透明


 《Adagio ゆるやかに》
 この間、紫金山の森の中を散歩していたら熊と再会した。「再会」って言うのは半分合っていなくて半分合っている言い方だ。
紫金山の森、この森をちゃんとした自然だって呼べるかはわからないけれど、でも都会の、ベッドタウンとして宅地造形が繰り返されてきたこの町にはまとまった自然と呼べるものはもうほとんど残っていなくて、中腹辺りが長いローラー滑り台とかジャングルジムとかのある公園として少々拓かれてはいても、わたしにとってこの山と森とは十分にちゃんとした自然だった。紫金山の、麓というのか山の入り口には、吉志部神社という遡れば平安時代から続くらしいそこそこ由緒のある神社があって、紫金山はその鎮守の森にあたる。神社の御社も、江戸時代に建立された歴史ある建物だったけれど、数年前に放火によって焼け落ちてしまったから、今はそれに代わって、見た目は前のままだけれどいやにつるんとした新しい社が建っている。
半分合っていなくて半分合っているっていうのは、わたしがそういう自然の中で熊に会うということは初めてのことだったから、熊と「再会」というのは合っていない。で、合っている半分のところも、「再会」。
わたしが紫金山で会った熊は、山の頂上付近の山道から少し外れたところにある茂み、とはいっても夏の一番鬱蒼としている時期でさえ所々赤茶けた土をのぞかせているくらいで、秋になって草が細りはじめるとそれは一層に露わになって、野うさぎとかきつねとか、そういう小動物さえ隠すには十分でないような茂みなんだけれど、その茂みの中に、熊はいた。紫金山の自然は大抵がそんな感じで、木がたくさんあるわけでもないし、山自体も山道に沿っていけば一時間もしないうちに山の反対側の麓までついてしまうような小さな山で、結局野うさぎもいなけりゃきつねもいなくて、今まで見たことあるのはたぬきかねこかくらいで、ほんとはもっとたくさんの動物たちが暮らしているのかもしれないけれど、熊が出たなんて言って信じてくれるような人はまだ義務教育にも上がらないような子くらいだろうし、この町にそんな人は住んでいない。でも紫金山に熊はいて、熊はわたしを見つけるとむくっと起きて立ち上がり、二メートルはありそうな大きな真っ黒い体を全体に、わたしに見せてきたのだった。
会社帰りの途中にある吉志部神社にお参りして、そのついでに裏の紫金山を散歩する時は、森と一体化する気持ちでしんしんと歩くことが最近のわたしのマイブームだった。そうしてしんしんと歩いていると、本当に森と一体化する瞬間があって、一体化すると、わたしの体、その全部の表面から一斉にわたしの心臓めがけて森が侵食してくる感じになる。まだ心臓まで全部森に侵食されきったことはなかったけれど、たぶん心臓の隅っこ、少しだけ侵食されてしまったことが、一度あった。森の先っぽが心臓に触れた瞬間、心臓から森の方へ、つまりわたしの心臓以外の内臓とか、骨とか、筋肉とか、血液とか、髪の毛とか、爪とか、かつてわたしだったものがある方へ、逆向きにぞわっとした何かが駆け巡った。気がついた時にはわたしは走っていて、紫金山の敷地を飛び出していた。気がついた時には飛び出していたから、ほんとのところはわからないけれど、結構走っていたはずなのに、不思議と息は全く上がっていなかった。でもそれからは吉志部神社へお参りして、そのついでに紫金山の森を散歩する時は、ぞわっとならない程度に、しんしんと歩くことにしている。
熊に会った日もわたしはしんしんと歩いていて、森の中はほとんど枯れかけてきている木々とやせ細った茶色い茂みばかりだったけれど、熊が現れたのはわたしがちょうど少し森と一体化しかけているところだったから、熊はわたしの近づくのに、わたしは熊のいるのに目の前に来るまで気がつかなくて、わたしなんかは熊が立ち上がって全体に真っ黒が見えてやっと、それに気がついたくらいだった。
わたしの目の前に現れた熊は自然の熊にしては毛並みがとても良く、つやつやして鮮やかな真っ黒い熊だった。わたしは自然の熊に会ったことなかったから、自然の熊にしてはって言い方はただのわたしのその時の感想で、それに真っ黒なのに鮮やかってものヘンな感じだけれど、でもちょうどそれは夕暮れ時で西日が熊のその真っ黒いつやつやに当たって、そのつやつやの黒の中には黒だけれど黒じゃないいろんな色が見えて、やっぱり熊はつやつやした鮮やかな真っ黒だった。それでわたしは、熊が突然現れてびっくりはしていたけれど、それは熊にびっくりしていたんじゃなくて、熊の毛のそのつやつやにびっくりしていたんだと思う。
「山田くん?」
真っ黒いつやつやに見惚れながらぼんやりとした声色で、わたしはそう言っていた。
 熊は山田くんで、山田くんは熊だった。
《to Coda Codaへ》

 山田くんとお付き合いしていたのは高校二年生の夏頃から大学三年生の冬までだったから、山田くんとわたしは四年とちょっと、お付き合いしていたことになる。山田くんのことはわたしが初めてお付き合いをした人だったから、よく覚えている。山田くんとお付き合いしなくなった後、わたしは山田くん以外に二人とお付き合いをしたけれど、もちろんその二人のこともよく覚えている。お付き合いするってことはその人にとってとっても大切なことだから、大抵の人はそういう人のことを覚えているだろうし、覚えていないって言う人はきっとその人とはお付き合いしていたっていうことにはならないんだと思う。でもわたしの山田くんのことを覚えているっていうのはそういう覚えているとは少し違うところもあって、何て言えばいいのかわからないけれど、本当の意味で、よく覚えていた。あとの二人はわたしの方から好きになってそれでお付き合いする運びになったけれど、山田くんとわたしとでは、山田くんの方が先にわたしのことを好きになって、お付き合いする運びになった。山田くんとはお付き合いする前からいろんなところへデートに行っていて、山田くんにあらたまって「好きです。僕とお付き合いしてください」と言われた時は、喉を内側からくすぐられるようなヘンな気分になったけれど、男と女とがお付き合いする時は「好きです。僕とお付き合いしてください」と言うのが習わしだったし、わたしも山田くんも誰かとお付き合いするのは初めてだったから、そういう習わしから外れて後々困ったことになるのは本当に困ったことだから習わしっていうものは因襲するからこそ習わしなんだよ、としばらくして山田くんは言っていた。
 あおちゃん。山田くんはわたしのことをそう呼んだ。山田くん以外にわたしのことをあおちゃんなんて呼ぶ人はいなくて、それもそうでわたしの名前は水原奈々、でちっとも‘あおちゃん’らしいところなんてなかった。大抵は水原さんとか呼び捨ての水原とかで、あきちゃんとか女の子の友だちだと奈々と呼ぶ子もいた。たまに奈々ちゃんって呼ぶ男の子もいたけれど、たまにあるのはそれくらいで、山田くんみたいに全然わたしと関係のない名前で呼ぶ人はいなかった。高校のクラスに数人、荒本信之なのに「ゆうと」、とか中井高司なのに「ちゃこ」、とか名前と関係のないあだ名で呼ばれている人はいたから、それはみんな男の子だったけれど、そういう男の子の中での流行りでわたしもあおちゃんになったんだろうくらいに思っていた。
「あおちゃんは初めて見た時からあおちゃんやったよ。あおちゃんのこと最初は水原さんって呼んでたけど、なんかしっくりこんくて奈々でもちゃうし。で、ぱってひらめいたんがあおちゃんよね。今までのつっかかりというかトイレでたちしょんしてる時に真後ろに人に立たれてるみたいな違和感っていうの落ち着きのなさ、そういうんがなくなって、あおちゃんはあおちゃんやったんやなってなってん。あ、ちなみにあおちゃんの表記は全部ひらがなのあおちゃんやからね」
山田くんはいつかわたしが聞くと慌てた感じで、いつもよりお喋りになって、こう言っていた。山田くんなりの理由があってそれを説明してくれたんだろうけれど、山田くんの説明はわたしにはよくわからなくて、あんまり説明になっていなかった。男は論理的で女は情緒的でなんてよく耳にしていたけれど、全然そんなことないじゃん、と思った。
だから、そう言われた後も、家に帰ってから名前について、考えていた。ペットに名前を付ける時、毛が白いからシロ、とか栗色だからマロン、とか目元に斑模様があるからブチ、とか見た目で決めたり、ぴーぴー鳴くからぴーちゃん、とかよたよたと歩くからヨタ、とか見た目じゃないにしても何かその子のわかりやすい特徴で決めたり、ということはよくある。ペットにそういうわかりやすい特徴から名前を付けるのは、やっぱりわかりやすいからなんだと思う。飼い主とペットとは、ほんとはもっと複雑な関係であるべきだと思うけれど、関係が複雑になればなるほど、飼い主にとってペットはペットらしからぬものになっていくから、ペットを飼うような人はそういうのもあって、ペットにわかりやすい特徴から名前を付けるんだと思う。でも人間だとこれが逆向きに働いている。生まれた時にちょろちょろした髪の毛が生えていたから名前がチョロになったって人はいないだろうし、毎日ぎゃあぎゃあ泣くからいつの間にかぎゃあ子に改名されていたなんて話も聞いたことがない。大抵、人に付けられる名前は、名付け親になる人がほんとに一生懸命考えて、だからとても込み入っていたりする。でも快適さと豊かさとを混同してしまっているような人たちは、その人自身本来の複雑さを、ただ複雑だという部分だけを見て、名前の方に収束させてしまって、シンプルに表象化しようとする。そういう人たちは、シンプルに表象化したつもりなのかもしれないけれど、むしろもやもや見えにくくなって、結局何なのかわからない、名前の持つ複雑さをただの装飾であるかのように、そういう使い方をしているということがよくある。わたしの名前は、わたしが生まれてくる前からいくつかの候補があったらしくて、他の候補には由来とか意味とか込められていたみたいだけれど、それでわたし以外の家族、父と母とがたくさん話し合って、それで結局その中で一番語呂の良かった「奈々」に決まった。

