アーユルヴェーダ*伍

これちかうじょう

  1. 藤原秀
  2. 藤原要
  3. 藤原結
  4. 藤原柊と藤原祥
  5. 中村冬至

結にとっての、冬至との初デートです。冬至の家に行くのが。
冬至はそうは思ってませんが、いいでしょういいでしょう。
初・お宅訪問というものでしょうか。

藤原秀

「祖父はもう死んだんだ、随分前に」
ドキッとする。
ご飯はうまかった。
片付けもさせてもらった。
でも、その台詞には鳥肌が立った。

「だって、ここに結ちゃんいるって教えてくれたのおじいちゃんだぞ、あれがどうして死人なんだ」
「…よく、分からないけど」
「もう死んでる人と俺、話しちゃったの!?げー、やだよー」
「…」

死んでいる人と話すのは、今回が初めてだった。
でも、昔から、小さい頃から死んでいる人を見るのは普通だった。
走ってたり歩いてたり、笑ってたり泣いてたり。
そういうのを俺は嫌と言うほど見てきた。

「さぶ」
「荷物、取りに行こう」
「え」
「?」
何を言い出すかと思えば、さっきの話に逆戻りである。
此処に居て欲しいというやつ。
好きだから傍に置いてという、昭和な女的台詞。

「荷物なんて」
「行こう」
もうちょっとご飯食べたい、と言うのを我慢して俺は慌てて後を追った。
そう言えば私服の結ちゃん見るのも初めてだな。
そして、こんなによく喋るのも。

「な、なあ、何で」
まるで道順を知っている、俺の家を知っているかのように、結ちゃんはバスに乗り込んだ。
道案内は必要ないとか、ちょっと怖いんですけど。

ぽんぽん、と座席を叩かれる。
座れってか。
結ちゃんの右側に座ると、いきなり左手を握られた。
「…あ、うー」
よくよく見れば嬉しそう、と俺はため息を吐いた。

「何で俺んち知ってんの」
「…荷物」
「へいへい、取ってくるよ」
玄関先でもめることもなかろう。
俺はがらがらっとドアを開けて中に入った。
靴がない。
母さんの靴が。
「母さん…夕飯の買い物かな」
階段を上がって、自分の部屋へ。
荷物と言っても、ホルンと制服と鞄くらいしか、俺にはもう残されていなかった。
「…何だよ…こんだけかよ」
悲しいかな、それだけ持つと簡単に家出は成功してしまった。
「行こう」
いいのか?俺、このまま甘えてしまっていいのか?
こいつ、犯罪者なんだぞ。
でも、それよりも何よりも、ご飯をくれた人であり、
俺を好きな人だ。
少しくらいだ、1日、いや、半日くらいだけ、ちょこっとだけの家出だ。
俺はそう言い聞かせて玄関の外に出た。

「おじいちゃんは酒飲める人?」
「いや、下戸」
「じゃあ誰が飲めるんだよ、酒造ってわりにはみんな酒に弱いって何」
「祖母が当主をしていたから」
「おばあちゃんが飲めたのか…そんでもって、結ちゃんも飲めるってか」
「うん」
「未成年だぞー」
「うん」

聞けば、おじいちゃんは藤原秀という名前なんだそうだ。
結に秀、見事に1文字の名前だ。

「ひでさんねえ、やっぱ昭和の男って感じだなあ」
「…」
「だから結ちゃんも昭和の女的な台詞知ってんだね、はははは」
「…」
駄目だ、会話が成り立たない。

「自転車はどうすっかな」
「乗って行けばいい」
「え」
「俺が後ろ」
「へいへい」
俺、無事に藤原家に行ける?
その前に筋肉馬鹿に潰されるんでない?

藤原要

「おばあちゃんは何て名前?」
「…藤原要」
「へえ、かなめさんていうんだ、…ってまた1文字」
再び結ちゃんの指図でもって藤原家の門をくぐる俺である。
というか、途中で自転車でへばって、結ちゃんが代わりに漕いでくれなかったら、
俺は足から死んでいた。
「危ないから掴まれ」
と言われても、背後からむぎゅうするとこいつが喜んでしまう。
ので、俺は必死こいて荷台にしがみついた。

「夕飯の時に親を紹介する」
「は、はは、そうだよな」
半日くらいで帰る予定だとは言い出せなくなってしまった。
そこで俺はやっとこそ思い出して、目録をバッグから出した。
「結ちゃん、これ」
「…?」
「俺、こんな大金持ってらんないし。生徒会に預けてくれ、団長から」
「…うん」
もしかして、と俺は思う。
目録を返しに来るのを見越して、渡したとか?
だから前もって地図を渡しておいたとか?

