斜陽のワルツ
西の空の隙間に砂漠ができた。
そんな噂を聞いて、僕たちは早速クルマを走らせた。
砂漠でも湖でも、大きな穴でもツチノコでも良かった。とにかく見たことのないものを見たいと二人で言い合って、午後四時のとぼけた気温に乗り込んだんだ。
予報は夜明けまで雨だと言っていた。白から黒までグラデーションを描く、厚くたれ込めた南雲のすき間には、変に明るい青空が見えている。
見たことのないものは、と君が言う。いくつになっても心が弾むね、わくわくするね。小さい子供のように赤くなった頬が、斜めにそそぐ夕焼けに照らされている。
ガソリンが切れたクルマは乗り捨てた。
歩いて歩いて、どこまでも歩いていけるような心持ちだった。
そういえば、沈む太陽を追いかけ続けたひとの話をしたときがあった。君はばかにしたりくすくす笑ったりしないで、真っ直ぐに僕を見て言ったっけ。すごくすてきな話だと。勇気をもらえる話だと。
君のことばに僕はどれだけ救われたことだろう。本当は、どこかで聞いた誰かの話ではなくて僕自身の話だって、君が知っていたはずはないのに。お世辞もお飾りもない君の声はいつだって、僕の足を進ませる。
でも、ね。
砂漠なんてないんだよ。
逃げ水も蜃気楼も追いこしたところで、噂の正体なんて高が知れているよ。
それでも?
それでもだよ。
前を向く、歩く理由は、砂漠にはないからね。
君の笑みに急かされて、僕の爪先はまた、砂利を噛む。
斜陽のワルツ