昔、母方の祖父母の家で犬が飼われていた。その犬、まいちゃんはほんとにわたしが小さい頃にだけ祖父母の家にいて、わたしが小学校に上がって少ししたくらいでまいちゃんは祖父母の家からいなくなっていた。その代わりわたしが物心つくちょっと前の、周りの物事を、世界を、ある程度はっきりと見られるようになってきた頃には、既にまいちゃんは祖父母の家にいた。だから両親とか祖父母とかと一緒で、まいちゃんがいなくなるまでわたしはまいちゃんのいない世界を知らない世界を生きていた。まいちゃんはたぶんコーギー犬で、脚は短かったし毛は茶色だった。わたしがコーギーっていう犬種があることを知ったのはまいちゃんがいなくなってからかなり後のことだったし、誰に聞いたわけでもないからまいちゃんがコーギー犬だという確証はないんだけれど、もしそうだったとしても、わたしの中でまいちゃんとコーギー犬というのをイコールで結びつけると何だかヘンな感じがする。まいちゃんみたいな犬のことをコーギー犬と言うのは納得するんだけれど、でもまいちゃんはまいちゃんで、独立していた。
まいちゃんは祖母と一番仲が良かったから、小さい頃わたしは祖母のことを「まいちゃんのおばあちゃん」と呼んでいた。小さい頃のわたしは二つより多いものを結びつけるのが苦手で、だから祖母とまいちゃんとのいる家は「まいちゃんち」だった。祖父はというと、祖父母の家には蛙をモチーフにした置物がたくさんあったからか「かえるのおじいちゃん」と呼んでいた。だから祖父のいる家は「かえるさんち」。当時のわたしは「まいちゃんち」と「かえるさんち」とが同じ家なんだとは思っていなかったし、「まいちゃんのおばあちゃん」と「かえるのおじいちゃん」とが夫婦だなんて想像もしていなかっただろう。だからわたしが「まいちゃんち」に遊びに行ったら、たまたまいつも「かえるのおじいちゃん」も遊びに来ていただけなんだと思っていたし、「かえるさんち」へ行った時は、たまたままいちゃんも「まいちゃんのおばあちゃん」も「かえるさんち」にいたんだと思っていた。「まいちゃんち」も「かえるさんち」も実際は同じ家なんだから、家具とか間取りとかしっかり見ていれば、そんなこと意識するとかしないとか、そんなレベルの話じゃないんだろうけど、当時のわたしはそこまで、広く世界を見る、ということができなかった。「まいちゃんのおばあちゃん」の娘がわたしの母で、その娘がわたしで、だから「まいちゃんのおばあちゃん」はおかあさんのおかあさんなんだよ、と母に言われていたけれど、わたしは、もちろんそんなことなんか、理解できなかった。まあこのことについては今でも完全に理解したかというとそうでもなくて、母の母は祖母で、その娘の娘がわたしでというロジック自体はわかっているつもりだけれど、祖母にも、わたしと同じように赤ちゃんから育って今のわたしくらいになって、またそれから今の母みたいになって、またそれから今の祖母になって、という成長過程というか祖母の過去みたいな存在を理解しようとすると、頭の中がむずかゆくなって頭蓋骨を内側からかきむしりたくなる。
まいちゃんの場合はもっと複雑だった。まいちゃんは「まいちゃんのおばあちゃん」としか結びついていなくて、わたしがいろんなものを、三つ以上の物事を関連づけられるようになる前にまいちゃんはわたしの世界からいなくなってしまっていて、それでもってまいちゃんは犬で、「まいちゃんのおばあちゃん」は人間だったから、まいちゃんの記憶を整理しようとすると、こんがらがって、むずかゆくて、混乱して、まいちゃんがコーギー犬だということなんて、全然わからなくなる。まいちゃんはまいちゃんとしてまいちゃんで、独立していた。
まいちゃんがまだ祖父母の家にいた頃、まいちゃんを呼ぶ時は父も母も祖父母もわたしも「まいちゃん」、と呼んでいた。まいちゃんの名前が「まい」に愛称をつけてのまいちゃんなのか、ただの「まいちゃん」なのか、わたしは知らない。祖母の去勢したと言っていた記憶がおぼろげにあるから、まいちゃんが男の子だったってことは知っている。まいちゃんがいなくなってから、まいちゃんの名付け親である祖母にその由来を聞いたことがあるけれど、まいちゃんはまいちゃんだったからと言っただけでそれ以上は何も言わないで、もうすぐ奈々ちゃんも中学生だね、とまだ二年も先のことを言って、記憶の中の祖母は洗濯物を畳んでいる。

まいちゃんはもう十何年も前にわたしの世界からいなくなっていて、その十何年の間にわたしは十何年分大きくなって、数学とか国語とか化学とかとっても難しいことを勉強して、本だって小説くらいならちょっと読むようになって、もう自分のご飯は自分で作るようになった。そして自分のご飯は自分で作るようになる少し前に、わたしは、‘あおちゃん’になった。あおちゃんになってからわたしを「あおちゃん」と呼ぶのは、結局山田くんだけだったけれど、その山田くんが今度は熊になって、紫金山の森の中にいた。紫金山に熊がいるなんて、人が熊になるなんて、それが山田くんで熊だなんて、きっと他の人なら何を言われても理解できないんだろうけれど、わたしなら、‘あおちゃん’なら、理解できるような気がした。そんな山田くんだから、わたしを「あおちゃん」と呼んでくれていた気がした。


《Moderato 中くらいの速さで》
「今日熊にあったよ」
帰宅ラッシュの電車の中、私のスマホに奈々からメッセージが届いた。またわけわからんこと言ってる。そう思ってそれをそのまま奈々に送り返した。
去年の春まで東京勤務だった私には、大阪の帰宅ラッシュの混み具合なんて日本で二番目の大都会といってもたかが知れている。東京に六年程勤めてもう最後の方は感覚が麻痺してしまっていたけど、新卒一年目の半年間は本当につらかった。私は基本的に何でもなめてかかる質で、仕事自体は最初から大したことないと思っていたし、今もそれは変わらない。ただ、人に圧倒された。大阪で生まれて大阪で育ってどっちかというと都会っ子だろうと思っているし、実際都会っ子なんだろう。東京へは学生の頃ちょくちょく遊びに行っていたから渋谷とか新宿とか原宿とかそういうとこは、梅田とか天王寺とか比べても比べようもない街だってことは知っていたし、それにつけても区内ならどの駅でも梅田・天王寺と遜色無い賑わいだってことも知っていた。ただ私には一つ一つの規模を把握できてもそれを全体として俯瞰して見る能力が欠けていた。東京と大阪とが結局「都会」として似たようなもんなんだと思っていたところもあるんだろう。入社したての頃、通勤は行きも帰りも駅へ入ると本当に毎日吐き気に襲われていた。それで一度、少し年上くらいのサラリーマンに車内でをかけてしまったことがあった。それ以来、出勤時は始発近い電車に乗って会社の近くにあるマクドナルドで時間を潰し、帰りもマクドナルドで数時間過ごしてから電車に乗るということを半年間続けていた。そのサラリーマンが少し私のタイプだったことが余計につらかったのを覚えている。そんなことを半年も続けていたから常に寝不足で体調も全く優れていなかったんだけど、その分を仕事で手を抜きまくって、それで取り戻してバランスをとって、なんとかやれていた。今思えば一年目のくせにあそこまで仕事に手を抜いてよく平気でいられたなと思うし、まあその時の私にそんなとこに気を回す余裕はなかったんだけど、周りも周りでなんで何も言ってこなかったんだろうと不思議に思う。でもそんなこともあってか、あっちで採用された一般職の女子社員は基本的にみんな東京でも本社勤務という会社だったけど、去年上司に大阪に転勤したいとそれとなく言ったら、知らないうちにその話が通ってしまっていた。その上司に一般職なのに本当に転勤していいのかと聞くと、前例はないけど六年も勤めたし松本さんだからオッケー、だそうだ。この春、私は大阪に帰ってきた。
「わけわからんくなんかないやい!ほんまに吉志部神社んところに熊おったんやもん」

 《accelerando だんだん速く》
 奈々とは二度、奈良の「シカ公園」へ一緒に行ったことがある。一度目は大学一年の時で、高校卒業後一年浪人していた私は遊びたい盛りで、入学してすぐだったからまだみんなそんなに仲良くもなかったのに、周りを色々と遊びに誘っていた。まあ周りも入学したてで浮かれてはいたし、帰りに梅田へご飯を食べに行くとか大学が休みの日に電車で少し行ったとこにある話題のカフェに行くとか、そういうことにはみんな付き合ってくれていた。でも奈良となると下宿している子だと二時間半はかかる距離で、しかもみんな中学やら高校やらのなんやらで一回行ったことがあると言って奈良には興味なしだった。実際私も奈良は遠いし、まだそこまで仲良くもない子とそういう遠出は厳しいなと思っていた。だからそのことを話題にしたのも数回もないくらいで、特に誰かを強く誘ったわけでもなかったのに、気がついたら奈々と「シカ公園」に行く約束をしていた。
「ななのなは奈良の奈やからねえ」
 二度目は一昨年の秋だった。その時も同じような感じで、一応誘ったのは私だったけど、誘ったというよりも奈良に行く用があるのを奈々に言ったら、私の用事まではついて行かないけどシカ公園には行くというので一緒に行くことになった。私の方はそんなに急ぎの用でもなかったし、どっちにしても久しぶりの関西でゆっくりしようと思っていたから、休みも土日を入れると五日取ってあって、それで初日は奈々に付き合うことにした。
 奈々の言う「シカ公園」というのは、観光客のよく集まる東大寺とかその周辺の芝の広がる鹿と人とが好き好きにやっているとこだけじゃなく、東大寺や春日大社、その後ろの若草山まで全部ひっくるめての奈良公園を「シカ公園」と言っていた。
「若草山のシカはほんまもんのシカやから危ないってのもあるけど、全然人なつこくないからおもんないやろお。一応シカは神様のお遣いやしね。やから誰か人と来る時は東大寺とかそのへんでいいのん、わたし一人やと逆にあんましゆっくりせえへんし。やから松本さんとのシカ公園も新鮮なんよお」
初めて奈良を訪れた時に、奈々はそんなことを言っていた。奈々はそれ以前から「シカ公園」へは結構通っていたみたいで、最近のシカ公園は来るたびに香ばしくなってきているということもその時言っていた。
「それ、観光客に中国の人、増えたからちゃう?」
私が冗談にそんなことを言うと、奈々はじいっと耳を澄ますように目を閉じて、しばらく黙り込んだ。確かに周りには中国人らしきツアー観光客がたくさんいたけど、それで香ばしいというよりは、「シカ公園」は木々と芝と古い建物とが出す湿った匂いで、深緑色になっているって言う方が私の印象に正しくて、私には香ばしさは感じられなかった。
「松本さん。それ、たぶん、違う」
奈々はゆっくりと目を開けて、真っ直ぐに言ってきた。それがあんまり真っ直ぐだったから、奈々の瞳に差し込んだ西日が私に反射して、一瞬、奈々が見えなくなったような気がした。

