【完結】私と幼馴染と気になるあの人
1.出会いの曲がり角
「ねぇ……ねぇ!」
「うわっ! ……びっくりしたー。いきなり部屋に入ってきてんじゃないわよ、咲弥! あんたここがどこだか分かってるの?」
「麻美の部屋、だろ」
そうだよ、私の部屋なんだよ。その部屋の主である私に半眼を返してきた咲弥。なんて図々しいんだろう。
咲弥は、まぁいわゆる幼馴染ってやつで、生まれた時からずっと一緒に育ってきた。家は道路を挟んでちょうど真向かいになるから、少女漫画に出てくる窓からコンニチハという甘い状況なんかはなかった。……この男とそんな展開演じても、寒いだけだけど。
とはいえ家族同士で仲が良いのは事実で、今までもこんな風に咲弥が私の部屋に遊びに来た事は数えきれないほどある。
――でも、でもね。私達、もう高校生なんだよ! 乙女の秘密が盛りだくさんのこの部屋に、男の子を安易に呼びたくないんだよ!
「別にいきなり入ったわけじゃなくて、ちゃんとノックしたんだぜ、俺は。なのにひとっっことの返事も返ってきやしねー。なーに、一人でニヤニヤしてたんだよ」
「ニッ!? ニヤニヤなんてしてない!」
と、返したものの、今の今まで頭に浮かんでいた人の事を思い出してしまい、思わず頬に手を当てる。そして、私はしまったと後悔する事になった。
「そう。その顔」
今日あった事を思い出すと、どうしても唇が弧を描くのを止められなかった。
「しょ……しょうがないでしょ!」
あーもう。熱よ、散れっ! ……ダメだ。あの人の事を考えると、力が抜けちゃう。
私のそんな様子を見て、咲弥はふーん、と低く言う。なーに、その顔、文句でもあるわけ?
「鬼の麻美様にもついに春到来、ってわけね」
「誰が鬼よっ!」
そう言い返すと、ピッと指差され、「お前」と言ってきた。当たり前のやり取りに、少しホッとする。
顔に出てないと良いな……”春到来”に実はものすごくドキッとさせられた事。
「で、相手は誰なわけ?」
よいしょ、という掛け声で私のベッドに腰を下ろした。え? 何、居座る気?
「は、はぁ? な、ななななんのことかな? あはははは」
「……」
……うぅ。沈黙が痛い。分かってるわよ、誤魔化し方が下手だって! 隠し事が出来ない性格なんだもの!
茶番はいいから早く言え、と目で訴えてくる。
ここまで来てはしょうがない。諦めて話すとするか。嫌で嫌でしょうがないけど話してやるんだありがたく思え、と言わんばかりにため息を吐いて私は今日の出来事を話しだした。
男女の差は高校生になると、グンと大きくなる。背丈や身体付きもだけど、精神性が一番大きな差じゃないかと私は思ってる。
高校生になっても教室でバカ騒ぎをする男子を見て、友人の一人が
「あれ止めて欲しいよね~。なんか、周り見てませーん、って感じだしさ。こっちにまで被害が及んできそう」
と言った。
「そうだね」
大きくなった身体を自覚せずに教室内で暴れまわるのは、本当に止めてほしい。
まさにそう考えていた時、椅子にドンという強い衝撃が訪れた。私の座っている椅子はギギギという音を立てて引きずられ、数センチ横にずらされる。
「お、ワリ……あ」
「ハァ?」
私が友人達と一緒に話題にしていたグループとは別の男子が、ふざけていて私にぶつかったらしい。
謝罪をしようとした声は途中で途切れ、私の顔を見て顔を青くする。ふぅん。悪いと思っていながらもその失礼な態度……ありえない!
