キラとレグル

コツリス

  1. 水汲み
  2. ナジャの話
  3. 毛刈り
  4. 集会
  5. 出発
  6. ドラゴン座
  7. サソリ
  8. 井戸
  9. 砂嵐
  10. 到着
  11. 公衆浴場
  12. 仕事探し
  13. 朝食
  14. マカララ

お気軽にご意見、ご感想お寄せください。

水汲み

 キラは誰よりも早く目が覚めた。母のマナナと祖母のタカはまだ寝ている。父のハイクはキラが幼い時に流行り病で亡くなった。以来キラは母と祖母との三人暮らしである。マナナは最近体調が悪く臥せっているため、水汲みと祖母の家事を手伝うのがキラの仕事だった。キラは今年で一六になるが、学校へは行っていない。そもそもこのカラルの村には学校など無いのだ。
 
 キラはベッドを抜け出して着替えると、桶に汲んである水で顔を洗った。小さな鏡に映った顔を見る。黄褐色の肌に母親譲りのエメラルドグリーンの大きな瞳。長い黒髪を三つ編みに編むと、台所に置いてある大きな木のバケツを持って家を出た。
 
 外はまだ薄暗かった。カラルは砂漠のオアシスを囲むように出来た村である。砂漠の朝の空気はひんやりと冷たい。青藍(せいらん)色の空に白い星がまだ残っていた。地平線の彼方に、うっすらと日の出の光が差し始める。キラはオアシスへたどり着き、ほの暗い水を覗き込んだ。鏡のように静かな水面に、キラの顔が映る。その顔の後ろから、もう一つの顔が現れた。キラの隣に住む、幼なじみのナジャである。キラと同じ黄褐色の肌にコバルト色の瞳をして、赤褐色の髪をポニーテールにしていた。
 
「お早う。今日も寒いね」
 
ナジャはキラに笑いかけた。
 
「お早う。そうね。でもすぐ暑くなるから」
 
キラも笑う。
 
「お母さんの具合はどう?」
 
「うん。あんまり良くない」
 
「そう。家の畑でトマトが食べ頃なの。後で持っていくから」
 
「ありがとう。よし、水汲みしようか!」
 
「うん!」
 
 キラとナジャは一緒に水を汲んでは台所の大瓶まで運び、また汲んでは運んだ。水を入れたバケツは重くて、少女の労働としてはきつかったが、毎日の事で慣れていた。他の村人達も次々に水を汲みに来た。その間に日はどんどん登り、日干し煉瓦で作られた家をクリーム色に浮かび上がらせた。紺碧の空に黄土色の砂と岩。クリーム色の家々に、畑の土色と牧草地のダックグリーン。それにオアシスのスカイブルーが、村の色彩だった。人々はそれぞれ畑で野菜を育てたり、羊を放牧したりしながら自給自足の生活を送っていた。金銭的には皆恵まれているとは言えないが、それでも少しでも富める者は、貧しい者に分け与えるのが村の掟だ。だから、男手の無いキラの家も、何とかやっていく事が出来た。

ナジャの話

 水を汲み終わる頃には、タカが起きてきて、台所で小麦を練っていた。釜で焼いて薄焼きのパンを作るのだ。キラは鍋を火にかける。ニンニクと玉ねぎをを細かく刻み、羊肉を一口大に切り分ける。鍋に油を敷き、食材を炒めたら水を入れてグツグツと煮る。月桂樹の葉を入れて一煮立ちしたら、塩と胡椒で味付けだ。羊肉のスープの出来上がりである。
 
 パンが焼き上がり、キラはマナナを起こしに行った。
 
「あら、もう出来たの? 今日は速いのね」
 
マナナは少し咳き込むと、ゆっくりとベッドから起き上がり、顔を洗うと長い髪を一つに縛って、台所へやって来た。焼きたてのパンとスープの香ばしい匂いが皆の鼻孔をくすぐる。
 
