20180220-ヒヤシンス(再掲示)

あでゅー 星空文庫


(一)

 私の名前は、樹雪之丞(いつき・ゆきのじょう)。ごく普通の大学一年である。そんな私が、友人の岡田真一を別荘に連れて行ったのは、大学に入ってから初めての夏休みだった。彼は、私の軽自動車に窮屈そうに身を屈め、汗だくだったのを覚えている。
 その別荘は、税理士をしている叔父、樹宗一(いつき・そういち)の持ち物で、夏の間お借りしたのだけれど、小高い山の中にあり、涼しいことこの上はなかった。
 私が、友人と一緒にソファーなどに被せたシーツの埃をはらっていると、叔父の奥さん、樹紗枝(いつき・さえ)がメイドを連れて現れた。
「ごめんなさいね、雪之丞さん。もう暑くって、我慢できなくて来てしまいました」
「いいえ、お姉さん。こちらこそ、おじゃましています」
「それで、そちらの背の高い方は?」
「はじめまして、岡田真一です。どうも、おじゃましています」
「私は、樹紗枝です。こちらこそ、よろしくね。今、メイドになにか冷たい物を持って来させますね」
「ありがとうございます」
 胸に手で風を送りながら、紗枝さんは台所へ入って行った。その姿を、岡田は目を細めいつまでも見ている。
 私と岡田が、クーラーのフィルターをはらい、簡単なふき掃除を終え、冷えた麦茶に喉をうるおしていると、紗枝さんが着替えてロビーへ現われた。
 全体に落ち着いた色合いだが、ブラジャーが透けたブラウスに、スリットの入った薄いスカートを身に着け、まるで友人を意識しているかのように顔を赤らめた。
「佐久間。私にも、くださいな」
「はい、奥さま。只今」
「それで、あなたたちはいつまでいるの?」
「えーと、次の日曜日までです」
「あら、四日間だけ? 随分、早くに行ってしまうのね」
「ええ、その日からバイトが入っているんですよ。なにせ、貧乏学生ですから、僕たち」
「大変ね。ところで、岡田さん。あなたのお父さまは、どこにお勤め?」
「XX運輸で、トラックの運転手をしてます」
「まあ、そうなの? 私の父もトラックの運転手だったわ。今は、腰を痛めて事務をしているけど」
「僕の父も腰が痛いって、ベルト巻いていますよ。あれは、職業病だって言ってます」
 思わぬところで共通の話題に、紗枝さんと岡田は打ち解けたように見えた。二人は、楽しそうに話をしている。取り残された私は、読みかけの本が読みたくなったと一声掛けて、ひとり寂しく二階へ上がった。
 私が、空腹感にもうそろそろ夕食の時間ではないかと一階に降りると、紗枝さんが寝そべった岡田のお尻に乗って、指圧をしていた。私は、いけないものを見たように困惑した。
「岡田。随分、気持ちよさそうだね?」
「ああ、雪之丞。本当に気持ちよくって、溶けちゃいそうだよ」
 見ると、紗枝さんの股間が岡田の尻に食い込んで、なにか淫靡な香りがする。
 私は、その時ハッとなった。叔父夫婦は結婚してはや十年。その間に子宝には恵まれなかった。そして、もしも検査を受けて、精子がないと診断されたら……。
 私の、答えはすぐに出た。岡田のように頭がよく、身体が丈夫で、性格がいい人の精子を望むと。これは、叔父と紗枝さんの仕組んだことなのだと。
 私は、それ以降、口をつぐんだ。

 夕食の後、岡田と紗枝さんは寝室にこもってなかなか出てこない。きっと、あの部屋では熱い行為を繰り広げているのだろう。私は、そう思うとたまらなくなり、紗枝さんを思いトイレでオナニーをした。一体なんど、そうしたことか……。
 そして、予定の日曜日となった。私と岡田は、軽自動車に乗って別荘を後にした。紗枝さんのことは、気まずいので話さなかった。


(二)

 あの時から、一年がたった。私と岡田は、二回生になってますます勉強とバイトに精を出した。そして、今年の夏も、紗枝さんから岡田を連れて別荘へ来ないかと打診をされる。私は、ことの成り行きを見たくて、承知した。
 別荘に着くと、紗枝さんが赤ん坊を抱いて、私と岡田を出迎えた。岡田は、紗枝さんに促されて赤ん坊を抱くと、破顔する。
「この子がマリアです、岡田さん」
「可愛い女の子ですね。目元なんて、紗枝さんにそっくりですよ」
「あら、嬉しい。雪之丞さんも、抱いてくれます?」
「いや、僕は遠慮するよ。怖いから」
「そうですか、つまらない……。さあ、行きましょう、岡田さん」
 紗枝さんは、岡田にぞっこんのようである。最早、子種を欲しいからだと言う言い訳は許されない。もし、叔父が知ってしまったらどうなるのか? だが、この私の懸念は現実となってしまう。

「おーい、紗枝」
 一九九七年八月一日。嵐の夜に突然、叔父が別荘に来た。あわてたが、どうにもならない。岡田が、いることを知って動揺する叔父。
「なぜ、岡田くんが、ここにいるんだ? 岡田くんとは、子種をもらうだけって言ってたじゃないか!」
 激高する叔父に対して、なにも言えない紗枝さん。そして、その場にいたものも、皆口をつぐんだ。
 叔父は、この時、自分は只金をもたらす便利な生き物。そう感じたのだろう。叔父は、その晩、自宅へ一人帰って自殺する。遺書もない、衝動的な自殺だった。

