認められない男

認められない男

「このクソアマが」
 画面に向かって毒づく。
 傍らでは母が、また出たと苦笑い。
 
 最近の僕はテレビを観ていて、キレイまたはカワイイ芸能人が出てくると、罵倒の言葉を吐くのが定番となっている。
まずは容姿の美麗を理由もなく、けなす。次は決まってこう、
「いつか必ず、こいつの顔をずたずたに切り裂くか、顔に灯油をかけて燃やしてやる。一生消えない傷をつけてやるんだ」と。
 そこで母が一言、
「だめ、そんなことしちゃ」くぎを刺す。
 いくら癇癪持ちでも、そんな真似しない。
……いや、人間絶対はあり得ないか。とはいえ自分、腐っても理性の生き物。犯罪なんて倫理に反する。それに警察も怖いし罪の重さもしかり。
しかも相手はモニターの中の人、物理的にも心理的にも遠い芸能人だぜ?
 発言の内容もさることながら、こんな不謹慎且つ幼稚な宣言を自らの母に投げかける男が、無職独身実家住みの四十一才、
しかもちびでハゲの上、童貞ときたもんだ。
 笑うに笑えない、ハハ。

 そんな僕は、普段引きこもっている分、非日常の空間で息抜きしたいと言って、週に一度、外へ一人で飲みに行く。
 伸びきった髭を剃り、精いっぱい身だしなみを整え、自称行きつけの店まで、家族に車で送ってもらう。家から歩いて十分もかからない距離に駅があり、しかも、そこから目的地まで歩いていけるターミナル駅まで区間一駅。車社会の地方において、この条件は稀だ。
 しかし僕はそれでも家族の手により、自家用車で送り迎えをしてもらう。それはなぜか?答えは単純で、情けない話。
 あれは数年前。泥酔がゆえに電車での帰宅時、地元の駅で降り損ねたからだ。しかも3回。加えてある日は終電の時間を間違え、就寝の準備を整えていた妹に、ターミナル駅まで迎えに来てもらったこともあった。もちろん妹はカンカン、車内は会話一切なし。
 ゆえに僕は車での送迎を、家族から義務付けられている。そして迎えのタイムリミットは二十二時、シンデレラよりも早い。

 ある夜、たまには店を開拓しようと飲み屋街を散策していたら、カード支払いOKのBARがある。因みになぜカードにこだわるかというと、ただ単に現金の手持ちがないから。
 話を戻そう。ガラス扉から店内の様子がうかがえる。棚にズラリとスコッチやウイスキーのボトルが並ぶ、一度は入ってみたかったTHE・BARな印象。おまけに入りやすいオープンな印象。初心者の僕にはうってつけ。
 恐る恐る入場してみたら、バーテンさんも気さくな上に、ハイボールを作る手際もよく、酒のアレコレには疎いくせに表面的なものにはうるさい自分にはピッタリだった。再び余談ではあるが、バーテンさんは美人さん。
 行きつけと比べ、本格的な品ぞろえということもあり、ご予算お高めなため頻繁には行けないが、それでもできる限り通った。
 が、その日は突然訪れた。
 久々にBARに赴くと、美人さんがいない。
 今日は休みか……肩を落とす。
 バーテンは男。それでもスコッチを味わいたいので、いつものように洋酒のハイボールを頼むも、カウンター越しにもおっかなびっくり、酒を作っていることが伝わる、初心者まるだしの立ち回り。萎えた、一気に萎んだ。
 何だか不安になり、美人さんについて聞いてみると、異動になったとのこと……
またいつもの店に戻った。
 別に美人さん目当てじゃなかったんだ、それは約束したい。僕は内面重視の人間のはず、だから。

認められない男

認められない男

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-10-03

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