アーユルヴェーダ*肆

これちかうじょう

  1. どうしても美しい
  2. リリック
  3. デイドリーム・ビリーバー
  4. AGAPE
  5. 恋素飽和度Ⅱ
  6. 藤原家の食卓

4月のとある金曜日、午後。
部活対抗の試合が行われようとしている。
去年からの一大イベント、
そう、ミスコンである。

どうしても美しい

学校生活にも慣れてきました。
母さんに見えなくても、俺は何とかやっています。
だから元気でいて下さい、俺は何とかやっていきます。

「ミスコン?」

とある4月の最終週の金曜日、の午後を前にした昼休み。
総合男子部から出張してきた君島長谷川ペアに俺は引き摺られて部室へと赴いた。

「ミスターコンテストです!結が去年、初代のミスコン優勝者なんですよ」
「あ、あー、それでか」
「何だよ中村」
「いや、その、」

言ってなかったですけど、柳瀬橋はすんごいメガネをしていました。
黒縁の、牛乳瓶の底のようなレンズの。
それが今週の初め、いきなりコンタクトレンズになりました。
すると今まで俺以外に気づかれてなかった柳瀬橋の美人度が、
教室中に知れ渡りまして。

「きゃー!柳瀬橋君てすんごい美人だったのね!」
「な、なんか俺、同じ男なのにドキドキしてきたよ…」

と一気にアイドル的存在になりました。
でもここで自慢。
柳瀬橋が美人(美男子?)であることは俺は中学1年の時から存じ上げていました。

「うおっとお」
メガネのせいなのか、柳瀬橋はよく転びます。
その時、メガネがどすんと落ちて、拾い上げた柳瀬橋が、
「うわあ、中村がいっぱいいるー」
とにやけた顔が、まさに女神さながらだったのです。
「どんだけ見えないんだよ」
「俺、弱視だから弱視」
「どこまでも貧弱なんだからさー」
中学1年の春から親友やってますが、柳瀬橋は馬鹿な上に、体がとても弱いので、
俺は毎回ハラハラしていました。
風邪を引いたと聞けば飛んでもいったし、
喘息発作と聞けば病院にもついていきました。
そんな時から、柳瀬橋のおじさんとおばさんとは仲良しでした。

「うー」
「どしたの」
「これ」
俺はずっと制服のポケットに入れておいた白い紙を柳瀬橋に見せました。
「地図だね」
「俺、これを信じて行ったら絶対殺されるわ」
「どこへの地図なのさ」
「知らねえ、多分結ちゃんの家じゃね?」
「何で殺されるの」
「俺、最近になってすんげえ後悔してんの、」


その理由がこれです。
何これ、何なのこれ。

「中村、結に何か言うであるよ!お前は綺麗だ!とか!」
「優勝したら中村からご褒美ですよ結!」
「はあ!?」
「…うん」
「うんじゃねえ!てめえはよ!」

新選組に扮した結ちゃんは、どうしても、どうしても、どうしても美しいんでありました!


そして、見事に優勝してしまったのです。
だから、俺はそんな人が、学校のみんなが認めるほど綺麗な結ちゃんが、
まさか自分のことを好きだとか抜かしたとか言えなくなってしまったのです。
まさに後悔なのです。
立場が、全然違う。
住んでる世界がそもそも違ったんだ、まさに王族と奴隷の差があります。
そんな俺が、この地図を、どうしろと言うのでしょうか。

「それでは表彰式に移ります。優勝、応援団」
ぼけっと俺は見ています。
壇上の結ちゃんはすごくすごく綺麗なのでした。

ちなみに、2位は吹奏楽部代表の柳瀬橋。
3位は入学式で見かけていた、放送部の副部長、高瀬先輩でした。

ちなみにちなみに、柳瀬橋はギャルソン。
高瀬先輩はホストというなりきりようでした。

リリック

何か言わないと駄目だ。
確かにあいつは犯罪者で、俺は被害者だけれど、
もうケツも痛くないし、
部活が何よりの心のよりどころになっていることが、
その根本たる原因がこの結ちゃんという人間であることが、
非常に心苦しいんだけれど、
認めざるを得なかったから。

ミスコンが終わって、優勝賞金を持って結ちゃんがようやっと部室に来た。
俺のおかげで綺麗になった部室が、まさにお城の様である。
笑えるが。
いや、笑えないが。

「さすがは結ですね、2連覇ですよ2連覇」
「僕も鼻が高いわー。前団長が推してたのは意味あってのことだったんだな」

何か、言わねば。
でも、何を言うんだろうか。

俺はない頭で考える。
身分違いの恋を、こいつは全うしようとしてるんだろうか?
俺はそんなの無理だ。
諦めてくれとでも言うか?
それとも、…それともって何だ。

「中村」
「は、」
いきなりの呼びかけに顔を上げる。
するとすぐさま、手に何か持たされる。
こ、これは、優勝賞金目録…!