 樹紗枝は、初七日を終えると私を呼んで、自宅からも、別荘からも、叔父の物をすべて処分させる。きっと、叔父との愛の痕跡を岡田には見られたくなかったのだろう。
 そして、岡田真一が大学を卒業すると、樹の姓を名乗らせ、叔父の生命保険を元手に運送会社を立ち上げた。


(三)

 あれから樹真一と紗枝さんは、運送会社を経営して上手く行っているようだ。マリアは、その夫婦の下でスクスクと育っている。遊びに行くと、私の側に着いて、いつまでも離れなかった。私は、真っすぐに育ったマリアを好ましく思ったものだ。

 時がたち中学生になったマリアは、突然、私のアパートへたずねて来た。
「急に、どうしたんだい?」
 私は、ホットミルクを出して、質問した。新しい制服がまぶしくて、まともに見れない。
「雪之丞おじさん。いいえ、従兄だから雪之丞おにいちゃんだよね、本当は」
「確かにそうだけど、二十歳も離れているから、今までと同じようにオジサンでいいよ」
「それじゃ、オジサマ。質問があります」
「なんだよ。かしこまって」
「オジサマは、結婚しないんですか?」
「貧乏暇なしでね。余裕がないんだ」
「またまた嘘言っちゃって。本当は、高給取りなんでしょ? あんないい会社に勤めているんだから。もしかして、ホモ?」
「おいおい、随分失礼だな。これでも、面食いなんだよ」
「それじゃ、私のことはどう思う?」
 その言葉に、ドキッとしてマリアを見ると、真剣な眼差しで答えを待っている。私は、マリアに好きな人ができたのだろう思い、少し寂しい気持ちで答えた。
「マリアは、誰から見ても魅力的だよ」
「ほんと?」
「うん」
「それじゃ、私を抱いてくれない?」
「えっ!」
 まさか、そんなことを言われると予期していなかったので、一瞬動きが止まってしまう。私が、動き出したのはマリアが近付いてきて、口づけしようした時だった。
「待て! 早まるな! 一体、どうしたんだ?」
「どうしたって……。好きだからに、決まっているでしょう?」
「まだ、マリアの歳には早すぎるよ。それに、こんなオジサンを相手にしちゃいけない」
「でも、私には時間がないの。だから、おねがい」
 そう言って、マリアは私の腰に手を回すと、唇を重ねて来た。私は、マリアの舌が入って来ると、本能的に抱きしめた。一体誰が、この愛くるしいマリアを拒絶することができるだろう?
 マリアの身体は、どこまでも美しくて、狂おうしいほど甘くて、そして熱かった。
 ことが終わると、マリアは一言「おにいちゃん、ありがとう」と微笑んで、帰って行った。私は、大変なことをしてしまったと、頭をかかえた。それに、時間がないと言ったマリアの言葉が気になって、仕方なかった。


(四)

 悪い知らせが入ったのは、それから間もなくだった。警察の話によると、樹真一と紗枝、そしてマリアが別荘で焼け死んだと言う。なにか、悩みごとでもあったのかと聞かれたが、私は涙が止まらず答える余裕などなかったし、いい答えも浮かばなかった。
 容疑が掛けられ取調室で尋問されていると、私のアパートにマリアからの手紙が届いたと知らされる。その手紙には、おおよそ以下のことが書かれていた。

 突然のお手紙失礼します。
 おにいちゃんは、きっと知っているでしょうけど、私は決して許されない汚れた子供なのです。だから、すべて無に帰すのです。
 私が、なぜそのことを知ったかと言うと、本棚の『聖書』に一枚の紙が挟んでありました。樹宗一の名で『一九九七年八月一日。紗枝に裏切られた』と。
 ひそかに調べてみると、他人から種をもらって子供をもうけたが、妻の心は最初からその人を愛していたというものでした。そして、愛されていなかったということを知った男性は、絶望の内に自ら命を絶ってしまう。その子供とは、私のことだったのです。
 そのことを知ったのは、今から三年前でした。それからの私は、終わりにする時を待っていました。そして、中学生になって制服に袖を通し、あなたに抱かれた今、私の命と、私をこの世に生み出した父と母を消し去ります。これで、やっと楽になれます。
 こんな私を抱いてくれて、ありがとうございました。マリアは、とても幸せでした。
 それでは、お別れです。さようなら、おにいちゃん。

 まさか、私がすてられずに唯一残した樹宗一の遺品である『聖書』が、マリアを破滅に追いやったのか! そう思うと、私は目の前が真っ暗になった。
 警察病院で目覚めると、この手紙により殺人の容疑は晴れたが、淫行だと言われやはり留置所に入れられた。私は、葬儀にも参列できず虚しい日々を送ったが、もしも参列していたら、きっとあとを追っていただろう。

 あれから私は、相変らず結婚もせずに、一人でいる。そして、月命日にはマリアの好きだったヒヤシンスの花を買って、霊園に出掛ける。
 花言葉は『悲しみを越えた愛』


(了)

20180220-ヒヤシンス(再掲示)

20180220-ヒヤシンス(再掲示)

13枚。別荘でであった叔母と友人。二人は禁断の扉を開けてしまう。それが、破滅へと転落するとも知らずに。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-16

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