま落としたのを拾っただけ! ていうか、すごいよ、これー」
そう言ってスマホを操作し始める。
「あっ、おい、他人のプライバシーを」
「これ見たら、そんなこと言ってられないって」
「おいおい、なんだよー」
麗人が驚きの声をあげる。
「これ、男と一緒に撮った写真じゃねーか」
「他にもいっぱいあるよ」
「しかも、全部違う男じゃん」
「それは……兄とか弟とかいうパターンだろう」
「いやいや、何人兄弟だよ」
「そんなにあるのか!?」
あわてて戒人もスマホをのぞきこむ。
「う……」
「これって、どう見ても付き合ってるよね」
「ただの友だちってカンジじゃねーよな」
「つ、つまり、すでに彼女には複数の恋人がいたと」
「真面目そうに見えたのにねー」
「女ってわかんねーよな」
「って、麗ちゃんが持ってきた話でしょ」
「すると、待て。じゃあ、竹野という男も……」
「まあ、彼氏の中の一人って扱いに」
「えー、そのこと知ってるのー」
「知らないと思うぜ、あいつはガチで真面目だもん」
「わー、かわいそー」
「後でもめるのは確実だな」
「って、戒兄ちゃん、悪い顔になってない?」
「そ、そんなことは……」
「まー、結果よかったじゃん。これであの女とくっついてたら、兄貴のほうがやべぇことになるとこだったし」
「そうだな。その通りだな」
「カラスと同じだよ。何事もないのが一番だって」
「カラスも女も同じだな」
「微妙にそういうことじゃねえけど」
「ほらほら、座って。おれがお茶でも淹れるから」
「輝人が? すまないな」
「そうそう、全部オレらにまかせて。ほら、ちょうどよくお茶菓子もあるし」
「おお。では、これを食べながら三人でお茶でも……」
「ちょっと、麗ちゃん」
「ん?」
「このお菓子って……」
「あっ」
「どうした、二人とも? なかなかうまいぞ」
「いや……」
「その……」
「?」
「それ……竹野が持ってきた……」
「あっ!」
戒人があわてるも、麗人がすかさず、
「おい、輝ぃ!」
「うん!」
お菓子の入った箱をつかみあげると、輝人は窓を開けて勢いよく外に放り投げた。たちまちそれに群がるカラスの鳴き声が響く。
「そーだ、そーだ、全部カラスにやっちまえ!」
麗人が声を張る中、戒人があらためてがっくりと肩を落とす。
「まったく……何のためにわざわざ出かけたというんだ。服もそうだし、髪までこんなにしたというのに」
「戒兄ちゃん、初めてって言ってたもんね、ウィッグなんてつけたの」
「地毛でも十分いけるのに」
「馬鹿者。本物の髪に着色したりパーマを当てたりしたら元に戻すのが……」
そのとき、
「!?」
「えっ、カ、カラス!?」
「おい、輝ぃ、窓閉めたのかよ!」
「閉めたよ!」
「じゃあ、なんで鳴き声がすんだよ! つか、どこから……」
「! 戒兄ちゃん、しゃがんで!」
「何!?」
「早く早く! しゃがんでって!」
「あ、ああ……」
「動かないでね」
「おい、輝人、何を……」
「はっ!」
「!?」
「つかまえた……」
「おい、なんだよ、輝ぃ。兄貴の髪に手ぇ突っこんで」
「いたよ……」
「いた?」
「ほら!」
輝人が戒人の髪の中から取り出したのは――
「卵!?」
「きっと、カラスが産みつけたんだよ」
「つか、なんで卵が鳴くんだよ!」
「それ以前になぜ俺の髪の中に卵が!」
「その髪型のせいだよ。よく見たらカラスの巣みたいだもん」
「そうなのか!?」
「おい、輝ぃ、そいつも捨てちまえ!」
「了解!」
またも輝人が窓を開け、カラスが騒いでいる外へと卵を放り投げる。
「はぁ……」
今日一日の疲れが出たというように、三人ともその場にへたりこんだ。
「なんだったんだろうな、今日は」
「まったくだぜ」
「って、だから、お見合いは麗ちゃんでしょ」
「カラスは兄貴だろ」
「もういい。見合いもカラスもくだらないことだ」
「そうだよね」
「兄弟でケンカするようなこっちゃねーよな」
ふぅ。あらためてため息をつく。
そこに、
「ん?」
ピンポーン。
「なんだよ、誰だよ」
「ほら、あの竹野って人じゃない?」
「えっ! なんで、あいつ……」
「あやまりに来たんだよ、戒兄ちゃんにさ」
「まあ、確かにあいつ、根は真面目だし」
「すると、早くもあの女の本性に気づいたということか」
「あ、いや、その女の人が来たって可能性もあるかも」
「何!?」
「ほら、おれ、スマホ持ってきちゃったし」
「取り返しに来たということか!」
ピンポン、ピンポーン。
「どうしよう、戒兄ちゃん……」
「どうするも何も、返すしかないだろう」
「けど、オレら、中の写真見ちまってるぜ」
「プライバシー侵害とかで訴えられれるかも!」
「そんなことはさせない。ロックをかけていない向こうも悪いし、そもそも持ち主を知るためにデータを確認するのは不可抗力だろう」
「戒兄ちゃん……!」
「いつもの頼れる兄貴が戻ってきたぜ」
「そうだ、俺はおまえたちの兄なのだからな。俺が出よう」
「兄貴!」「戒兄ちゃん!」
ピンポン、ピンポン、ピンポーン。
「そんなにあせるな。いま俺が行く。どちらが来ていようと覚悟は……」
ガチャッ。
「おお!」
「うわーーーっ!」
「カラスの群れ!?」
「ちょっ……カラスがドアホン鳴らしたの!?」
「鳴らせるって、こいつら頭いいし!」
「なぜ、うちにカラスが!」
「卵だよ、卵!」
「輝ぃが捨てたりすっから!」
「捨てろって言ったの麗ちゃんでしょ!」
「兄貴が持ってきたりすっから!」
「あれはカラスが勝手に!」
「とにかく、こいつらに卵を返すんだよ!」
「返すって……もう捨てちゃったよ!」
「俺が取りに行く」
「兄貴!」
「戒兄ちゃん!」
「俺はおまえたちの兄なのだからな。うおおおおおおおおおおっ!」
「戒兄ちゃーーん!」
「ぐわあああああああああっ!」
「ああっ、戒兄ちゃんがカラスに!」
「つか、どんどん卵産みつけられてるぜ!」
「巣!? 巣なの、戒兄ちゃん!?」
「ひじき食わせてカラス強くしたのは兄貴だからな。まあ、いわゆる……恩返し?」
「ぜんぜんうれしくないって、こんな恩返しーーーーっ!!!」
ブラザーズ×××デイズ #2