「じゃあ、頂こうかね」
 
タカがスープにスプーンを入れるのが食事の合図だ。水汲みをしてお腹がペコペコだったキラは、待ってましたとばかりにスープを掻き込んだ。
 
「これ、そんな風にがっつくんじゃないよ。ゆっくり味わって頂きなさい」
 
タカがたしなめる。キラはエヘヘ、と笑ってパンをちぎった。
 
「後でナジャがトマトを持ってきてくれるって」
 
「まあ、いつも有り難いわねえ。良い友達を持ったわね」
 
マナナが咳き込みながら言う。
 
「うん。ナジャは良い娘よ」
 
 食事が終わり、キラが後片付けをしていると、ナジャがやって来た。
 
「今日は! トマトを持ってきました」
 
ナジャはザル一杯のトマトを抱えていた。
 
「有り難う」
 
キラがトマトを受け取る。
 
「ナジャちゃん、上がってコーヒー飲んでいきなさい!」
 
タカは台所から叫ぶと、お湯を沸かし始めた。
 
「お邪魔します」
 
ナジャは家へ上がって、居間のソファーに腰掛ける。キラも、台所のテーブルにトマトを置くと、ナジャの向かいに腰掛けた。
 
「いつも有り難うね」
 
「良いのよ、お互い様だから。それより、キラはウルの街って知ってる?」
 
「ウルの街?」
 
「そうよ。砂漠の向こうにある街ですって。この間、父さんの友達のレビが街へ行ってきたんだって」
 
「街へ行って、何をするの?」
 
「レビの家の窓ガラスが割れてね。村じゃ新しいガラスは手に入らないから、ウルの街へ行って、働いてお金を貯めて、ガラスを買ったんだって」
 
「ふーん」
 
キラは街を想像してみた。だがサッパリ何も思い浮かばなかった。当然と言えば当然である。キラは生まれてこの方、この砂漠の村しか知らないのだから。
 
「コーヒーお待ちどう」
 
タカがコーヒーを運んできた。
 
「有り難う。頂きます」
 
ナジャはコーヒーを一口啜ると、話を続けた。
 
「街にはそれは色んな物が沢山あって、お医者さんも居るんだって」
 
「お医者さん?」
 
「病気の人を治す仕事の人よ」
 
「シャーマンとは違うの?」
 
「違うらしいわ。薬とかを使って病気を治すんだって。シャーマンより効くって話よ。お医者に診てもらえば、キラのお母さんだって治るかもよ」
 
キラは少し考え込んだ。確かに、シャーマンではマナナは治せなかった。
 
「そのお医者に診てもらうにはどうすれば良いの?」
 
「街では何をするにもお金が必要なんだって。だから、レビみたいに街で働いて、沢山お金を手に入れれば、それでお医者に診てもらえるわ」
 
「ウルの街かあ……」
 
キラは呟いてコーヒーを飲んだ。
 
 ナジャが帰ると、入れ違いにダンがやって来た。ダンは父親のガナルと羊の放牧をしている少年だ。良く日に焼けた褐色の肌に、短く刈り込んだ黒い髪、薄茶色の活発そうな目をしている。
 
「今日は~。羊肉どうぞ」
 
ダンは羊の脚を肩に担いでいた。
 
「あら、ダン。有り難う。でもこんなに沢山、良いの?」
 
キラは羊の脚を受け取りに玄関まで出てきた。
 
「良いんだ。一頭解体したんだけど、家じゃ食べきれないしね」 
 
「そう。じゃあ有り難く頂くわ」
 
「そうしてよ。明日は父さんと羊の毛刈りさ」
 
「毛刈り………。ね、良かったら、肉のお礼に私に毛刈りを手伝わせてくれない?」
 
「うん。それは助かるな。父さんに言っておくよ。昼からやるから」
 
「分かったわ」
 
ダンは肉を渡すと帰って行った。
 
 その日の夜、キラはベッドに潜り込んで、昼間ナジャが言っていた事を思い返していた。
 
「ウルの街には色んな物があって、お医者がいて……」
 
呟きながら窓から空を眺める。暗い空に無数の星が瞬いていた。この同じ空の下にキラが見たこともない街が存在しているのだ。母さんをお医者に診てもらうために、街へ行って働く、そんな考えが何度も頭を巡った。それは良い事の様に思えたし、ウルの街とやらをこの目で見てみたい、という思いにも駈られた。それはワクワクする事だった。だがどうやって街まで行けば良いのだろう? 大体街まではどれくらいかかるのか? 仕事と言っても、何をどうすればいいのだろう? 様々な疑問が沸いてきた。
 
 あれこれ考えながら、キラは眠りに落ちていった。
 
 

毛刈り

 明くる日の昼、キラはガナルの羊小屋に居た。柵で囲われた大勢の羊達。若い羊達はそわそわと落ち着きがなかった。皆何をされるのか、と(おのの)いているのである。年配の羊達は慣れたもので、落ち着き払っていた。毛を刈られる事も、刈られたところでどうという事も無い事も分かっているのだ。
 
「じゃあ、キラ、俺が手本を見せるから、同じようにダンとやってくれ」
 
ガナルはそう言うと、一頭の大きな羊の前足を掴んで仰向けにし、ズルズルと引き摺ってきた。初めのうちこそ暴れていた羊も、引き摺って来られると観念したように大人しくなった。ガナルはバリカンで後ろ足から毛を刈り始めた。まるで毛皮のコートを脱いでいくかの様に毛が刈られてゆく。もっとも、ここにいる誰も毛皮のコートなど見た事も無いのだが。
 
 丸々一頭毛を刈ると、ダンは
 
「良し。じゃあやってくれ」
 
と二人を促した。ダンとキラは柵へ入って、それぞれ羊を掴み、引き摺って来た。ガナルと同じように毛を刈ってゆく。ダンはもう何度も父親の手伝いをしているので、手慣れたものだった。キラは上手くバリカンを扱えずに四苦八苦していた。中々ガナルたちのようにスルスルと刈れない。毛の中でバリカンの歯が引っ掛かり、上手く進めなかった。
 
「おいおい、何だ、そのバリカンの使い方は」
 
ガナルが大声を上げて笑う。ダンもニヤニヤしている。
ちょっと恥ずかしく、悔しくもあったキラだったが、やっているうちに段々上手くなっていった。
 
 毛を刈りながら、キラはダンに話しかけた。
 
「ねえ、ウルの街ってどんな所かしら?」
 
「ウルの街? さあ、僕にはよく分からないよ。行ったこと無いし。どうして?」
 
「うん……。私、街へ出て働こうかと思うの」
 
「働く? 何だってまたそんなことを? 村の暮らしに不満でも有るの?」
 
ダンは驚いた声を上げて聞いた。
 
「いいえ、村に不満は無いわ。でも、母さんの病気を街のお医者に診てもらいたいのよ。そのためには沢山お金が必要だって聞いたわ」
 
「母さんのためか……。うーん、分かった。僕村長に話してみるよ」
 
「有り難う」
 
 その日、ダンとキラは羊を刈り続けた。
 
 夕食中、キラはずっと黙っていた。不思議に思ったマナナが、
 
「キラ、ダンのところで何かあったの?」
 
と聞いてみた。キラは首を振って、
 
「ううん。そうじゃなくて、私、ウルの街へ働きに行こうと思うの」
 
と答えた。マナナは顔を曇らせる。
 
「街だなんて。この家が嫌なのかい?」
 
「大好きよ。この家も皆の事も。でも、母さんの病気を街のお医者に診てもらうために、沢山のお金が必要なんだって」
 
「そんな……。私は別にそこまでして医者に診てもらわなくても。それに、街は危険なところだって聞いたわ」
 
「うん……」
 
キラは俯いた。二人のやり取りを黙って聞いていたタカが口を開いた。
 
「まあ、良い機会かも知れないよ。お前の具合は悪くなる一方なんだし、この子だってそろそろ大人だ。思いきって外の世界を知ることも必要かもしれない」
 
「そうかしらね?」
 
「私、ダンに話したの。そしたら、ダンが村長さんに話してくれるって」
 
「そう」
 
 それから三人は無言で食事を済ませた。

集会

 村長のハリルは広場に村人を召集した。ダンからキラの事を聞いたからだ。この村では、富めるものは貧しいものを助けなければならない、という掟以外は自由である。心配が無いわけではないが、ハリルは何よりキラの意思を尊重することにしたのだった。集まった村人に向かってハリルは語りかけた。
 