「持っててくれ」
「え!」
だって諭吉さんが30人いるって俺、知ってるもん。
そんなの、そんな大金を、俺が何で持っていなくちゃならんのだ。

「部費扱いになるから」
「部費」
「好きな用具を買ってもらえ」
「え、用具って、掃除用具?」
つまりはこの金を生徒会に預けて、それで好きな掃除用具を揃えてもらえということか。
「む、」
「?」
「むふふふふふふふふふふっふふふふうふうふ」
どうやら俺には、真剣みってのがないんだろうと思う。
目先のことにとらわれて、先を見る力がない。
まだ、この段階では。

「芳香剤!消臭剤!箒!塵取り!」
「元気でてきたであるよー中村」
「だいぶ落ち込んでましたからね、心配しました」
まだ、俺には、今の俺には、語彙が足りない。
言葉が足りない。
そして、気持ちが足りない。

デイドリーム・ビリーバー

「母さんこれ、いくら入ってると思う?30万だよ30万、俺おかしくなっちゃうかもしれないよ」
トントントンと小気味いいリズムが聞こえる。
包丁の音、まな板に当たる、その時の軽い打撃音だ。
母親っていったらこれ、という感じの思い出に残る、そういう音だ。

「今日はもう疲れたから寝るね、おやすみ」
ああ、また独り言。

明日は土曜日で、予報は雨で、セッションはお預けだろう。
それでも、俺には行かねばならない場所がある。
それを、明朝の7時に柳瀬橋に電話した。

「もしもし俺だけど」
『おはよー中村』
「できないな、セッション」
『うん、…大丈夫か?』
「うん、俺、行くところあんだわ」
『そっか、良かった…まあ俺も今日は1日寝てるけど』
「どした」
『軽く風邪』
「お前は本当に病弱だな、ちゃんと寝てろよ、完全に治せ」
『うん、ありがとー』
「じゃあ」

風邪と聞いて嫌な予感がした。
まだ高校生になって1か月だ。
こんなところで風邪なんかひいてどうするってんだ。

俺は例の目録をバッグに入れて、出かける準備をした。
やはり、これは俺の手に負えない。
生徒会に渡せばよかった、と思いつつも、俺にこれを託したあいつの気が知れないし。
だいたい15歳のぼくちゃんに30万なんて大金、渡すんじゃねえっての。
階下に行けば母さんが居間でテレビを見ている。
天気予報がやっていて、午後には上がると出ていた。
雨が、上がるのか。
でも今はざーざー降っていて、傘なしじゃ行けない具合だ。
「ちょっと出かけてくる」
俺は母さんの背中にそう言って、玄関を出た。

「…」
行ってらっしゃいという言葉。
どこ行くの、と心配する気持ち。
そういうのがやはり、ない。
ご飯も食べてないし、腹がぐうぐう鳴っているけれど。
「…バス停まで歩けばいっか」
自転車では行けまい。
この地図にしてみると、まさにこれは県境の位置だ。
そんなところから通ってんのかよと突っ込みたくなるけれど。

「おねがいしまーす」
バスに乗り込んで、一番後ろの席に座る。
この方面に行くバスはスカスカである。
乗客は俺を含めると2、3人だった。

「うへーすげえ雨」
バスの窓に雨が当たる。
それがバチバチと音を立てて、不安要素を掻き立てる。
最寄りのバス停から40分ほど乗ったところで、例の停留所だ。
ここだ、と俺はブザーを鳴らす。
乗客はもう俺だけになっていた。

「長靴で来ればよかった感」
べちゃ、べちゃと歩きながら地図とにらめっこする。
えーと?ここから150メートルは直進で?
角を右に曲がって、そこからさらに300メートル歩き。
右手に竹藪、左手には沢。
同じ県とは思えない緑豊かな森の中を俺は歩いている。
傘がぼたぼたと音を立てて、木々の間から落ちてくる大きな雨粒に俺はいちいち驚いてしまう。

「正面に山と、…門」
これか、と見上げるのはまるで神社仏閣かのような大きな門だ。
「藤原、酒造?お酒造ってんのか」
おじゃましまーす、と足を踏み入れる。
砂利道が舗装されていて、それがずっと奥まで続いている。
どこかの庭園、もしくは割烹料理や、という感じか。

