魔剣契約ーハロウィン騒動
[chapter:1、おこる]
夏の暑さも過ぎ、魔界も少し肌寒くなってきた頃。
いつも通り秘書の執務に勤しんでいたワイバーンは左手薬指に嵌められた物を嬉しそうに眺めていた。
ワイバーン
「うへっ、へへへへへ」
グラム
「なに締まりの無い顔してんのあんたは」
不審者でも見るかのような顔をしながら、グラムはワイバーンに声をかけた。
ワイバーン
「わっ!グラムさん、急にどうしたん?びっくりしたんやよ」
グラム
「マスターに用があったから寄ったのだけれど、にやけ面してサボってる秘書さんしか居ないのかしら?」
ワイバーン
「か、勘弁してほしいんやよ…、マスターなら依頼が入ったから外に出てるんやよ」
グラム
「ふーん、わかったわ」
ワイバーンはグラムの視線が左手の方に向かっていることに気が付いた。
ワイバーン
「な、なんなんやよ?」
グラム
「その指輪は例のアレかしら?」
先日魔剣機関から魔剣契約別名【ケッコン】の運用が開始された。
魔剣使いたるマスターの固有魔力波動を刻み、魔剣と魔剣使いとの繋がりをより強固にする技術である。
マスターの寵愛を受け魔剣契約を結んだ証として、ワイバーンは指輪をしていた。
グラム
「この私を差し置いてマスターとケッコンなんて…」
そこまで言い、一呼吸置いてから。
グラム
「…いい度胸してるわね?」
ワイバーン
『あっ、私死んだんやよ(新婚なのに)』
グラム
「…冗談よ、あなたが一番マスターに好かれてるのは皆わかってるもの文句言う魔剣なんてうちには居ないわよ、おめでとう」
ワイバーン
「グラムさん…」
「でも、ちょっと不安なんやよホントに私でいいのかなって」
グラム
「マスターはあなたを選んだそれでいいじゃない、卑屈もあんまり行くと馬鹿にしてるように聴えるわよ」
ワイバーン
「そ、そんなつもりないんやよ!」
グラム
「なら自信持ちなさい、完全な魔剣である私が持っていないものを持ってるのだから」
そういうとグラムは出口の方へ向かい振り返ってワイバーンに問いかけた。
グラム
「あぁ、明日は大丈夫よね?」
ワイバーン
「ハロウィーンやね、大丈夫なんやよ」
明日、酒場ではハロウィーンパーティが開催される。
時期的には少し早いが、大体毎年【何らかの事件】があって開催できないので今回は予定を前倒しにしていた。
ワイバーンも秘書の合間に運営として参加していた。
グラム
「そう、楽しみにしているわ」
ワイバーン
「うん!」
グラムを見送り、顔をパンパンと叩き気合を入れてからワイバーンは秘書の仕事に戻った。
[chapter:2、つぐ]
忙しい…、忙しい忙しい忙しい!!!!
一向に無くならない書類の山と、処理不能な量のタスクを抱えてワイバーンは叫んだ。
ワイバーン
「「なんで今日はこんなに忙しいんやよぉ!!」」
依頼の書面、魔剣機関への報告、酒場の使用届、近隣住民からの苦情(主にマスターへの)の処理、掃除、洗濯、家事、おやじ etc…。
ワイバーン
「全然減らないんやよ…、秘書よりも戦闘してたほうが楽かもしれへん…」
そんなこんなでブツブツ文句言いながら仕事をこなしているうちに夜になっていた、
ワイバーン
「うぅー…、終わったんやよ!!」
「帰る!」
フラフラしながら小さくガッツポーズをして、マスターの待つ部屋の方へ向かった。
マスター
「おかえり、ワイバーンお疲れさま」
ワイバーン
「ただいま…疲れたんやよ…」
ワイバーンはベッドに腰かけるマスターの横に座り腿を枕にして寝転がった。
ワイバーン
「あー幸せなんやよ、特権特権」
マスター
「同じ部屋にして良かったね」
ワイバーン
「うん、ありがとうマスター」
魔剣契約をしたのをきっかけに、ワイバーンはマスターの部屋で一緒に過ごすようになっていた。
ワイバーン
「ずっとアンロックしてると変な感じやね」
マスター
「嫌なら武器に戻る?」
ワイバーン
「ぜーったいに嫌なんやよ」
マスター
「良かった」
ふふふと笑いあうとワイバーンがマスターに問いかけた。
ワイバーン
「ケッコン…、私でほんとに良かったんやよ?」
マスター
「なんで?」
ワイバーン
「んー、だってもっと強い魔剣さんいっぱい居るし、そっちの方が戦力アップで良かったんじゃないんかなって」
マスター
「そういう考え方もあるけどね、否定はしないけど戦力の為に魔剣契約を使うの気が引けてさ、知らされたときに『本当に一緒に居たい魔剣』とするべきかなって思ってね」