「皆の衆、今日はよく集まってくれた。今日集まってもらったのは、タカの孫でありマナナの娘であるキラの事でだ。キラは病気の母をウルの街の医者に診せるために、金を稼ぎに街へ行きたいと申しておる。母を治したいキラの気持ちはもっともであるし、街の医者にかかるには大金が必要でもある。ワシとしては、村の皆で協力して、キラをウルの街へ送り出してやりたいと思うのだが、どうだろうか?」
 
 村人はお互いに顔を見合わせた。一人が声を上げた。
 
「俺は村長に賛成だ。キラの母親を思う気持ちには応えてやりたい。皆だってそう思うだろう?」
 
ざわめく広場。
 
「賛成!」
 
「意義なし!」
 
次々に声が上がった。
 
「よろしい。ついては、街までの移動を考えなければならん。ラクダのキャラバン隊に頼んではどうかと思っておる。幾ばくかの金と、足りない分は食料で何とかしてくれるはずじゃ。皆で出し合って欲しい」
 
 村は急に活気づいた。皆で協力してあの貧乏だが可愛らしい娘を街へ送り出してやるのだ。ここが善意の見せ所、とばかりに村人たちは次々に僅かばかりの金やら、備蓄してあった食料やら、衣服やらを出し合った。あっという間に、キャラバン隊に支払う分と、道中の食糧が集まった。
 
 午後になって、キラがオアシスを眺めていると、ナジャとダンがやって来た。
 
「餞別だ。これを着ていけよ」
 
ダンは羊の毛で造ったフェルトの砂よけのマントと、羊の皮で造ったロングブーツを差し出した。
 
「私からはこれよ」
 
ナジャはナツメ椰子の種で造った御守りをキラの首に掛けた。
 
「いつもキラの無事を祈ってるから。街へ行っても、私達の事忘れないでね」
 
「うん。忘れるわけがないわ。母さんの事頼むわね」
 
「それは任せておいて」

三人は固く抱き合った。

出発

 出発の日の朝。キラはダンに貰ったサンドベージュのマントと、ビスケット色のブーツを身につけた。首からナジャに貰った御守りを下げ、干し肉や乾燥野菜を詰めた袋を背負う。羊の胃袋で出来た水筒を肩から下げて、居間へ行くと、マナナとタカが待っていた。
 
「気を付けて行くんだよ」
 
タカがマントを直しながら言う。マナナは無言で目に涙を溜めていた。
 
「じゃあ、行ってくるから」
 
キラは二人を抱き締めると家を出た。朝日が村を鮮やかに輝かせている。この美しい村ともしばらくお別れだ。キラは未知なる冒険への期待感と、不安を胸に村の外れまで歩いた。
 
 村外れには八頭のラクダのキャラバン隊が待機していた。その回りを村長をはじめ、大勢の村人が取り囲んでいる。キラが到着すると、皆口々に激励の言葉を送り、抱き締めた。ダンとナジャが抱きついた。
 
「頑張れよ!」
 
「うん! 行ってくるね!」 
 
キラはニッコリ笑って、二人を抱き留めた。
 
「皆さん。見送り有り難う。行ってきます」
 
そう告げるとキラはキャラバン隊へと向かった。隊長とおぼしきターバンを巻いた男が挨拶した。
 
「私はキャラバン隊の隊長のマーニーだ。話は村長から聞いているよ。無事ウルまで送り届けてやるから心配するな。こっちの背の高いのがビランで、低いのがチトだ。よろしくな」
 
「私はキラよ。よろしくお願いします」
 
「よし、ではラクダに乗って」
 
キラは案内されるままに座り込んでいる一頭のラクダの背に乗った。ラクダの背中にはクッションで出来た鞍が装着されている。キラを乗せるとラクダは立ち上がった。
 
 マーニーのラクダを先頭にして、キャラバン隊は出発した。間にチト、キラと続き、殿(しんがり)はビランだった。人を乗せていないラクダには荷物が括り着けてある。ウルの街へ届ける交易品と、道中の必需品だ。
 
 ラクダはマーニーに従って、ゆっくりと歩を進めた。村の外は砂漠を渡る風が吹き流れ、それに合わせて足元の砂が更々と流れる。進行方向には抜けるような青い空と黄土色の砂と、点在する岩山以外何も無かった。この茫漠(ぼうばく)たる砂漠の、どこをどう通ればウルの街へ辿り着くのか、キラにはサッパリ分からなかった。キラは後ろを振り返って見た。砂の向こうに小さく村が見える。私本当に旅に出たんだわ、と少し不安になった。

ドラゴン座

 途中休憩を入れながら、夕方までキャラバン隊は歩き続けた。日が地平線に近付き、広大な空をオレンジ色と金色に染める。キラはいい加減お尻が痛くて、ジリジリしていた。マーニーはラクダを止めると後ろを向いて、
 
