漠野の枯骨
兎禅國

第1章 逃げた姦人
馬は、男の荒い疾呼と叩きつける鞭に、漠野を駆けた。男は、虎口から脱したとは思ってはいない。郷関から遠ざかれば遠ざかる程に、馬に強く多くの鞭を入れ急かした。たが、馬は次第に汗をかき、口から泡を吹く様になり足取りも鈍化した。終には、漠野で馬は斃死した。「畜生!畜生!潰れやがったな!」男は、自分の知っている悪態を全て使ってこの状況を罵った。彼は、馬に括り付けられた荷(約十四貫)を捨てて逃げようとはしなかった。然し、巨漢である彼には到底持って逃げられる筈もないのである。斃れた馬は荷を下にしていたので、男は馬をどかすのに半刻の時間を費やした。馬はどかされ、荷を引き摺り出せれた。男は馬に押し潰された荷を確かめ、顔をニヤつかせた。直ぐにその荷を巨体に巻きつけた。だがその頃には、宵時であった。暗くなれば漠野と言えども自らの場所は悟られないと考え、男はその体を横たえて草葉の床に付いた。
漠野の枯骨