私の記憶と乏しい視力

序章です。

席替えをした次の日は自然と昔の席に向かってしまう、向かった机の上に荷物があるのを見てようやく今の席まで向かい始める。自分を含めそうした皆の一連の流れを私はある種の席替え直後の刷り込みだと私は思っている。
新しい席は窓際ではあるが、我が学校は馬鹿な設計で窓から校庭は見ない、見えるのは教師達の巣窟であり足を踏み入れるのを少し躊躇う管理棟と貧相な中庭だけだ。


昼休みにする事は日によって違う。勉学に勤しむ時もあれば友人と駄弁って終わったり、体育館で汗をかくこともある。今日はペーパーバックを読んでいるが非常につまらない、ハズレだ。さっぱり内容が入って来ない、目から入ってから脳に届かずに宙に散布されている。すると周りの声がよく聞こえてしまうものだ、なんだか申し訳なくなってくる。
一際大きな声の梢の声が耳に入って来た。
「だからさぁ!、合わせ鏡を深夜2時にやると何個か向こうに映る自分が未来の自分でこっち振り向くんだって!」
「あんた何個向こうか覚えてないの?」
「忘れた!」
「とりあえず、今日やってみたら?」
「深夜2時まで起きるのはお肌と美容と睡魔の大敵だぜ。」
懐かしい話を聞いた、そういえば昔、小学生の頃に放課後の学校でその話を聞いた私は恐ろしさと興味に満ちて夜中の2時まで待とうとしていた記憶がある、しかし小学生の私は夜中まで起きる事が出来なかった、寝てしまって合わせ鏡をする夢を見た記憶がある、未来の自分が何故かドレスを着ていた。一週間続けて人生初の隈が出来た。
今の私なら2時まで起きていれる、明日は土曜だ。
そんな思考で満ちていると、もう手元のペーパーバックに微塵の興味もなくなり直ぐに鞄にしまい込んだ。


帰り道に古本屋に立ち寄った、何か本探す為だ。
目で背表紙をダラダラの眺める、今、鞄に沈みやがて本棚の装飾の為に生きるのであろうペーパーバックは所謂この背表紙決めで選んだのだ。これを教訓に裏表紙を見ることにした。
適当に眺めているが今の自分には何もそそられる物がないが絵本を眺めていると懐かしい本を見つけた、小学生の頃、深夜2時までの挑戦をしていた時よりもっと前、両親がいた時に読んでいた絵本があった。
私の両親は幼い時に事故で死んでしまったと聞いた。
今は母方の祖父母の家で生活してる。
何故、死んでしまった事を忘れてしまったのか、それは事故のショックによる記憶喪失らしい、そのような症状は珍しくはないようだ、事故の時の記憶だけ欠落している。自分でもその記憶喪失を調べたが記憶を戻す事の難易度は普通の記憶喪失と変わらないらしい。
わりとその事は今は気にしていない、祖父母から事故の話は聞いたし事故以外の記憶はしっかりとある、それだけで充分だ、私の精一杯のポジティブだ。
思い出は美化されて腐り沈降する。


我が家に帰ると祖父母がおかえりと声をかけてくれる、私はただいまと応えると二階の自室に引っ込んだ。ペーパーバックを本棚に仕舞った後、ポケットからiPhoneを取り出す、するとメールがきていた、梢からだ。
内容は無駄な文字と絵文字と顔文字を除くと、今度一緒にコンビニ行こうというお誘いだった。良いけれどそれくらい学校で誘えと返しておいた。梢は馬鹿だ、だけどテストで100点取るタイプの馬鹿だ。馬鹿からのメールで合わせ鏡を思い出した、すっかり忘れていた。部屋の椅子にもたれ掛かり本棚に手を伸ばすが届かず宙を掴んだ、手持ち無沙汰を紛らわしたく仕方なく机の上に広げた教科書を隅にまとめた。ついでに机の棚も整理することにした。面倒で小学校の教科書まで片付けずにある、全てをクローゼットに仕舞い込む事にしよう。教科書共を持ち上げると教科書の隙間から何かが落ちて足でワントラップかましてしまった、そのまま本棚の下の隙間に入り込んだ。指を伸ばしてそれを掴み取る、埃にまみれたそれは鍵だった。なんの鍵か一瞬悩んだが直ぐに思い出した、机の引き出しの鍵だと。どうせなら開けようと思い鍵を入れて回す、長年使っていなかったにも関わらずすんなり開いた引き出しの中には何かの紙が入っていた、折りたたまれた手紙のようだが文字が読めない、青い水性ペンで書かれたらしく雨に濡れたか涙で滲んだのかボヤけて何も読み取れない、こんなの書いたかな?そう思っていると1階から祖母に呼ばれた、夕飯のようだ、鍵を机に置き一階へ降りた。


