書店員之心得

書店員之心得

「手際、いいですね」
「早~い、すご~い」
「見ていて、気持ちいいくらい」
 何度褒められても、やはり嬉しい。 
 手を動かしながら、カウンター越しに説明を加える。
「速さと丁寧さを第一に、プラス指先の力は抜くよう心がけています。本当、ちょっと力入れただけで、ページの端折れますんで」
 これはブックカバーをかけている際の一コマ。それもレジから最後列が見えないくらい、
お会計待ちの列ができている状況下での。

 タワーマンションやオフィスビルが屹立する開発地帯と、古き良き商店街が軒を連ねる下町、
二つの隣接する境界に建ち、モノレールと地下鉄のターミナル駅から最短徒歩三分と好立地にある、湾岸の三階建て巨大ショッピングモール。
 その最上階、入居するテナントの中でも最大級のスペースで展開する、日本一の老舗書店。
 そこが僕の職場だ。

 平日は比較的落ち着いているが、土日祝日ともなると、各階通路をあふれんばかりの人で埋め尽くされる。
 通路幅の広い一階でもすれ違う際に体がぶつからぬよう、終始気の抜けない混雑ぶり。
らせん状に細く長く、奥まで続く二、三階ならなおのこと混み合う。
 もちろんテナントもしかり。
 
 小さい子ども連れのファミリー層の場合、人波にはぐれないよう、しっかり手をつなぎ歩かなければ、いとも簡単にはぐれてしまう。
 事実、迷子の館内放送は頻繁に流れる。

 うちは広大な売り場を本棚が取り囲む、いわば迷路状の構造。
 ご両親とはぐれてしまったお子さんが、知らない顔ばかりのなか、心細そうにさまよう光景は珍しくなく、
迷子に気づいたお客様が彼らをレジまで連れてきてくださるケースも多い。
 いすに座ってもらい、氏名を尋ねると、
「〇〇くんのお父さんお母さん、いらっしゃいませんか~?」
 声を張り上げ、歩きまわる。
 店の出入口周辺もくまなく確認し、それでも見つからない場合は電話で迷子のアナウンスをお願いし、担当のモールスタッフへ託す。

 以上のように活気と混乱が隣り合わせ、人の出入りが朝から晩まで途切れぬ店内。
 レジカウンターは、さながら戦争状態となる。書籍や雑誌のお問合せ、在庫切れの商品のご注文に発売前の新刊ご予約、
電話もひっきりなしに鳴り響く。
 バックルームもフル稼働状態。社員もアルバイトも関係なし、動きっぱなしであっという間に時は過ぎ、
閉店を迎えることとなる。

 お会計を待つ列の長さも半端でない。
 繁忙期の十二月、クリスマスプレゼント商戦ともなると、店の奥に位置する児童書売り場までの長蛇の列となる。
 
 この例えは僕の持論で、アルバイトへ指導する際にも伝えているのだが、お問合せ対応の最中、僕ら店員が思う五分はお客様にとって体感で七分近く、顔の見えない電話の向こう側なら十分以上に感じられるもの。
 その意識を頭の片隅に置いていれば、待たせる身は逆に焦ることなくむしろ冷静となり、集中して作業を進めることが可能となる。
 
 これは約十二年、書店員として業務をこなしてきた経験則に基づいている。
 
 調べごとが長引き始めたら、店頭ならば対面で事情を説明し、もう少々お待ちいただきたい旨お願いする。
 電話であれば折り返しにするかどうかの確認を、こちらから自然とお伝えする。
 接客における基本中の基本であるが、多忙なときほど、こうした当たり前を忘れがち。
 
 無理のない気遣いができていれば、クレームの発生率は低くなる。早口でまくし立てる必要はない、ゆっくりと正確に再確認。
 相手が現状を理解していなければ、急いてもことを仕損じるだけ。
二度手間必死、更には役付きによる謝罪といった、店側にとって最悪の事態も十分起こりえる。

 接客時に生じる体感時間の大きな差、またその点を踏まえたゆとりの必要性は、
カウンターを挟んでのお会計時にも、大いに当てはまる。
 お問い合わせ以上に、レジ内での焦りは禁物。なぜならば、クレームに直結するミスにつながるケース多々だからだ。

 ひとつ分かりやすい例を挙げるとすれば、コミックスのビニール、正確にはシュリンクと呼ばれるのだが、シュリンクを外すかどうかの確認がそう。
雑誌や他の書籍類と比べ、コミックスは新刊発売日の即購入や巻数コンプリートなど、収集傾向が断然強い。

 個人的な感情や世間をにぎわすトピックスに伴い、第〇巻の第〇話を読み直したり、
メディアミックス化の際には発表後、事前に全巻読み返し復習したり、
いざ放送や上映、公演が始まれば、比較対照のため原作該当巻を開いてみたり。
 TVやSNSにて芸能人が愛読している旨を耳にし、本棚の奥から引っ張り出し久しぶりにページを開くこともあるだろう。

 このように嗜好的な側面が顕著ゆえ、勝手に確認もなしにシュリンクを外したことで、お叱りを受ける場合がある。
 DVD同封の限定版に至っては、入荷の段階で基本包装されてくるため、お客様の意に反しシュリンクを破り、
結果購入キャンセルとなると版元が返品を受け付けず、商品が不良在庫化してしまう。

 コミックスの例以外にも、代金をいただいたにもかかわらず商品や付録をレジ袋へ入れ忘れたり、
レジに用意されたキャンペーン対象の特典を渡し忘れたり。
 帰宅後気づかれたお客様からお電話をいただき、後日引き取りにご来店いただける場合もあれば、
仕事帰りに社員がご自宅までお届けに伺うことも、そう珍しくない

 一向に減らず、むしろ伸び続ける行列に焦りを覚えぬよう、必要以上の意識はしないと意識してみる。
 今担当しているお客様、その目の前の一件に集中する。
 さばくの第一、レジはルーティンワークなどと甘く見ず、経験を積めば速度と精度は比例し向上する。
 そう捉れば自然と考える癖はつくし、頭に浮かんだアイデアを両手に下ろし、実践を重ねることで手際が上がり、成果も上がる。

 流れるような手つきで行列を流していく。
 その流れの中で、感動まで提供できるなんて、なんて素敵なことだろう。
 お目当ての本、偶然出会えた一冊を抱え、幸せそうに店を後にするお客様。
 その笑顔が僕にとって、一番のご褒美。

書店員之心得

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  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-12

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