「あきちゃん、新発見やねん。ちょっと行ってくるね。待っててね」
奈々はそう言うと私を南大門と大仏殿とを結ぶ通りの、真ん中辺りに放っていって、鏡池のある方へ消えていった。その日の明け方は小雨で、朝早いうちは大阪でも冬の訪れを感じさせる秋らしい肌寒さだったけど、午前いっぱいよく晴れていたのでとても良い日和になっていた。こっちでも雨が降っていたのか公園の芝はきらきらと瑞々しく光って、陽の暖かさを一層ゆるやかにしてくれていた。それでとても気持ちのいい日だったから、通りにはたくさんの人がいた。奈々は力強くずんずん私から離れていって、しばらくはそれを目で追っていたけど、いよいよ見えなくなってくると手持ち無沙汰になって、通りにあるベンチに座ってフリーペーパーの地図を眺めながら奈々の戻るのを待つことにした。
「あきちゃーん!」
奈々の遠くで叫ぶような声で、いや、それよりもほんの少し早い、どたどたと地面を揺さぶるような音で、目が覚めた。ほぼ同時に聞こえた二つの音のその方へ目を開くと、一番遠くに奈々がいて、それを先導するかのように鹿が、鹿の群れが、こっちへ向かって走って来ていた。地面を揺さぶっていたその音は、目で見るよりも早く私の鼓膜を大きく揺らした。奈々を先導している鹿の群れだけでなく、私の周りにいた鹿たちも先の鹿の群れに合わせて同じ方を向いて走り始めたのだ。気がつくと通りにいた鹿のほとんど全てが走り出していて、一瞬のうちに目の前の公園からも通りからも鹿がいなくなってしまっていた。
「あきちゃーん!」
さっきよりも大きく奈々の声が聞こえる。私も周りの観光客たちも突然のことにどこか上の空で、走り去る鹿にぶつかられないようにしているほかなかった。
「びっくりしたやろお」
気がつくと奈々がベンチの前に立っている。奈々も鹿と一緒に走ってきたせいか息が上がっていた。それなのに奈々の声は変に間延びして聞こえた。
「へ?」
奈々が二回目の間延びした「びっくりしたやろお」を言った後、私はやっと声を出すことができた。
「びっくりしたやろお」
ベンチに腰掛けながら、少しだけ整った息づかいで奈々はまた同じことを言った。
「なに、したん」
「あのねえ、あきちゃん。、やでえ」
奈々は瞳の奥を輝かせながら、ころころと笑っていた。


《Tempo di Valse ワルツのテンポで》
最近のあおちゃんはだいたい週に一回か二回、紫金山を通る。あおちゃんの家は五月が丘のてっぺんの方にあって、仕事に行くときは亥子谷まで歩いて降りていってそこからバスに乗って駅に行く。帰りはそれを逆にして駅から亥子谷まではバスで、バス停から歩いて登って帰ってくる。でも週に一回か二回、駅から五月が丘のてっぺんの家まで歩いて帰ることがある。その駅からあおちゃんの家までの最短のルートに紫金山がちょうど乗っかっていて、それで紫金山にも週に一回か二回、通るということになるわけだ。その紫金山ではつい最近できた習わしがあった。山に棲みついているツキノワグマ、あおちゃんにとってそれがツキノワグマだろうがヒグマだろうがそんなことは全く興味のあるところではないけれど、と十分程お喋りをするのがつい最近できたあおちゃんの習わしだった。あおちゃんとツキノワグマとのお喋りはお喋りというよりもむしろ演説とかそういうのに近い。ツキノワグマを見つけると口火を切るのはだいたいいつもあおちゃんで、小さい頃の思い出話とか会社での面白かったこととか今やっている仕事のこととかそういったことを五分くらいお喋りする。その間ツキノワグマの方は専ら聞き役で、じっとあおちゃんの話を聞いている。それが終わると交代にツキノワグマの方が話し役になるのだが、その間のあおちゃんはツキノワグマみたくじっと聞き役に回るということはあんまりなくて、ツキノワグマのお腹の黒い毛と胸元の白い毛とをむしって手のひらの上で見比べていたり、辺りに落ちているドングリとかマツボックリとかを集めていたり、それに飽きると集めたドングリとかマツボックリとかをひとつひとつ摘まんで遠くに思い切り投げ飛ばしていたりする。
「そんな熊みたいにグワグワ言ってても全然わからへんよ」
ふざけているのか怒っているのかわからない、そんなことを言ってあおちゃんはいつも帰っていく。

 あおちゃんはこの紫金山に棲みついている熊を山田修治だと思い込んでいる。山田修治はあおちゃんの高校の時の同級生で、高校二年生から大学三年生くらいまであおちゃんと山田修治は付き合っていた。お互いにとって相手が初めての彼氏で彼女だったから、山田修治はつとめて「ふつう」のカップルであろうとした。初めてなんだから「ふつう」なんてわからないはずなんだけれど、山田修治はそういうことに敏感な男で、周りを「ふつう」と言って自分を相対化して視ることは、結局一般化とか抽象化とか良く言っているだけで、山田修治の場合ただその平均値を見ているに過ぎず、確率論的な蓋然性を主観的な偶然として感じとっているだけだった。結局それが何か大きな変化をもたらすということはなかった。

 先に好きになったのは山田修治の方だ。あおちゃんは素朴でシャイな感じの子だったからクラスで目立つような存在ではなかったけれど、たまたま何かの拍子で二人きりで学校が休みの日に遊びに行くことがあった。それまであまり話したこともなかったのにどうして二人きりで行くことになったのか、あおちゃんも山田修治もわけを忘れてしまっていたけれど、そこにわけはなくて、ただ最初から二人で行くということで決まっていたというだけだった。
二人は特に何かしたいということがなかったから、山田修治の提案で、近所にある大きな公園へ行くことになった。秋の公園は閑散としていて、その年の春に隣の遊園地で事故があった影響もあるのだろうか、まあでも元々公園も遊園地もここ数年とても繁盛しているといった様子はなかった。公園全体にはキンモクセイの香りが漂っていて、空はあまりにも薄い青色をした秋晴れで、それに気圧されてかコスモスやリンドウの花はしゅんとして、一方でそれが慎ましくも見えた。あおちゃんの興味は専らシロツメクサにあって、キンモクセイの香りにもコスモスの群生にもぽつりぽつりと落ちるリンドウの花にも見向きもしないで、ほぼ年中咲いているような多年草に、あおちゃんは夢中になるのだった。夢中になっているというのは山田修治の印象で、実際のあおちゃんは時々いる子どもたちに雑じって花冠を作ったり四つ葉のクローバーを探したりというではなく、不意にシロツメクサに吸い寄せられるという感じだった。
「よつば」
さっきまでこっちを向いて話していたのに、突然山田修治の隣からすっと離れて、四つ葉のクローバーを反対側の路傍からむしって、あおちゃんは戻って来た。
「ほんまや、四つ葉のクローバー」
「うん」
あおちゃんはそのクローバーをハンカチで丁寧に包んでポケットにしまった。秋風に合わせてあおちゃんは進んでいく。薄い紫のようなピンクのような色をしたハンカチ。

 山田修治があおちゃんのことを「あおちゃん」、と呼ぶようになったのはそれからだった。透明だから、あおちゃん。山田修治にとってあおちゃんは初めから「あおちゃん」だったけれど、高校で初めて会った時にあおちゃんには既に水原奈々という名前が付けられていて、でもそれで「水原さん」と呼びかけるのは、クスノキに語りかける時にそれに向かって「クスノキ」と呼びかけるような時と同じ違和感を彼は覚えていた。山田修治には生きているもの以外にもひっそりと名前を付けるところがあって、それは小さい頃からの性癖で、幼少期に何度も読んだ『葉っぱのフレディ』という本に起因していた。フレディにはたくさんの友だちがいて、ダニエル、ベン、アルフレッド、みんなそれぞれに名前があって、みんな葉っぱだった。フレディもダニエルも少し聞き慣れない言葉だったけれど、いのちには名前があって名前がそのいのちの是認に大きく寄与しているのだと山田修治は感じていた。いつからか山田修治はそれを逆転させていて、いのちないものに名前を付けていのちを芽吹かせるようになっていった。山田修治は逆転させてしまったけれど、それは循環時間論的で、逆転させたものもそうでないものも、いのちあるものとして結局はを失っていた。山田修治は、名前の無い野良ネコや野良イヌ、いつも使っている鉛筆やお茶碗、草木や石ころ、蛇口から溢れ出る水滴一つにさえ名前を付けていくようになっていった。食べ物や水、自分が身体に取り込んで栄養になって自分になっていくものにまで名前を付けるようになると、山田修治は次第に自分が山田修治ではない何者かであることを自覚していった。


 《Moderate 中くらいの速さで》
 あいかわらず、昼は長い。台風はもう来ない、秋分をまたいで秋雨も過ぎ去っていた。私は昼間が苦手だ。朝起きないといけないとか仕事をしないといけないとかそういうのでなく、太陽が、陽が、苦手だった。だから曇りの日や雨の日の昼間はまだまし。だからといって晴れの日の憂鬱が目に見えてひどいというわけでもなかった。だけど今は秋本番、冬が待ち遠しい。それで私の得意が冬と言うなら、奈々の得意は秋だった。秋は恋の季節だそうだ。「シカ公園」の鹿も秋に発情して、松虫とか蟋蟀とか童謡にもなっているくらいだから。でもそんなことを言うと、夏は蝉がぎゃんぎゃんうるさいし、色んな花が咲く春は花の恋の季節じゃないか。
「あきちゃんはあきちゃんのくせに冬が好きなんやねえ」
一本煙草に火を点けて、ゆっくりと水を飲む。残暑ももうないし、無料のサービスとはいえこの季節氷の入った水を提供するのはどうかと思う。
「いや、私、明るい子の明子やから」
 熊は、まだ紫金山にいるらしい。奈々と私とは隣の町に住んでいたけど、私は奈々に聞くまで紫金山なんて山、聞いたことがなかった。隣の町とはいえ住んでいる市が隣合っているだけで、最寄りの駅は二つ違うし、字で言うと三つか四つ離れているから、正確には隣の町ではない。だから他所の細かい地名を知らないなんて当然と言えば当然だった。それでもこんな都市部で熊が出たなんてことになったら噂話くらいは耳にしそうなものだけど、奈々以外からその話を聞くことは今のところなかった。私も奈々のその話を誰かにすることはなかったから、そんなもんなのかもしれない。
「でも明るい子の明子やからって冬が好きな理由にはなってないよお」
ちべた、奈々はそう言ってコップをつかんだ方の手に息を吹きかけながらこすっている。
「別に明子やから冬が好きとか言ってないやん。それやったらあきちゃんやから秋が好きってのもおかしくなるで」
「そっかあ」
ちべた。奈々は紙おしぼりで丁寧にコップについている水滴を拭きとってから、また水を口にする。
「そんな冷たいんやったら飲まんかったらええやん」
笑いながら私はぼんやりと窓の外を見た。銀杏並木は半分はげ落ちていて、道路が所々黄色く染まっている。喫茶店は、空調を消しておくか暖房にするか迷った挙句点けることに決めたような中途半端な室温で、店員が通るたびに私の吐いた煙を巻き込んで生ぬるい風が吹く。冬が、近づいていた。

