追従
私はお姉ちゃんが嫌いだった。
私より5秒はやく生まれただけなのに。なのにその5秒に囚われて生きていかないといけないのはいつも、私の方だけなのだ。
私は何をするにもお姉ちゃんの5秒あとだった。私が立てるようになったのはお姉ちゃんの5秒あとで、両親は私に目もくれず、お姉ちゃんを褒めていた。
私が算数のテストで100点をとった報告をしたのもお姉ちゃんの5秒あとだった。私の友達になりたい人も、好きな人への告白も、ほんとうに何かも、あとだった。
そういうこともあって、私はお姉ちゃんのことが嫌いだった。両親はお姉ちゃんを愛している。私よりはやく何もかもをすませてしまうお姉ちゃん。お姉ちゃんがすることを避けて、ピアノも習わなかったし、ダンスもやめた。一輪車だって大好きだったけど、出来ないことにしていた。
1番がどれとかいう訳じゃないけれど、記憶に残るのは恋愛のものだった。たとえばあの日…私とお姉ちゃんとふたりで入学式の日、少し遅れてクラスを見つけ、お姉ちゃんと一緒に教室に向かった。その時にすれ違った同級生の男の子に恋をした。だけど当然のようにお姉ちゃんの方が少しはやく好きになっている。
運命は憎くも変えられないままだった。その時私はここで告白すれば、用心深いお姉ちゃんに先を越されるはずもないと思った。運命は憎くも変えられないままだと気づいたばかりだというのに…。私はもう、こんな人生早く終わらせてしまいたかった。
わたしは願った。二段ベッドの上の段で窓の外に向かって泣きながら願った。
「もう同じ運命なんて辿るなんて懲り懲りなの。」
「もう、こんな人生なんて嫌だわ。」
「無駄だってわかっていたけど、もうこうせずにはいられなかったの。」
「なにかする度辛い気持ちになんてなりたくないわ。」
小さく鼻をすする声がしたけど、どうでもよかった。その後私もどうせすするのだから。私は辛い気持ちを抑えられずに目を固く閉じて、涙を流さないように鼻をすすった。
ある日お姉ちゃんと学校に向かう最中、お姉ちゃんが急に立ち止まり、喉を抑えながら激しく咳き込んだ。震えながら開く手の平には何か赤いものが手についていた。
その時私は心配よりも不安が、恐怖が先立った。今、お姉ちゃんに起きたことが私にも起きるなら、私は今ここで死ぬのかもしれない。でもそこで死ねば私の辛い日々は確かに終わる、でもそれは、私が願ったことなの?私は本当に…
激しく波打つ鼓動にかき消されて、掠れながら必死に何かを伝えようとするお姉ちゃんの声も、私を揺らす知らない人の体温も、何も感じなくなった。
* * *
目を覚ますと白い天井が広がっていた。微かに自分の体温を確かめると、ゆっくりと安心して横を見た。だけどお姉ちゃんはまだ目をつぶったままだった。声が上手く出ないから体を起こしてお姉ちゃんを揺すったけど、起きてくれなかった。ずっと嫌な予感だとか緊張だとかばかり増えて、いいことは何もおこってくれない。嫌に鳴り響いてた電子音が落ち着いていく。お姉ちゃんはかすかに目を開けて苦い笑顔で言った。
「わたしの、お願い、叶って、よかった。」
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