「魔剣たちは皆好きだし、頑張ってくれてるからほんとは皆としたいんだけどね」
ワイバーン
「マスターは浮気者やねぇ」
「そこがいいとこなんやけど」
にやにやと笑うワイバーンの頭を撫でながらマスターは続けた。
マスター
「好きな魔剣だったり、強くしたい魔剣だったり色々、決まりなんてないんだから【みんな】好きにすればいいと思うんだけどね」
ワイバーン
「【みんな】って?」
マスター
「魔剣使いの【みんな】」
少し遠くを見ながらマスターはそう言い、一呼吸置いてから言葉を続けた。
マスター
「まぁ、それが僕にはワイバーンだったんだよ、伊達に〔やよやよやよやよやよ〕の称号を受けてるわけじゃないからね」
ワイバーン
「他の魔剣としないんやよ?」
マスター
「していいの?」
ワイバーン
「んー、だめ!おっとり代表のワイバーンさんでもそこは譲れないんやよ」
跳ね起きたワイバーンはがばっとマスターを押し倒して馬乗りになった。
ワイバーン
「マスターは私のなんやから」
「他の魔剣ちゃんばっか見てたらダメなんやよ」
マスター
「うん、わかってる」
ワイバーン
「なら今からやることはわかるよね?」
マスター
「えっ?今日は疲れてへとへとなんだけど…」
ワイバーン
「そんなん私もなんやよ?お仕事頑張ったお嫁さんにご褒美があってもいいと思うんやよ?」
そういうとそっと耳に口を近づけて囁いた。
ワイバーン
「いっぱい魔力補給してほしいんやよぉ」
マスター
「は…はい…」
ワイバーン
「んっ…」
…マスターの断末魔の叫びが響き、筆者が【見せられないよ!】的な伏字を二ページ分程削除した所で魔界に朝が来た。
ワイバーン
「ん…大変!寝坊なんやよ」
「マスターは寝てて、今日は仕事入れてないから!」
そう言うと干からびたマスターを置いといて、慌ててワイバーンは部屋から出て行った。
[chapter:3、ころぶ]
そのことにワイバーンが気が付いたのは残っていた書類整理を終えて、ハロウィーンパーティの準備をしていた時だった。
ワイバーン
「無い…、えっ?なんでなんやよ??」
その手には、昨日まで嬉しそうに眺めていた【魔剣契約の指輪】が無かった。
ワイバーン
「「無いーー!!!!!」」
「うそなんやよ!?もしかして落とした?何処に?洗い物した時?掃除?お風呂?疲れてたから全然覚えてないんやよ…」
パニックになったワイバーンだったが、深呼吸してから。
ワイバーン
「と、とりあえず思いつくとこ探してみるんやよ!」
秘書室、武器庫、酒場、工房…。
日が暮れるまで走り回り、思いつく限りの所を探し回ったが何処にも落ちてはいなかった。
ワイバーン
「どうしよう…、マスターがせっかくくれたのに…」
「指輪無くすとか…」
不甲斐無さに目から涙が溢れる。
ワイバーン
「…もう、マスターと一緒にいる資格なんてないんやよ」
酒場の方からは賑やかな声が聞こえる。
昨日まで楽しみにしていたパーティだったが、どん底の精神状態のワイバーンにはそんなこと考える余裕はなかった。
もう何処かに消えてしまいたいと思っていた時。
ワイバーン
「…、って痛いっ!!!何?なんなんやよ!?」
バシンッ!と頭を叩かれ後ろを振り向くとそこにはグラムが立っていた。
グラム
「あら、ごめんなさい?辛気臭くてつい叩いちゃったわ」
ワイバーン
「グラムさん…、いつからそこに居たんやよ?」
グラム
「『指輪無くすとか』の辺りからね」
ワイバーン
「最初からなんやよ…」
グラム
「居ないから探してたら、まさか指輪無くしてるなんてね」
ワイバーン
「…ごめんなさい」
グラム
「それは言う相手が違うでしょう?ちゃんとマスターに言いなさい、ほら行くわよ」
そういうとグラムはワイバーンを掴みズルズルと会場の方へ引きずり始めた。
ワイバーン
「で、でも合わす顔がないんやよ…」
グラムはどさっとワイバーンを地面に降ろすと地べたに座った彼女を見下ろした。
先程とは違い顔には険しさが滲み出ていた。
グラム
「知らないわよそんな事、いつまでもくよくよしないで頂戴」
「ワイバーン、あなたあの人がそんな事で怒ると思ってるの?だとしたら私達のマスターを見縊らないでほしいわね」
「あれだけの魔剣が集まってマスターと一緒に居るのは何があっても絶対に私達魔剣を見捨てないからでしょう?」