 私の行った時には熊はいなかった。奈々がちょこちょこ熊の話をするから気になって、奈々の家へ泊りで遊びに行くことにして紫金山を通ったのだった。
「そんな毎日ずっとおるわけないやん。あきちゃんだってお家に毎日ずっとおるわけやないやろお」
そう言われて納得しかけた頭を、もう一度整理する。
「人と熊とはちゃうやろ。どっか買い物に行くわけでもないやろし」
買い物かあ、買い物ねえ。その後の奈々の言った言葉は、コーヒーメーカーの出すごうっという音にかき消されて、聞こえなかった。窓から西日が差し込んでくる。周りにここより高い建物ないからと言って、奈々はいつもカーテンを開け放っている。今日は閉めているみたいだったけど、窓も、冬場でも開けっ放しということはよくあった。
「あきちゃん、もうすぐお誕生日やねえ」
わたしが来る途中に買ってきたコンビニプリンを食べながら奈々が言った。プリンとコーヒーとは正直、合わない。奈々は自称イタリア通で、奈々の淹れるコーヒーはいつもエスプレッソで、とても苦い。だから私は先にプリンを食べ終えてしまってからエスプレッソを飲んでいたけど、奈々はプリンをつまみながらエスプレッソを飲んでいてそれで平気でいる。
「二十代も最後かあ。私、完全に行き遅れてるよね」
 西日が奈々の部屋を満たす。見晴らしのよくなっている窓に眩しく目を向けながら、エスプレッソを飲む。奈々の影が、時折消えて見えなくなる。
「あきちゃん行き遅れてるう」
「奈々も一緒やろ!」
 二人で笑い合って、それから私たちはいそいそと夕飯の支度を始めた。

 誕生日クライシス。この言葉を知ったのはつい最近のことだ。誕生日の前後一か月くらいに体が勝手に体内時計のズレを調整しようとして、体調が悪くなったりツイていない思うことが多いように感じたりといった風に、体と心とが不安定になってしまうことを言うらしい。今までそんなこと意識していなかったけど、一年後の三十というのを意識したせいかこのところ体の不調を感じていた。病気じゃないと思うんだけどなんだか調子悪い、そんなことを同僚の杉原君に漏らすと、それ誕生日クライシスやろ、と言われた。
「まあ鈍感な人はそんな概念あってもなくても同じなんやろうけど、松本さんも三十路を前にして繊細になったいうことやろ」
 どんどん肩身の狭くなる会社の喫煙スペースで赤マルを咥えながら杉原君が言う。杉原君は少し私と似て、仕事に不真面目なところがあった。日本の会社員全員が日々とめどなく真剣に仕事に取り組んでいるというとそんなことないと思うんだけど、それにしても私とか杉原君とかはかなり不真面目な方なんだろうと思っている。毎日なんだかよくわからない企画書を作ったりそれを整理したり、松本君の淹れるお茶は美味いとかそんなことで褒めそやすバカな上司はさすがにいないけど、それでも自分のやっていることが社会とか世界とか見た時にあまりにも微細過ぎて、やる気なんて出るはずもない。
「失礼やなあ。今までだって繊細な乙女でしたよ」
 お酒は二十歳を過ぎてから、は少しフライングしたけど、煙草を吸うようになったのは二十四の時だった。きっかけはなんだったか、忘れてしまった。でもそれ以来ずっとアメスピの黄色が私の愛煙の銘柄だ。特に煙草でどうとか良くも悪くも感じたことはなかったけど、良くも悪くも何もないものだからこれを機に禁煙しようかと思っていた。健康のため。と、三十手前で煙草を吸っている女は正直かなり世知辛い。煙草をやめたら女が上がる、じゃなくて、煙草をやめないと女に上がれない。
「禁煙はムリやて。もう結構ずっと吸ってんねやろ。ムリムリ」
「鈍感なブ男には無理やろうけど、私は繊細な乙女やからね」
 そう言って、もう一本、火を点ける。

「吉志部神社にお参りしい。吉志部神社はちゃんと神様おるから。わからんけどあきちゃんのお願いやったらたぶんきっと、聞いてくれるってえ」
 不調が続いて仕事をきっちり一週間休んでしまった。風邪は水曜にはほとんど治っていたけど、そこから何するにも億劫に感じて結局今週いっぱい出社することはなかった。ソファから滑り下りて、ラグマットに直接腰を下ろす。スマホもスピーカーにして円卓に置いた。
「わたし明日もあさっても暇やから付き合うよお」
 奈々の声は部屋全体に静かに広がり響いて、誰にも気づかれないように小さく窓を揺らす。
「熊、山田くんの熊、おるかなあ」
「おるよお。わたし行くときいっつもおるからあ」


 《Tempo giusto 正しい速さで》
 あおちゃんが松本さんを連れて紫金山に来た。高く薄く雲のかかる空は、いつもより遥かに美しく、青く染め上がっていた。二人は産業道路から続く吉志部神社の参道をきちんと通ってきて、入念にお参りした。二礼二拍手一礼。鳥居をくぐる時は頭を下げ御手洗ではきちんと濯いで、松本さんもあおちゃんに半拍遅れてきちんとしていた。
「あきちゃん元気になるといいねえ」
 山道を上がりながらあおちゃんが言う。松本さんはコナラの枝を手に持って、下を向いて歩いている。
「私、山田くんに会ったことあったっけ」
 松本さんの顔を上げた先にはあおちゃんはおらず、枯葉の散らばった道が続いている。
「どうかなあ。会ったことなかったんやなかったかなあ」
 そっか、そう言って松本さんはまた下を向いて歩き出す。
 二人がツキノワグマに出会うことはなかった。探しても見つからなかったんじゃなくて、山を登っている途中で松本さんが腹痛を訴えてしばらく動けなくなってしまったのだった。松本さんが落ち着いたらすぐに下山して、二人はあおちゃんの家に向かっていった。ツキノワグマはあおちゃんが来ていることも松本さんも一緒だということも知っていたけれど、松本さんが腹痛を起こすことも知っていて、わざと山頂の木陰に隠れてじっとしていた。風が山を、森を、波立たせる。紫金山の頂上からあおちゃんの家は、少し見えにくかった。

山田修治は、一度だけ松本さんと会ったことがある。松本さんが大学一年の時、遊びたい盛りだった時に、岡本にあるカフェで二人は会っていた。松本さんは大学の友だちと来ていて、山田修治は一人でカフェにいた。その頃はちょうどパンケーキが流行し始めた時で岡本にも数件そうしたパンケーキを売りにするカフェも出てきていて、だから松本さんたちも当然パンケーキを注文した。店の外装にも内装にも、運ばれてきたパンケーキにもいちいち大きくリアクションをする友だちに、松本さんは少し辟易していた。そうはいっても自分で誘った手前、友だちだけをはしゃがせておくわけにもいかなかったから、松本さんも一応声を上げたり写真を撮ったりはしていた。まだスマホも普及する前だったから、今みたいに何をしに来ているのかわからないようなことをするということはなかったけれど、きっとこの友だちが今女子大生をしていたら、そういう風に生きる女の子になっているんだろう。
 パンケーキはとても美味しそうだった。今のほど着飾ってはいなかったけれど、生クリームが少しとブルベリーを数個ちりばめたそれは、質素だけれど女子大生の憧れの詰まる食べ物だった。山田修治はパンケーキを横目に、ブラックコーヒーとミルクレープとのケーキセットをつまみながら、ランドル=コリンズの本を読んでいた。
「なんかかっこいいよね」
 松本さんの友だちが顔を寄せてつつめいた。松本さんが不思議そうな表情でいると友だちは、ほらと言って視線を動かす。
「あ、ほのかはああいうのがタイプ?」
 松本さんたちは小声で話していたけれど、山田修治はさっきから一文も読み進められていなかったし、それでなくとも客席の間隔は五十センチあるかないかくらいで小声であっても隣の会話を聞くなという方に無理があった。
「難しそうな本ですね」
 山田修治はあいかわらず本に目を伏せていたけれど、お互いの席の間には生ぬるい空気が流れていて、松本さんの友だちにはその澱みを震わせるくらいの気概があった。
《Da Capo 最初へ戻る》


《Coda》
《Tempo primo 最初の速さで》
 体調は優れないままだったけど、さすがにこれ以上休むのは私でも気が引けたから月曜からはいつも通り出社した。微熱くらいの方が案外仕事は捗って、普段なら午前いっぱいちんたらかけているような業務も十一時を回る前には終わってしまっていた。それから午後の業務に取り掛かってもよかったんだけど、仕事を少し早く終えられて気分良く、でも体はあいかわらずだから労わってあげないといけないってことにして、早めの休憩を取ることにした。昼はいつもコンビニか近くの定食屋で済ませていたけど、今日は普段なら絶対行かないヴィーガンのランチをやっているとこへ行ってみようかという気分になって、オフィスビルのエントランスに出たところで、杉原君が追いかけてきた。
「今日、休憩、早くない?」
 エレベータじゃなくて階段で駆け下りてきたんだろうか、杉原君の息はかなり上がっている。
「まあね、そっちこそ早いやん」
「いや、俺はまだ、休憩やないねん。ただ松本さんが出ていくん見えて、なんやおもて、追いかけて来てもうた」
 杉原君はぜえぜえ言いながら笑っている。エントランスの自動ドアから秋風がなだれこむ。私は杉原君の呼吸の整うのを待って、会話を休めながら歩いた。
「休憩ちゃうのにどこまでついてくんの? 今から私ヴィーガンランチ行くねんけど」
「ヴィーガン? 何それ。俺も行くわ」
「え、休憩ちゃうんじゃなかったん」
 ナンキンハゼの落ち葉がかさかさと音を立てて転がっていく。まだ色づいたままの落ち葉は、踏むと足の裏がしんなり柔らかい。
「やっぱり今から休憩ってことにした」
 杉原君はそう言うのが早いか、胸の内ポケットから社用の携帯電話を取り出して電話を掛けていた。
「まあ一応、ね」
 ヴィーガンランチ、一人で行く気分やってんけど。そう言いかけて、やめた。今日は曇り空だった。

