三つの願い

年季の入った扉を開く音が、山小屋に響いた。
「ここで休もう」
 男はずぶ濡れになった上着を脱ぎながら、寂しさを紛らわせるように呟いた。
 山菜を採りに来ていた男は、急な土砂降りに降られ、急いで近くにあったこの古ぼけた山小屋に来たのだ。
 「結局、わらびもぜんまいも採れなかった。おまけに大雨に降られて、とんだ災難だ」
 ぶつくさ文句を言いながら窓の外に目をやるが、雨は一向にやむ気配を見せない。こうなってしまってはどうしようもない、太陽が出るまで少し待とう。男は壁に寄り掛かりながら、目をつぶり、黙りこくった。
 男が黙っている間も、雨音は窓の外から部屋の中へと入り込んできた。
「あぁ、もうダメだ。寝ようにも、うるさすぎて眠れない。何より、腹が減って仕方がない。神様でもなんでもいいから、助けてくれ」
 そういうと、雨音が一瞬止まった。慌てて窓の外を見るが、やはり雨はやんでいなかった。
 落胆した様子で、男はまた壁に寄り掛かり、今度こそは意地でも眠ろうとした。すると、
「おい」
 山小屋に自分以外の声が響き、男は跳ね上がりそうになった。
「誰だ」
 精一杯声を振り絞りながら、周りを見るが、男の他に誰も山小屋にはいない。
「探したって、お前におれは見えない」
「だ、誰なんだよ」
「お前が呼んだんだろう」
「呼んだって」
「言っただろう、神様でもなんでもいいから助けてくれと」
「もしかして、神様なのか」
「まあ、そんなところだ。しかし、お前が呼んだから来たわけのではない。今日は別件でお前に会いにきたのだ」
「神様なのか、じゃ願い事とか叶えられるのか、今日はずっと災難続きで参ってたところなんだ」
「できるが、叶えられる願いは三つまでだぞ。それと、」
「本当か、じゃまず雨に濡れて寒い、どうにかしてくれ」
男が一つ目の願いをいうと、真っ赤な炭の入った火鉢が出てきた。
「ああ、温かい。火鉢にあたっていると、魚が食べたくなってきたな。神様、魚と網をくれ」
今度は火鉢の上に網と、肥えた鮎がのせられていた。焼き上がると男は、熱さも忘れ夢中でかぶりついた。
「飯を食ったら、眠たくなってきたな。神様、布団をお願いできるか」
 男が三つ目の願いを言い終えると同時に、布団が出てきた。男は布団に入ると、数分もしないうちに寝息をたて始めた。
 そして、二度と目を覚ますことはなかった。
「まいったぞ、どうせ死ぬから最後ぐらいは良い気持ちで逝かせてやろうと思ったのに、これじゃ説明不足だと、あの世で騒がれる」
死神は愚痴をこぼしながら、土砂降りの中に男の魂とともに消えた。

三つの願い

三つの願い

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-18

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