紙一重

MK3

紙一重

 いつもと変わらぬ駅構内。
 改札を通りホームに下りる。
 電光掲示板へ目を向ける。遅延の類はなさそうだ。
 アナウンスが流れた。前の駅を出発し、あと数分で到着予定とのこと。
 黄色い線の内側に立つ。
 
 書店員の僕。
 シフトは遅番のため、出社時は昼前にアパートを出て、最寄り駅から一つ乗り換え一時間かけ、店舗へと向かう。
 
 ラッシュアワーとは程遠い時間帯。おかげで毎回ストレスなく仕事に臨める。
 今日は平日。雑誌も書籍も入荷がある。
因みに僕の担当は文芸。主に小説を扱う。新刊は、注文分はどの程度入ってきただろうか。

 電車を待つ人は少なく、まばら。
周囲には、斜め後ろのベンチに座っている、白いワンピース姿の女性一人だけ。

 反対側のホームに下りの便が入ってきた。下車と乗車はスムーズに進み、じきに電車は出発した。
これなら上りも間もなく着く。念のため、もう一歩下がっておこう。

 この駅にはスクリーンドアは設置されていない。
そのため、電車がホームに入ってくる際は、接触に気をつけなければならない。
 以前、スマホをいじりつつホーム端を歩いていた男子学生が、
入線してきた電車と接触、即死した事例が、この場所で起きている。
 自分の身は自分で守らねば。

「間もなく、〇番線に快速、○○行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください」
構内放送が流れた。顔を上げ、姿勢を正す。

 不意に、視界の端を白い線が走った。真横を勢いよく、線路へと突き進んでいく。

 あのベンチの女性だった。
そう気づいたときには、彼女はホームから飛び込んでいた。

 唖然とし、その場に立ち尽くした。
非常停止ボタンを押すことを忘れていた。
 毎日のように人身事故のアナウンスを耳にしてきたが、出くわすのは初めて。
しかもこの流れでは、ひかれる瞬間を目にしてしまう。トラウマ確実、一生忘れられない思い出ができてしまう。

 彼女が身を投げた直後、電車が入ってきた。
ブレーキをかけているとはいえ、ものすごいスピード。一瞬で、目の前を車両が通り過ぎていく。

 彼女はいったいどうなったのか。
 息をのむ。

「痛―い!」
 突然声がした。
 絶叫が、電車の下から。

 駅員が飛んできた。運転席から降りてきた車掌とともに、線路下を確認している。
僕の目に映る範囲では、車体にもホームにも血の色は確認できない。

「大丈夫ですか、大丈夫ですか」
 駅員の声がする。叫び声は続いていた。

 すぐに警察官が駆け付けた。
駅の出口脇に交番があるため、現場への到着は早かった。
目撃者として、事故発生当時の話を聴かれた。

 警察官の話によると、幸運にも、彼女の体は枕木中央のくぼみへ入り、結果命は助かったらしい。
しかし、レール上にはみだしていた片手が、車輪に挟まれてしまったとのこと。

 事情聴取を終え、職場へ事情を説明し遅れる旨の連絡を済ませ、救助が完了し運行可能となった電車へ乗り込んだ。
―死を覚悟していても、痛いものは痛いんだな―
 そう思うと同時に、
―一歩間違えれば巻き込まれていたんだ―
 ぞっとした。

紙一重

紙一重

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-09

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted