ルル、いまだ世界に馴染めず
(ルル、夜のやみに、にじんだ)
おろしたてのムートンブーツで、秋の道を蹴るとき、舞う落ち葉に、むかしの記憶がやどる。わたしは、ひとりだった。いまは、わたしと、わたしの器だったものが、この世界には、いて、ひとりじゃないけれど、むかしのわたしは、器も含めて、わたしひとりだった。器は、わたしを、ルル、と呼んで、わたしは、器のことを、あらたまって呼んだことはなかった。何故なら、わたしは、器のなまえを、しらなかったので。器は、器、であって、あくまでも、中身であるわたしをまもるだけの、壁、だったので。
海が枯れたとき、世界はおわるらしい。
街で出逢ったおとこのひとに、きいた。おとこのひとは、わたしの器よりも、おとこのひとだった。真夜中のファミレスで、おとこのひとは、おんなのひとといっしょにいて、でも、おんなのひとは、ねむっていた。おとこのひとは、ハンバーグを食べていて、となりの席でわたしも、ハンバーグを食べていた。こんな時間に食べるハンバーグも、わるくないですね。おとこのひとは言って、おおきめに切りわけたハンバーグを、ぱくぱくと食べていた。そうですねぇ、なんて、わたしは答えて、ハンバーグのつけあわせのじゃがいもを、もそもそと食べていた。おんなのひとは、やすらかにねむっていた。赤ん坊のように、おとこのひとのことを信頼しきっているのか、ぐっすりとねむっていた。ファミレスの店員さんは、ロボットみたいに、何度も、何度も、空いたグラスにお水を注ぎにきた。わたしの器は、わたしが離れた直後は喪失感にさいなまれていたけれど、このまえ、二十一時の街で見かけたときは、なにごともなかったかのように、はつらつとしていた。そもそも、はじめから、わたし、なんかがからだのなかに存在していなかったように、器は生きていた。
癪だ、と思った。
器を失ったわたしは、衣服をまとっていないに等しく、壁にまもられていない城のような気分で、突き刺さる外界の空気に、いまだ馴染めないでいるというのに。(唯一、夜だけがやさしい空気を、しているので、わたしはいつのまにか、夜の住人となった)
二十一時の街で見かけた器は、おとこのひとと、いっしょにいた。
器は、おんなのひとになっていた。
わたしよりも、おんなのひとだった。
はっきり、くっきり、おんなのひとだった。
(っていうか、わたしって、ほんとうにおんなのひと、なの?)
ルル、というなまえは、べつに、すきでも、きらいでもなかった。また呼ばれたいような気もするけれど、もう永遠に呼ばれたくないような気もした。海が枯れたら世界がおわるっていう話が、ほんとうのことかはわからないけれど、あのおとこのひとは、しなないでほしいと思った。ねむっていた、おんなのひとも。
ルル、いまだ世界に馴染めず