熊の子供が語った話

熊の子供が語った話

 僕は北の地に住む、クマの子供です。お母さんと一緒に、山で暮らしていました。
 僕がひとりで出掛けられるようになった日のことです。天気が良かったので川のほとりで日なたぼっこをしていました。ポカポカ暖かいお日さまに向かってフォーンとあくびをした時です、どこからか石ころが飛んできました。石ころが飛んできた方を見ると、川の反対側に二本足の変な生き物がいました。背は僕と同じくらいなのですが、毛は頭の上に少ししか生えていなくて、体はおかしな色をした皮に覆われています。そのへんてこりんな二本足たちは、こちらを指差して、かん高い声をあげながらまた石ころを投げてきました。コロコロ僕の足元に転がってきたので、その石ころを拾い上げると、とてもいい匂いがします。僕は石ころを食べてみたいと思いましたが、お母さんに拾ったものを何でも食べてはだめと言われていたことを思い出しました。そうだ!お母さんに見せてみよう!僕は石ころを持ち帰ることにしました。

 家に帰ると、お母さんがご馳走を用意して待っていてくれました。
「おかえりなさい、お腹空いたでしょう?」
 いい匂いがすると思ったら、ドングリがたくさん並んでいました。
「たんとめし上がれ」
 お母さんが採ってくるドングリはおいしいので大好きです。僕はあっという間にドングリを平らげてしまいました。
「今度ヤマブドウが食べたい!」と僕が言うと、お母さんはにこっと笑ってくれました。
「あ、そうだ!」
 僕は石ころのことを思い出しました。その日あったことを話して、石ころをお母さんに見せました。するとお母さんは、顔色を変え、僕の目をじっと見ながら言いました。
「いい?あれは、とっても悪いものなの。もうもらってきてはだめ」
 お母さんは悲しそうな顔をしていたので、僕はなんだか悪いことをしたと思いました。

 一体なんの石だろう。それから、僕はあの石ころが気になって仕方がありませんでした。あくる日、こっそりまた川のほとりに行きました。すると、いました。二本足たちが石ころをおいしそうに食べています。僕はしばらく日なたぼっこをしながらその様子を見ていました。ところが、いくら待っても二本足たちは石ころを投げてきません。僕は退屈になってしまったので、フォーンとあくびをしました。すると、二本足たちはこちらを指差し、石ころを投げてきました。そうか!あくびをすると、石ころをくれるんだな!僕はあくびを繰り返すと、二本足たちはキャッキャ騒ぎながら、たくさん石ころを投げてきました。その石ころを両手にすくい上げると、とってもいい匂いがします。僕は石ころを食べてみたくなりました。すると、風がピューと吹きました。

タベテハダメ

 はっ、いけないと思って、僕は石ころを川に捨てて帰りました。

 ところが、しばらく経ってもあの石ころの甘い匂いが頭にこびりついて離れませんでした。でも、お母さんの言葉を思い出して、石ころのことは考えないようにしましたが、いつまでもあの甘い匂いが頭から離れないので、ある日僕はこっそりまた川のほとりに行きました。すると、いつものように二本足たちが集まっています。僕はさっそくフォーンとあくびをすると、二本足たちは、騒ぎながら石ころを投げてきました。僕は石ころを拾い上げ、その甘い匂いを胸いっぱいに吸いこみました。その時、強い風が吹き、はっと我に返りました。いけない、いけない。でも、これはきっと神様がくれたものだから、少しだけなら大丈夫かもしれない。僕はもう我慢ができなくなって、石ころを食べてしまいました。その石ころの、おいしいこと、おいしいこと。もらった石ころをあっという間に平らげてしまいました。

 その日家に帰ると、お母さんの鼻歌が聞こえてきました。
「おかえりなさい。今日のご飯は食べきれるかしら?」
 そこには、ヤマブドウのごちそうがたくさん並んでいました。
「たんと召し上がれ」
 ところが、僕はお腹がいっぱいであまり食べる気がしませんでした。お母さんが心配するので、僕はその日あったことを正直に話しました。すると、お母さんは顔を手で覆いました。
「もう絶対に食べてはだめ!約束してちょうだい!」
 お母さんが大きな声で言うので、びっくりしました。僕はすぐに、
「うん分かった、約束する。ごめんなさい」と言いました。
 お母さんはしばらく黙っていました。そして、にこっと笑って言いました。
「じゃあ、今度はサケをとってきてあげるからね」
 サケは僕の大好物です。とても悪いことをしたと思って、胸が痛くなりました。