立ち上がって、「ねぇ」と話しかけた瞬間、相手は脱兎のごとく駆け出した。
「あ、待て!」
逃げるのだから、追わねばなるまい。待ちなさい、と大声で呼びかけつつ私は教室を飛び出した。
「許して下さい、鬼様、麻美様!」
「誰が鬼よ! それで謝ってるつもりなの!?」
鬼。小学校、中学校と常に付きまとってくる私のあだ名。
成長が人より早く、身体が大きかった私は喧嘩で男子に負けることはなかった。誰だか知らないけど、私が負かした相手が悪口で「鬼」と言ったのが始まりとなり、身体が人並みサイズに落ち着いた今でも男子の間では普通に使われているらしい。
本当なら高校では、今はやりの天然ふわふわ系女子に擬態して過ごすはずだったのに! 理想象とは真逆の自分にうんざりする。
「……ッチ! 逃げられたか」
昔は取り逃がすなんてことなかったのにな、なーんて思いながら誰もいない廊下を眺めた。
勢い余ってB棟にまで来ちゃった。だから、生徒の姿がまったくない。
ホームルームのあるA棟と理科室とか音楽室とかの特別教室のあるB棟に分かれているうちの学校。昼休みの今は、ほとんどが自分の教室か、人によっては校庭か体育館で遊んでいるはず。私だってあの男子にぶつかられてたりしなければ、教室で友達とだべっていたはずだ。
あーあ。なんか、災難。
いつまでもここに居る理由もないし、くるりと身を反転させる私。A棟へ続く渡り廊下に行くため、角を曲がった瞬間。
――ドンッ。ビシャッ。
種類の違う二つの不快感が私を襲った。
何かにぶつかった私は、その勢いに耐えられずに尻餅をつく。
「いた~」
「あ……大変だ!」
え……何事? 状況を把握しようとする私をあざ笑うかのように、状況はめまぐるしく変化する。
なんと、私はひょいと持ち上げられてしまったのだ。
「ちょ……っと! なに……」
何するの? と言いかけて、思わず声が出なくなってしまった。私を抱きかかえていたのはクラスメイトの真田聖くん。話した事はないけど、顔くらいは知ってる。確か運動はそこそこで、成績はかなりいいとか。
「何、真田くん、何?」
「大変だ! 急がなくちゃ!」
お姫様抱っこで抱えられたまま、私はどこかの教室へと連れ込まれてしまった。理科室だった。その教室が理科室だと分かったのは、薬品の独特のにおいがしたから。
私を机に下ろした真田くんは、いきなり私のブレザーを脱してきた。はぁ? という気持ちで少しの間なすがままにされたけど、さすがにスカートを思い切りめくられた時には膝が動いた。渾身のひざ蹴りが真田くんの顔にヒット……するはずだったのに、彼に軽く止められてしまった。
「邪魔しないで。痕が残る」
「残らないよ、多分」
どんんだけ強いひざ蹴りだと思われてんの!? じゃなくて!
「何、何。何なの?」
「ごめん。制服ダメにしちゃったかも……」
「え?」
申し訳なさそうに私のブレザーを眺める真田くん。私には何が起きているのか全然分からなかった。
「スカートの方は……?」
「うわあっ!」
もう一度スカートを引っ張ってきたので、私は慌てて抑えた。
「手、邪魔」
それだけ言うと、私の両手をまとめて右手で掴み、左手ではスカートを掬いあげてまじまじと見つめている。
……変態?
こうまでされてもまだ疑問形なのは、真田くんの瞳に欲の色が見えないから。でも、してる事はほとんど犯罪なんだよね。
その真剣なまなざしのまま、彼はこう言った。
「スカート、脱いで」
「………………は?」
何言ってんの?
「もういい。脱げないなら、僕が脱がす」
「いやいやいや。ちょっと待って!」
器用にも左手だけでホックを外し、チャックを下ろしていく。
「きゃあ! 止めて! 変態! 最低男!」
身をよじっても、両手は拘束されてて上手く動けない。自由の利く足で蹴ってみても、軽くかわされてしまう。
そうこうしているうちにスルリとスカートを抜かれてしまう。
「いやっ!」
この状況から起こりうる最悪の事態が頭に過り、情けない声が出た。
「訴えてやるから! 泣き寝入りなんかしないから! 覚えてなさい! 絶対絶対復讐してやるから!」
「うん。そうならないために最善を尽くすよ」
ヒートアップする私に対して、真田くんは冷静にそう返してきた。最善って何? 意味分かんない!