「よし! 今日はここにテントを張るぞ! 皆降りてくれ!」
 
と叫んだ。三人はラクダから降りて、テントを積んであるラクダの周りに群がった。チトが荷を解いて、キラがテントの支柱を運ぶ。
 
「この辺りで良いかしら?」
 
キラは支柱を持ってビランに話しかけた。
 
「良いと思うぞ。深く砂に埋めてくれ」
 
キラは思い切り支柱を砂に埋め込んだ。テントは一本の支柱で布を支えるワンポールテントである。ヤギの毛で織った白い三角形の布を六枚繋ぎ合わせて、六角錐の形に縫ってある。ビランとチトが支柱に布を掛けた。六つの角にそれぞれ紐が付いている。紐を小枝に結びつけて、砂に刺した。中にゴザを敷き、その上に青い絨毯を敷く。就寝用の毛布を隅に置いた。
 
「以外と簡単ね」
 
キラは満足そうにテントを眺めた。
 
「次は食事の準備だ。火を起こしてくれ」
 
マーニーは弓ぎり式の火起こし器をキラに渡した。キラは小枝と鉄の棒で鍋を吊る装置を組み立てて砂に刺した。板にナイフで窪みを掘り、弓の弦を棒に巻き付けて、棒を窪みの上にに立たせる。乾燥した草を根本に置いて板を足で踏み、棒の上に窪みの付いた小さな板を嵌めて手で抑えた。弓を前後にスライドさせると、クルクルと速い速度で棒が回る。勢い良く棒を回すと、摩擦熱で棒と板の間から煙が上がった。火種が草に燃え移る。キラは風で火が消えないように注意しながら、火を薪に燃え移らせた。
 
「中々上手いじゃないか」
 
マーニーはヤギの皮で出来た水筒……と言うより袋から鍋に水を入れると、羊の干し肉と乾燥野菜を浮かべて火の上に鍋を釣りながら言った。
 
「家で火を起こす時もこれ使っていたから」
 
キラは笑う。
 
「そうか。荷物の中に焼きしめたパンとお椀とスプーンが有るから、出しておいてくれ」
 
「分かったわ」
 
 日も落ちた頃、四人は車座になって火を囲み、食事をした。パンにスープと、普段家で食べている物とそれほど違いは無かったが、長い移動の後、砂漠のど真ん中で食べるそれは格別だった。
 
「今まで食べてきたスープの中で、一番美味しいかも知れないわ」
 
キラはホクホクしながらスープを飲んだ。
 
「そうだろう。砂漠でする食事は最高さ! 街の奴等は俺達を野蛮人と蔑むけど、俺は砂漠が好きだぜ。星だって眺められるしな」
 
チトは天を指差した。上に目をやると、黒いビロードの様な空に満天の星が輝いている。余りに星の数が多いので、夜であるにも関わらず、辺りが明るく感じられた。
 
「あれは巨人座さ」
 
ビランが指差して、星を人の形に結んだ。
 
「その隣がラクダ座で、その上に有るのが蠍座だ」
 
キラはワクワクしながら星座の形を指でなぞった。星座等というものが有るとは今まで知らなかった。
 
「だが、我々にとって一番大事なのはあのドラゴン座だ」
 
マーニーがドラゴンの形に星を結ぶ。
 
「ドラゴン座?」
 
「そうだ。あの青い星がドラゴンの目だ。あの赤いのは心臓だ。目と心臓を結んだ線を五倍すると、天の南極に辿り着く。天の南極はいつも変わらないから、旅の目印になるんだ」
 
「ふーん。でもドラゴン座なんて変ね?」
 
「何故だ?」
 
「だって、巨人はもしかしたら居るかも知れないけど、ドラゴンなんて本当に居るのかしら?」
 
「私は見たことは無いが、噂では居るって話だぞ。大きな戦が起きると現れるとか」
 
「戦……。じゃあ、ドラゴンなんて見ないに越したことは無いのね」
 
キラは星座を見ながら呟いた。
 
「そうかもな。よし、明日も朝早くから出発するんだ。片付けて寝よう」
 
マーニーはスープを飲み干すと立ち上がった。

サソリ

 村を出て三日目の早朝。キラはテントの中で目を覚ました。もう見慣れたテントの白い天井が目に入る。だが何かがおかしい。さっきから頬っぺたがモゾモゾと痒いのだ。何かの動く異物がキラの目にボヤけて映った。段々と焦点が合うと……サソリだ! 艶やかな飴色をしたサソリは尻尾を振り上げ、キチキチと体を揺らしている。
 
「マーニー!」
 
キラは恐怖で身動き出来ずに叫んだ。マーニーは直ぐに目を覚ますとキラの元へと忍び寄り、素早くサソリを捕まえると、ガラス瓶の中へ入れた。
 
「大丈夫か?」
 
「ええ、まだ刺されてはいないわ。それ、どうするの?」
 
「これはな、こうして……」
 
言いながらマーニーは瓶にウォッカをなみなみと注いで、蓋をした。
 
「サソリ酒にするんだ」
 
「サソリ酒?」
 
「滋養強壮に良いんだぞ」
 
「どうした?」
 
ビランが目を覚ました。チトはこの騒ぎにもびくともせず眠っている。
 
「サソリだ。捕まえて、瓶詰めにしたよ」
 
マーニーは瓶に入ったサソリをビランに見せた。
 
「こいつは……。猛毒の奴だな。大丈夫か?」
 
「大丈夫だ。誰も刺されてない。キラの顔の上に居たんだ」
 
「ほう。サソリも美人がお好みなのかね?」
 
ビランがキラを見て笑った。
 
「サソリにモテても嬉しくないわ」
 
キラは頬を膨らますと、毛布を畳み始めた。
 
 チトを起こして朝食を摂ると、ニームの木の小枝で歯磨きをした。小枝の先の皮を薄く剥ぎ、歯で噛み砕いてブラシ状にして磨くのだ。木の樹液が天然の歯磨き粉の役割をしていた。
 
 テントを畳むとキャラバン隊は出発した。キラはラクダの上から周囲をぐるりと見渡した。この辺りは僅かだが木や植物が生えている。焼け付く褐色の大地に緑が安らぎを与えていた。ふいに茂みから黄金色の塊が飛び出して、キャラバン隊の前を猛スピードで横切って行った。
 
