光/極彩色の眩暈

各作品は独立しており、どこからでも読みはじめることができます。

半透明なキユウブの奥
きみを貫く、ひとすじの耿
それをさまたげている
最長距離としての
対角線上

好きな色は選べない
きっと育ちが悪いから
不純であること
存在のはかり
プリズム
ひとつひとつ
きみを紐解いて
詩になったもの
それ以外の答え
屈折率

ほんとうは
触れたことも
見つめたことも
愛撫したこともない
虹色をなないろと呼ぶ
ぼくたちの
淡いすがた
きみが手をのばして
つかもうとした星
航空障害灯
あかねいろの

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ばく

雨の降った夜とか、急に誰かへ電話したくなることがある。でもわたしのために時間を割いてくれる人は居ないだろうし、いや、もしかしたら居るのかもしれないのに、わたしがその誰かのことを信じていないだけなんじゃないかとかも考えて、堂々巡り。1と0の白黒で証明できることは案外少ないらしいよって、フルハイビジョンがハイパーリアルを写す時代に生まれたわたしたちの憂鬱。あるいは胡蝶の夢、打算、可能性、多元宇宙仮説。わたしはそういう夜をきゅっと詰め込んだものを恋と呼ぶんじゃないかなって思います。だって、名前をつけないと溶けて消えてしまうものは確かにあるから、言葉からこぼれ落ちる優しさが無数に存在したとしても、そんな心配をする余裕はわたしにはなくて。だからわたしは、さみしい夜のひとつひとつに砂糖をまぶして呑み込むんです。あとはそれをきれいに忘れてしまえるかどうかの違いで、起きてすぐ曖昧にぼやけるのは、いい夢。目が覚めてもこびりついて離れないのは、悪い夢。退屈で饒舌で切実な漠然をひとつ、握りしめて待っています。

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白露

純粋であるために流れ落ちた
ひとすじの白露は
ロマンチストのかさぶたのように透明で
虫食いの葉がひとつも見つからないくらい
望遠の景色ばかりを集めている

それは色彩を得るための旅であった
通り雨をひどく恐れている、ガード下の白露たちは
白痴のダンスを踊る少女を
きっと、抱擁せずにはいられない
白いワンピースにこびりつく、無数の花びらや葉脈を
その尊大なゆびさきで
ゆっくりと剥離してしまう

うつくしいものは透き通り
やがて分解されていくだろう
ふたつの間から輪郭を奪うなら
凝固点は体温に近いほどよい

白露の表面をなめらかに滑る
景色はすべて過去のものだ
ちぢれた糸の穂先が
うつくしいものを貫くまえから
白露は透明であり
透明でありつづけるために
世界は純白のまま静止している

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ひとりでに

雨の 降りそそぐ
町はひとりでに錆びついて
海が 打ち棄てた
藻屑は 白砂となった

稲穂の 俯く先へ
猫がひとりでに消えてゆくとき
落葉は 道をあけて
雪は 透きとおった

細胞が 首をくくり
別れはひとりでに物語られ
春は 満足して
嵐を 繰り返した

繋がったまま
ひとりでに循環する
そのすべてを欺くように
きみはひとりで息をしている

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極彩色の眩暈

薄灰色にそびえたつ永遠の少し先をスコープで覗いて、星空にも重さがあると気付いた日、ぼくは舌先で美しくかがやく心臓をころがしながら、ぼんやりと、宇宙の血管のつながりが玉虫色にカンバスを埋めつくすのを待っていた。

背中ばかり見ていたから、きみの長い髪に恋をしたのだろうか。流れ星が視えない街角で、ぼくたちはずっと何か大切なものの代替品を探している。残像ばかりが増えていく空の、蜃気楼にまぎれた亡霊のスカートがゆらめき、やがて接地する波紋、どこか遠く、手の届かない視界に、たしかにぼくは見た、揺れる髪のゔぁいお・れっと。ほのおのような微熱、それを墜落させる、おおきな瞳のまりん・ぶるー。そのてのひら、瞬間にきみは生き、霧散した、永遠の、はだいろ。ピントの合わない写真へ補正をかけるような、帰り道に感じる胃もたれが全部きみのせいに思えてきて、目を逸らしつづけている夕闇の、ゔぁい・お・れっと。