真田くんは私のスカートを手にするとその場から離れた。きつく掴まれていた腕が解放される。
「ちょっとそこで待ってて」
パンツと足丸出しのまま放置された私は、ポカンとして彼の背中を見送った。その背中は、男子としては別に大きいものじゃない。たぶん、普通の部類だと思う。なのにまったく敵わなかった。その力の差に愕然とした。
真田くんは薬品棚からいくつかの瓶を取り出して、その中の液体をブレザーとスカートに当てている。
それが終わるとそのまま私の方に戻ってきた。
「はい。これで大丈夫。……身体の方に痛みとかない?」
真田くんに差し出された制服を素直に受け取るけど、なんか釈然としない。
でもまぁとりあえず、危機的な状況ではないのかな?
「痛いところはないかと、聞いているんだけど?」
「え……? あ、はい。ない……かな?」
「かな? じゃ、困るよ。火傷は痕が残りやすいからね。女の子の肌にそんなのが残ったら大変でしょ?」
「え……えっと」
どうしよう、質問の内容よりも真田くんの真剣な視線がかっこよくて考えがまとまらない。それに、痕が残ったら大変って……心配してくれてるってことだよね? 男子には鬼って呼ばれてばっかりのこの私を。
慣れない扱いにどう対応していいのか分からない。
「あの……えっと」
「まぁ怪我をするとしたら……ここくらいか」
――スルッ。
「ひぃっ!?」
何かが、太ももを這った。それが真田くんの手だと分かって、背筋に悪寒が走る。
「どう痛くない?」
何を平然と聞いてきてるの!?
「ひっ! へんっ、たいっ!」
今度は手を掴まれていなかったから、右手を振り上げてビンタす……するはずだったんだけど、またしても止められてしまった。真田くんの運動神経をそこそこって評したのは一体誰? どう考えても良いほうでしょ! いえ、良い方であれ!
「ふざけてないで、真面目に答えてくれる? どう痛くない?」
「い、痛くないです」
でも恥ずかしいです。
「そう」
目元をゆるめて微笑んだ彼。その顔に思わずドキッとしてしまった。
女子会で真田くんが話題に上る事はあまりない。そんなに目立つ生徒でもないから。でも、こうして見てみるとなんだかすごく顔が綺麗……。
「良かった。怪我がないならそれでいいんだ。制服の方も中和したし……良かった」
一つ息を吐いた真田くんはドアの方へと身を反転させる。
「さっきぶつかったところにビーカーおいてきちゃったから取ってくるね。それまでに制服着ておいて」
そう言い残して出ていった。
「真田くん……か」
トクントクンと胸が心地よく鳴っている。
――私はだいぶ変わっている真田くんに、恋に落ちた。
2.押しかけ日直
「お前、ドエムだったのか。引くわ」
私の話を聞き終えた咲弥は、軽蔑しきった目でそう言ってきた。話せというから話してやったのに、ムカつく!
「違うし! いったいどう聞いたらそうなるわけ?」
「いやいやいやいや、だってそうだろ。無理やり服脱がされて惚れるとか、どんだけ男に都合の良い展開だよ」
「そこじゃないし! むしろそれはどっちかっていうとマイナスで……。でも、それ以上に良いところがあったんだよ」
おかしいな。ありのままの出来事を伝えたはずなのに、どうして私がドエムだなんて事になるんだ?
