良きメンヘラ

れれれ

良きメンヘラ

 酒に酔うと、彼に会って抱き着きたくなる。飲み始めたときは特に何ともないのに、飲み進めると湧き出てくる、この感情は何なんだろう。
 もちろん、普段から抱き着けるなら抱き着きたい。ぎゅう、と音が出るくらいに抱きしめて、満足するまで黙っていてほしい。もしよければ、私以上の力で抱きしめ返してほしい。私が抱きしめられなくなるくらい抱きしめてほしい。身体が浮くくらいだと尚、良い。けれど遠距離にすむ我々にとって、それはなかなか簡単にかなうものではない。

 私は彼が好きで好きで好きで、仕方がないくらいに好きだ。
 そして彼は私のことを、同じくらい好きだと思う。ありがたい。遠くに住んでいるのに、わざわざ会いに来てくれる。何かのついで、とかではない。私に会いに来るのだ。出張のついででも、友人とのミートアップのついででもない。これはすごい。すばらしい。それがたとえ1年に数回だとしても、手放しに喜べる。人に会うためには相当のエネルギーを要するはずなのに、私なんかのためにそのエネルギーを使うというだけですごい。何だかすごいしか言っていないけれど、本当にすごいと思う。私には到底できない。

 彼のことがこんなに大好きな私だけれど、普段からそんなに彼のことを思っているのか、と言われると、実はそうでもない。それこそ以前は四六時中考えていた。でもそれだと心が疲れてしまうから、最近は自分のことに費やす時間を増やしている。趣味とか、仕事とか、資格勉強とか。あと、友達と遊ぶとか。私が未だに実家から逃亡せずに大人しく生活しているのは、そうした努力の賜物だと思う。もしずっと彼のことを考えていたら、多分ここに私はもういない。

 それでもこうやって一人、家族全員が寝静まった家の食卓でキーボードを叩くとき、ふと彼を思い出す。無性に会いたくなる。夜は暗いし、暗いとどうしてか寂しいし。特に、眠れなくて惰性で画面を見つめている時なんか、ひどく寂しく感じる。
 自室から度数の低いチューハイ缶を持ち出して、ぬるいまま飲む。私が飲むのは9割方がカシスオレンジだ。別に酒で無くても、この味のジュースがあればそれを買ってる。でもないからお酒になってしまう。仕方がないな、とか言い訳しながら買い込む。たまにノンアルコールのものも売っていて、見つけたらそれにすることに決めている。酒だと思えば何でも酔えるし、何と言っても軽減税率だから。
 ぬるいアルコール(時々ノンアルコール)を飲むと、だんだんぼんやり眠くなってくる。食卓の椅子を2つ並べて、横になってみたりする。
 そうすると、しまったな、と思う。パソコンは食卓の上で、私の身体は椅子の上。これではキーボードが打てないことに、そこで気付いたりする。酒を飲むとたいていの人間は馬鹿になる物なんだと思う。
 しばらく悩んで、まあ急ぎのものも無いし、と諦めると、次に手に取るのはスマホだ。スマホが当たり前の世代でよかったと本当に思うけれど、これのせいでやきもきすることもたくさんある。正直、夜にスマホでやれることなんか限られている。大体の人間がSNSとか動画とかを思い浮かべると思うし、その想像に違わず、私も大体はそんなことをして暇をつぶす。しかしこう寂しい夜になると、ついついやってしまうことがある。別に、彼に突然意味も分からないスタンプを送信しまくるとかではない。彼とのトークをただひたすらに見返すのだ。
 正直自分も引くくらいこれを繰り返している。しかも、もし酔って途中で寝ながら変な操作をしたら、とか、時差の関係で見ている途中でメッセージを送ってきたりしたら、とか、色んな場合に備えて、わざわざ機内モードに設定してから見ている。飛行機のマークをタップして、ただひたすらにスクロールして、ただひたすらに読む。時々彼のメッセージを声に出して読み上げたりなんかして、一人で盛り上がったりもする。そうするとお酒が頭をぐるりと回って、一気に彼に会いたくなってしまうのだ。
 勢いでそのまま寝ることももちろんできる。真っ白な天井を見つめて、家族の寝息や寝返りを聞きながら、静かに更けていく夜を楽しむのは好きだ。いつの間にか眠りについてしまって、母に「何でこんなところで寝てるの」と起こされる朝も。時々そうすることもある。
 ただ、見ていたトーク内容が、微妙な空気感の、つまりは喧嘩している時のものだった場合、ひどく落ち込んでしまう。眠れるわけがない。酒とは人間の心をグラグラにしてくれる代物だから、普段からグラグラな私は、ただのメンヘラ女になってしまう。考えることは全てネガティブになる。
 例えば、さっき言ったように、彼は私に会うためだけに遠くからやって来る。けれどそれは、私のことを本当に好き、という証明にはならない。本当は好きではないかもしれないし、私が知らないだけで、私と会った後は他の地の誰かの元に向かうのかもしれない。SNSのアイコンのツーショットの女の子は姪っ子だと言うけれど、実の娘である可能性も否定できない。まあ彼とその子の年齢から考えてそれは無いにしても、彼女が他にいたりだとか、奥さんがいたりだとか、話していないだけでバツイチだったりとか、そういうこともあり得なくはない。どの口が言うんだと言う話ではあるけれど、彼は連絡がマメな方ではないし、電話なんかめったにしない。こうした些細な「もしかしたら」が頭の中でスムーズに積み重なって、勝手に悲しみが生まれていく。一瞬、これって悲しみを生んでいるから生産的な行動では、と思ったけれど、多分お酒のせいで何を言っているかわからなくなっているだけだと思う。ちょっと考えたらわかるけど、もちろんこれは非生産的な行動だ。
 兎にも角にも、私に向けられた好意が嘘だったら、と考えると、本当に止まらなくなってしまう。何度でも言うけれど、私は別に素面の時からメンヘラなわけではないし、メンヘラに化けたところで、誰にも迷惑をかけない。良いタイプのメンヘラだと思う。リストカットは痛いからしないし、彼に突然うるさく迫ることもない。私のこと好き?なんて聞くのは、わかりきっている時だけで充分だ。

 身勝手な夜は更けていく。重い腰を上げる。適当なブランケットをこれまた自室から持ち出して、広げるのも億劫になって中途半端な形で身体にかぶせる。私はお酒にとても弱い。メンヘラになって、自己中心的になって、勝手に一人でいろいろなことを考えて、一人で静かにむせび泣く。多分次の日は目がとってもブスになっていると思う。

 しばらく泣いても眠れなければ、自己中がてらにこう呟けばいい。
 「彼は私が好き、彼は私が好き、彼は私が大好き」

良きメンヘラ

酔った勢いで書いた。本職のメンヘラに怒られそう。これはコメディ。

良きメンヘラ

夜とお酒と彼に酔ってメンヘラと化す女の話

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-13

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