すくらんぶる交差点(16)

十六 そして誰もいなくなったけれど、いつか誰もが集まる日

「誰もいなくなったね」「俺たち七人がいる」「プラス一匹よ」
「どうする?」「どうするって」
「ここから、いつでも出ていけるよ」「交差点はガラガラだ」
「あんなに脱出したかったのに、今では自由だなんて不思議だな」
「誰もいないからね」
「元々、自由だったのかもしれないね」「自由っ何?」
「意思のこと」「石なら転がれるよ」「じゃあ、転がろう」
「まあ、俺たち、本当はここで休みたかっただけなんだろう」
「抜け出せなかったのは、嘘なの?」「それは、事実だ」
「でも、事実は時と状況によって色々変わるよ」
「今は、変わったの?」「変わったよ」
「みんな、顔がひきつっていないよ」「そうだね。顔が笑っている」
「じゃあ、解散するか」「解散しようよ。疲れたし」
「休むために留まったのに、疲れたなんて変ね」
「休み過ぎても疲れるんだ」
「じゃあ、意見は一致だ。解散だ」
「とりあえずね」「とりあえず」
「まずは、旗を降ろそうか」「そのままでいいんじゃない」
「そのままじゃまずいだろ」「誰が管理するんだ」
「杖の代わりに使うよ。洗濯物も干せるし」
「じゃあ、甲さん、よろしく」「同じく、よろしく」
「ちょっと待って。記念に砂を置くよ」
「砂を持って帰るんじゃなくて?」
 甲がポケットから人掴みの砂を交差点の真ん中に置いた。
「何のため?」「実効支配の証拠だよ」
「難しい言葉を知っているんだね。甲さんは」「実は、高学歴なんだ」
「新聞の受け売りだよ」「マスコミも役に立つことがあるんだね」
「何でも利用しなくちゃ」「活用じゃないんだ」「そうとも言うけど」
「でも、砂じゃ、風や車のタイヤで飛んだり、豪雨で流れたりしちゃうんじゃないの?」
「飛んだ先や、流れた先に、一粒でも足場があれば立つことができるよ。足場の上に立てば独立だ」
「それいいね」「自立のための、持ち歩き足場、持ち歩き国家だ」
「今まで流れていたけれど、砂の上に立てば自立できるかな?」
「変わんないじゃないの」
「生活は変わらないけれど、気持ちは変わるよ」
「気持ちが変われば、生活も変わるんじゃないの」
「変わりたいと思えば、変わるんじゃないの」「精神論?」
「そんな難しいものじゃないよ。まあ、お守りみたいなもんだな」
「お守りか?」「守るものはないけど、守ってもらおうか」
「とりあえず、持っていたら。何か、役に立つんじゃない」
「役に立たなくてもいいよ」「期待が人間を滅ばせる」
「あたしたち、滅んでる?」「まあ、とりあえず、生きているね」
「それじゃあ、俺ももらっておこう」「あたしも」「あたしも」
「でも、いざ自由となったら、ここから一歩を踏み出すのが怖いね」
「足が震えるの?」「座りすぎたからはじゃないの」
「さっき、向かいの公衆便所まで走って行ったくせに」
「生理現象には勝てないよ」
「心のバリアフリー化だ」「もともと、障害なんてないよ」
「とにかく、ここから出よう」「もう出てるよ」
「いつかまた、会う?」「会いたい?」
「会いたくないよ」「「狭いT市だ。いやでも会うよ」
「やっぱ、いやなんだ」「会うだけならいいじゃん」
「もう、孤独じゃないんだ」「そんな、大げさな」
「それじゃあ、元気で」「じゃあ、元気で」
「バイバイ、元気で」「ばあははい、元気で」「ワン、ワン」

 交差点の七人と一匹は、互いに別れを告げ、それぞれ違う方向に向かって行った。

 それから、数日後。いつものように朝のラッシュアワー。今日も、スクランブル交差点は、人でごったかえしている。
「痛っ」一人の若者がつまずき、倒れた。それを避ける人々。後ろからは引き続き人波だ。直ぐには起きあがれない。若者が立ちあがった時、信号は既に赤。
「ひでえなあ。冗談みたいだ」
 信号待ちしていた車が動き出した。若者は、交差点の真ん中に取り残された。右足はひと粒の砂の上に立っていた。

すくらんぶる交差点(16)

すくらんぶる交差点(16)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。十六 そして誰もいなくなったけれど、いつか誰もが集まる日

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-27

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