 今週は休まずに毎日会社へ行ったけど、むしろ体調は悪くなる一方だった。
「おかしいなあ。吉志部神社の神様、あきちゃんの言うこと聞いてくれへんかったんかなあ。もう病院とか行った方がいいんかもねえ」
 奈々にしては案外まともなアドバイスが返ってきた。何となく気だるい感じが二、三週間続くくらいで病院は大袈裟な気がするけど、微熱だったり頭痛だったりの症状もあるから病院へ行った方がいいのかなと私も思っていた。
「奈々が病院行けなんて珍しいね。いつもやったら百度参りするしかないとか、湯船ん中でじっと頭ん中散歩しろとかそんなこと言うのに」
 あいかわらずこの喫茶店は、しっかりと冷え切った氷水を提供する。ま、私もアイスコーヒー頼んでるんだけど。
「それは試験とか就活とかん時の話やろお。今のあきちゃんとは全然ちゃうやん。神様にだってできることとできひんことくらいあるんやでえ」
「え、今の私って神様でもどうしようもないってこと? それってもうほんまにどうしようもなくない?」
 奈々はもう水を飲まない。私の吐き出した煙が、天井まで上がってぶつかって広がって消える。
「違うよお。神様がどうしようもない時のために病院があるんやから。あきちゃんは病院行きい」
「なんやそれ。一緒やん」
でもまあ病院には明日行きまーす、そう言うのと同時に私たちのテーブルにアイスコーヒーが運ばれてきた。奈々の前にはホットのココア。カップからはゆるい湯気が出て、湯気は喫茶店の天井に届く前に、消える。あちっ、奈々は急いで氷水の入ったコップに手をやって冷やす。そしてまた、あちっ。


《Andante 歩くような速さで》
「産婦人科 行ってきた」
仕事終わりにスマホを見ると、あきちゃんからメッセージが届いていた。産婦人科、行ってきた。産婦人科。行ってきた。あきちゃんからのメッセージを頭の中で、何度も繰り返した。あきちゃんへすぐに返事はしなかった。数十分間電車に乗って、ぐるぐるぐるぐる。電車に乗って数十分間。すっかり疲れてしまった。今日もお仕事頑張ったし、でも、ぐるぐるぐるぐる。数十分間電車は揺れて。数十分間、電車は揺れる。

《Adagio ゆるやかに》
吉志部神社にほんとに神様がいるって思い始めたのは、シカ公園に通い始めた頃だった。吉志部神社に神様がいるって思い始めたのとシカ公園に通い始めたのと、どっちが先だったのか、たぶん吉志部神社に神様がいるって思い始めたのが先だった気がする。それで全然関係ないけれど、シカ公園にも通い始めたんだったっけ。吉志部神社の神様は、今まで一度もわたしのお願い事を叶えてくれたことはなかったけれど、あきちゃんのお願い事も聞いてくれなかったけれど、きっとわたしのこともあきちゃんのことも幸せに守ってくれているんだろう、とわたしは思っている。
わたしと吉志部神社とは、小さい頃から初詣は吉志部神社へお参りっていうのがわたしの家族での習わしで、でもそれは実家から一番近い神社が吉志部神社だったってだけで、それだけだった。わたしは初詣以外、吉志部神社じゃなくっても他の神社でもお参りするような習慣はなくて、氏神様、とかそういう考えはなかった。吉志部神社に神様が現れたのは、といってもわたしが勝手に現れたって思っているだけでほんとはそれより前からずっと神様は現れていたのかもしれないし、わたしの勘違いでもしかしたらほんとは吉志部神社に神様なんて現れていないのかもしれないけれど、それはわたしが小学校五年生の時だった。それまでは習わしに従って初詣のお参りをしに行くだけの神社だったけれど、五年生の時、当時入っていたバレーボールの課外クラブでの大事な試合のある前日に願掛けのつもりで吉志部神社へ行ったら、神様がいた。神様はわたしの目の前にお見えになったわけでも何か啓示を授けてくださったわけでもなくて、ただ、いた。あ、いる、とわたしは思った。結局バレーの試合は負けてしまって、吉志部神社の神様は最初からわたしのお願い事聞いてくれなくて、神様の役立たず、とわたしは憤慨した。それでもお礼参りはきちんと行きなさいと母は言った。お願い事聞いてもらえなかったのに何のお礼をすればいいのかわからんのやけど、そう思いながら、でもわたしはきちんとお礼参りへ行った。お礼参りの時も山の麓の鳥居をくぐると神様はちゃんといて、なんだほんとにいるんじゃん、とわたしはまた憤慨した。けれど御社の前に立った時には、憤慨していたことも、バレーの試合に負けたことも、お礼参りのために来たんだってことも、全部忘れてしまっていて、ただぼうっと手を合わせていた。

あきちゃんは男の人からモテそうな感じだ、とわたしは思っている。モテそう、ではなくって、モテそうな感じ。高嶺の花、ってみんなから言われるような美人というわけではないけれど、あきちゃんは凛としていて、傍から見ればなんでもできてしまいそうな頼りがいのある女の子だから、もちろん眉目悪いわけでもないし、やっぱりあきちゃんはモテそう、で、高嶺の花、かもしれない。
わたしはあきちゃんに男の人とお付き合いしていた時があったのを、二回知っている。知っている、というだけでわたしはその二人の男の人に会ったこともないし、写真を見たこともなかったと思う。名前はたぶん聞いたんだろうけど、忘れてしまった。あきちゃんはそういうこと、わたしにはあんまり話してくれなくて、お付き合いしている人がいた時もそういうきちんとした報告みたいなことはなくて、なんとなくあきちゃんの話を聞いて今はきっとお付き合いしている人がいるんだなあ、とわたしが勝手に思っているだけだった。
あきちゃんへはまだ返信しないまま、駅から吉志部神社へ続く道を歩く。今日は小春日和で、紫金山の森には薄紫の小さな花が一輪咲いていた。その薄紫の小さな花は春先によく咲いている花で、今咲いているこの花は、狂い咲き、と言うんだろうか、独りぽつんと咲いていた。高嶺の花、あきちゃんに似ている。薄紫は低木に咲いていて、そもそも紫金山に高峰とか高嶺とかそう言える頂なんてないから高嶺の花はヘンだけれど、薄紫は、孤高の、高嶺の花だ、とわたしは思った。
薄紫の、その向こうに、つやつやした鮮やかな真っ黒がのっそりやってきた。
「あきちゃん産婦人科なんだって」
あきちゃん産婦人科なんだって、山田くん。心の中でもう一度そう言って、ぺったりとその隣の茂みに腰掛けた。あきちゃん赤ちゃんできたんかなあ。それやったらうれしいなあ。お相手は誰なんやろうねえ。あきちゃんとそういうお話あんまりしいひんし、あきちゃんって前からあんまりそういうお話しいひんからねえ。わたしの知らへん人なんやろうなあ。あきちゃんの赤ちゃんやからきっとしゃんとしたかわいい赤ちゃんなんやろうなあ。男の子かなあ。女の子かなあ。あきちゃんの赤ちゃんってヘンな感じやねえ。あきちゃん、あかちゃん。女の子やったらわたし、うんとかわいがってあげる。赤ちゃんがおっきくなったら、あきちゃんとあきちゃんの赤ちゃんとわたしとでお洋服買いに三人でお出かけとかしたいなあ。男の子やったら、男の子はやっぱりちょっと苦手やなあ。でもあきちゃんの赤ちゃんやからやっぱりうんとかわいいやろから、うんとかわいがってあげちゃうんやろなあ。産婦人科、お腹の子宮とかのガンとか、あきちゃん、そんな病気じゃないよねえ。そやったらわたし、吉志部神社、毎日くるよお。治りますようにって。したらきっと治るよねえ。吉志部神社ちゃんと神様おるもんねえ。


《Tempo giusto 正しい速さで》
「ほのか、何言ってんの。すみません」
「あ、いえ」
隣で本を読んでいた男の子は私たちと同い年くらいだろうか、少しだけかじられたケーキとカップ半分くらいになったコーヒーがテーブルの上に置かれていた。
「?」
水を得た魚。まあこの場合、水の方も自分で獲得してしまっていたけど、ほのかは弾みがつくととりあえずそのまま突き進んでいくタイプらしい。私はこのまま終わらせようと、わざと向かいの壁に掛かけられている大きな額に描かれていた文字、みたいなものを眺めているふりをした。
「あき、知ってる?」
「え、わたし? えっと、聞いたことないかも」
ふりのつもりが、額の文字は、文字なのか、とにかく漢字でもひらがなでもなくて、少し上の空になりながら、ほのかに返事する。男の子はゆっくりと栞を挟んで、ゆっくりとそのの本をテーブルに置いて、私たちの方へ向き直った。
「ランドル=コリンズ。この人社会学者なんで興味がなかったらおもしろくないし、正直俺もよくわかってないですけど。でもこの人一冊しか知らないけど小説も書いてはって、シャーロック・ホームズの。それはまあ面白かったし、ふつうに誰でも読める、本もありますよ」
シャーロック・ホームズ。小学生の時に二、三冊読んだことがある。でも作者はコナン=ドイルじゃなかったっけ。
「シャーロック・ホームズやったら知ってますよ。ホームズとワトソン君と、そんな話ですよね。でもシャーロック・ホームズってコナン=ドイルじゃなかったでしたっけ?」
ほのかが私の疑問を代わりにぶつけてくれた。額の文字は、相変わらず何なんだかわからない。額ははっきり見えているし、目も悪くはないのに、その文字にピントを合わせられない。文字を見ようとすればするほど、もやもやして、頭の中も定まらない。コナン=ドイルは、私みたいな小学生でも読めてしまうような推理小説だからか、具体的には忘れちゃったけど、私が読んだ数冊は、読み進めていくと薄々というかもうはっきり犯人がわかってしまって、そういうのもありなんだろうけど、どんでん返しとか意外性とかそういうのがなくて、面白味に欠けるな、という印象だった。
「シリーズ自体はそうですけど、ランドル=コリンズはその外伝的な感じでシャーロック・ホームズのお話書かれてるんです」
今の推理小説は科学とか医学とかがトリックに組み込まれているから、専門家でもないとその整合性なんてわからないし、まして数あるヒントを基に犯人を導き出すなんて私にはできない。百年以上前の本がいまだに「名探偵もの」の代表格にあるってことは、当時からすればかなり前衛的だったんだろうし、読み進めながら犯人がわかるように手がかりをちりばめているというのは、逆にかなり高度な文章なんじゃないかと最近は思うようにもなっていた。
「へえ、いろいろお詳しいんですね」
「詳しいと言うか、ね。世の中のこと、知ってることと知らないこととやったら、圧倒的に知らないことの方が多いですからね。ちょっとでもたくさんのこと、知っておきたくて」
私の前にはあと二口か三口ほどのパンケーキが残っていたけど、ほのかと男の子とが話していて食べづらくて、それに運ばれてきてから時間が経ってしまって、パンケーキは無機質になって、食べてもゴムを噛んでいるような味しかしない気がして、食べる気なんて失せてしまっていた。

夜遅くなってから、奈々からの返事が来た。
「あきちゃん赤ちゃんできたん?」
最近の奈々は妙にを帯びているような気がする。この前の病院へ行けというのもそうだし、この返事だってそうだ。奈々、らしくない。他の友だちだったらそれが普通なんだと思うんだろうけど、私の中で奈々はそれよりももう少しずれた世界と言うのか、奈々の歩いている道は私たちとは別にあって、その奈々の道が交差した時にだけ、ピントが合って、でもピントを合わせているのは私たちだけで、奈々は全然違う方を向いて真っ直ぐに歩き続けている、奈々はそんな感じなんだと私は思っていた。だから奈々の最近の言動があまりにも私へ直接に向いているように思えて、すごく違和感があった。紫金山の熊、山田くんの熊に会ってから、奈々はそんな風に、現実を帯びてきた気がする。都市のど真ん中で熊に会って、それを元彼の山田くんだというのは、奈々らしい部分でできていたけど、以来それ以外のところが全く奈々じゃなくなってしまっていた。
ゆっくり話したいから今度また会った時に言うね、あともう煙草やめたよ、そう返してスマホを枕元へ置いた。スマホの画面の小さな明かりでも消えてしまうと、目が慣れるまでの少しの間、部屋は真っ暗闇になって、何にも見えなくなる。目が慣れて、部屋の天井とかそれにぶらさがる照明とか余計なものを見てしまう前に、私は目を瞑った。ゆるい風が吹いて窓がほんの少しがたごと音を立てて揺れる。その音に紛れ込んだ湿った翠色の匂いが部屋へ広がっていく。


《Meno mosso それまでより遅く》
熊じゃない山田くんと、旅行する夢を見た。山田くんとお付き合いしていた頃、二人で小さな遠出はたくさんしたけれど、旅行って言えるような大きな遠出をしたのは一度きりだった。大きな遠出は、四国。大阪から四国、だから、そこまで大きな遠出ってわけではないけれど、山田くんと泊りがけでどこかへ行ったのはそれくらいだったから、山田くんとわたしとにとって大きな遠出と言えば四国旅行だけだった。ほんとはお遍路したかったけれど、三泊四日だったしさすがにそれじゃお遍路は無理だから、旅の初めに一番札所の霊山寺に、最後に大窪寺に、二か所行ってお遍路はそういうことにして、あとは四国の観光名所を転々とした。点と点とを結ぶのは線だけれど線を円にするのは線の両端を繋げる点だからとりあえずは両端をしっかりと離さないで握っておけば線は宙ぶらりんになるけれど構いやしないんだよ、と言って山田くんはわたしと自分自身とを納得させていた。宙ぶらりんの線、縄跳びみたいやね、わたしが言うと、山田くんは神妙な面持ちでゆっくりと頷いていた。

夢の中でも四国を旅行していて、でもかずら橋とか室戸岬とかほんとは山田くんと行った所じゃない所も山田くんと旅行していた。
わたしがかずら橋をゆらゆら渡っていると、わたしより前を渡っていた山田くんが呼び止めた。
「この橋、あおちゃんは渡ったらあかんよ」
 わたしはゆらゆらしながら足を止めて、山田くんを見た。足を止めてもわたしはゆらゆらしたままで、ゆらゆらはわたしと一緒には止まらなかった。
「でもかずら橋だよお。かずら橋は橋やから、橋は渡らんと」
「あおちゃんはこの橋、ゆらゆらで隙間だらけで怖くないん?」
「ゆらゆらと、橋がすきっ歯なのはちょっと怖いけど、橋やからやっぱり渡らんと。橋の向こう側は橋の向こう側にしかないんやからあ」
わたしは叫ぶようにして言う。
「橋の向こう側。あおちゃんは橋の向こう側、見たいん?」
山田くんはわたしの前方からすうっと消えて、そしてまたすうっと今度はわたしの隣に現れた。わたしはすうっと現れた山田くんにびっくりして、足を、橋から踏み外してしまった。と思いながらわたしは祖谷渓へ落っこちていった。かずら橋はすきっ歯の橋だけれど生まれてから何十年も育ってきたわたしがすっぽ抜けちゃうくらいのすきっ歯じゃないのに。――あおちゃんは橋の向こう側、見たいん? わたしは落っこちながら、山田くんはまた同じことを言う。橋の向こう側。かずら橋はそんなに高くないはずなのにわたしはなかなか谷底へつかない。ゆっくりゆっくり谷底へ、ゆっくりゆっくり落っこちる。とっくに谷底へ落っこちているはずなのに。橋の向こう側から見ている人がいたらきっとわたしはふんわり綿毛みたいに落っこちていっているように見えるんだろうな。足先をえいっと突っ張ってみる。それでも谷底へはつかなくて、わたしは何度も何度もえいっと足先を突っ張った。えいっと何度もしていたら、足が疲れちゃって突っ張れなくなって、体がだらんとして、わたしはしどけなく宙を舞う。

山田くんとわたしは金刀比羅宮から奥社の厳魂神社へ続く参道を登っていた。
「結構遠いねえ」
「奥社やからやっぱりうんと奥にあるんやろうな」
本宮の方はまだ町の音とか匂いとかしていたけれど、奥社へ続く参道にはもうそういうものはちっともなくて、森と山との匂いがみっちり広がっている。山田くんはしっかりとした足取りで、時々わたしを置き去っていく。十メートルくらい置き去って、わたしがいないことに気がつくと山田くんは立ち止まって、少し先でわたしを待ってくれている。山田くんがわたしを完全に置き去って行ってしまうことはなかったから、わたしは安心して、ゆっくりと山田くんを追いかけた。
「しゃくとりむしみたい」
「え、なにが?」
「わたしと山田くん」
山田くんが頭でわたしがしっぽ。わたしはしゃがみこんで、落ちていた枝で地面にぐにゅぐにゅ描いて解説した。踏み固められた地面は、踏み固められた分だけかちこちで、ぐにゅぐにゅ描くのと同じ分だけ枝は白く削られていく。山田くんが進んで止まってわたしが追い付いて。また山田くんが進んで止まって、追い付いて。山田くんは立ったまま、わたしの描くぐにゅぐにゅとどんどん出てくる枝の削り節とを、上からのぞき見ていた。
「シャクトリムシは成長したら蛾になるねんで」
 山田くんもわたしの横にしゃがみこんで、枝の削り節をふうっと吹いた。削り節は山田くんの息に舞い上がって、参道に吹く通り風にもっともっと舞い上がって、森と山との匂いがツンとした。
「蛾?」
「うん。そう、蛾。白くて大きい蛾」
「蛾は蝶々とはちゃうん?」
「あおちゃんは蛾と蝶と、どっちが好き?」
 山田くんはもうしゃがみこむのに疲れたのか、立ち上がっていたけれど、わたしは相変わらずしゃがみこんで、さっきの木の枝でぐりぐり地面に小さな穴を掘っていた。
「んー、蝶々の方がひらひらきれいな感じするから、蝶々の方が好きかなあ」
「あおちゃんは蝶々の方が好きなんか。ガもチョウも、生物の分類では同じ所に分類されるらしいんやけど、てことは蛾と蝶の違いは、あおちゃんの好きな方が蝶で、あおちゃんの好きじゃない方が蛾ってことやね」
「一緒やけど違うってことで、違うけど一緒ってこと?」
 二センチくらい穴を掘ると地面はいよいよかちこちになって、それでも掘り続けていると、枝がぽきんと折れて、枝がぽきんと折れた拍子でわたしは山田くんを見上げた。
「先入観とか色眼鏡とか偏見とかそういうことやね。一緒やのに違うように見えるのも、ほんまは違うのに一緒に見えるのも、先入観とか色眼鏡とかそういう風に言うんやろうね」
 山田くんはそう言うと、折れて穴にはまってしまった方の枝を拾い上げて、注意深く山すその方へ投げ飛ばした。投げ飛ばされた枝は、きれいな弧を描いて宙を舞っていたけれど、周りの木々に紛れてすぐに見えなくなってしまって、麓には田んぼとそれと同じくらいで人家が広がっていて、その中にぽつんぽつんとこんもりした山がいくつか雑じっている。
「じゃあ蝶々と蛾やったら、ほんとは一緒やのに色眼鏡で違うように見えちゃってるってことかなあ」
「うーん、でも偉い学者さんたちの方が蛾と蝶、ほんまはちゃうのに一緒やと思っちゃう先入観持ってるんかもしれへんよ」
「偉い学者さんたちの方が間違ってるんかもしれへんのかあ」
「ううん、あおちゃんも偉い学者さんたちもどっちかが合ってて、どっちかが間違ってて、とかそんなんじゃなくって、あおちゃんにも偉い学者さんたちにもそういう先入観があるってことやで」
「そっかあ。じゃあやっぱりわたしが好きな方が蝶々で、好きじゃない方が蛾ってことなんやねえ」
「うん。そういうこと」