「マーニー! 今のは何?」
 
キラは叫んだ。
 
「砂ギツネだ! すばしこいから、罠でも使わなければ捕まえられないし、食っても不味いぞ」
 
「別に食べたい訳じゃないわ。砂漠って不毛の地だと思っていたけど、動物も居るのね」
 
キラは砂ギツネの走り去った方を見詰めながら呟いた。

井戸

 昼過ぎ、一行は小さなつるべ式の井戸に辿り着いた。粘土質の地面に深い穴が掘られており、周囲を石で囲ってある。隣に家畜用の大きな水飲み桶が(しつら)置してあった。
 
「よし。着いたな。今日はここで水を補充していくぞ。ラクダ達にも水を飲ませるんだ」   

 マーニーはラクダを降りて指示を出した。チトがつるべを井戸に落とし、ガラガラと引き上げる。水の一杯入ったつるべをビランが受け取って、隣の水飲み桶に開けた。
 
 炎天下、延々二十回もつるべを引き上げ、水飲み桶を一杯にした。マーニーはラクダ達を連れてくると、水を飲ませる。ラクダ達は言われるまでもなく、嬉しそうに水を飲んだ。次は人間用である。
 
 今度はビランがつるべを引き上げた。マーニーは荷物からヤギの皮で出来た大きな袋を四つ下ろして、漏斗(ろうと)をキラに渡す。
 
「これを袋の口に差して、押さえていてくれ」
 
チトが受け取ったつるべから漏斗に水を注ぐ。四つの袋が満タンになると、それぞれ個人用の水筒に水を入れた。
 
「砂漠の真ん中に井戸が有るだなんて、想像していなかったわ」
 
キラは水を一口飲んで言った。
 
「この辺りは地下水脈が通っているのさ。だから地上にも植物が生える。昔から我々キャラバン隊の給水基地だ」
 
マーニーはラクダの首を撫でながら答えた。
 
「他にも給水基地はあるのかしら?」
 
「勿論だ。キャラバンのルートは給水基地を辿るように出来ている。どれだけ給水基地を把握しているかで、優秀な隊長かどうかが決まると言っても良い」
 
「じゃあ、水の心配はしなくて良いのね」
 
「井戸が枯れない限りはな」
 
「じゃあ、お前たちも安心ね」
 
キラはラクダの鼻面を優しく撫でた。
 
「ブヒィーン!」
 
ラクダがぎこちなく鳴いて、首を振る。
 
「それは駄目だぜ。ラクダは鼻面とか頬とかに触られるのを嫌がるんだ」
 
チトはラクダに近寄り、
 
「ラクダはほら、こんな風に首とか脇腹を撫でてやるのさ」
 
言いながら脇腹を撫でた。
 
「そうなの。知らなかったわ」
 
キラは言われた通り脇腹を撫でた。ラクダは気持ち良さそうに目を細めた。
 
 人心地付いたキラは、周囲を見渡した。井戸の向こうに、何かキラキラと光る塊がある。不思議に思って近づいてみると、大きな薔薇の花の形をした鉱石だった。まるで砂糖でコーティングされているかの様に、表面に砂が着いている。
 
「ねえ! これは何かしら?」
 
キラはマーニーに向かって叫んだ。マーニーはキラの所へ歩いていって塊を見た。
 
「これは『砂漠の薔薇』だ。ミネラルが固まって出来るのさ。水の有る所に良く出来る。街では高値で取引されているから、持っていって売ると良い」
 
「綺麗な石ね」
 
キラは袋を持ってきて、砂漠のバラを詰めた。

砂嵐

 村を出て六日目。もうすっかり砂漠にも慣れたキラは、余裕の面持ちでラクダに揺られていた。風景は再び砂だらけの景色へと変わっていた。風に煽られて出来た巨大な小山のような砂丘が、まるで大波のようにうねっている。文字通り、広い青空と大量の褐色の砂以外何もなかった。生命の気配はキラ達だけだった。こんなところに一日でも一人で居れば、気が狂うのではないかと思われた。
 
「まるでこの世の果てね」
 
余りの広大さと何も無さに、キラは思わず呟いた。
 
 ずっと晴天が続いていたが、遠くの空が茶色く濁っているのが見えた。
 
「雨でも降っているのかしら?」
 
キラは呑気に考えた。
 
「皆ラクダを降りろ!」
 
マーニーが叫んだ。マーニーはラクダを円形に並んで座らせると、
 
「砂嵐だ。皆でラクダの円陣の中に入って、座るんだ」
 
と皆を集めた。キラも座り込むと、
 
「通りすぎるのを待つしかない。嵐が来たら、目と口をとじてじっとしているんだぞ」
 
とマーニーは肩を叩いた。砂嵐はもうそこまで迫っている。大気が薄茶色に染まり、風が唸りを上げていた。キラの胸はドキドキし始めた。心臓の音が外にまで響くのではないかと思われた。遂に恐ろしい勢いで強風が砂を巻き上げ、キラ達を襲った。豪々と風が吹き付ける。細かい砂粒が顔を叩き付けるので、ヒリヒリと傷んだ。言われた通り目を閉じ、口をつぐんだキラは、生きた心地がしなかった。ひたすらじっと耐えていると、コンッと何かがキラの体に当たった。痛くはなかったが、不思議に思って手探りでそれを掴み、嵐が通りすぎるのを待った。
 
「もう目を開けて良いぞ」
 
マーニーがキラの肩を揺すった。嵐は通りすぎていた。キラは先程の何かを改めて見てみた。それは巨大な香色(こういろ)の鱗の様だった。砂漠に鱗? キラは首を傾げた。
 
「マーニー。これは何かしら?」
 
キラはマーニーにそれを見せた。
 
「ふーむ。鱗の様だが、こんなに大きな物は私も見たことが無いな。まあ、珍しいものには違いないから、大事に取っておくと良い」
 
キラはポケットにそれをしまった。
 
 