「心配してくれたところが嬉しかったの。それに、迅速に対処してくれたしさー。あんたや他の同級生にはない、余裕みたいのがあって……えへへへへへ」
「キモッ!」
「そういう悪口言わなさそうなところも、魅力なのー」
べー、と舌を出してやると、ふんっと鼻を鳴らしてそっぽ向いてしまった。
「つーか、自分がぶつかって怪我をさせたりしたら誰でも心配くらいすんだろ。それに確かあいつ科学部の部長だったしな……その活動が原因で他の生徒に怪我をさせたなんて事になったら、部活に支障が出て大変だから対処したんじゃねーの?」
「だとしても、あんな風に冷静に対応できるなんてやっぱり凄いし。それに……お、おおおお姫様抱っこもしてくれて……」
「お姫様抱っこねぇ……んなもん、俺にも出来るし」
「そりゃあんたには出来るでしょ。その体格なんだから」
私は半ばあきれてそう言った。
咲弥は身長180オーバーで、サッカー部のエース。筋肉質なのは服を着てても分かる。それで、お姫様抱っこくらい出来ないはずない。
「真田くんはあんたよりも10センチくらい背低いし、華奢じゃない。まさかあんなに軽々と持ち上げられるとは思わなかったわ」
思い出してもドキドキする。あの見た目で軽々私を持ち上げたなんて……あぁ素敵。
「お姫様抱っこくらいで浮かれてんじゃねーよ。これだから普段男に相手にされない奴は……」
「ひっどい! なんなの、その言い方!」
心底馬鹿にしているような言い方だった。
せっかく真田くんのお姫様抱っこ思い出して良い気分だったのに、台無し!
「んな小さなプラス面よりも、もっと重大なマイナス面見ろよ。どんな理由であれ、抵抗してくる女の服を力ずくで脱がすのが普通か? もっと冷静になって相手の本質を見ろよ」
「……ムカつくっ!」
手近にあったマクラを顔面に投げつけてやった。
「いってー!」
なによ、なによ! 分かったようなこと言って!
服脱がすくらい別に大した事じゃ……なくはない、けど! それでも真田くんは悪い人じゃないはず……。
「おいマジふざけんなよ! 人が親切にアドバイスしてやってんだから、ちゃんと聞けよ!」
多分鼻に直撃したんだろう。咲弥は無駄に高い鼻を押さえてそう言った。
「別に頼んでないわよ!」
売り言葉に買い言葉ってやつだ。本当はこの話を始めた時点で、咲弥に助言と後押しを期待してたんだと思う。なのに思ったような言葉は貰えなくて……それどころか、反対するような事ばっかり言ってくるもんだから、つい強い言い方をしちゃった。
私がしまったと思ったのは、咲弥が悲しげな顔を垣間見せた時。けどその表情は私が声を上げるよりも早く消えてしまった。代わりに表れたのは、お節介で温厚な咲弥があまり見せる事のないキツイ目つきだった。
「分かったよ! 後で泣きついてきても知らないからな!」
「誰が泣きつくか!」
私の方を一切見ずにさっさと立ち上がり、部屋を出て行く咲弥。その際、バタンという大きな音を立てて扉を閉めやがった。
あの野郎……!
見てらっしゃい、真田くんと仲良くなって良い人だって証明してやるんだから!
私は部屋で、ひとりそう誓った。
ターゲット・真田聖、ロックオン。行動を開始します!
「あれ? 真田くん、重そうだね。手伝おうか?」
真田くんと何か接点を持てないか。そんな下心を持って観察し始めた私に、三日目にしてチャンスが巡って来た。
通常二人で行う日直の仕事。今日は真田くんの当番だったんだけど、もう一人の子は体調不良でお休みしていた。そんなに大した仕事があるわけじゃないのが通例なので、休んだ人の分別の人が入るということもない。……とまぁ、ここまでなら私にとっても大したチャンスにはならないんだけど、重要なのは、珍しくノート集めがあったってこと。
「え……?」
真田くんは厚さ約50センチのノートの束を抱え、驚いた顔で私を振り返った。
そうだよね。新学年になって三ヶ月もの間全然話した事のないクラスメイトから、いきなりそんなこと言われたらそうなるよね。
不自然にならないよう、予め用意しておいた理由を真田くんに説明する。好印象を与えられるよう、もちろん笑顔は忘れない。
「ほら、この前ぶつかった時に、すごく心配してくれたでしょ。だから、そのお礼に手伝いたいんだけど……ダメかな?」
「……あぁ!」
閃いた! という様に顔を輝かせた真田くんに、恋心がクラリと目眩を起こした。うーん。だいぶ重症だわ、私。
そんな恋の病真っ盛りの私だったもんだから、次に言われた真田くんの言葉への反応が遅れてしまった。
「あの時の人、茂木さんだったんだ」
「……へ?」
「あ、ごめん。あの時無我夢中で手当てしてたから、よく顔を覚えてなかったんだ」
「あ……そ、そうだったんだ」
あはは、と意味不明な笑いを残しつつ、なんとか笑顔を保った。けど、やっぱり地味にショックかも……。
「別にお礼なんていいのに。ぶつかったのはこっちだし……どっちかって言うと僕がもっときちんと謝る必要があるんじゃ……」
「い、いいの、いいの!」
危うく謝らせちゃうとこだった。それじゃあ気分悪くさせるために話しかけたみたいになっちゃう!