《Moderato おだやかに》
山田修治はいたって平凡な、普通の男だった。幼少時から他の子らと比べてもよく本を読む人物ではあったが、個性は、コラージュアートのように、遠巻きに大衆へ配してしまうと見えなくなり、それ自身たちが大衆を生み出す、山田修治は思う通りの「ふつう」に属する男だった。しかし彼は「ふつう」であることを望みながら、「ふつう」であることに屈託していた。彼の属する「ふつう」は、決して彼の憧憬するところにはなかったのだ。彼は生の安定を「ふつう」であることに求め、何事においても自身が月並みであることを返す返す確かめ、周囲からの逸脱に恐れながら生きていた。彼は、自身の「ふつう」ではない言動に気がついた時には、酷く動揺し、あるべき位置へ戻るためにあらゆる手を尽くし、「ふつう」であることを確認し得た時でさえ、いずれ訪れるであろう逸脱に怯えていた。それで彼は決して安寧というものを感じることはなかったが、それこそが逸脱を孕んでいるに違いないのだと、そういった感情さえも周囲に悟られぬために鋭意の限りを尽くして生きていた。
また、山田修治は儀礼と常識とを区別して考えていた。そしてそれらを守ることは、山田修治の恐れを和らげる救いにもなっていた。儀礼は守らなくてはいけないもので、常識は必ずしも守らなくてもいいもの。儀礼は知っていなくてもいいもので、常識は知っていなければならないもの。山田修治はそう区別してはいたけれど、具体的に何が儀礼で常識なのかの境目はわかっていなかった。葬儀で黒の喪服を着ることは儀礼だけれど、西洋風の結婚式でゲストの女性が白のドレスを着ないことは儀礼なのか、常識なのか。無礼講の忘年会では上司にタメ口をきいていいはずなのに、常識はそうさせてくれない。儀礼を上回る常識なんてそれは変だから、タメ口は儀礼ではないんだろう。山田修治は常識と儀礼、それらについて考えを深めていった結果、ある結論を導いた。常識は逸脱を否定するけれど、儀礼は逸脱することを規定する。これは山田修治の今まで守ってきた行動を覆すものだった。山田修治は「ふつう」であるために、逸脱を恐れ、様々な儀礼や常識を遵守してきたにもかかわらず、彼自身が「ふつう」の一要素である儀礼を、最も恐れるところの、逸脱へと変換してしまったのである。
しかし、これは単に山田修治の内的な方向性の修正を促すものに過ぎなかった。山田修治の憧憬する生を最も大きく揺るがすものは、彼の内側ではなく、その目の前に現れた。
あおちゃん。山田修治は水原奈々を初めて見た時からとても昔から彼女のことを知っていたような気がしていた。高校二年の新学期に初めて彼女を見た時、山田修治はむしろそれを「再会」と呼ぶべきもののように感じた。山田修治は記憶喪失の者が記憶の一部を取り戻した時のそれのように、突如として彼の脳の中の潜在意識が啓かれ、そこへすっぽりと水原奈々がはまっていく、そういう感覚に陥った。しかし山田修治の啓かれた意識は、記憶喪失の者が取り戻すべくして取り戻した記憶の類と性質が異なり、彼女の存在は薄いベールによって何層にも覆われ、彼の彼女に対する既視感のようなものは何度自身の中を確かめようにも明白になることはなかった。はっきりとしていたことは、山田修治が水原奈々のことを以前から知っていたということ、そして今の彼は水原奈々のことを何も知らないということだけだった。

「うーん。わたしはそんな感じはせんかったけど、でもすっごい離れた町に住んでるわけでもないから、どっかショッピングモールとか遊園地とか公園とか、そんなところで前に会ってたんかもしれへんねえ」
あおちゃんは何かを思い出している時のその風で、教室の外を眺めていた。
「あ、夢の中で会ってたとか。山田くんの夢ん中に何回もわたし登場してたりして、夢ってあんまり覚えてなかったり、覚えててもぐちゃぐちゃやったりで、山田くんはそれでぼやぼやっとわたしのこと知ってたんかもねえ」
今度は山田修治が窓の外を見つめる番になった。空にはハトかカラスかそんなのが数羽高く飛んでいて、雲のない真っ青にノイズをかけるようにぼつぼつと黒くそれを穢している。
「夢の中に知らん人が出てくることなんかあるんかな」
「山田くんとわたしとは知らん人やないよお。だって今もう山田くん、わたしのこと、ちゃんと知ってるやん」
「それは今やろ。夢の話はそれより前。俺、あおちゃんと出会うまであおちゃんのことなんか全然知らんかってんやで」
空は、西日が影を落として、一瞬間にして赤く染まる。
「山田くんの言ってることどっちなんかようわからへんなあ。わたしのこと前から知ってたんやったら、高校でちゃんと知り合う前からわたしが山田くんの夢に出てきてたって全然ヘンじゃないよお」
いつかにハトかカラスかが穢した痕が、茜空の綻びとなって、夜はいつもそこから忍び寄る。山田修治はあおちゃんの後を追いながら、だんだんと暗くなっていく帰路を歩いていた。きっと夜がこのまま空を呑み込んでしまったら、目の前を歩いているあおちゃんは山田修治の目の前から見えなくなってしまって、夜は、街頭の灯りも、月明かりも、星の瞬きも、全部呑み込んでしまって、そんな気がして、彼はあおちゃんのもとへ走った。山田修治は目の前にいるあおちゃんに追い付こうとして走って、でもあおちゃんはそれと同じ速度で彼から真っ直ぐ離れていく。走っても、走っても、山田修治がいつまで走っても、あおちゃんのもとへは追い付きやしない。あおちゃんは山田修治の脳裏に焼き付いて、彼の目の前から消えてくれやしない。夜が、街頭の灯りも、月明かりも、星の瞬きも、全部呑み込んでしまった空の中を、山田修治は走り続けた。

夜が白く染まる。正確には白い闇が夜を覆う。山田修治はあおちゃんと出会ってから、夜眠りに就く時にそう思うようになっていた。それまでは夜が、暗闇というものが、黒か白かそれとも他の異なる色なのか、考えてみたこともなかったけれど、ふと目を閉じた時、瞼の裏に広がる世界が真っ白に染め上がった世界であることに気がついた。全てが真っ白に染められているその世界には、当然何ものにも境目はなく、境目がないから、たとえ何かがあったりいたりしてもそれを知覚することはできなかった。だからその世界を何かが存在することを前提とする「世界」という言葉で指すよりも、何ものも存在し得ない空間、ただ真っ白いだけの場所、そういう言い方をした方が適当であると山田修治そうは考えていた。何ものも存在し得ない空間ないしただ真っ白いだけの場所は、山田修治が目を閉じている時にだけ現れるものだったから、何ものも存在し得ない、とか、ただ真っ白いだけ、とかはまさに的を射た表現であると、彼は誰に対するでもない自信を持っていた。しかし一方で、山田修治は内奥に、この表現は何ものもないということの本質を完璧に捉えるものではないことに気がついていた。何ものも存在し得ない空間、ただ真っ白いだけの場所を、山田修治自身が認識している、という問題を差し置いて是とすることは、彼の矜持が許さなかった。Ego cogito, ergo sum.コンテクストからの逸脱はすなわち単なる言葉の遊戯に過ぎない。普段からそう考え、澱みなく実行しているつもりでいた山田修治にとってそれは意外なことであったが、彼がこの問題に向かい合う時に浮かぶものはこの言葉だった。この有名な方法的懐疑を象徴する言葉と類似するものが、山田修治の瞼の裏にある何ものも存在し得ない空間、ただ真っ白いだけの場所にあるのではないかと彼は直感した。しかし、山田修治は西洋哲学について明るいわけではなかったので、やはり当然この考えは言葉の遊戯から脱するに値しないものであると彼自身がそれを否定してしまっていた。そして山田修治の自覚する通り、彼の想像する世界と懐疑を始点とする世界観とには決定的な違いがあった。何ものも存在し得ない空間、ただ真っ白いだけの場所は、自己の意識作用を否定してこそ完成される性質であるべきで、疑うべきは世界ではなく、山田修治彼自身に置かれていた。山田修治はこの点については、自覚的に盲目を貫き、ある意味で偉大な哲学者と同等の境地に達し得たというエクスタシーに緩怠するのみであった。


《ritardando だんだん遅く》
教室へ入るともうほとんどの生徒は揃っていて、一様にきちんと自分の与えられた席に座っていた。教室にはこのところすっかり暖かくなってしまっていたせいで忘れかけていた、引き締まった、春の匂いが、まだしっかりと残っていた。新年度というのはもう何度も経験していたから、「松本」はだいたい窓側か廊下側のどちらか橋の方の列になることは無意識にわかっていた。窓側は既に全部埋まっていたから私は教室に入ってすぐ、まだいくつか席の空いている廊下側の席へ向かった。机の間を縫って歩きながらいくつか盗み見ていると、同じように私を盗み見る目がいくつもあって、私と視線の合ってしまうものもあれば、ただ私の背後を突き刺すだけのものもあった。机の右端には親切にもひとつひとつ学籍番号と名前の印字された四角いシールが貼られていて、引き締まった、春の残り香は、ここから出ていたのか、と一人合点した。
藤田穂香、藤本耕平、云々。私の席があるだろう場所の空席に、私の名前はなかった。水原奈々。瞬間、太腿辺りからぐんと血液が上昇して、紅潮する。背後の視線が、さっきよりも多く、そして強く、私を突き刺す。水原奈々。その一つ前の机を咄嗟にちらと見ると、松本明子。私の名前。
「すみません。そこ、たぶん、私の席です」
 私の席に座っていた子に、合格案内に同封されていた、私が私であることを示す唯一の証書を恐る恐る見せた。その子は私の突き出した証書と机のシールとをぼんやりとした目で見比べて、そのままぼんやりとした目で私を見つめる。
「松本さん、の席がここだったら、わたしの席、なくなっちゃう」
 彼女の瞳に吸い込まれるように、全体が白く包まれて、一瞬何を言っていたのかわからなくなる。
「へ?」
 上ずった声が自分で思っていたよりも大きく教室にこだまする。教室に広がる引き締まった、春の残り香は、一層引き締まって、密度を増して、呼吸を苦しめる。
「わたしの席、なくなっちゃう」
 どういうことなのか、わからなかった。私の席に座っているこの子から、私の席を奪ったら、この子の席がなくなってしまうのだろうか。それはつまりこの子が松本明子ということで、私はそうじゃないということなんだろうか。そうだとしたら、この証書は、私は、何なんだろう。この子は私のことを何の驚きもなく、松本さん、とそう呼んだ。自分が自分でなくなって、しかもそれが誰かに乗っ取られてしまって誰かになる時って、こんな感じなんだろうか。本人が混乱している間に、進むべき道を、進むべきであったはずの道を、塗り替えていく。私は松本明子じゃなくなって、この子が「松本明子」になっていく。
「私は、私です!」
 誰かが教室の窓を開けて、いくらか空気が、春の残り香が、和らぐ。
「うん。松本さんは松本さんやよお。とりあえず後ろの席空いてるし、わたし、後ろの席、座っとくねえ」

