王子様の大切で大変な仕事
オオカミと人間の特徴を併せ持つ、機械仕掛けの幼い少年。彼は自身と似た、しかし彼より年上に見える少女の隣に座り、ガラス製の巨大な水槽に向き合っていた。水槽に浮かぶのは、分解された機械の部品。
筒状の大きな水槽に満たされているのは水であったが、部品が沈む様子はない。バラバラではあるがどれも動いており、動力結晶は光り輝いている。観察すると手の一部であったり、骨格であったり、心臓に当たる動力炉なども含まれていることが分かる。浄化装置や排泄装置、制御装置なども見えるが、記憶や思考を行う物理メモリーや演算装置の類いは見つからない。
少年は部品の主であったロボットの首を大切そうに抱きしめている。カメラや声帯、記憶装置や演算装置が含まれている部分だ。
「モモさん、こんなことして本当に大丈夫なの? 王子様、死んじゃわない?」
首だけにされたロボットは骨組みや配線を剥き出しにしたまま目を閉じ、ぴくりとも動かない。彼ら機械生命体が動力を貯める結晶が光っていなければ、壊れているように見えるだろう。
「死なないよ。王子は分解されても大丈夫なように改造してあるし、眠ってるだけで死んでもいないし苦しんでもいない。体をバラバラに分解しても苦しくないようにするのも、快楽士の大事な仕事なんだよ」
「モモさんがいれば大丈夫ってこと?」
モモと呼ばれた少女は自信ありげに右腕を挙げた。本来付いている指はなく、腕の先端には大量の工具が付いている。彼女は仕事のために腕を取り替えられるよう改造されている。
「そ、わたしがいれば万が一が起こったって大丈夫。モモさんは快楽士だけど、医者でもあるんだ。何でも直しちゃうよ?」
そう言われても少年は不安だった。彼は元人間で、機械に改造されて日が浅い。彼の価値観では首を外され、体も手足から臓器まで全て取り外すなんて考えられない。王子の無事を願い、唯一水槽に沈められずに残った彼の首を大切に抱きかかえる。
「王子様……」
少年が機械化したのは王子の外装に浸食され一体化したためだが、王子は恨まれるどころか、慕われていた。外装を借りたいと申し出たのは少年であり、王子も機械化が起こる可能性は低いと考えていた。よほどの好相性でなければ浸食は起こらない。少年が人間の体を失うことの重要性を理解できる年齢でなかったことに加え、王子の優しさと孤独を知ったことで、彼は人間の生活を捨て王宮で共に暮らしている。
「モモさんってそんなにすごいの?」
「そう、すごいよ。元ニンゲンのリョウくんをメンテナンスするのだって、ただの快楽士には無理だろうね」
機械生命体は余った動力を液状にして保管することが出来る、彼らはこれをエナジーと呼ぶ。エナジーは貯めておくだけなら単なる燃料だが、他者へ分け与えるとき、特殊な性質が表れる。
機械生命体は『自身より強いエナジーを注入すると状態が良くなる』。力の差が大きければ大きいほど効果が高く、特に格の高いエナジーは粉砕した頭部を復元したり、ウイルスを無条件で消去できたりと、万能薬のような効能を示した。
この国で最も強いエナジーを持つのは王子である。ほとんどの国では、エナジーの強い者が王になる。ただし彼の王室は『后を迎えなければ王を名乗れない』ため、先代が亡くなった今もキングに改名できず十六世ジュニアを名乗っている。
十六世ジュニアのように自身より強いエナジーを出せる機械生命体が見つからない場合、エナジーを用いた修理には『外装を共有する相手のエナジーは、力関係を無視して修理に使うことが出来る』という例外を利用する。ただし外装は相性の良い相手でないと定着せず、力が大きいほど好き嫌いが激しくなる。リョウが十六世ジュニアの外装で機械化したのは、良くも悪くも奇跡的な偶然だった。
それ以外にも、機械生命体が他者の外装を身につけるには障害があった。外装を身につけると体が動物型に変質してしまうため、外装を身につけることそのものが敬遠されているのだ。
「ねえモモさん。王子はボクのエナジーで元気になるんだよね?」
「そうだよ」
「モモさんは、前の王様から鎧を分けてもらったんだよね。じゃあ、王子のお父さんにエナジー分けてあげたの?」
「そうだよ」
「それって、パートナーだったってことだよね」
「そうだね」
「なんでお后様じゃないの?」
長い間、他者の外装を身につけ、動物化した機械生命体は「家畜」と呼ばれ、人権は与えられなかった。家畜に選ばれるのは主にエナジーが弱い人種、モモのような「装甲が薄く、動力結晶の数も少ない軽装種」だった。彼女は確かにパートナーだったが、王室の家族とは見なされなかった。