到着

 村を出発して十日目の昼過ぎ。辺りには小麦畑が広がっていた。
  
「こんなに大きな小麦畑、初めて見たわ」
 
キラは驚きと共に周囲を眺めた。黄金色の海の様に、小麦が風に揺られて波打っている。遠くに城壁で囲われた街が見えた。
 
「あれがウルの街だ」  
 
マーニーが指差した。キラは期待に胸をときめかせた。いよいよウルの街へ到着するのだ。
 
 近付いてみると、予想以上に街は大きかった。見上げるような日干し煉瓦の城壁が街を取り囲んでいる。一行は西の門から街へと入った。通りを少し進むと、活気溢れるバザールの色彩の洪水がキラを襲った。緋色や碧や黄色の絨毯、銀食器のきらびやかな輝き、細かな金色の刺繍を施した紫色の衣装……。初めて見る色とりどりの商品に、キラは軽く目眩を覚えた。
 
「凄いわ! こんなに沢山の商品があるなんて」
 
興奮して辺りをキョロキョロと見回す。
 
「私達はここのバザールで商品の取引をする。ここでお別れだ、キラ」
 
マーニーはラクダを降りた。三人もラクダを降りた。
 
「今まで有り難う。お陰で無事にウルの街に辿り着けたわ」
 
「何、荷を運ぶついでだからな。大した手間でも無かったさ」
 
ビランが笑った。
 
「俺は、キラと一緒で楽しかったぜ」
 
チトがキラの背中を叩いた。
 
「私達は二ヶ月おきにウルの街まで来るんだ。街には三日滞在する。帰りも送ってやっても良いから、カラルへ帰る時期になったら、タイミングを見計らってこのバザールへ来れば、私達を見付けられる」
 
「分かったわ」
 
キラは三人と握手して別れた。
 
 
「そうだわ。砂漠の薔薇!」
 
キラは砂漠の薔薇を買ってくれそうな店を探してバザールを歩き回った。通りを歩いている中年の女性に声を掛ける。
 
「すみません。砂漠の薔薇を店に売りたいんだけど、何処に行けば取り扱っていますか?」
 
女性は全身砂だらけのキラを見て、一瞬顔をしかめたが、

「ああ、そういう物なら、この先の宝石店で取り扱っているね」
 
と教えてくれた。
キラは、宝石店を見付けて入ってみた。店頭に磨き抜かれた宝石や、鉱石が並んでいる。
 
「今日は~」
 
「いらっしゃいませ……って、何だ。ここはお前の様な奴が来る店じゃないぞ。店の信用に関わる。帰った、帰った!」
 
店主はキラを見るとさも汚い物でも見るような目付きで追い払おうとした。
 
「いえ、あの……。私はお客じゃないんです。これを買って頂けないかと思って」
 
キラは袋から砂漠の薔薇を取り出した。
 
「おやおや、これはこれは……。ふむ。上物じゃないか。そういう事なら良いんだ。うちで買わせてもらうよ。五万ペタでどうかね?」
 
「良く分からないから、お任せするわ」
 
「よろしい。五万ペタで買わせてもらうよ」
 
店主はニコニコしながらお金を手渡した。
 
「有り難う」
 
キラはニンマリ笑って店を後にした。
 

公衆浴場

 キラは仕事を探すことにした。だが、どうして良いか分からない。道行く中年男性に話しかけてみた。
 
「すみません。仕事を探しているんですけど、何処に行けば見つかりますか?」 
 
「ああ、それなら中央広場に行けば、求人の立て看板があるよ。でも、その成りじゃあね……。広場に公衆浴場が隣接しているから、先ずは風呂に入って砂を落とすことだね」
 
「有り難う」

キラは改めて自分の姿を見てみた。確かに全身砂だらけだ。キラはバザールを抜けて、中央広場へと向かった。
 
 日干し煉瓦で出来た三階建ての四角い建物が並ぶ通りを歩く。村では三階どころか二階建ての建物すら見たことが無かった。キラは感心して建物を眺めながら歩いた。通りを抜けると円形の広場に出た。広場の周りはレストランやカフェがひしめき合っている。一際大きな建物が目を引いた。
 
「きっとあれね」
 
キラは広場に溢れる人を掻き分けて、公衆浴場へ向かって歩き出した。アーチ型の入り口を入ると、受け付けに若い女性が立っている。そうだったわ、街では何でもお金が必要なんだった。キラは宝石店で受け取った巾着を出して聞いた。
 
「幾らで入れますか?」
 
「600ペタになります。石鹸と海綿は御入り用ですか?」
 
「石鹸って、何ですか?」
 
女性は呆れた顔をして、
 
「あなた、一体何処から来たの? 石鹸は体を洗うのに使うのよ。海綿に擦り付けて、泡立てて洗うの」
 
と言ってため息をついた。
 
「はあ。じゃあ、その石鹸と海綿も下さい」
 
「100ペタ追加よ」
 
キラはお金を支払うと、脱衣場へ入った。服を脱ぐと、ポロポロと砂がこぼれ落ちる。服を籠に入れ、お金の入った巾着と、石鹸と海綿を持って浴室のドアを開けた。
 
 灰色の石で作られた広い浴室には、二十人程の女性達が、それぞれ体を洗ったり、水風呂に浸かったりしていた。キラは初めて見る大きな水風呂に驚いた。村では水は貴重だったため、水に濡らした手拭いで体を拭くか、砂風呂に入るかしかしたことが無かったのだ。キラは桶を掴んで浴槽から水を組むと、海綿を浸した。言われた通り石鹸を擦り付けて泡立てる。オリーブの匂いが漂った。泡で体を洗うと、みるみる汚れが落ちていった。
 
