お泊り会にて。
けっこう初期に書いた作品です。
登場人物は6才なのですが、転生モノなんで。最近は転生モノが流行っているようですから、いろいろと想像しながら読んで頂ければ。
“僕には君が必要なんだ……。”
ゴボッ、ゴボボボ……。
水面に向かって立ち昇る泡が見える。私は暗い水底にいる。多分。
ふわふわユラユラ揺れる水草が、体に巻きついて、横になっている私を支えている。
呼吸はできる。冷たい水は空気の代わりに鼻から、口から、どんどん入ってくるのだが、体のどこからかスーッと抜けていく。
それなのに肺からは大粒の泡があふれだしてくる。炭酸ソーダみたいなここの水は私に空気をたくさんくれるらしい。
ゴボボ……、ボコッ、パチパチ……
耳のそばで弾ける泡から、また声がする。
“君のこと愛してるんだ……”
そんなことわかっている。確かに私はあなたの瞳、あなたの空気がなければ生きてはいけなかった。あなたは得がたい空気を私に分けてくれた。
私のために泣いてくれた。そして今でも私を愛しているという。
――でも。
窓の隙間から朝のまぶしい光がさしこんできて、目が覚めた。枕が濡れている。私はまた泣いていたのだろうか。横には婚約者の雅人くんがいる。
婚約者といっても私達はまだ六才なので、親や世間はきっと子供どうしの他愛ない約束程度にしか思っていないだろう。でも私達には秘密があるのだ。
「ゆみえちゃん、また泣いてたよ。」
寝ていると思っていた雅人くんが、横になったまま目だけ開けて、心配そうにこっちを見ている。
その瞳は一見あどけない幼稚園児のそれだが、奥には時を超えた光を宿している。それを知っているのは、同じ境遇である私だけ。
「またあの夢なの。」
「あいつも相当しつこいな。僕、夜中に何度も呼びかけたんだけど。でも僕は絶対に負けないからね。」
きっぱりと強い口調でそういって、優しい瞳で、腕で、私を現実へとひき戻してくれるのは、やっぱり雅人くんだ。ここが私の今の時間。唯一の現実だ。
私たちは今この現実では六才だが、本当はたくさんの時間と、空間との旅を続けてきた。
正確には私と雅人くんと、遙くんの三人で。彼は雅人くんと、私のことで長い間対立している。
どのくらいの間かって? それが、三人の出会った時から、ここ何百年の間、ずっとなのだ。
私がどこかの時間の、どこかの国の、きれいな湖の中の人魚だったとき、遙くんは水の神様の息子で、私に一目惚れしたらしい。
その頃私は、とにかく人間になりたくて、なりたくて。
毎日水面まで昇っていって苦しくなるまでそこから顔を出していた。時々ボートをこぎにやってくる、人間を見るために。
そして緩やかなある日の午後、私は舟にのっていた雅人くんと目が合い、お互い恋に落ちてしまったのだ。
雅人くんは健気にも、人間の連れをその人生で一人も持たずに、私を人にするためにあらゆる手段を使って、最後まで尽力してくれたのだ。
そのおかげで、私は今世で念願の人間の女の子に生まれることができた。そして遙くんはかわいそうに、時の向こうに置き去りにされた。
私は自分が以前の記憶や人格を持ち続けていることに疑問を持っていたのだが、幼稚園の入園式で雅人くんそっくりの男の子(本人)が駆け寄ってきて、
満面の笑顔で一言こうつぶやいた。
「やっと会えたね。」
言われた時には本当に驚いた。
もうこの記憶を過去の産物として捨てて、新しい人生歩んじゃおうかそれとも、と丁度考えていたところだったことを私が言うと、
雅人くんはまっ赤に照れながらも真剣な目で力説してくれた。
「だってせっかく君が人間になれたって、僕のこと忘れられたんじゃ、ここまでやってきた意味ないだろ。」
本当に、全くもって雅人くんはスゴイ、と思ってしまった。
私を遙くんから奪い、彼を時の果てに置き去りにし、今世で私を人にして、私と自分の二人分記憶を守って、今ここまで私についてきてくれたのだから。
しかし遙くんも負けずに、時間のズレたところから時々私に意識を送ってくる。決まって夢の中に侵入してくるのだ。
あの湖にいた時のことを持ち出されると、私もけっこう揺れてしまうからたちが悪い。
けれど雅人くんはそんな私のことも、全てわかっていて、それでも彼には絶対負けない、と強い意志の力で私をいつもこの現実へと引き戻してくれる。
正直、私の心は今、すごく揺れている。
「ゆみえちゃ~ん、雅人く~ん、お泊まり会はもうおしまいよぉ、はやく降りてきなさぁい!!幼稚園におくれちゃうわよ~。」
一階からお母さんの優しい声がした。私たちはお互い顔を合わせてニコッとすると、手をつないでタタタッと一気に階段を駆け降りた。
終わり☆
お泊り会にて。