名刺はない

MK3

名刺はない

 今になって思います。
組織に属していない、今だからこそ。
 って、組織云々見栄張りましたが、実際のところは内職で生計立ててる……
いや、立てるまでもいけてない、そんな親の脛をかじる実家住まいの身でして、
カテゴリー別では無職の側なのですが。

 とはいえとにかく思うのです。え?何をですって?
 それは、名刺ってカッコいいな、って。
 あくまで名刺がイカすのであって、名刺を持っている職業に憧れを抱いているわけではなく。
名刺というステータスシンボル、地方の開業にとっての外車的な。スケール段違いですけど。
 しかし根本的なところは近いと、個人手には思っているのです。
思い込んでる、の方が正しいかもしれませんが、ここはひとつ貫かせていただきたく。

 憧れは大学生時代からありました。
 当時、ゲームセンターで名刺メーカーなる機械が登場しまして。
 大好きなゲーム会社が製造した、というひいき目もプラスされ、当時若干二十歳の僕の目には、
「あの大人の持ち物、わたくしの照明と言える名刺を、簡単に作れるとは!」
と感動を覚えたものです。
 日本発として髭づらの配工官と並ぶほどの世界的な知名度を持つ件の会社のマスコット、
青のハリネズミがデザインされているところも、ミーハー心をくすぐりました。
 一度に数十枚デザイン、印刷して同級生に配りまくり、
切れたら即ゲーセンへ駆け込み増刷する繰り返しの日々。
 大学生になったということで親から許可が下りたため、
これも高校時分から憧れておりましたPHSを所持するようになったのも、
名刺を作る上での大義名分だったといいますか。
 実際のところは名前と住所に実家の電話番号だけではカッコつかない気がしたため、
固定電話にプラスして携帯電話を印刷していた、単に気持ちの上の問題なわけですが、
 それでも大人の階段上りかけ、第二の思春期を迎えていたあの当時は、
今思えば些細なことが意外と大ごとだったりしたのであります。

 そんなごっこ感覚のモラトリアム期が終焉の時を迎え、地元の企業に就職が決まった僕は、
念願の社会人デビューと相成りました。
 職種は接客業、業種は書店員です。
 都会ならば、出版社の営業さんが足しげく訪れるものですが、地方の場合は全国チェーンを展開でもしていなければ、
よほどのビッグビジネスでもない限り、店舗訪問などあり得ないのが実際のところ……
 僕が正社員として入社した書店は、県内には幅をきかせておりましたが外へ打って出ることはなかったため、
名刺交換の機会は滅多に訪れませんでした。
 一度大手版元の営業さんがいらしたときなど、どう対応していいのか分からず、名刺も渡されていませんでしたし、
若かったことは言い訳にはなりませんが入社間もなくだった僕。
 あろうことか対応を、自分よりも勤務歴の長いベテランバイトにお願いしてしまい、
後日上司にこの件が発覚した際はこっぴどく叱られたものでした。

 時は流れ四年後、服飾専門学校への進学という長年の夢を叶えるべく、会社を辞め上京した僕は、
金銭面の事情から夜学へ通うこととなったことから、授業の始まる時間まで日中のバイトを探すこととなりました。
 バイトとはいえ、慣れない土地で働くのなら慣れた業種が一番と、知り合いの方からアドバイスをいただき、
老舗であり且つ日本一名高い某書店の、それも本店でレジ会計のアルバイトにつきました。
 バイト時代は名刺はなく、ひっきりなしに訪れる営業さんと名刺交換を行う先輩社員、
その光景を羨ましげに眺めるばかりの毎日。

 瞬く間に時は流れ、専門学校も卒業の時を迎えることとなりました。
 服飾造形を学ぶ中で、自身の適性が実技よりも座学であることに気づき、アパレルメーカーへの就職は諦め、
今後の身の振り方について悩んでいた僕に、バイト先での契約社員に昇格の打診が舞い込んできました。
 渡りに船とばかり即決し、担当として一ジャンルの棚を持ち、レジ会計の仕事もこなしつつ、
故郷で働いていたときのように売り場に出て、本格的な書店員として再び働きます。
 そして同時に僕にも、レジの中から羨望のまなざしを向けていた、あの名刺交換のときがやってきたのでした。
 金看板を背負っておりますため、営業さんは僕が年下の場合でも腰を低く丁寧に接してらっしゃいます。
 ここで勘違いしてはいけない。
 輝きを放っているのは会社の威光、自分は一兵卒に過ぎないのだと常に言い聞かせ、
憧れてきたからこそ自分の名刺も相手方の名刺も大切に扱おうと、かたく心に誓い名刺交換に挑み続けました。

 同じ形でも厚みでも、置かれた立場によって重みも意味合いも変わってくる。
振り返って思い出す、名刺の本懐……

 あぁ、私は勘違いしておりました。
ステータスシンボルの意味を。
 はき違えてきました、
カッコ良さって何なのかを。
 今後再び名刺を所持するときは、私を示し表すものは私しかありません。
 今になって思います、磨かなければ、己を。
 私は思っています、今だからこそ。

名刺はない

名刺はない

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-19

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