妹と僕

MK3

妹と僕

 一番古い記憶といえば……
 小学校低学年の頃だろうか。
 
 年が三つ離れた妹と近所の商店まで、ポテトチップスを買いに行っていた。足しげく通っていたものだ。
 大人なら歩いて二分の距離でも、子供にとっては遠い道のり。車の往来が激しい道路沿いの歩道、縁石の内側を慎重に歩いた。

 当時の僕らは、近所でも話題となっていたようだ。母からよく聞かされる。
「必ずお前が道路側に立って手をつなぎ、妹を守るようにしてた。いいお兄ちゃんね、兄弟仲のいいこと、って」
 確かに記憶の中でも僕は外、妹は内。
お手々つないでトコトコと、行きは手ぶら、帰りは白いビニール袋片手に、店へ家へと向かっていた。
 微笑ましい光景だったに違いない。
 実際当人たちも、二人だけで外出する機会なんて他になかったから、
その日がくるのが楽しみで、道中も冒険気分でワクワクしていた。そんな覚えがある。
 
 僕が高校生、妹が中学生と互いに思春期、多感な時期に入っても仲は良かった。

 中学時代、専門雑誌がきっかけでプロレスファンになった僕は、両親のビデオレコーダー購入をきっかけに、
土曜深夜に放送されていたプロレス中継をテープに録画し、試合の映像を観るようになった。
 これまで写真や文章でのみ繋がってきたプロレスと、より近くより深く、接することができている。そう思えた。
 そんな自分の楽しみを共有できる相手が欲しかったのだろう。
 日曜の朝、起きがけの妹をビデオの間まで連れていき、録画した試合を見せていた。
肉体のぶつかり合いや妙技の応酬、グラウンドでの攻防に目を輝かせる僕に半ば呆れながらも、彼女は拒否せず付き合ってくれた。
 すると次第に妹もその魅力に取りつかれ、大人になった今では、テレビ・生含め、プロレス観戦の経験値は、彼女の方が断然上。
一時期、母から観戦禁止令が出ていたことも。

 加えて僕は、同じく当時ハマっていたホラー映画のビデオ鑑賞にも、妹をつき合わせた。その中でも、近年某海外テレビシリーズのおかげで人気のある、ゾンビ映画を好んで見せていた。
 今でこそ、ある種の市民権を得たゾンビであるが、当時はサブカルチャーの一端として認知される日陰者。
レンタルする際は全年齢対象にも関わらず、ソワソワコソコソしつつ、レジへと向かったものだった。
 プロレスより敷居が高く、女子には不人気だったゾンビ映画にも、彼女は見事ハマった。
知識量で勝ってはいても、所持するDVDの数においては、もはや僕はかなわない。
 母から冗談でよく言われる。
「お前のせいであの子の婚期は遅れた」

余談になるが、一昨日妹は、同じマニアの同僚女子と会社帰り、
最新のホラー映画を鑑賞すべく映画館に赴き、スクリーンでの迫力ある映像を堪能してきたようだ。
 
 そんな僕らに、ある時期深い溝ができた。それは9年住んだ東京から、僕が実家へ戻ってきてから。離れた時間が何かを変えた。
 
 帰郷直後、とある用事で僕の部屋に入った妹が戻り際に言った。
「キモ」
 僕は在京時、アニメやゲームなどのフィギュア蒐集が趣味となった。それらの飾られた棚を見た感想だった。
何も言えなかった。
 
 働き先での人間関係がこじれたり、創作活動が上手くいかず焦った僕は、妹に当たり散らすことが多くなった。

「プライベートを詮索しないで!」
 本音を吐き出す妹、正論。理不尽な逆ギレでしか対抗できなかった。
 
「もういい、俺、家出る」
「なに?あたしが出てけばいいんでしょ」
 売り言葉に買い言葉。
 女性の命である髪の毛を引っ張ったことも。
 口だけは達者な僕が理屈を並べ罵倒する中、彼女は耐えに耐え、暗い部屋で忍び泣く。
 結末はいつも同じ。愛情に気づいた僕が号泣し謝罪。けれど懲りずに再び八つ当たり、愚行は繰り返された。

 小説に打ち込むようになった今、僕はようやく落ち着き始めた。
まだ余裕はないけれど、見捨てずにいてくれた妹のためにも、自分の夢へと突き進む。
 
 先日、妹がライブへ誘ってくれたので、久しぶりに二人で出かけた。
妹が車を運転し僕は助手席。移動の形は変わっても並びは同じ、あの頃と変わらない。

妹と僕

妹と僕

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-10-06

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