母屋らしき建物があり、俺はドアというかガラス戸をこんこんとノックする。
でも誰もいないらしく、雨脚ばかりが強くなってきたので失礼ながら中に入れてもらうことにした。
「おじゃましまーす」
すみませーん、と声を掛けてみるけれど、やはり誰もいない。
そんな時だった。
「結のお友達かの?」
ぎょえ、と俺がのけぞってしまうと、声の主はふぉふぉふぉと大笑いした。
「結ちゃんの後輩です、友達じゃないです」
「それより何よりじゃ、こんな雨の中ご苦労じゃのー」
「え、と」
初老のおじいさんって感じの人だった。
まあ、昭和の人間ていう。
「しかし残念ながら結はここにはおらんでの、ほれ、あっちにおる」
「あっち?」
「離れじゃ、ばあさんがいた頃は一緒に住んでたんじゃがの」
「ほえー」
離れ?やっぱここ母屋か。
「えと、」
「ああ、わしは結の祖父じゃ。ただ案内ができんでな、雨に濡れると風邪ひくでの」
「方向的にはあっちですか」
見えないけど!
「そうじゃ、わしの作った庭を見ていくとよいぞ。沢の橋を渡ればすぐじゃ」
「ありがとうございます」
家の中に橋があるのかよ!と突っ込みたくなる。

「お前さんは、名前」
「あ、すみませんでした。中村冬至といいます」
「冬至君というのか、もしかして冬至生まれかの」
「はい」
「1年で1番夜が長い日じゃの、そんで柚湯につかるとよいな」
「今度そうします」
今年の冬至の日には、そうしよう。
と素直に思いつつおじいちゃんに別れを告げて、俺はまた母屋の外に出た。
傘を広げて、てくてくと歩いていく。
あ、あったぞ橋。
それを渡って、すぐだった。
左手に大きな木を背負った2階建ての家が現れた。
離れも2階建てか、すげえな、金持ちなのかここ?

「えーと」
呼び鈴、ブザーを鳴らそうとして我に返る。

「おいおいおいおいおいおい!真面目に殺されに来ちゃったよ!」
夢から覚めるのも、すぐのことだった。
呼び鈴、鳴らさなかったのに、ドアがガチャ、と開いた。
夢であってほしい。
正夢にもならないでほしい。
それくらい、寝起きの結ちゃんは綺麗だった。

「…中村」
「結ちゃん、来ちゃった」
くさいですが、俺の必死こいた最終形の強がりである。

AGAPE

「濡れてる」
すんごく寝ぐせだらけの頭で、そう言われても。
「入れ」
「おじゃましまーす」

その昔、くんくんと嗅いだあのいい匂いが家中に香っている。
男子高校生がこんないい匂いさせてていいのかよと苦笑するけれど、
ドアを閉じた瞬間に俺は再び驚いてしまった。

「家の中に暖炉が!」
ここはアルプスですか!
と俺は周りをきょろきょろしてしまう。
「結ちゃんがハイジ…」
「寒いから当たれ」
「は、はーい」
そう言えば煙突、あったもんな。
暖炉の前に座らされて、結局俺は言い出せなかった。
目録を返しに来ただけだ、と。
燃え盛る炎を見ていると、何だか涙腺が崩壊しそうになる。

「それにしてもすんごい頭だね」
隣に陣取っている結ちゃんの頭を再び見る。
すごい、寝ぐせだ。
学校で逢う時とは違う、そうだ、制服じゃないところとか。
「それ、毎朝直して学校に行くのかよ」
「…うん」
「俺が羨ましいだろう、刈り上げはな、寝ぐせとは無縁なんだよ」
「…うん」
さっきのおじいちゃんといい、この藤原家の配置といい、
そうかそうか、と俺は納得する。
この人は、愛されている。
しかし、それを理解していない。
まさに、この容姿とか器とか、全ては神様あってのことだろう。
神様の愛ってのを十分に受けていいはずなのに、
どうしてだろう、結ちゃんは満足しない。

「来れたんだな」
消え入りそうな声で言われてもだ。
「来れるじゃん、あんな詳しい地図もらえば」
「…うん」

暖炉の火が一瞬だけ大きくなって、熱気が頬に当たった。

「まだ、俺のこと好き?」
何を聞いてんだ俺は!と憤慨する自分もいるけれど、そうじゃない自分もいる。
それが本当に不思議だった。

「…うん」
「そっか」
この1か月で俺はさんざん結ちゃんをけなした。
他の2人もけなしたけど、とことんけなしたのだ。
それでも、俺が好きなのか?