 それから僕はもう川へは行かずに、山で遊ぶことにしました。お母さんの悲しむ顔を見たくないからです。でも、山は何もないので面白くありません。しばらくすると、僕はまた石ころが食べたくなりました。あの味がどうしても頭から離れないのです。少しだけなら大丈夫かもしれない。僕はこっそりまた川のほとりに行きました。すると、います。二本足たちが、前よりも増えていました。いつものようにあくびをすると、二本足たちはたくさん石ころをくれました。そのおいしいこと、おいしいこと。もうやめられません。そうだ!お母さんもこの石ころを食べれば分かってくれるかもしれない!そう思い、お母さんの分ももらって帰りました。

 家に帰ると、お母さんが嬉しそうな顔をして待っていました。
「遅かったのね、今日のご飯は何だと思う?」
 そこには、サケのごちそうが並んでいました。
「たんとめし上がりなさい」
 ところが、僕はお腹がいっぱいで食べることができませんでした。
「ねえ、お母さんもこれを食べてみて、そしたらもう食べ物をとりに行かなくても大丈夫だよ」と言って、お母さんに石ころをあげました。ところがお母さんは、石ころを投げ捨てて、怒りました。
「いいかげんにしなさい!」
 せっかくお母さんのためにもらってきたのに。僕は頭にきたので、お母さんの頭を叩きました。でも、お母さんは何も言いませんでした。

 僕は川のほとりへ毎日通うようになりました。二本足は日に日に増えて、僕の背よりも高いのもいました。家に帰ると、お母さんはいつもごちそうを準備していましたが、あまりおいしくありませんでした。お母さんは相変わらず口うるさいので、その度にお母さんの頭を叩きました。
 そうしているうちに、雪が降ってきました。お母さんは体が不自由になって、どんどん痩せていきました。せっかく神様がくれたものを食べないから、罰が当たったのです。

僕は毎日のように二本足から石ころをもらいました。家に帰ってもお母さんは寝てばかりで、何も食べませんでした。あの石ころの良さが分かれば、お母さんも心を入れ替えるかもしれない。僕はお母さんの口に無理やり石ころを入れました。ところがお母さんは、それを吐き出しました。僕はお母さんの頭を叩きました。でも、お母さんは目を閉じているだけでした。頭にきたので、さっきよりも力を込めて叩きました。こんな分からず屋のお母さんなんて、早く死んでしまえばいいのにと思いました。

 いつものように川へ行こうと家を出たある日のことです。家の前に二本足がたくさん集まっていました。手に棒を持っているのもいました。きっと、お母さんのために石ころを持って来てくれたに違いありません。よし!お母さんにも見せてやろう!両手を伸ばしてフォーンとあくびをしました。ところが、誰もいつものようにかん高い声をあげませんでした。おかしいなと思い、もう一度フォーンとあくびをしたとたん、体がつたのようなものに包まれました。二本足たちは大きな声をあげながら、動けなくなった僕の周りに寄ってきました。僕は仰向けにされ、足を縛られました。見上げると、二本足たちが、みんなでじっとこちらを見ています。僕は怖くて怖くて、息もできませんでした。すると、寝ていたお母さんが起き上がり二本足に襲いかかりました。ところが、やせ細ったお母さんは投げ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまいました。そして棒からズドーン!と大きな音がしたと思ったら、お母さんは白目をむいて息をしなくなってしまいました。あっと言う間のできごとで、わけが分らないまま、僕は頭を叩かれ、体を叩かれ、それから気を失ってしまいました。

 翌朝、目が覚めると、首に輪が付いていて、うす暗いほら穴にいました。僕は体中が痛くてたまりませんでした。立ち上がって外に出ようとしましたが、入り口に棒がたくさんあって出られませんでした。棒のすき間から出ようとしても、やっと前足が出せるだけです。あたりを見てみると、ここはどうやら山を下った平地のようでした。風がピューピュー吹いています。離れた所には、二本足がたくさんいました。それから、他にも閉じこめられた動物がいました。フクロウさん、サルさん、見たこともない動物もたくさんいました。フクロウさんは足をつたのようなもので繋がれていました。サルさんは疲れた様子でした。
 遠くの広場には、クマのおじさんがいました。二本足に連れられて、踊っているように見えました。片足で立ったり、飛びはねたりしているのですが、あまり楽しそうではありません。ときどき二本足につたのようなもので叩かれていました。それから、しばらくすると、クマのおじさんが二本足に連れられて隣りのほら穴にやってきました。近くで見るとクマのおじさんは毛が少なくなっていて肌がのぞいていました。僕が声を掛けてもクマのおじさんは、じっと二本足を見ていてこちらに気付きません。二本足はクマのおじさんに何か言うと石ころを投げました。クマのおじさんはそれを拾ってあっという間に食べました。僕はもう一度、クマのおじさんに声を掛けると、ようやく僕のことに気付きました。でも、ただ僕を睨むだけで何も言いませんでした。とても怖い目つきでした。
 ひどいところに来てしまったなあと思っていると、今度は二本足が僕のところにやってきました。僕は外に出され、広場に連れて行かれました。二本足は、大きな声をあげて僕を睨みつけました。首の輪をぐいっと引かれるのですが、僕は力がでなくて立つことができません。すると、びしっと細いつたで叩かれました。二本足は、また首の輪をぐいっと引きました。ところが、僕はどうしても力が出なくて立つことができません。すると、びしっとさっきよりも強く叩かれました。とても痛かったので、僕はウオォーンと泣きました。すると、二本足はかん高い声をあげて、石ころを投げてきました。
 それから、僕は毎日のように広場に連れ出されて細いつたで叩かれました。食べ物は甘い石ころばかりです。
 ある日、僕はおかしな色の皮に体を覆われて、別の場所に連れて行かれました。そこは光が眩しい広場でした。光の奥には、二本足がたくさんいて、それはそれは、本当に数えきれないほどでした。みんなこちらを見ていたので、僕は怖くて動けませんでした。初めて二本足に襲われたあの日のことを思い出したのです。首の輪をぐいっと引かれるのですが、どうしても怖くて座りこむことしかできませんでした。すると、びしっと細いつたが僕の背中を打ちました。怖くて怖くて、ウオォーンと泣きました。すると、二本足たちのかん高い声が響き渡りました。

