モンブラン/すいそう/赤い爪

あおい はる

 まゆげのかたちがうつくしいって、ほめられた。
 ケーキ屋さんのアルバイトで、七つ年上のひとの、左手の小指は、いつも赤かった。赤いマニキュアをぬっていたから、ないしょで、ビニール手袋をするから、わかりにくかった。店主は、おおらかなひとで、パンダで、ぼくと、七つ年上のひとと、三人でやっていたけれど、ちいさなお店だったので、日々、おだやかだった。恋人は、もっとカネがかせげるシゴトをしろ、と怒るけれど、ぼくは、ちいさなケーキ屋さんで、のんびり働いている方が、性に合っていると思った。

「ときどき、すいそうのなかで飼われている魚の気分に、なるのが好きなんだ」

 そう言ったのは、七つ年上のひとで、耳朶では、海をとじこめたような青い色のピアスが、光った。半透明のビニール手袋から、左手の小指の赤い爪が、かすかにみえた。七つ年上のひとは、どちらかといえば、こどもに、怖がられるかもしれないような人相を、していたけれど、でも、ゆったりとした口調で、しゃべるし、あらゆる争いごとを、避けて通りたがるひとだった。モンブランの、マロンペーストを、うつくしく、ていねいにしぼる、ひとだった。
(ぼくの恋人と、こうかんしてくれないかな。中身を、まるっと)
と思った。外見は、ぼくは、いまの恋人の顔や、からだの形や、骨のでっぱり具合なんかが、たまらなく好きなので、中身だけ。
 店主のパンダは、黙々とクッキーを焼いていて、ぼくは、すいそうのなかの飼われている魚の気分にときどきなる七つ年上のひとの、しぼりだすマロンペーストが、モンブランというケーキを形成してゆく様を、よくわからないけれど、わかるような気もする、と思いながら、ながめていた。
 カネをかせげ、と命令する恋人を、ぼくは早く、きらいになりたかった。
 しかし、一度、好きになったひとを、きらいになる方法とか、あるのか、という感じだったので、いつも、いつまでも、カネをかせげといわれながら、とくべつ時給がいいというわけでもないアルバイトを続けているし、恋人のわがままも、すなおにきいているし、いつか、むかしの、やさしかった頃の恋人が、またよみがえるのではないか、という希望を、捨てきれないままで、いた。
 パンダの丸っこい手が、クッキーを二枚ずつ、かわいらしい袋に包み、リボンを結んでいる。
 七つ年上のひとの長い指が、ビニール手袋をはぎとられ、照明のしたであらわになる。おそろしく白くて、左手の小指の爪は艶やかに、赤い。

モンブラン/すいそう/赤い爪

モンブラン/すいそう/赤い爪

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-12

CC BY-NC-ND
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