まさか、そんなド器用なことが、こいつにできるはずがねえ。

「あーもう腹減った」
「その前に」
こっち、と手を引かれる。
つーか触んな。

離れの2階。
真ん中の部屋に通された。
「冬至の部屋」
「え」
「奥が俺の部屋で、いつでも来ていい」
「…」
またそれかい、と突っ込みたくなるが。
でも、俺の部屋、とされた部屋を見ると、ベッドもあるし、カーテンもあるし、
まるですぐにでも俺が住めるようにと準備していたかのような部屋で、
ちょっと、怖い。

「結ちゃんの部屋ねえ、学校の誰もが見たいんじゃないのそれ。どれどれ」

どーん、と窓際に置いてあるベッドが、ばかでかい。
キングサイズですか!
机もあるし、椅子もあるし、そんでもって筋トレグッズが、2階の1番手前の部屋に所せましと置いてある。
その中で俺が気に入ったのが、バランスボールである。
それも、1つじゃない。4つもある。

「何か作る」
「やた」
実はホットケーキなんて久々なもんで、実に4年は食べていなかった。
学校の購買部のパンはまずいし、平日も休日もコンビニ弁当はきつかった。金もないし。
でも、結ちゃんの作る料理は全部、あったかかった。
そして、うまい。

「どうぞ」
「おおおおおおおお!」
お好み焼きだー!と俺はウハウハしてしまう。
ホットプレートを温度調節しながら結ちゃんも食卓につく。
「食べないの?」
「減ってないから」
「じゃあ遠慮なく俺が食べさせてもらうわ」
こんなに食べる人間だったとはな、と俺は自分を不思議な生き物に思った。
おいしいから食べるんだ。
まずいと、食べる気にもなれないから。

「おいしいか」
「おいしー」
えへへ、と照れ隠しで笑うと、結ちゃんが驚いた顔をした。
途端、テーブルに突っ伏してしまう。
「あんだよ」
「…」
言いたいことあれば言えばいいのに。
俺はもぐもぐと食べ続けた。

「結ちゃん、おかわり」
「…はい」

藤原結

つい、顔をそむけてしまった。
それほど、笑顔の可愛さが半端ない。
どうしよう、落ち着かないと。
おかわりも催促されてるし。
「おかわり!」
「はい」
どれだけ食べられるんだろうか?
こんなに小さいのに(失礼だろうか)。

「俺、もうちょっとしたら帰るよ」
急にそう言われて顔を上げる。
「母さん、心配してるだろうし。そもそも居候とか俺無理」
「心配なんか」
していない。
そう言いたいのに、言葉がすらすらと出てこない。
やはり俺は人間関係に不器用だと痛感する。

「こんなにおいしいご飯、すげえ久々で…でも、甘えてしまってはいけないんだ。
 ありがとう、結ちゃんのこと少しは見直したから安心しろ」
「…」
「毎日こういうの、食べてたんだよな…はは、おっかしーの俺」
ぼろぼろと涙を流す冬至に、俺は何をあげられるだろうか?
安心とか?
温かさとか?
ご飯だけじゃ駄目だ。
「母さんのご飯てさ、ちょこっとずれてるんだよな…ご飯だって白米なんだけどおこげがついてんの、
 魚も煮るのは得意だけど焼くのは苦手とか…ホットケーキだって腹が減ればおやつに作ってくれたけど、
 メープルシロップじゃない、普通の液糖かけたりしてさ…」
あっという間にテーブルの上に水がたまった。
「馬鹿だよ俺…毎日だよ、毎日こんななの…昔のこと思い出すと絶対駄目、馬鹿みたいに泣ける」
何と言えばいいか、何を差し出せばいいか。

「優しい人だったんだ、これだけは絶対に間違ってない…道端で子供が泣いてると、
 誰彼構わず話しかけるんだよ、どうしたの、何で泣いてるのって」
「うん」
「俺が生まれる前まで保母さんだったんだって…だから子供好きなんじゃないのかな」
「うん」
「だから余計にさ、こういうあったかいご飯が、つらい」
おかわりは、と言おうと思った。
でも、冬至は袖で涙を拭いて、深々と俺に頭を下げた。
「うん、帰る。帰るよ」
「…冬至」
「すげえうまかった、結ちゃんは最高の奥さんになれるよ、俺が保証する」
手が、離れていく。
心の手が、遠くまで行ってしまう気がして、俺は首を横に振った。
「帰さない」
「は?」
「あんな家に、こんなに泣かせてるのに、帰っちゃ駄目だ」
「…でも、俺、本当に大丈夫だって」
「帰らないで欲しい」

結、あなたは我儘を全く言わないよいこに育ちましたね。
でも、時には我儘も必要ですよ?
ほら、一緒に甘酒を飲みましょう。
そんなに甘くないはずです、砂糖が入ってないのですからね。

「…甘酒」
「は?」
「甘酒、持ってくる」
「え、おい、俺は未成年だぞ、」
大丈夫なはずがない。
こんなに子供を泣かせて、どんな母親だろうかと思う。
話には聞いているけれど、酷すぎる。
さっき、一瞬だけ見せつけられた笑顔が曇りそうになって、ぶんぶんと首を横に振った。
この前の買い出しの時に一升瓶に買ってきたものがまだあるはずだ。
それを、飲んでもらいたい。

「どうぞ」
「…だから俺は未成年だからね?」
「度数は低いから大丈夫」
「本当かよ?…しゃーねえなあ」
ごくり、と冬至が飲んだのを見て俺はドキドキしている。
おいしいはず、おいしいはず、おいしいはず。