夕飯を終え、入浴や課題を片付けると何時の間にか12時に近くなっている、もう寝ようかと思うと机上のiPhoneが光った、メールがきたようだ。相手は梢、内容を要約すると、今度コンビニ行くのに凛も行くとの事、凛とは中学からの同級生である、また前と同じ文章のメールを送りつけた。そして合わせ鏡を思い出した、何回忘れるんだ。起きていようと決め本棚から適当な本を持ってくる、表紙を見るとあのペーパーバックだ、直ぐに本棚に戻し奥に仕舞ってあった別の本を引っ張り出した。


本を読んでいると時間はあっという間に過ぎた、時刻は1:45分、一階に降りて居間に置きっ放しになっている手鏡を持って二階に上がった、とても眠い、なんでこんな事をやるのか自分でも判らなかった、けれどやる気には満ちていた。机の上に目を向けるとiPhoneと読みかけで開いたままのペーパーバック、それと夕方見つけた引き出しの鍵の3つが綺麗に陳列されている、見世棚か。1人ツッコミを華麗に決めると溜息が出た。机の上に物があると手癖でポケットにしまう、iPhoneと鍵をポケットにしまった。さっさと寝てしまおう、自室の化粧台の様な大きな鏡の真後ろに手鏡を本と本で挟むように置いた。


鏡の前に座り、掛け時計を眺めた。秒針が音を立てて確かに進んでいく。この時計が秒針まで正確なのかは知らないが2時丁度を指し示した。ゆっくりと鏡の向こうの鏡に映る自分達を眺めた、すると4人目の自分が居るべきはずの所に小さな女の子がいた、唐突な事で驚き目を凝らすとその子が振り向いた、悲しそうな顔で私に微笑んだ。目を疑い目を閉じる、強く強く強く、目を開けるのが怖くなる程。何かの間違いだと強く思いながらもどこか普遍的な気もした。
どの位を閉ざしただろうか、ゆっくり目を開けるとそこは私の知らない何処かだった。


まず、此処は私の部屋ではない、洋室の様だ。鏡の台の前に座っている私を鏡で確認するとゆっくりと立ち上がった。辺りを見渡した、新たな水槽に入れられた金魚の様に呆然としていた。灯りの無い部屋の中、暗闇に目が慣れてくると様々な輪郭がハッキリしてきた。ベッドや棚などは全て埃を被っている、もう数年か数十年使われていないのだろうか。適当に室内を歩き回るってみるが何も判りはしない、兎に角古めかしいし埃が鬱陶しい。iPhoneは机の上だし何より寝衣でポケットには穴が空いている、何も持っていない。文字通り丸腰だ。
しかし、この部屋で黙って座っていても何も起きないだろう。唯一目の前にある希望はドアだ。鍵が掛かっていない事を祈りドアノブに手をかけた、どうか開いてますように、どうかこの自体を説明出来る何かがありますように。


ドアノブを捻ると呆気ない程すんなりと回った、恐る恐るドアを押して外を見る。部屋の向こうはよく判らない模様のカーペットが続く広く長い廊下だった。左右の奥はどちらも漆黒と言える程暗く、思わず一歩退いてしまいそうになるが踏み止まり意を決して廊下に足を踏み入れた。さてどちらに行こうか…、そう思った時、真っ先に頭に浮かんだのは左手の法則だ、従おう。廊下の左に進む足取りは決して軽やかでは無いが迷いは無かった。一歩また一歩と歩みを進める、時折扉があるがどれの開きはしなかった。何故この訳の判らない場所にいるのか、そして戻る術があるのか、そんな事ばかりが頭の中を渦巻いている。あの合わせ鏡によって此処まで来たのならまた合わせ鏡で戻れないだろうかと考えてもみた、けれど頭の中は状況把握に精一杯で考えを咀嚼する暇がなかった。


結局、廊下の突き当たりまで来てしまった。突き当たりにはどこも同じ扉絵でここも同じ見慣れた模様の扉がある、期待は微塵もなくドアノブを回すと予想に反して扉が開いてしまった、その向こうから出る光、此処に来て始めて見る灯りに目が眩む。思わず目を閉じゆっくり開く、するとその部屋の全貌がわかった。燭台がいくつもあり部屋を明るくしている、部屋自体は所謂洋室で此処の事を慮れば違和感はない。が、1番目を引くのは部屋の中央のテーブルと椅子である、正確に言えば椅子に座りカップを片手にティータイム状態の何かだ。形は卵型で中心に顔、そこから手足が生えている、そして虚ろな眼と古謝れたハット。謎の生命体が開いた扉に眼を向け私と目が合った。普段目を合わせる事は苦手だが今はこいつが何者かを目で確認する為只管黙って眺めていた。するとそいつの虚ろな眼は次第に熱を帯び始めた、そして眼と口を大きく開き。
「おやおや、真実さん!お久しぶり!」と言い放った。(!?…まさかの知り合いか…?)一瞬迷ったが間違いなく初めて会う、と言うか初めて見る生物だ。。。

私の記憶と乏しい視力

私の記憶と乏しい視力

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-28

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