私は真田くんが抱えているノートの山から半分を抜き取り、胸に抱えた。
「本当に、いいの?」
「うん。持たせて」
「……ありがと」
真田くんが浮かべた微かな笑みにも私の恋心は大いに反応していた。
短い会話だけど、顔を向かい合わせて話しているだけで幸せな気分に浸れる。
これはなかなか良い雰囲気なのでは?
職員室の先生のところにノートを持っていくため、真田くんと連れ立って教室のドアをくぐった。
「あ……」
「あ……」
廊下には、ちょうど教室に入るところだった咲弥がいた。なんでこんなタイミングで……!?
悪いことなんてしてないはずなのに、真田くんと一緒にいるのがなんとなく後ろめたい。
気まずい雰囲気が私と咲弥の間に立ち込める。
「お前、今日日直だったっけ?」
「う、ううん。手伝ってるの」
誰の手伝いかは言わなくても分かるよね。
「そうか、頑張れよ」
「あー、うん」
あれ? もっとなんか言われるかと思ったのに……。
意外なほどあっさりと会話を切り上げた咲弥は、私たちの横を通って教室に入っていった。その時チラッとだけ真田くんを見ていたみたいにだったけど、私の角度からだと咲弥がどんな顔をしていたかまでは分からなかった。
職員室にノートを置いた私たち。もう教室に戻らないといけない。昼休みはまだあるけど、用事もないのに一緒にいられるほど私はまだ真田くんと仲良くなれてない。
もっと話したいな~、という欲は胸に秘め、真田くんと一緒に廊下を歩く。
「さっき、さ」
「え、あ! うん! なになになに?」
食いつきすぎだよ、私! 絶対不自然!
しかも思わず真田くんの腕掴んじゃいそうになったし。それはなんとか自重したけどさ。
引かれてない……?
真田くんの様子を観察するけど、うん、引いてる顔はしてない。いつも通りであんまり表情ないから分かりにくいけど。
「伊坂にすごく睨まれたんだ」
「伊坂?」
って、誰だっけ?
私の感情を読み取ったのだろう。真田くんは続けてこう言った。
「伊坂咲弥」
「あ、そういえばあいつ伊坂って苗字だったわ」
いつも咲弥咲弥言ってるから、苗字の存在をすっかり忘れてた。
「仲良いよね、茂木さん」
「んー、まぁ仕方なくって感じだけど」
苦笑しながら、私は言う。
仲が良いなんて傍から言われると、少し照れくさい。それでも完全に否定できない自分がいて、その事実が一層恥ずかしい。
「付き合ってるの?」
「ま、ままままままさか! ない! それはない!」
思いもよらない一言に、全力で否定した。振った首は、勢いが付きすぎて飛んで行きそうだった。
「じゃあ……付き合ってたの?」
「ない! それもない! 私と咲弥が付き合うなんて、ありえないし!」
あいつはただの幼馴染、あいつはただの幼馴染。
頭の中でそう言い聞かせる。そうしてないと、「でももし付き合ったら」なーんて考えて沸騰してしまいそうだったからだ。
「でも……じゃあ僕はどうして睨まれたんだろう?」
ポツリと言った真田くんの顔を、私は見れなかった。
ごめん、真田くん! それ多分私が真田くんの行動を話しちゃったからだ。
私は当事者だったから真田くんの意図が分かって、最終的には「真田くんって優しいんだな~」って思ったけど、話だけを聞いた咲弥はそうじゃない。元々 変人なんて言われてるせいもあって、咲弥からしてみれば印象悪いんだろうな。
でもなんて説明しよう?