食堂へ入ると、新生活特有の取り留めのない弛緩を脳にもたらす作用がいよいよ強まって、それがこの食堂の喧騒から来るものなのか、春の温もりがそうさせるのか、私自身もも、一緒に食堂へ来た藤田穂香からも水原奈々からも、そのぼんやりとした表情ではわからなかった。働かない頭は、より本能的で、動的なものを捉える。私たちはただだらしなく食堂を漂っていた。
「新入生? こっち席空いてるから、おいでよ。二人、かな?」
 サークルか何かの勧誘だろうか、良き先輩らしい、そして大学生らしい、快活さを絵に描いてぶら下げているような人に、声を掛けられた。
「ありがとうございます。でも私たち三人なんです。三人でもいけますか?」
 藤田穂香がそう言うと、先輩女学生は一瞬少しはっきりしないような顔をして、でもすぐに納得したようで、三人でも大丈夫だよ、と言ってくれた。
先輩女学生は私たちに矢継ぎ早に質問してくる。それぞれが完結していて、だから何も考えずその質問には答えることはできたんだけど、私たちに、少なくとも私には、それらが何をもたらしてくれるでもなくて、それはきっといくつも質問を投げかけてきている女学生にも同じで、何にでもない、ただ心も時間も溶けていった。
「結局水原さんはあの席で合ってたってことやんね?」
 向かいの席で藤田穂香と女学生とが話しているけど、周りがうるさ過ぎて何も聞こえない。特定の会話を聞き取ることはできないけど、それでも時折ラジオを合わせるみたいに、色んな人の会話が、切れ端が、耳に流れ込んでくる。
「え、ちゃうよお。わたしの席は、松本さんが座ってたとこやでえ」
「――にして繊細になったいうことやろ」
「でも水原さんは、水原奈々、やろ。あの机に水原奈々ってシール貼ってたやん」
 藤本穂香は、女学生の取り出した冊子のようなものを真剣にのぞき込んでいる。女学生も真剣な面持ちで冊子を指差しながら何やら話している。彼女たちの吐く息が、喧騒に紛れ込んで頬を撫ぜる。
「うん。やから、私の席は、松本さんが座ってた席なんじゃないのお?」
「禁煙はムリやて。もう結構ずっと吸ってんねやろ。ムリムリ」
「え?」
 もうほとんど葉桜になってしまった桜の木が、食堂のすぐ脇に幾本か植わっている。桜の木は小さい頃から何だか好きになれないでいた。満開になったそれを見ると、美しい、と感じるより先に、内臓を綿毛で下から上へ撫ぜ上げられるような気持ちの悪さ、裸の自分のじろじろ誰かに見られているような不穏な、そういう感覚に陥る。
「――何それ。俺も行くわ」
「自分の席の番号って、ふつう背中側にあるもんやろお。やから、やっぱりわたしの席は、松本さんの席なんやったんよお」
 水原奈々はセルフサービスのコップの水を一息に飲み干した。
「なにそれ。背中側に番号ふってあるんは映画館とか劇場とか、椅子しかないとこやん。
今日のは机と椅子とセットやったから、机のシールのところが自分の席やで」
「あ、そうやったんやあ。机と椅子とセットの時は背中側やないんかあ。そっかあ。松本さん、ごめんなさい」
 そう言うとすぐ水原奈々は空いたコップを斜めに勢いよく回して、遊び始めた。コップは始めは綺麗な円を描いて回って、でもだんだんと勢いがなくなって、止まりそうになって、止まるぎりぎりのところで水原奈々が捕まえて、また斜めに勢いよく回して、捕まえて、でも最後には彼女が捕まえる前にコップはテーブルから落ちて、隣の椅子の下へ転がっていった。
「あ、落ちた」
「何してんの。全然謝る気ないやん」
 私は笑いながら、しゃがみこんで椅子の下に肩から右腕を突っ込んでいる水原奈々の背中を見ていた。
「でもほんま、ごめんなさいやで。私なんか変なこと考えてもうて、自分が自分じゃないとか、私は今からこの人になり代わられて、この人が松本明子になって、私は松本明子じゃなくなってしまうんや、とかわけわからんことずっと思っててんやから」
 私は水原奈々に向けられているようで、でもそうでないような口調でつぶやいた。藤田穂香と女学生は相変わらず真剣な表情で話し込んでいる。うどんとかオムライスとか麻婆豆腐とか、そういう色んなものの混じった匂いが、さっきまで水原奈々の座っていたところに漂っている。
「そっかあ。わたし、松本さんを松本さんじゃなくしてまうとこやってんなあ。ごめんねえ」
 よっいしょっと。水原奈々がずるずる椅子の下から出てきた。右手には、半透明のプラスチックのコップが握られている。
「でもあのまま入れ替わってたら、わたしが松本さんで、松本さんがわたしで、なっててもみんなわからんねやろうねえ。わたし、松本さんになってたら、ちゃんと松本明子、似合ってたかなあ」
「松本明子はそんな変なこと言いません。それにもう、ほら、さん、にばれちゃってもうたしね」
「え、私? 呼んだ?」
 女学生とその冊子から目を離して、ゆっくりと椅子に這い上がっている水原奈々を怪訝そうに見つめながら、藤田穂香は言った。
「あ、うん。ふじたさんにはもう私が松本明子で、水原さんが水原奈々で、っていうんはばれてもうてるんかなって話」
「どういうこと? 松本さん、で。水原さん、やろ。ばれるもなにもそう自己紹介したんそっちやん」
 藤田穂香は表情を変えないまま、そのまま私の方へ顔を向けた。
「やっぱりばれちゃってたかあ」
藤田穂香は私と水原奈々とを、交互に見る。
「まあ一応、ね」
 藤田穂香は何か言いかけたけど、周りの音が邪魔で聞き取れなかったし、女学生が彼女らしい笑顔でその言葉を遮った。
「あ、みんな、お昼ご飯まだやろ。席は私の友だちが取っといてくれるから、買いに行こっか」


《Adagio ゆるやかに》
東京へのぼんやりとした憧れは、思春期を過ぎたあたりか、漠然と将来どう生きていくんだろうかとか考え始めた頃からあったけれど、大学も就職もずっと大阪を選んでいて、もう三十歳になりそうで、最近、たぶんわたしはもうこっから出ていくことはないのかな、と思うようになっていた。結局思春期を過ぎたあたりから考えていた漠然とした将来は、今になっても漠然としたままで、子供時分に抱えていた不安とか焦燥とかそういうことは、案外真理を孕んでいて、他にもたくさんそういうことはあるんじゃないか。
わたしの友だちは大学からずっとあきちゃんで、あきちゃんは就職して何年か東京へ行っていたけれど、帰ってきてからも特に前と違ったあきちゃんにはなっていなくて、友だち、他にも高校とか大学とか、たくさんいた気がするけれど、全然いなかった気もするし、はっきり思い出せないからやっぱりわたしの友だちはあきちゃんだった。
「あきちゃんは、もうずっと、大阪にいるん?」
 いつもは頼まないミルクティーを今日は頼んでみる。そんな気分になって、ミルクティーを飲んでいたけれど、これは失敗だった。わたしの舌が安いのか、喫茶店の紅茶が悪いのか、ミルクティーはとても渋くて、お砂糖たくさん入れたから何とか飲めていたけれど、ミルクティー頼まなければよかった。
「うーん、わからんよね。一応転勤なしやから転勤なしやろうけど、結婚とか、転職とか、あるかもしれんしね」
「そっかあ。わたし、最近、もうずっとここに住み続けることになるんちゃうかなって思うようになってきたんよお。生まれてから、まあ就職して引っ越すんは引っ越したけど、ちょっと踏ん張ったら歩いても実家、帰れるし。それでずっとここに住んでるから、この町の匂いがわたしに染みついてて、わたしの匂いもこの町に染みついてて、こっから出ていくって考えたら、この町もわたしも自分の肉を無理やり引っぺがされて、血まみれで骨も出てきて、それで心臓とか、町に心臓なんかあるんか知らんけど、わたしの内側に隠してるもん、何隠してるんか隠してるわたしも知らへんような何かが出てきそうで、町の方もなんかそういう隠しておくべき何かが隠しておけへんくなるんちゃうかって、怖いんよお。なんかもうだめになってしまう気がするんよお」
 自分で思っていたよりも自分で思っていたことをしっかりと口に出せた気がして、それを黙ってゆっくり聞いてくれているあきちゃんを見て安心したら、自分が無意識にミルクティーを悪者にしてしまっていたことに気がついた。何も悪くはなかった。ミルクティーは悪くなくて、わたしも別に悪くなくて、もちろん店員さんも、茶葉を作ったどこかの農家さんも、それを運んできてくれたいろんな人も、みんな悪くなくて、でもミルクティーはとても渋くて、わたしはミルクティー、頼んだことを後悔している。そんな何かを悪者にしないと済まないくらいわたしが後悔しているかっていうとそうでもなくて、でもどこかにあるわたしの後悔しているを無視するということはわたしにはできなかった。
「ふうん。でもそれやったら、私は安心」
「安心?」
「うん。奈々がびびってこっから一生出ていかんかったとしたら、私はどこ行っても奈々のおる場所わかるし。ほんで奈々が出てったら、ここ、めちゃくちゃになるかもしれんねやろ。でも、そんな、奈々のおらん町なんかめちゃくちゃになってまえばいいねん」
あきちゃんは真剣な目で笑っていた。わたしがいなくなった町は、めちゃくちゃになってしまえばいいのか。
「ミトコンドリアは共生やけど、わたしと町とは、たぶん、共依存やよお」
「なにそれ。なんか上手いような下手なような感じやな。でも共依存やったらばらばらになったとしてもどっちもすぐに死にやせんねから、奈々は肉引っぺがされて骨も血も心臓も噴き出して、なんかようわからんもん出てきても、うーん。なんとかなるって」
「えっ、あきちゃん、てきとーに言ってるう」
 あきちゃんは口をすぼめながらコーヒーを啜る。そのままあきちゃんは視線を窓の外へ向けた。通りの木々は完全に枯れ切っていて、曇り空がいかにも寒々しい。

 《fermata 自由に伸ばして》
もう全部山田くんのせいにしてしおうかな。山田くんは熊で、熊は山田くんなんだから。ミルクティーが何だかとっても渋いのも、あきちゃんが煙草を吸わなくなったのも、わたしもこの町もばらばらになってしまうのも、全部山田くんのせいにしちゃえばいいや。春も夏も秋も、曇り空が連れてきた冬も、全部全部、山田くんのせいにしてしまう。

透明

透明

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-04

Copyrighted
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