「どんなに弱くても、危険でも、偽物でも私達魔剣を心から愛してくれてるからマスターとみんな一緒に居るの」
「マスターはあなたが隣に居てほしいから魔剣契約したのでしょう?それなら傍に居るべき魔剣はあなたしか居ないわ、たかが指輪一個無くしたぐらいであの人は見捨てないわよもっと自信持ちなさい、お分かり?」
ワイバーンの顔からは涙が消えていた。
そうだ、何を迷っていたのだろうか。
指輪なんてただの印じゃないか、形のある物だけが繋がりじゃない。
目を瞑ると感じる、刻み込まれたマスターの魔力が身体を駆け巡っている。
マスターが傍に居る。
グラム
「…もう、いいかしら?」
ワイバーン
「うん、大丈夫なんやよ」
「ありがとうなんやよ、グラムさん」
グラム
「いいのよ、この筆者(ワイバーン以外に)私しか動かせないから」
ワイバーン
「ん?なに?」
グラム
「な、何でもないわよ!早く行きましょオルタにケーキ持ってもらったままなのよ」
「これ、あなたの仮装よ。挿絵が間に合わなくて残念だわ」(筆:ギクッ)
ワイバーン
「あっ、待って置いてかんでー」
二人は酒場の方へ向かった。
[chapter:4、むすぶ]
賑やかな酒場の中をワイバーンはマスター目掛けて進んだ。
早く、早く。
人込み掻き分けて進むと、魔剣たちにもみくちゃにされてるマスターを見つけた
「マスターさんはぁ、とりっくがお好きなんですかぁ?即答とか救えないなー?」
「あー抜け駆けはずるいですよー?バハムートちゃんにもお菓子下さいー!」
「ますたー!ますたー!レオもレオも!」
「マスターお菓子いらないからいたずらしてー、鎖でぐるぐるーって」
埒が明かない、と思ったので皆に声を掛けた。
ワイバーン
「ごめん!マスターと話させて欲しいんやよ」
ばらばらと魔剣たちが離れマスターが自由になる。
マスター
「ワイバーン遅かったね、どうかしたの?」
ワイバーン
「うん、ごめんなんやよ捜し物してた。」
マスター
「指輪見つかった?」
ワイバーン
「ううん、見つからなかった」
「せっかく貰ったのに無くしちゃってごめんなさい」
マスター
「いいよ大丈夫だから、無くてもワイバーンとはちゃんと繋がってる」
ワイバーン
「私、マスターとケッコン出来てよかったんやよ」
「ホントは魔剣契約してから全然自信持てなくて、不安だったんやよ私でいいのかなって、マスターの事ホントの意味で信用出来てなかったと思うと少し恥ずかしいんやよ…でも、今は自信もって言えるんやよ、マスターのお嫁さんって!」
「私マスターがめーっちゃすき!これからも傍で一緒に居るんやよ」
マスター
「よかった、そう言ってくれて」
「これからもよろしくねワイバーン!」
ワイバーン
「うん!!」
そう言うと、2人はパーティーの喧騒の中へ消えていった。
fin.
[chapter:4.5 すねーくふっと]
マスター
「あっ、そういえばこれ!お菓子ほしい?」
マスターがお菓子の包を見せる。
ワイバーン
「うん!マスター、とりっくおあとりーと!なんやよ」
マスター
「トリック!!」
ワイバーン
「えぇ…、即答は引くんやよ…」
悪魔コスに身を包んだワイバーンに一撃で落とされたマスターを見ながら、ふと先程の会話に違和感を覚えた。
ワイバーン
「そういえばマスター、なんで私が指輪捜してたの知ってたんやよ?」
マスターはにやけながらお菓子の包を渡した。
何だかお菓子らしからぬ重量を感じワイバーンが包を開けると
ワイバーン
「「あああああ!!指輪!!!!!」」
酒場が割れんばかりの大声でワイバーンが叫んだ。
ワイバーン
「うそ!?なんで?」
マスター
「今朝慌てて出てっただろ?ベッドに置きっぱなしになってたのを救出したついでにサプライズしようと思って」
ワイバーン
「そういうのはサプライズって言わないんやよ!私がどんだけ捜したか!!」
マスター
「怒ってる?」
ワイバーン
「忘れた私も悪いんやからいいんやよ
…その代わりにね」
マスターの耳元でワイバーンが囁く。
ワイバーン
「…今日は昨日よりも魔力補給激しく、ね」
マスター
「は…はい…」
そういうとワイバーンは他の魔剣達の所へ向かっていった。
オメガ
「んー!嫁の尻に敷かれるマスターさん!これも愛だね!」
グラム
「結局惚気たかっただけよねこの話」
オメガ
「それもまた愛だよね愛!」
fin
魔剣契約ーハロウィン騒動