そう考えている時、不意に真田くんが「あっ」と声を上げた。そして次に真田くんが言った言葉に、心臓が止まるかと思った。
「もしかして、茂木さん――僕のこと好き?」
3.真田聖による衝撃の告白
ん?
「……ごめん、よく聞こえなかったんだけど」
本当は嘘だ。聞こえては、いた。でもその聞こえた言葉が耳を疑ってしまうようなとんでもないもので、到底信じられない。
内容が内容だからっていうのもあるけど、信じられない原因の大部分は真田くんの態度にもあって……なんでそんなに冷静なの? 先生に質問する生徒と同じ態度じゃない?
「茂木さん、僕のこと好きなの?」
聞こえた。……あぁ。聞き間違えじゃなかった!
「なななななぁぁぁぁぁ!?」
超・動・揺! まともな言葉なんか出てこない。
さっきの咲弥と付き合ってたかどうかの問いかけより遥かに心臓に悪い。
というか、真田くんもよく照れもせず言えるね。さすが変人と言われることだけはある。
「えっ、いや、あの……」
好きですよ!
でも、それを勝算なしで言えるはずがないじゃない。
好きだって答えても、それを受け入れてもらえなかったら辛いし。
言葉とも言えない音が複数口から出ていき、手は目的もなくさまよっていた。
「……好きなんだね」
混乱する私を観察していたみたいで、少しだけ目を見開いた真田くんは、予想外とでも言いた気にそう呟いた。自分で聞いておいて驚いてるの? なんで?
まっすぐな真田くんの視線に捕まり、誤魔化せないことを悟った。
私は熱い顔で頷いた。
「好きだよ」
「あ……そ、そう。……こう面と向かって言われるとクるね」
「……何が?」
首を傾げて尋ねるけど、答えは返ってこない。
片手で顔を覆った真田くんはひとりでブツブツと言った後、おもむろに私の腕を掴んだ。
「えっ?」
「ごめん、こっち来て」
「な、何!?」
駆け足の真田くんにつられて私も同じように廊下を走る。
引っ張られたまま辿り着いた先は、私が真田くんを好きになるきっかけになった場所――理科室だった。
前回と同じで、何がなんだか分からない。……理科室に駆け込むことが、告白された人間の反応かな?
予感がする。これから真田くんがする行動も、きっと私には意味がわからない。けれど、真田くんにとっては意味のあることなんだと思う。
「そこに座って」
木でできた四角い椅子を指してそう言った真田くんは、こっちを見ることもなく窓際に設置された流しへと行ってしまった。
立っていてもしょうがないので、促されたまま椅子に腰を下ろす。
壁には科学的なコラムが書かれた印刷物が幾つか貼ってある。さして興味はないけど、目で文字を追った。
「茂木さん」
たぶん数分程度経っていたんだと思う。ふいに真田くんに呼ばれて、私は反射的に振り返った。
「な…………んぶっ!」
声はかき消された。大量に降りかかってきた水のせいで。
きつく瞑った目を開いて真田くんを見ると、彼の手には空になったタライが握られていた。
「何するの!?」
頭から顔から滴る水を払いながら、私はまたも同じセリフを真田くんにぶつけた。状況からいって真田くんがタライに入れた水を掛けてきたのは明らかだ。
……分からない。なんで私は告白した相手に水を被せられているんだろう?
