しろくまさんとバターケーキ
焼きついた、太陽が、空にさ、もう、月も、星もみえなくなったのだと思うと、かなしかった。
メスをいれるみたいに、慎重に、丁寧に、ぼくをあばこうとする、しろくまさんの、からだを、静かに撫でている時間の、その、尊さについて。それは、きっと、家族や恋人と過ごす、しあわせなひとときに似ていて、ぼくのこと、壊さないようにと扱う、しろくまさんのすべてが、ぼくには、なによりも、愛おしいものである。
世界は、反転して、何回も、反転して、変わったり、戻ったり、行ったり、来たりを繰り返して、けれど、原形は、とっくのむかしに、失ってしまってね。
テーブルに、花を添えた。マーガレット。それから、しろくまさんのおかあさんがつくった、バターケーキ。しっとりしていて、濃い味がくせになる。
「雌の、それみたいだ」
しろくまさんが、すこし照れたように言いながら、席に着く。それって、なに、とは、たずねない。しろくまさんの濁した、それ、については、なんとなく、わかっていたし、わざわざ、確認をするみたいに、それ、のことをはっきりとさせれば、しろくまさんは、もっと照れるだろうから。(いや、照れるしろくまさんは、なかなかにかわいらしいものなので、たくさんみてみたいような気も、するのだけれど)
しろくまさんと向かい合うように座って、ぼくはさっそく、手をあわせる。
しろくまさんも、ぼくにならって、手をあわせる。
いただきます。
どちらからともなく、あいさつをする。いただきます。ごちそうさま。ぼくと、しろくまさんは、かならず手をあわせて、する。ふたりで同時に、する。
バターケーキにフォークを、ずんっ、と突き刺して、しろくまさんは、ひとくちで食べる。ばくん、と食べる。食べるときは、仏頂面だけれど、豪快に咀嚼しながら、自然と顔が綻ぶのを盗み見るのが、ぼくは、大好きである。しろくまさんは、かわいい。ぼくよりも、からだは、おおきいけれど。すこしばかり、乱暴であるけれど。でも、洗い立てのシーツみたいに、ぱりっと新鮮なことを、してくれたり、乱暴でありながらも、ぼくに触れるときは、どんなものに触るときよりも、やさしく、そっと、触れてくれる。おかあさんのことも、なんだかんだで、好きなところも、いい。まいにち、いっしょに、おみそ汁がのみたいくらい、好き。
ぼくは、しろくまさんの好きなところを、いくつも思い浮かべ、あたまのなかに並べていきながら、もぐもぐと、バターケーキを食べる。
月も、星も、みえない世界になってしまったけれど、しろくまさんがみえるのならば、それでいいのではないか、と思う。
しろくまさんとバターケーキ