アーユルヴェーダ*壱

これちかうじょう

  1. 0408
  2. 破壊神
  3. アマチュア戦線
  4. 錆びたネジが回らない
  5. 後輩風吹かす
  6. 1113、夜
  7. ビコウズアイライクユウ
  8. 1年8組、中村冬至の入部届

4月8日、青陵学院高等部、入学式。
俺はとうとう、この春から高校1年生になった。
新しい環境で、新しい教室で、そして部活で、
青春を謳歌するがために、舞台をここに選んだ。
まるで、全てうまくいっているかのように見えるけれど、
俺の中ではもう、いろいろが、いろいろ、
いろいろになっちゃっている。

0408

「中村、こっちこっち!」
「はよー柳瀬橋」
北中を卒業し、難関(俺たちにとっては)の青陵学院高等部、しかも総合進学部に入ることとなった、
俺は中村冬至、そしてこの馬鹿みたいに笑っているのが親友の柳瀬橋袂だ。

「はやくはやくー」
「急ぐと体に障るって」
まるで何かのメロドラマのような始まり方ですみません。
柳瀬橋はこっぱずかしい台詞をぼろぼろ垂れ流しにする奴なんです。

「わわ、中村と同じクラスだー、うれしー」
「見事に腐れ縁になりそうだなおい」

入学式を無事に終え、今はホームルーム前の僅かな休み時間である。
これからなになに委員やら、なになに係などを決めるんだろう。
あと、掃除当番とか?

「うは、席も前後だよ中村」
「…何かこれは陰謀的なものを感じる」
「そうか?俺は運命的なものを感じる」
15歳、しかも吹奏楽部馬鹿ときている俺たちは、
今日イチのイベントを心待ちにしていた。
そう、部活動の勧誘会だ。
それはホームルームの後に行われる、先輩たちの攻防戦である。
俺も後々覚悟する頭脳戦だったり、体力戦だったり。

「見事に掃除当番を回避したな、荷物まとめろぃ柳瀬橋!」
「らじゃ!」

破壊神

「中村…」
「あんだよ」
「便所行きたい」
「ば、馬鹿かお前!何で出てくる時に済ませなかったの!」
「だって、緊張しちゃって…ごめん!」
実はああ見えて、ああというか、あんな感じでにこやかな柳瀬橋だが、
体がめちゃくちゃ弱い。
走るのも難しいし、酸素バッグ引いてきたときはびっくりした。
まあそれも、今は落ち着いているというか、
小康状態なんだろうけど、
学校も自転車通学だし、そんなに心配はしなくていいんだと諭された。
柳瀬橋を見送って、俺はひとりでうろうろする。
吹奏楽部、吹奏楽部、吹奏楽部。

俺はホルンだけど、柳瀬橋はフルート担当だ。
よくふたりでセッションをして、休日を楽しむ中学生だった。
それは今も同じ。
これからも。

そんなことを考えていた時だった。

「中村、」
知らない声、知らない顔、知らない人。
でも俺の名前を呼んで、まるで今までずっと探してた風に、
肩を上下させている、そんな人に俺は怪訝なる顔を向けた。
「中村だな」
俺がいつ名乗ったんだろうか。
それより、何より、この人の力はすごかった。
左手を引っ張られて人混みの中を引き摺られる。
「ちょ、ま、待って、」
バッジで2年生だと分かった。
ただ、ばかでかい。
力は身長に比例するんだろうか。
「や、やだ、」
吹奏楽部が遠ざかる。
そして、現実が突きつけられる。
連れていかれたのは、どこかの物騒な汚い部屋だった。
ただ、入る時にちらっと見えたのが、
『応援団部室』
という文字。
この人、応援団の人?
それよか何、
俺、どうなんの!
まるで有名な神様、破壊神がごとく、
力の強い相変わらずのその腕っぷしに負けて、
俺はぽーんと放り込まれた。

アマチュア戦線

「な、なに、」
逃げようにも左手が痛く握られていて無理。
俺は柳瀬橋ほどではないが、それこそひよっこである。
吹奏楽部で鍛え上げたのは肺くらいなもんで、
他は全然育っていないのであった。
ある意味。
そういう中で、俺はとうとう思い知ってしまった。
犯罪というものの怖さと、被害者の気持ちを。
俺は、まだまだアマチュアだった。
プロになるにも早すぎるし、
でも、アマチュアでも居られなくなる時がくる。
それが、今なんだと。


「…いってえ!」

錆びたネジが回らない

15歳にして初めて、人に襲われてしまいました。
しかも、同じ男にです。

「…、…」

言葉にならない。
何をされたのかとか、どうだったのかとかなんかは関係ない。
俺は、呆気に取られて何も言えず、
立ち上がることもできず、
汚いマットの上でひっくひっくと泣いているのみだ。
まだ、昼前なのに。
泣くのは、違うのに。

「どうして泣く」
アンニュイな気持ちが一気に覚める、そんな一言だった。
「泣くな、泣かれると困る」
ムカムカ、と苛立ちというか、怒りの炎が燃え上がる感覚に頭から湯気が出た。
「な、泣いてねえわボケ!」
「ならいい」
どういう思考回路してんの、どういう教育受けてんの、
青陵は吹奏楽部がまるでオーケストラみたいで、
他の部活だって全国クラスで、
日本記録持ってる先輩だっているってのに、
それなのにこいつの配慮の無さはなに!