 そうして泣き暮らすうちに、雪がやんで、暖かくなりました。食欲がでなくて、水しか飲まない日が何日も続きました。
 大雨が続いたある夜のことです。天井のすき間から落ちてくる雨の滴が傷にしみるので、痛くて眠れませんでした。痛みをこらえながら雨の音を聞いていました。山を駆け回って遊んだことや、お母さんのことを思い出しましたが、もう遠い昔のことのようでした。隣りのクマのおじさんは、ますます毛が抜け落ちて、肌がぼろぼろになっていました。僕はもう死んでしまいたいと思いました。そう思うと悲しい気持ちを抑えることができなくて、ウオォーン、ウオォーンと泣きました。山まで響くくらい大きな声で泣きました。

 翌朝、雨があがって、風がピューピュー吹いていました。遠くから二本足がやって来るのを見たら、辛い気持ちになりました。もうこのままずっと寝ていようと思いました。すると、かすかに風さんの声が聞こえました。

 ガケガクズレルヨ

 大変だ!僕はそのことをクマのおじさんやサルさんに伝えました。ところがクマのおじさんは、こちらを睨みつけるだけでした。サルさんは、ぼうっとうなだれているだけでした。すると、二本足がやって来て、僕は無理やり外に出されました。その時、また風さんの声が聞こえました。

 ハヤクニゲテ

 僕はとっさに力を振り絞って、二本足に襲いかかりました。ところが、ひょいとかわされてしまいました。そして、痛い!と思ったら、地面に血がたくさん流れていました。棒で頭を叩かれたのです。何度も強く叩くので、僕はこのまま死んでしまうと思いました。すると、突然二本足が、叩くのをやめました。顔をあげるとフクロウさんが、二本足に襲いかかっていたのです。二本足が悲鳴をあげてうずくまると、フクロウさんは山へ飛んで行きました。その時、首の輪がするっととれたので、僕もあわてて逃げました。すぐに二本足たちが追ってきましたが、僕は体中が痛くて速く走れませんでした。ときどき、辺りの景色がぼやけて倒れそうになりましたが、ぐっと歯を食いしばって前に進みました。はっと気が付くと、目の前は川でした。とても激しい流れなので、落ちたら絶対に死んでしまいます。力が出ないので飛びこえられる自信はありませんでした。でも、すぐそこまで二本足たちが迫って来ています。どうせ死んでしまうんだ。よしっ!と思って、助走をつけ、えいっ!と飛びました。でも、飛んだ瞬間やっぱりだめだと思って目をつぶりました。その時、強い風が吹いてフワッと体が浮かんだ気がしました。前足が向こう側に届いて、なんとか川の反対側に行くことができました。二本足たちは、大きな声をあげていましたが、僕は振り向かずに走って逃げました。もう景色も何も見えませんでした。岩で足を切りました。木の枝が体に刺さりました。それでも、足が動かなくなるまで走りました。そして、気がついたら山の上まで来ていました。見下ろすと、二本足の住みかが遠くに見えました。走りすぎて、もう息もできませんでした。僕はすぐそこに寝転びました。土がひんやりと気持ち良くて体が溶けていきそうでした。するとその時、ゴゴゴゴゴゴー!と大きな音がして、地面が揺れました。崖が崩れたのです。下を見るとあっという間に、二本足の住みかをのみこんでしまいました。

 風が気持ちよく吹いていて、鳥さんたちが歌っていました。

熊の子供が語った話

熊の子供が語った話

アイヌの民話から着想を得て書いたものです。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-30

Copyrighted
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