青と白の境界線

たどり着いた街は風が吹いていなかった。街には高い建物や目立つ物は一切なく、活気どころか人の気配がなく、生命の息吹すら感じられなかった。
音もなく、自分自身の呼吸音で何とか正気を保てそうだった。歩いている道は左右二車線の道路で、舗装されたアスファルトはひび割れていた。隙間から雑草が伸びてはいるが全て枯れていた。
道路の両脇には、今はもう使用されていないであろう工場や倉庫が並んでいる。ある工場の看板は、ひどく傾いていて元は何と書いてあったのかすら判別できない。
何故かはわからないが、工場や倉庫の外壁はやけに白かった。築年数は相当なはずだが、その白は眩しいほどだった。
どこまでも真っ直ぐに伸びているひび割れた道路の先には、ただただ広く大きい青い空が見える。
青色とはこの景色のためにある色だと思った。
澄み渡る青色の中には一片の雲もない。視界に入る風景はぼんやりと光っていて影がなかった。
自分自身の呼吸音を身体全体で感じながら、はるか遠くの青色に向かって歩いた。どれだけ歩いたか時間が経ったかはわからない。やがて右手に広大な空き地が姿を現した。
自分の背丈ほどもある雑草が一面を埋め尽くしている。足元のひび割れから伸びる雑草と、同じ色をしていてぼんやりとした眩しい光と混ざり合っていた。
空き地を過ぎると、二階建ての白いマンションが見えた。肌に突き刺さるような視線を感じて見上げると、窓の桟に腰掛けた女と目が合った。ショートカットの艶のある黒髪で、白く透き通るような肌に白いキャミソールを着ていた。
女は右手で艶のある黒髪をかき上げると、上がって来いと目で言って、紫煙を青色に向かって大きく吐いた。
エントランスを通り二階に上がった。同じフロアには部屋が五つあった。その内のひとつの玄関ドアは開け放たれていた。他の部屋から人の気配は感じられない。開け放たれているドアを、閉めもせずに中へ入った。
何も言わずに狭いダイニングを通り奥へと進んだ。奥にある部屋はシングルの小さなベッドとガラステーブルが置かれているだけの殺風景な部屋だった。
女はフローリングの床に片膝をついて座っていた。そして、開け放たれた窓から、はるか遠くの青い空をじっと見つめていた。その横顔はぞっとするような美しさだった。大きな瞳には透き通るような空の青が映っている。
ガラステーブルの上には水が入ったガラスコップと注射器。横には小さめのジップロックのビニール袋が無造作に置かれている。袋は半分開いていて、中から無色透明できらきらと鈍く光る結晶体が、ガラステーブルの上にこぼれていた。
女がこちらに向き直り目が合った。どこまでも深く黒く光る瞳だった。女は目を合わせたままで、どうぞ好きなだけと言っているように感じた。
女から視線をそらせ、注射器を手に持った。ガラスコップに入った水を吸い上げては出して、注射器内部を洗浄する。
ポケットから小さな紙片を取り出すと、二つ折りにして、鈍く光る結晶体をすくっては別の紙片にのせた。結晶体を挟んで二つ折りにすると、ライターの角で結晶体を砕いた。ゴリゴリと結晶体が砕ける鈍い音が部屋中に響いている。
砕いた結晶体を注射器に入れて、ガラスコップから水を吸い上げた。注射器を光に照らすと、結晶体が水と混ざり合いながらキラキラと輝いていた。
左腕内側の血管に針先を押し当てると、皮膚と血管が一緒になって針先と共にへこんだ。ある程度まで針先を押し込むと、針先と血管にプツッという感覚があり、押されていた皮膚と血管は、軽い反動と共に元に戻った。
針先は抵抗が無くなり、スルリと血管の中へと入って行く。押子を少し引いてやると、細く赤い糸の様に鮮血が逆流してくる。血の逆流を確認すると、今度はゆっくりと押子を指先で押し込んだ。
注射器の中でキラキラと輝く液体が、血と混ざり合いながら針先から血管を通り体内へと入っていく。同時に視界がぶれて視野が狭くなった。腰から背中、頭の先までを冷たい手で撫でられたように感じた。喉奥がつまったようになり、胃から空気が逆流しそうだった。
下腹がずしりと重くなり、痺れるような快感が身体全体から性器の先までをつらぬいた。
注射器の押子を最後まで押し込んで、液体を体内に全て注入すると、ゆっくりと静かに血管から針先を引き抜いた。
わずかに血が残った注射器を、洗浄する気にもなれずにガラステーブルに置いた。朦朧とする意識の中、かろうじてベッドに横たわった。
相変わらず音も無く、すべてが白く光っていた。
異常に早い自分の鼓動だけが、部屋中に響いている気がした。仰向けのまま目を閉じた。
しばらくの間、ただ静寂に身を任せていた。
すると、結晶体をゴリゴリと砕く音と注射器を洗浄する音が聞こえてきた。
身体が軽く感じると同時に、身体全体が火照っていた。何とも言えない高揚感に身を任せていると、首すじに女の吐息を感じた。
女は耳にあまい息を吹きかけて、耳たぶを丁寧にゆっくりと舐め上げてから、首すじから胸へと舌を這わせてくる。身体全体の表皮に、神経がむき出しになっているような感覚だった。女の吐息が皮膚にあたるだけでびくんと身体が痙攣した。
女はその痙攣する姿を見て、興奮しているようだった。ゆっくりと身体全体に舌を這わせながら、両手で乳首や内股を撫でている。焦らすだけ焦らして、女は熱く膨張しきった物を口に含んだ。その瞬間、脳髄がとろけ出すような快感が全身をつらぬき、じっとして居られなくなった。
おおおと吠えて女の上に覆いかぶさると、キャミソールと下着を引きちぎった。艶のある黒髪を右手で摑み口の中に熱く膨張しきった物をねじ込んだ。
女が涙を流し、嗚咽を漏らしていても気にせず、腰を大きく振っていた。しばらくの間そうした後、女の口から唾液で濡れた物を抜き取り、女と一体になった。耳元で悲鳴のような喘ぎ声が聞こえていた。
興奮の絶頂の中で、二人は快楽を貪り合った。風も音もなく鈍く白い光の中で、二人は世界のすべてとひとつになった。生暖かくなった世界の空気は、二人の鼓動に合わせてねっとりと身体に絡みついている。
女の荒い息と汗の匂いが、鼻腔を通って脳髄と絡まり合って溶けそうだった。
二人は幾度となく果てて、世界の美しさを共有し合った頃、どちらともなく仰向けになり手を繋いでいた。そして、ただ窓の遥か向こうに見える空の青を見ていた。
いったいどれくらいの時を、そうしていたのかはわからない。
ふと頬に温かさを感じて手をやると、涙がとめどなく溢れていた。拭っても拭っても、溢れ出る涙は止まらなかった。
世界はゆらゆらと揺れていた。空の青はとてつもなく青かった。
夢なのか、現実なのか、天国なのか、地獄なのかはわからない。わかりたいとも思わない。自分と女、世界と自分の境界もわからない。
ただ、窓の遥か向こうに見える、空の青と白の境界だけははっきりと感じていた。
そして女の手を強く握りしめた。

青と白の境界線

青と白の境界線

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 成人向け
  • 強い性的表現
  • 強い反社会的表現
更新日
登録日
2019-10-06

CC BY-ND
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