モモのパートナー、キング十六世は異世界を旅した二人目の王だ。彼は戻ると人権の平等化や家畜という呼び方を禁止するなど、新しい法律をいくつも作った。ジュニアも父と祖父に習い、政策を推し進め『自身のエナジーを一般にも流通させる』ことを条件に差別そのものを禁止するなどした。わずか二世代半の時間で、軽装種や動物型の機械生命体の扱いが変わった。
代償として、王子は自身の体を改造しエナジー精製に特化させ、分解された状態で動力をフル稼働させるという危険な業務が日常化した。民衆を納得させるには対価を与えるのが効果的と納得はしても、自己犠牲が過ぎる行為をモモは咎めた。
「あ、モモさん。水の色が」
分解した王子を沈めた水槽が青く輝き始める。バラバラに浮いているパーツは動きだし、水を吸い込んでは吐き出しているようだ。
「王子のエナジーが溢れ始めたんだ。リョウくん、ちょっと失礼するよ」
モモは工具を手にリョウの下腹部装甲を外し始めた。事前に説明を受けていたため、リョウは抵抗せず工具を受け入れる。
「出力上昇、E端子接続、コマンドモジュール起動、ポート開放」
王子の首元とリョウの股間にある動力結晶がケーブルで繋がれる。リョウは全身の力が抜け、股間が熱くなるのを感じた。ケーブルから元気が吸い取られるような、気が遠くなるような感覚にリョウは戸惑ったが、王子のためと思い意識を踏みとどまらせる。
マネキンのようだった王子の顔に血の色が戻る。意識は戻ったが、分解したパーツから流れてくる大量の電気信号で電脳は白く染まり、物を考える余裕はない。
「九十八、九十九……濃度規定値到達、回路切断! 全パーツセーフモード!」
モモは叫ぶと水槽に浸したパーツを網で引き上げ、組み立て始めた。文字通り機械的に、正確かつ素早くパーツを組み立てていく。つなぎ合わせる手順は複雑だが、モモは完璧にこなす。それでも彼女は不満だった、軽減しているとはいえ王子の負担は小さくない。
リョウ少年に目を向けると、顔の動きや組み立ての反応が王子と同調している様子が見て取れた。モモは王子の苦痛が減っていることを確信し、骨組みが組み上がった段階で王子の首を取り付けた。リョウとケーブルで繋がったままで、だ。
「はっ!? あ、か……」
未知の感覚にリョウは体を抑えようとしたが、体が動かない。下腹部から伸びたケーブルに体の自由を奪われている。動力結晶は出力を上げ、動力炉のある胸のハッチは開放された。リョウは自分の胸を見たかったが見れず、股間に繋がれたケーブルを手で抑えたかったが抑えられなかった。のたうつケーブルをただ見ながら、快楽でも痛みでも無い、支配のための電気信号に体を震わせる。
「リョウくんが繋がってると王子は楽になるから、しばらく我慢して」
王子の骨組みに部品が組み込まれていく。取り付けられ、配線が繋がれる度に、リョウの動力結晶が明滅する。今、少年の体の制御はモモに奪われ、王子のために動力を送るだけのバッテリーに変えられている。
「あっ、は」
リョウは心配事を口にしようと思ったが声にならず、吐息が漏れるだけだった。王子の膨大な動力を補うために、モモは声帯機能を含む、生命維持に不要なほとんどの部品の電源を切っている。少年の不安そうな表情にも気づかないほど、モモは王子の組み立てに集中していた。
対して、施術されている王子は何かをこらえるよう必至に歯を食いしばっている。今、王子に送られる電気信号は全て快楽に変換されている。これはモモの仕業で、王子の信号回路を乗っ取り、信号を任意に変換していることによる。苦痛はなくなるが、快楽を解放する……人間で言う絶頂を迎えてしまうとエナジーが液状化して漏れ出てしまうため、苦痛はなくとも忍耐が必要になる。
回路の乗っ取りは機械生命体にとって極めて危険であり、それを扱う快楽士も相応の危険を持って扱われているが、リョウのように機械になりたてでない限り、回路を守る防壁はとても強固に作られている。ほとんどの快楽士は、同意の下で意図的に無防備にした一部の回路を使って快楽を提供する。王子のように全ての権限を快楽士に明け渡すのは極めて異例で、王族が行うのは王子が初めてだ。
モモはまだ差別が根強かった時代の生まれで、自身の身分もわきまえている。そんな自分が国で最も身分の高い王子から信頼されることに負い目があるし、彼女は王子の子供時代も知っていて情もある。彼女は王子のためなら命を投げても構わない覚悟で施術を行い、恩に報いようと必至になっている。ただし、思いが強いあまり視野が狭くなっているところがある。
「モ、モ……」
王子が目を開け、口を動かした。体は半分以上組み上がり、上半身はほぼ終えているが、接続を終えた動力結晶が少なく、剥き出しのパーツは鈍い音を立てている。無理に動作すれば、頑丈な王子と言えど故障の危険がある。
「王子! まだ話してはいけません!」
「リョウが、苦しそうだ……診てやって、くれ」