「凄いわ。こんな便利な物が有ったなんて」
 
キラは頭の先から足の先まで石鹸で洗うと、桶の水で泡をすすいだ。体を綺麗にしたところで、水風呂に入ってみる。冷たさに一瞬怯んだが、思いきってドボン、と入ってみた。冷水の刺激に身が縮む。慣れてくると、水の冷たさがかえって気持ちが良かった。
 
「あんた、何処の出身だね? 街の人じゃないね」
 
さっきからチラチラとキラを目で追っていた、太った中年女性が声をかけた。白い肌に丸いライトブルーの瞳をしている。髪は明るい栗色だった。
 
「カラルの村よ」
 
「カラル? 聞いたことないねえ」
 
「砂漠の向こうの小さなオアシスの村なの」
 
「そうかね。そんな辺鄙(へんぴ)な所から来たんじゃ、色々大変だろうね。街ではどの辺りに住んでいるんだい?」
 
「着いたばかりで、まだ決まっていないの」
 
「良かったら、家に住むかい? もちろん部屋代は払ってもらうけどね。一月一万ペタでどうかね?」
 
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら?」
 
「決まりだね。私ゃペトラだ。風呂から上がったら、付いておいで」
 
「私はキラよ」
 
「キラか。良い名前だね」
 
ペトラは豪快に笑った。
 

仕事探し

 風呂から上がると、キラはペトラに付いていった。広場から細い通りを少し入った所にペトラの家はあった。一階が食料倉庫や物置で、二階が居住区だった。三階の部屋がキラに割り当てられた。
 
 部屋に入ってみると、剥き出しの日干し煉瓦の壁際に木製のベッドが置いてあり、その隣にやはり木製の机と椅子が有った。入り口脇の壁にはクローゼットが設えてある。部屋の中央にテーブルとソファーが配置されており、小さな窓から陽が差し込んで、板張りの床に光の四角形を形作っていた。
 
「中々良い部屋だろう?」
 
ペトラはうんうん、と頷きながら言った。
 
「ええ。素晴らしいわ」
 
「台所は私と共同だ。先ずは先に一月分部屋代を貰うよ。後は月末に払ってもらう。滞納は無しだからね」
 
「分かったわ」
 
 キラは再び中央広場へやって来た。立て看板の前まで来て、ハッとした。キラは字が読めなかったのだ。近くにいた若い男に読んでもらうことにした。
 
「すみません。私、字が読めなくて。何て書いてあるか、読んでもらえませんか?」
 
「何だ? お前字も読めないのか? 田舎者め。しょうがないな、読んでやるよ」
 
『求む、会計士。ナダレ通り四番地。
 求む、代筆士。アケーレ通り二番地。
 求む、皿洗い。中央広場。レストラン、マカララ』
 
 男はぶっきらぼうに看板に書かれている文字を読み上げた。
 
「有り難う。助かったわ」
 
「おう、字くらい読めるようになれよな。因みにナダレ通りはあの路地だ。アケーレ通りはあそこの小さなカフェの脇の通りだからな」
 
男は言い残して去っていった。
 
 字が読めないから、代筆士は無理だ。会計士とは何をするのか知らないが、取り敢えず行ってみようか。キラはナダレ通りに向かった。通りで番地を訊いて、四番地にたどり着いた。とある建物の中へ入り、大声で人を呼ぶ。
 
「すみません。この辺りで会計士っていうのを募集しているって聞いたんですけど!」
 
奥から男が出てきた。
 
「ああ、それはうちで出した広告だよ。あんたが会計士?」
 
男は胡散臭そうにキラをジロジロ眺める。
 
「いえ、私仕事を探していて。広場で看板を見て来たんです。会計士って、どんなことするんですか?」
 
「どんなことって……。うちはバザールに幾つか店を抱えていてね、そこの売上金や、出費の計算をやってもらいたいのさ。あんた、街の者じゃないな? 何処出身だね?」
 
「砂漠の向こうのカラルっていう村です」
 
「ふーん。字は書けるかね?」
 
「いいえ」
 
「じゃあ、会計士は無理だね。帳簿に書き込んだりしなきゃならんしな。他を当たるんだね」
 
「そうですか……。」
 
 キラはガックリ肩を落とした。後は皿洗いしかない。まあ、皿洗いなら出来るだろう。広場に戻り、マカララの場所を訊いた。マカララは広場に面したレストランだった。大きな木戸を開けて中へ入る。コーヒーや、羊肉や、香辛料の香りが入り交じって鼻に付いた。中央に長テーブルが配置されており、集団客がワイワイ騒いでいる。個別のテーブルも満席で、お洒落した客達が賑やかにお喋りしながら、羊肉の串刺しや、煮込み料理を食べていた。
 
「いらっしゃいませ!」
 
若い男性のウェイターが、キラを見つけて声をかけた。
 
「今日は。皿洗いを募集しているって聞いて来ました」
 
「ああ、そうか。店長!」
 
ウェイターは奥に向かって叫んだ。
 
「なんだね?」
 
大柄の、太った熊の様な男が現れた。色白の肌にダークブラウンの短い髪。紅色のはち切れそうな頬をして、灰汁(あく)色の瞳をしていた。
 
「皿洗い募集の広告を見て来たそうです」
 
「そうか。俺は店長のハデブだ。厨房で、鍋や食器を洗って欲しいんだ。掃除もな。給料は日払いで800ペタだ。明日の朝から来てくれ」
 
「分かったわ。私はキラよ」
 
 キラは取り敢えず仕事が決まった、と喜んだ。
 
 
 
 
 
 


 
 
 

朝食

 翌朝、久しぶりにちゃんとしたベッドで寝たキラは、気持ちよく伸びをして起きた。しばらく天井を眺めてボーッとしていると、階下で何やら物音がする。キラは着替えると下へ行ってみた。
 