蓄光、夏の収縮、溶けおちた蛍の足跡が数えきれないくらいに、うごめく祈りの影をのせて、ぱぁんと、極彩色の眩暈がはじけた。きみの声はもう聞こえない。世界は誰かが思ったより美しくなくて、青春とか感傷とか、詩人になれなかった幾つかのすきま風が吹き、もうなんだかぜんぶ嘘だったみたいに、落下する色彩をしずかに搔き消していく。球体のパレットの上で、愛想をふりまきながら横たわった、いくつかの夢が終わり、ぼくは帰るべき場所を忘れてしまう。そして、極彩色の眩暈が網膜へ溶けるまで、ずっとずっと、ただ不器用にその跡を撫でて、蒼空からコンクリートへ昇る白い煙を、ずっと抱きしめて、いたい。

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空が焼けおちて

夜の在り処を忘れてしまうことがある
ふりそそぐ夕焼けの棘を
まぶたを閉じても消えない赫を
わたしは両手でぎゅっとさえぎる
喉の奥がちくりと痛んで
そのうち吐き気もおそいかかって
わたしは嗚咽をきゅっとこらえる

潮が満ちていき
そこにあった琥珀色の石は、波打際で消えた
わたしのつまさきを溶かし、くるぶしから膝へ、そして、
いきがくるしくなるくらいの高さで
きみが背中をそっとさすって
せぐりあがる熱っぽいものを
わたしは全部こぼしてしまう
きみは笑顔のまま、わたしに伝える
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」

夜の入り口は、焼け落ちた空の奥深いところ
アイスコーヒーのボトルを開けて
嘔吐した自分の足跡を見つめる
床一面にばらまかれた
言葉たちは味のないゲル状になっていた
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」

あざやかな色、すてきな輪郭のものを
ピンセットでつまみあげ
ゆっくりと咀嚼していくことで
わたしはていねいに納得した
すべては納得するための儀式だった
ふと、辺りが夜であったことに気付く

きみに好きだと言ってすすめた
半分しか読んでいない詩集をしまう
知らない漢字を調べたブラウザのタブも
いっせいに閉じる
夜はやがて、わたしを整然と包み込んでいく
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」

そうして、朝が突然やってくる
もう二度と、夜の在り処を忘れないように
アイスコーヒーのボトルを捨てないで
ペン立てのとなりに残しておく

朝だけが幾日も過ぎ
息を、おおきく吸って、吐いた
わたしは思い切って、それを洗面台に流そうとする
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」

黒い渦が音をたてて消え
いくつかのマーブルが残った
愛おしく見つめているうちに
それは、白い器へ輪郭を刻みつけた
こびりついてしまったのだ
わたしはそれに気づき、また嘔吐した

「こびりつく前に、掃除したほうがいい」
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」
「こびりつく前に、掃除したほうがいい」

今度は夜が明けなくなった
感じるのは、平凡より少し早いだけの鼓動
最初からきみは、笑ってなどいなかったのだろう
夕焼け
結局、きみは教えてくれなかった
深く深く、それがこびりついたあとに
どう生きていけばいいかなんて

喉の奥にこびりついた赫が
わたしを嘔吐させつづけている
いつか、わたしが空っぽになったときに
きみが抱きしめてくれるのなら
それでもよかった
夕焼け
息を、おおきく吸う

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光/極彩色の眩暈

光/極彩色の眩暈

各作品は独立しており、どこからでも読みはじめることができます。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-14

Copyrighted
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Copyrighted
  1. ばく
  2. 白露
  3. ひとりでに
  4. 極彩色の眩暈
  5. 空が焼けおちて