王子に言われてモモが振り返ると、股間のコネクターと胸の動力炉からエナジーを漏らし、苦しそうに息をするリョウの姿があった。
「なっ、性感は止めてあるはずなのに、なんで」
リョウはモモの施術をずっと見ていた。王子のためにがんばっていると分かり、自分に出来るのは我慢だと思った。吸われたエネルギーが王子のために使われていると気づき、少年は大好きな王子の役に立てたことに充実感を感じた。
同時に無意識ではあるが、自身がただのバッテリーとして扱われていることに、生命のない道具として扱われていることに、喜びを感じていた。その喜びが性感帯を刺激し、エナジーが漏れてしまったのだ。
リョウの顔は困惑していた。モモは少年が状況理解してないことを知る。
「本人にも分からんか……心配しなくていいよリョウくん、今楽にするから」
緊張をほぐすため、モモはリョウの電気信号を入眠前の脱力感に変換し回路へ流し込む。落ち着いたのか、少年はそのまま眠ってしまった。眠ってしまうと取り出せるエナジーの量は減ってしまうが、体はモモの管理下にあり供給が止まる心配は無い。王子が外部電力を必要とする工程はほとんど終わっていたので、そのまま続行することにした。様子を見ていた王子も、リョウの寝顔を見て安心したようだった。
「王子、後は外部アーマーだけです。今からリョウと繋いでいるケーブルを抜きます。もう、我慢しなくても大丈夫ですよ」
「りょ、リョウのケーブル……ふああアア!」
全身が組み上がり、動力結晶をはめ込まれた王子が絶頂する。剥き出しの機械部品や動力結晶からは大量のエナジーがあふれ出て、手術台の下に流れていった。エナジーが全て回収できるよう、手術台には排水溝と受け口、容器が備え付けてあった。
「ア、ガ、ピッ」
分解される時も、王子は手術台の上で絶頂していた。モモに神経回路をいじられ、パーツや動力結晶を剥ぎ取られる感覚の全てを性的快楽に変えられていたため、王子は盛大に漏らしていた。これらも貴重な修理用薬品として機能する。
「エラー、エラー、エ、え……っはあ! お、おわった、のか」
「お疲れ様でした。体調はいかがですか」
疲れ切った王子はまだ起き上がれず、首だけをモモのほうに向けた。
「チェックが終わらないと分かないが、大丈夫だろう。モモの腕は確かだし、リョウが手伝ってくれたおかげで我慢もしやすかった。いつもありがとう、モモ」
「もったいないお言葉です。これら全てが国民のために使われます、彼らも王子に感謝するでしょう」
王子は照れたように顔を背ける。
「だといいけどな。オレが動けない間、中央の防御は薄くなる。貴族連中は内心嫌がってるだろうが……口に出さなくなっただけ良しとするか」
王子が分解用の改造を受けたのは二百年ほど前。王子は高機動重装種と呼ばれる、ほとんどの皮膚が鎧型になっているにも関わらず、高速移動が可能な強力な人種だ。十万体に一体と言われる希少種でもある。その威力は、重装種一個大隊を一人で殲滅できるほどと言われている。
故に、王子が失われる危険がある改造手術は多くの貴族が反対した。仮に成功しても、手術している間は戦力が半減するからだ。だが王子は強行し。一週間以上かかる大規模手術に耐えた。装甲の継ぎ目は全て分解できるよう、一度切り離して接着しなおした。内部構造も、分解しやすさを考慮して溶接式からネジ止めに変更。性能を落とさないために元ある部品は全て使った。つまり、全ての部品の接合部を作り直した。
快楽士の信号変換にも限界がある。快楽信号も強すぎれば刺激となり、電脳の演算装置を焼き切ってしまう危険があった。王子は演算装置を守るために、快楽と苦痛を半々にして受け止めた。
王子のエナジーが国民に行き渡ることで、死亡率は四分の一以下まで落ちた。反対した貴族たちも、この成果に異論を唱えられなかった。
だが、モモだけは反対を止めなかった。王子の負担が大きかったからだ。王子はモモを頼っていたし、彼女なしに安全なエナジーの取り出しは不可能だった。なので彼女の要望に応える形で、パートナー探しを始めた。王子は祖父と同じように異世界へ飛び、外装を身につけ機械生命体になってくれる人物を探した。外であれば、動物化に抵抗のない生命もいるだろうと考えた。
リョウはとてもよい子に見えた。祖父を傷つけられたとはいえ、彼のような幼い子供が大きな動物に立ち向かうのは大きな勇気だ。
王子は少年を機械に変えてしまったことを後悔したが、リョウは機械の体を受け入れた。王子は可能な限りの幸せを与えたいし、モモも王子の助けになるリョウを快く思っていた。
だが、二人はまだリョウを喜ばせることができないでいた。オオカミと人間の特徴を併せ持つ、機械仕掛けの幼い少年の寝顔を眺めながら、二人は何か出来ることはないかと考えていた。
王子様の大切で大変な仕事