冤罪による重症

序章です。

初めて見る教室の初めて見る人達の目の前、教壇の上ので声を出す新しい担任の横に私は立っている。目線は床で焦点は一階へ突き抜けるように。皆の目線が私に突き刺さって痛い、何か別の事を考えようとした。今日の朝食は何だったっけ?登校中は何か見たっけ?初めて見た校舎の感想は?新しい担任の印象は?新しいクラスメイトの印象は?どれも陳腐だけど答えは見つからない、いや、見つけたくないのかもしれない。
チョークが黒板を弾く度薄っすらと白い粉が舞う、どうやら新しい担任は筆圧が強いらしい。カッカッと音を立てて三日月 朱莉(あかり)と書いた、私の名前だ。
「はい、宮城の学校から転校してた三日月 朱莉さんです。最初は戸惑うだろうから色々教えてやってくれ。」
担任が言う、続けて。
「何か一言無いか?」
と前の席の数人に聞こえるくらいの声で私に聞いた。私は首を横に振るという小さな動きで拒否した。そうか、と小さく溢して1番後ろの窓際の席に座るように指示された。真っ直ぐそこへ向かい椅子に沈むと隣の席の名前は判らない薄っすら茶髪の女の子に声を掛けられた。「私、愛衣。木山 愛衣。よろしく。」眩しいくらいの笑顔でそう言われた。「朱莉…、よろしく。」とてもぎこちない笑顔が伝わってしまっただろう。すると前から変な紙が渡って来た。「はい、じゃあ、それいじめのアンケート。チャチャっと書いちゃって後ろから回収ー。」と担任が言った。シャーペンを取り出し書こうとするが2月の寒さは恐ろしい、未だ指先が凍えている。いつもの癖で読みもしないで全ての項目の「いいえ」に丸をした。


新しい高校生の初日は既に放課後になってしまった。各々部活動へ向かい始めてる。ぼんやり窓の外を眺めてると窓に複数人の影が映った、体を強張らせ振り返ると愛衣や他に3人程居た。
「ねえ、宮城のどこから来たの?」
1番左の子が声を掛けた、吃る私に気を遣ったのか愛衣が、
「あんた等自己紹介無しなの?」
と呆れた口調で言った。すると1番左の子が額を右手でペシンと叩き、
「おう!そっか!じゃあ、あたしから!名前は百瀬 希菜子!あだ名は餅!部活はバレーだけど今日は面倒だからサボってる、B型の乙女座で今朝のめざましテレビの占いは7位、好きな言葉は一日三食、嫌いな…」
「長い!」
愛衣に一喝されて目に見えてシュンとしている。愛衣は希菜子の隣のメガネの子に目配せをした。
「じゃ、じゃあ、次は私かな?名前は熊井 静華。はい以上。」
「…、短くないか…?」
「えー、そうだった?」
何やら不思議なテンポだ。
「最後はうちか、どうも!内田 加那です!嫌いな人はパスタ食べる時に皿とフォークがアレなってガリガリ音出す人です!」
「そして、私は朝も言ったけど木山 愛衣、よろしく。」皆に机を囲まれた。
「私は…、三日月 朱莉。よろしく…。」
8つの目のどれを見ていいか判らず机に目を落とした。
「ねえ。」
「宮城の何処から来たの?」
「部活どうすんの?」
「勉強の進度合ってる?うち馬鹿だし。」
「何でこっち来たの?」
4つの質問が同時に耳に入った。案外何を言ってるのは判るものだ。その全てに答える事ができる。仙台から来た、部活はとりあえず見学してから決める、進度はこっちがちょっと遅い、此処へは逃げてきた。だけど声にならなかった、声を出そうとすると私が囲まれているのが恐怖となり全てを弛緩させる、怖くないと自分でも判っていてもある種の刷り込みが発動する。私は今囲まれている…!
「…ご、ごめん!!放課後、担任に呼び出されてた…!すぐ行かなきゃ…!!本当にごめん!!」
私は嘘を吐いた、最低だ。
「そっか、転校してきたばっかだもんね、忙しいのに一方的にごめんね。」
そう愛衣が言うのを背中で聞いて私は直ぐに教室を出た。涙が滲んでた。


担任に呼び出しなど嘘だった、ただ彼女達から逃げたくて嘘を吐いた。私は距離感が完璧に欠如してしまっている。なんとかせねばと思っても長い時間で染み付いた感覚は直ぐには治せない。冤罪による軽症だ。何かの症候群と名付けたい。
職員室へは当然行かずに新しい学び舎を巡っていた。ホルマリンや日陰でじめっとした校舎裏、焼却炉にコピー機も見つけた。一回りしたが全てをザッピングできるわけもなかった。(もう帰ろうか)そう思い窓の外を見ると粉雪が薄っすら舞っていた。風に吹かれヒラヒラと何処へ行くのか決めかねているようだ。

外に出ると誰かの足跡が続いている。その足跡の上を私が歩くことはローファーに雪が染みない以上に、全く知らない誰かの温かさを感じるようだった。。。

冤罪による重症

冤罪による重症

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-28

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