「ぐあー!何だよこれ!度数いくつだ!」
「14」
「14!?馬鹿かお前!俺は酒駄目っ…」
ぐでんぐでんになった冬至、というのを見たかったわけじゃないけれど、
これで足は止まったはずだ。帰れまい。
「ぶえー」
「今日は泊っていけ」
「ばかやろー、っく」
これは作戦じゃない。
行き当たりばったりの、1つの賭けのようなものであって。
「結ちゃんのばかやろー」

藤原柊と藤原祥

「じゃあこの子が冬至君なんだね、よくうちに無事に来れたもんだ」
「びっくりよねえ、結の案内なしにうちに来れたなんて!あーもう寝顔がかわいー」
紹介します、俺の両親です。
父は藤原柊という名前で、藤原酒造の現当主です。
母は藤原祥という名前で、婿取りです。

…説明は疲れるな。

「疲れて眠ってるわけじゃなさそうだけど?」
「…」
「まあ、おおかた結のことだから好きな酒でも勧めたんだろうな。でも冬至君はまだ15歳じゃなかったっけ」
「うん」
「そういう結も16歳だからね?試飲はお願いしてるけど、好き勝手に飲んじゃ駄目よ」
「…うん」
冬至はあれからすやすやと眠っており、畳の上の座布団でぐったりしている。
酒で引き留めるとは何だ、と父は言いたいみたいだが、
母が言った通り、寝顔はすごく可愛いので俺はこれが正解だと信じている。

「結がちっちゃい頃はお義母さんとすぐ寝ちゃったからなあ、寝顔拝むこともできなかったよ」
「体ばっかり大きくなっちゃって、そうねえ、冬至君くらいだったら可愛い部類よねー」
「…」
そう言えば、1年はまだ身体測定がまだだったな。
2年は入学式前に済ませているのでデータは残っている。
冬至は身長がいくつなんだろうか。

「これからずっとここに居てくれるの?冬至君は」
「分からない」
「でも置くってなったら父さん喜んじゃうね。息子がもう1人できたって感じでさ!」
「結を一人っ子にしちゃったのは私たちの失敗よね、でも冬至君が来てくれるなら」
「分からないと言った」
でも、帰したくないのは確かだ。
今帰ればまたご飯の無い毎日になる。
洗濯だって自分でしてるんだろうし、掃除だって普段の掃除魔っぷりを見れば、おのずと分かる。
母親に見てもらえないという、そういう世界に戻したくない。
やっと、ここまで来てくれたのに。

「舞さんには内緒か、結」
「うん」
「冬至君は何か言ってなかったの」
「…」
すぐに帰るとだけ言っていた。

「今晩はうちにとは思うけど、これは冬至君だけの問題じゃないからな?
 舞さんていう母親があっての、中村家の問題でもあるんだから。
 結の傲慢で振り回しちゃいけない。起きたらちゃんと話を聞くんだよ。
 そこで初めて、これからどうしたいか話し合うんだ。
 うちはいつでも歓迎するからって付け加えておいてな?」
「…うん」

抱き上げるとやはりその体が軽い。
無理やり押し倒して泣かせたことは、ちゃんと謝ろう。
許してもらえないかもしれないけれど、謝ろう。
「…おやすみ」
「おやすみ、結」
「おやすみー」
夢に見ていたお姫様抱っこ、というものをしてみる。
何だか、心がムズムズする。

中村冬至

やばい、目が回った。
酒を飲まされるとはな、俺も勝機を失ってしまった。
恐るべし、あの16歳。

「ういー」
「…」
やっとこさ夢から覚めて俺は起き上がった。
どれくらい寝ていたんだろうか?
時計を見れば、もう8時を指している。
朝なのか夜なのか、それすら分からない。
「夜?朝なの?」
「午後8時」
「じゃあ夜か…っく」
帰らないと、と立ち上がろうとしてまた後ろにぐらっとなった。
「冬至、帰るか?」
「うん、帰る、帰るからちょっと待って」
「…もうバスない」
「え」
「ここから冬至の家まで片道23キロある」
「…ちょ、な、自転車はあるよな、あれで何とか帰れないか」
「一般道に出るまでに熊に遭う」
「!」
金太郎の世界ですかここは。
俺は頭を掻いた。
もう、これは、降参するしかなさそうじゃないの?
「それに、また雨」
「げ」
雨が多いんだそうです、今年は。

「…泊めてください、すみませんお願いしますごめんなさい」

アーユルヴェーダ*伍

ついに来ました!お泊りです!
さっきはぼいぼい泣いてましたけど、
この夜は冬至にとって重要な時間になります。
結の説得にも熱が入りますが…。
応援してやってください。

アーユルヴェーダ*伍

「荷物、取りに行こう」 「え」 まじなの、真面目に言ってんのこの人? ここにいればいいって言ってくれたけど、甘えたい気分だけど、 でも、それって現実にはどうなの? 「雨、上がった」 それは知ってるけど、分かってるけど、同居というか、居候することが、 俺には今は不思議でならない。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-10-20

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