「あーのーさー!あんた、どこの誰だよ!馬鹿か?馬鹿なのか?
 俺はな、お前のことなんか知らないし、何より今日は晴れの日だぞ、
 入学したての可愛い後輩に何してくれてんだこのデクノボー!」

「…覚えてないのか」

もはや俺や柳瀬橋の脳内のネジは錆びている。
総合進学部に受かったのも奇蹟的、
受かったと分かった瞬間から受験勉強を放棄した。
かなり偏差値も下がっただろうが、元々そんなに高くない。

記憶力なんて、あってないようなものなのだ。

「藤原だ、藤原結」
「知らねえよ!」
「…」
「今度はだんまりか!」
「…中村、」

2年生がなんだ、年上がなんだ、
それより何より、なんなんだこいつの輝かしい美貌は!
あんまり見てられないほど、綺麗すぎることに今さら気づく。
ほら、俺が覚えてないみたいなことでショック受けて翳る横顔とか、
ため息交じりに髪をかき上げる仕草とか。
って、俺は何を観察しているんだ馬鹿者!

後輩風吹かす

「覚えてないか」
「はじめましてー!」
「俺は覚えてる、のに」
くそう、流されるな俺!
先輩風もとい、後輩風吹かしたる。

「お前を金輪際、先輩として敬うことはしない。
 そうだな、…結ちゃんと呼んでやろう、光栄に思えよ」
「…?」
「何故こんなことした!俺はやだって言った!」
ぼそ、とその言葉を聞いてしまい、俺はのけぞった。


「好きだからしたかった」

1113、夜

『もしもし、…その雰囲気は結ね?どうしたのよ、もしかしてこの世が終わる一歩手前?』
「十和子」
『なによなによ、どうしたのよ、ダンベルでも頭に落としたの?』
「す」
『す?』
「好きな、人が、できた…」
『…』
「…」
『…』
「…」
『よ、よかったじゃないの!んもう、本当に世界が滅びると思っちゃったわよ!なんだあ、
 そんなこと!』
「どうしたらいい」
『名前は?名前は知ってるの?一目ぼれ?』
「中村」
『下は』
「聞いてない」
『馬鹿ねえ、それじゃあ男か女か犬か猫か分からないじゃない』
「忘れた…」
『まあね、結もこれで普通の仲間入りよ。高校1年でようやっと初恋、
 知れたんだもの。あなた、待つの得意だもの、待ちなさい。
 相手の子は年下なんでしょうから、時間を少し置きなさいな。
 大丈夫、あなた、最高に綺麗だから!』
「うん、待つ…」
『ああもう本当に良かった、相談には乗るから、幼馴染、頼ってちょーだいな!』
「ありがとう、十和子」

ビコウズアイライクユウ

愛している、の一個前。
好きっていう気持ち。
それを今、まさに、押し付けられてのけぞり、
意識を飛ばしてしまった俺である。

「中村、」

「冬至、ほら見て。空ってこんなに広いの。下ばっかり見てるから、
 すぐ転んじゃうのよ。前を見るの、前を!」

「名前、教えてくれないか」

こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れ、という意味合いか。
金輪際、と決めた。
俺は吹奏楽部に入るんだ。
どんな邪魔をされても。

「冬至、中村冬至」
「冬至…」
「察しの通り、誕生日が冬至の日だよ。さあさ、もういいかね、
 俺は吹奏楽部に」
「応援団に入れ」
「…は?」

脱がされた制服をきっちり着たところで、俺は軽蔑の目を結ちゃんに向けた。

「吹奏楽部に入るの、俺はね、それを目標に高校受験超頑張ったの。
 それを何、応援団に入れだと?」
「知ってる」
「ちょ、ちょっと」
むぎゅう、と抱きつかれる。
さっきのはもうごめんだ。

「傍に居たい」
「いででで!」
「傍に居させてくれ」
痛いほどきつい抱擁が、昨日の夜の涙が、
今日の晴れた日の青い空とあの日の空の色が同じことに、
今、体が支配されていく。
もう、帰れないのが過去なら、
戻れないのが過去なら、
居場所がどこか探し続けないと。
「好きなんだ」
柳瀬橋、吹奏楽部、見つかったかな?
俺、早くそっち行かないとって思うけど、
でも、こんな一生懸命な消え入りそうな声でこんな台詞言われたら、
心がなびくに決まってる。
好きでもなんでもないのに。
傍に居たいとか、居させてくれとか、好きだとか、
本当に一方的でかつ我儘なんだけど。


「ちょ、考えさせて!」

勝手に俺の中に入ってくんな。
好きだという感情は、鍵にはならない。

逃げるように俺はそこを出た。
人前で泣くなんて。
しかも、あんな犯罪者の前で。

しかもしかも、
あの犯罪者、俺のこと好きだって抜かして。

応援団、て何する部活?

1年8組、中村冬至の入部届

教室に戻ると、誰もいなかった。
勿論のことだ。
みんな部活を勧誘されて先輩について行ったんだ。
え、あ、あれも勧誘だったのか?
いや待て、あれは犯罪だ犯罪!

「ふー」
入部届。
俺は迷った挙句、シャーペンを走らせた。



1年8組、中村冬至

応援団に入部希望。

アーユルヴェーダ*壱

アーユルヴェーダ*壱

4月8日、入学式。 高校1年生になった俺は、中学から続けている吹奏楽部に入る気満々である。 パートはホルン、自前の楽器もある。 大好きな母さんが買ってくれた、大切なホルンだ。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • SF
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-10-08

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