絶望的な日曜の午後

月らくだ

絶望的な日曜の午後

「ねえ、絶望的な気分になったことって、ある?」と彼女が訊く。
「あるよ」と僕は応える。
「どんな時?」
「日曜の午後に、することがなくて、恋人も出かけちゃってて、おまけに突然雨が降り出して、腹が空いたのに冷蔵庫に何も入っていなかった時」
「絶望的ね」
「絶望的だろ?」
 彼女は紅茶のコップにミルクを入れた。水面が溢れそうなくらい上がった。
「君は?」
「私?」
「そう」
「そうねえ。まず、空は曇ってるの。私は自転車をこいでるの」
「うん」
「風が耳打ちするの。ついておいで、って」
「うん」
「でね、しばらくこいでると、いつの間にか空を飛んでるの」
「ふうん」
「飛んで、どんどん飛んで、雲を抜けて、空を泳いで、ああ、気持ちいいな、って。でも、いつしか気づくの。自分が太陽に近づいてる、ってことに」
「絶望的だね」
「絶望的でしょ」
 ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。僕は砂糖もミルクも入れなかった。
「幸福な気持ちって知ってる?」
「そうだな。知ってるつもりだよ」
「例えば、どんな?」
「幸福は絶望みたいにやさしくないよ」
「幸福は絶望のようにやさしくない」
「そう」
「それで?」
「恋人がいる」
「恋人がいる」
「すぐ側に」
「すぐ側に」
「それで僕はその恋人が僕を愛してることを知ってるんだ」
「あなたは恋人があなたを愛してることを知ってる」
「うん、そう」
「それで?」
「でも、僕は彼女を愛していない」
「愛していない」
「僕は誰も愛していないんだ」
「ふうん」
「でも、彼女は僕が彼女のことを愛してると感じてる」
「感じてる」
「それが僕の幸せ」
「ひどい話ね」
「ひどい話だろ?」
「全く」
「でも、人の幸福なんて、いつだって誰かの幸福を犠牲にしてるものなんだよ」
「そんなものかしら」
「そんなものさ」
 コーヒーに口をつけた。それを見て、彼女も紅茶に口をつけた。彼女は真面目な顔つきで、不味そうに紅茶をすすった。それが面白かった。
「なに笑ってるの?」
「別に。じゃあ、君のは?」
「私の?」
「幸福」
「そうねえ。私の幸福は絶望よりもやさしいの」
「君の幸福は絶望よりもやさしい」
「私の側にあなたがいる」
「君の側に僕がいる」
「あなたは私を愛してる」
「僕は君を愛してる」
「でも、私はあなたを愛していない」
「君は僕を愛してはいない」
「それが私の幸せ」
「ひどい話だ」
「ひどい話でしょ」
「全く」
 彼女はまた紅茶にミルクを注ぎ足し、僕はもう一杯コーヒーをお替わりした。真面目な顔つきで見つめ合い、それから二人で笑い合った。
 僕らが付き合い始める三日前の日曜の午後の話。

絶望的な日曜の午後

絶望的な日曜の午後

男と女の日常を描いた掌物語です。 (過去作品はこちらから → https://slib.net/a/24408/)

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-09-29

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