 ペトラが外の通路に隣接している水路から、素焼きの壺に水を入れて頭に乗せ、台所まで運んでいるところだった。そうか、街でも朝は水汲みで始まるんだわ、とキラは頷く。  
 
「手伝いましょうか?」
 
「おや、起きたのかい? それは助かるね。台所にバケツが有るから、それで運んでくれるかい?」
 
「分かったわ」
 
キラは台所から木のバケツを掴むと、水路へ向かった。石で囲われた水路の中を勢い良く水が流れている。キラはバケツ一杯水を汲むと、台所の大瓶に開けた。瓶一杯になったら、朝食の準備だ。
 
「私がパンを焼くから、スープを作ってくれるかい?」
 
「ええ、良いわ」
 
キラは苦笑いした。村に居た時と同じだ。
 
「何をニヤニヤしてるんだい?」
 
「村に居た時も、祖母がパンを焼いて、私がスープを作っていたから」
 
「そうなのかい? じゃあ、任せても大丈夫だね」
 
 キラは玉ねぎとオクラをきざんだ。羊肉を一口大に切り分け、鍋で炒めて水を入れる。十分茹でたら、月桂樹の葉を入れ、塩胡椒で味付けした。
 
「よし、パンが焼けたよ。朝食にしようか」
 
ペトラは釜から円形の薄焼きパンを取り出すと、六つに切り分けた。キラはスープを器によそう。
 
「頂きます」
 
砂漠で食べた時の新鮮さに比べればちょっと物足りないが、それでもパンもスープも美味しかった。
 
「やっぱり、一人で食べるより、一人でも人数が多い方が美味しく感じるねえ」
 
ペトラが笑う。そういえば、ペトラは独り暮らしなのだろうか?
 
「ご主人は居ないんですか?」
 
「昔は居たけどね。若い女と一緒になって、出ていっちまったのさ」
 
「はあ……。それは。お子さんは?」
 
「娘が二人居るよ。二人とも嫁に行ってね。今じゃ私独りさ。まあ、あんたがこうして来てくれたから、賑やかになって良いね」


 そう言われると、キラも悪い気はしなかった。よし、毎朝水汲みとスープ作りはしてあげようかしら。そう思いながらスープを口に運ぶ。

 朝食を済ませると、キラはレストラン、マカララヘ向かった。
 

 
 
 
 
 
 

マカララ

「お早うございます!」
 
キラは元気良くマカララのドアを開けた。開店前の店は窓から射し込んだ陽の光で静かに照らされている。掃除をし終わったウェイターの男が二人、テーブルと椅子を並べていた。
 
「よう、来たな」
 
ハデブがニコリともせずに声をかけた。ウェイターの二人の若い男を指差して、
 
「あっちの髪の紅いのがヤキマ、金髪がサシャだ」
 
と紹介する。
 
「お早う! 私はキラよ」
 
「お早う。よろしくな」
 
「よし、じゃあ厨房に来てくれ」
 
ハデブはノッシノッシと歩きだした。
 
 厨房に着くと、二人のコックが料理の仕込みをしていた。二人とも色白で大柄の小太りの男で、片方は赤茶色の髪にライトグリーンの瞳、もう片方はダークブラウンの髪に薄茶色の瞳だった。若い女……と言うより少女も一人居て、こちらは黄褐色の肌に茶色の髪、ヘイゼルの瞳だった。
 
「皆、新しく皿洗いをすることになったキラだ。キラ、こっちの赤茶の髪はマッシュ、黒茶の髪はデニーだ。そして、彼女は皿洗いのミハリだ。皆、よろしくたのむぞ」
 
「はい」
 
一通り紹介を済ませると、ハデブは店に戻って行った。
 
「じゃあ、新人さん。私の指示に従ってもらうわよ」
 
ミハリが先輩風を吹かせて言う。ミハリは皿洗いという下働きにも関わらず、目に鮮やかな真っ赤なチュニックを来て、腕には赤いビーズのブレスレットを着け、耳にはやはり赤いガラスのピアスをしていた。
 
「先ずは、シンクを掃除してもらうわ。このタワシと石鹸を使ってちょうだい」
 
「分かったわ」
 
キラはタワシに石鹸を着けると、灰色の石で出来たシンクを磨き始めた。
 
 店が開店して、客に料理を出すようになると、客が食べ終わった器もどんどん運ばれてきた。
 
「あんたは石鹸着けて洗って。私が濯ぎをやるから」
 
ミハリはそう言うと、シンクの脇に陶器や磁器の皿を置いた。キラは小さな海綿を手に取り、石鹸を着けて泡立てると、皿を掴んで洗い始める。一枚洗ってミハリに手渡すとミハリは、
 
「ああー、ダメダメ。汚れが隅に残っているじゃない。これだから田舎者は嫌なのよね。皿の洗い方も知らないんだから!」
 
と皿をキラに突き返した。二人のやり取りを聞いていたマッシュがプッと吹き出して、
 
「まあ、そう言うな。お前さんだって田舎者じゃないか」
 
と牽制する。
 
「うるさいわね。元はそうだったかも知れないけど、今の私は都会人よ!」
 
ミハリは怒鳴り返した。
 
「とにかく、やり直しよ。ここはあんたの住んでた田舎の台所とは違うのよ。気を抜いてもらっちゃ困るわ」
 
「分かりました」
 
キラは改めて皿を洗い始める。特に汚れがあるようには見えなかった。それにしても、ミハリだって田舎者、とマッシュは言った。ミハリはそれを否定したがっている。大体、格好からしてそうだ。何故ミハリは田舎を否定するのだろう? キラはあの砂漠のオアシスの村が大好きだというのに。

「これで良いかしら?」
 
キラは皿をミハリに渡した。
 
「ふん。まあまあね」
 
 こんな具合にマカララでの日々は始まったのだった。
 

 
 
 

 

 

キラとレグル

キラとレグル

砂漠の小さな村で平和に暮らしていたキラは、病気の母を医者に診せる金を稼ぐため、ウルの街へ働きに行くが、砂漠に追放されてしまう。砂漠でキラはドラゴンのレグルに出会う。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-10-05

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