「好き」
「ど、どこがいいんだこんな俺の」
「…ぜ」
「ぜ?」
「全部…」
かあああと俺が赤くなってしまう。
何で照れてんの俺!
「また、泣いたのか」
「へ」
その言葉に顔を向ければ、手を伸ばされて指が、俺の目に向かってくる。
「泣いてない」
「でも」
「寝不足なんだよ、だから目が赤いんだよ」
嘘を、ついた。
分かるまい、決して。
俺のどうしようもない気持ちなど、状況など、分かるまい。
分かられてたまるか、という反感が芽生えた。
しかし同時に、分かって欲しいという共感を求める感情も生まれた。
言ってみようか、別に結ちゃんに言ったってどうにもならないんだけど。
この暖炉の明かりが、俺を後押しした。

「…俺、居場所がないんだ…」

恋素飽和度Ⅱ

思わず、勝手に、体が動いたという方が正しい。
…だろうか?

「はう」
居場所がない、という言葉に俺は思わず冬至の手を引っ張った。
とすんと傾いた体が、線が細くて、多分、俺の手だと2周くらいしてしまうのではと思うくらいの。
抱きしめてみると、やはりそうかと思う。
ご飯とか、やはり、充分に摂ってない。

「結ちゃん、俺、居場所がないんだ…」
「…」
俺がそれになる、と言ってもいいのだろうか?
それとも、言ってはいけないんだろうか?

「じゃあ此処に居ればいい」
「は?」
「うちに来ればいい」
「な、な、何言ってんの、馬鹿じゃないの」
「本気で」
言ってる。

俺が、冬至の居場所になる。
なりたい。
そう、ひしひしと感じる。

「何でそんなこと、」
「好きだから」
「ば、馬鹿じゃねえの、離せよ、」
「好きだから、」

好きだから傍に居たい、と思うのはエゴだ。
でも、居させてほしいんだ。
冬至の家の環境を変えるためにも、そして、
全て俺のエゴのためにも。
冬至を救えるのなら、俺は何だってできる。
何だって、言えるはずだ。

「好きなんだ、だから傍に置いて欲しい」
もし、酸素のように、一定のところで口いっぱいになるとしたら、
この気持ちは酸素じゃなく、恋素だ。
恋は難しい。
でも、人を好きになることが、駄目だということはない。
むしろ、成長させてくれると、思いたい。
飽和するまで、恋素が飽和するまで、離したくない。
そういう気持ちが、多分これが独占欲というんだろうけれど、
俺の中に芽生えた。

あんなに、真っ暗だったのに。
そこに光を差し込ませたのは、間違いない、冬至だ。

「まるで昭和の女みたいだなー」
「?」
「あなたなしじゃ生きてゆけないとか言う?」
「うん」
「あはは、本当にもう、」
それから小一時間、冬至は泣いた。
見ているのがつらくなるほど、か細く。

ぐぐぐう。

その音に俺は笑った。
「何か食べるか、すぐ作る」
「…腹がー!背中とくっついちまうよー!」

飽和するまでにはまだまだ時間がかかるけれど。
それを君と感じられたら。

藤原家の食卓

「んまい!」
見て下さい!
白米です!
肉じゃがです!
味噌汁はじゃがいもです!
玉ねぎのサラダです!
デザートにとホットケーキも焼いてもらいました!

「ぎゃー」
「?」
「結ちゃん、料理男子だったんだな、すげえや」

胃袋掴まれました。
これはもう、俺は下僕であることを示しています。

「結ちゃんのご飯、好きー」
「俺のことが」
「馬鹿かてめえは!お前じゃない、ご飯が好きなんだ!」

おかわりさせろ、と何度も粘り、俺は久々の食事を満足できた。
「んまい!んまかった!」
「…うん」
もうこの人どうでもいいよ!
ご飯がおいしいってのは、いいことなんだよ!

「うちに来ないか」
「うん!来たいです!」

男は、単純なんです。

アーユルヴェーダ*肆

とうとう藤原家にやってきた冬至です。
前回のラストダンスは、君と。の時からだいぶ台詞とか違ってますけど、
本筋は一緒です。
同棲へのスタートラインです。
告白→同棲→結婚
という夢を見ている結ですが、さて、今後はどうなるでしょうか。
是非とも応援してあげてください。

アーユルヴェーダ*肆

「ミスコン?」 「はい、部活対抗のミスターコンテストの略です」 「応援団は勿論、去年、今年と2冠を達成するため、結を出すであるよ!」

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-10-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted