長いまばたきをする人

 彼女はやけに長いまばたきをする人であった。ふと目が合ったその瞳は、両の瞼が宿主とは相異なる生物のように息を合わせて密着する。付随する睫毛が微細な空気の揺らぎを起こし、それはさざめきとなり木の葉を振るう。やがて夏なのか秋なのか判別の付かぬような季節の風となり、海を渡って何処かの島に上陸する小ぶりな台風となってこの星を駆け廻る。弱まったそれらは地球の丁度裏側の成分を少し掠めてまたここへと戻ってきて、最期は柔らかな息を吹きかけるように彼女の垂れ下がった髪を揺らす。これら一連の動作は非常にゆったりとした時間の幅をもって行われるのであるが、並行して流れる普遍的な時間もこれまた幾らか遅れて感ぜられるのである。その為、彼女の瞬目そのものが遅いのではなく、何らか──考えうるものとしては、その一瞥も許さぬ彼女自身の魅力的容姿であったり──を以てして、瞬目を目の当たりにした者の時間的感覚へと直接働きかけているのではないかという疑いが湧いたのであるが、しかしそのような穿ちを目指す下賤な思想とは裏腹に、彼女のまばたきは速度を遅めるばかりであった。
 長くなる時間の幅の中に囚われた私は、彼女のまばたきの間は息を止め、瞳が顕になる刹那に息継ぎをするという、まるで潜水する競泳選手のような体裁を保っていたのである。まばたきの延長は留まるところを知らず、気づけばそれは永遠となっていた。最初こそ戸惑い、俗物への執念が脳内で応酬を繰り返したものの、殆ど停止してしまった彼女の容姿をまじまじと眺めることが出来ると発見した私は、案外この時間も悪くないと考えだした。ある意味で、この世界で二人っきりになってしまったようなものだ。
 私は、無限に続く彼女の風を全身に浴びていた。

長いまばたきをする人

長いまばたきをする人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-14

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