「あ……あの……?」
「大丈夫? 正気?」
真剣な様子なんだけど……、どっちかっていうと真田くんの方が正気なのか微妙だよね。この状況だと。
でもこれでひとつ分かった気がする。
真田くんは、告白した私を、正気じゃないって思ってたんだ。
……なんて自己評価が低いんだろう。
「あのね、私ずっと正気だから」
「正気じゃない人はみんなそう言うよ」
「……言わないと思うよ」
酔っ払いとは訳が違うんだから。
「それより、もう僕のこと好きじゃない?」
「…………」
そんな風に聞かれても、答えに困る。心配そうな顔をしてるから、「好きじゃない」って答えて欲しいんだろうけど……。
相手が真剣であるからこそ、嘘は吐けない。
「ううん」
「……そう」
苦しんでいるのが見て取れるほどに顔を歪め、真田くんは拳を握った。……って、ちょっと待って!
「その手を下ろして!」
好きでも、さすがに殴られたいわけじゃないの。そんな趣味はない!
「ごめん。でも僕の責任だから、そのままにしておくわけにはいかない」
「責任っていうなら、別の取り方して欲しいな~。なーんて」
あはは、と笑ったのは私だけで、真田くんはそのまま拳を振り上げた。
――トントン。
突然のノックの音に、私も真田くんも体をビクッと震わせた。
さ、真田くんの反射神経が良くて助かった……。
あとわずか5センチくらい。そこで真田くんの拳は止まっていた。
ひとまず殴られずにすんだ私は、拳が止まるきっかけとなった音の出どころへと目を向ける。
「おーい、真田いるか?」
声とほとんど同時にドアが開いた。顔を覗かせたのは咲弥だった。
「やっぱり麻美もここだったのか……って、なんだよ! その格好!」
私と真田くんが居るのを確認して入って来た咲弥は、近くで見た私の状態に驚愕したらしい。
咲弥が驚くのも無理はない。だって私、びしょ濡れだし。特に、まともに浴びた首から上は酷いことになってるはすだ。
「な、何があったんだよ……?」
驚き顔のまま、咲弥の視線は真田くんへと動く。そして真田くんの手元でピタリと止まった。
……あ。これはマズイ。
真田くんの手元――空のタライはこの状況がどのようにして作られたかを雄弁に語っていた。
「真田がやったのか?」
声が剣呑な雰囲気を帯びる。
「うん」
ちょっと! 真田くん、もう少し空気読んで。なんで今にも殴りかかりそうな人間に、バカ正直に答えてるの!?
…………んん? そういえば、なんで咲弥が怒ってるんだろう? 心配してくれてるみたいだけど、関係ないよね?
「どういうことか説明しろ。場合によっては殴らないでいてやるからよ」
うわぁ、すでに腕が痙攣してるし。
これ……もしかして真田くん本気でヤバイんじゃ……。
「殴られたくはないな。まぁ、茂木さんをこんな風にしちゃった責任は全部僕にあるから、言い逃れ出来ないけど」
「どういう理由でこんな風にしちゃったのかを聞いてんだよ、俺は。さっさと答えろよ!」
「ちょっと、咲弥!」
いくらなんでも言葉がキツすぎない? 流石に黙っていられなかった。
「私は平気だから」
「どこがだ! んな制服でシャワー浴びたみたいな格好してて平気なわけないだろ!」
「平気、平気……っくしゅん」
あ……。
「ほら、平気じゃねーじゃねーか」
「だ、大丈夫だよ。今日結構暑いしさ」
「……それで本当に二人は付き合ってないの?」
聞き捨てならないセリフが会話に割り込んだ。
一瞬真田くんが居たの忘れてた。……だって全然話さないんだもん。
「付き合ってない! ……それに、私が好きなのは…………」
真田くん……なんだけど、……言えない! さっき言っちゃったから、気持ちはもうバレちゃってるのは分かってるんだけど。それでもやっぱり改めて言うのは恥ずかしいよ。
「付き合ってねーよ。つか、こいつはお前が好きなんだよ」
「うわあぁぁぁ!」
何暴露してくれちゃってるの、バカ咲弥! いや、暴露じゃないけどね! もう伝えてあるから!
でも、そういう問題じゃない!
あぁ、もう。顔が燃えそう。なんで好きな人の目の前で本心を告発されなきゃなんないのさ!
「うん。さっき聞いた。だから正気に戻すために水を浴びせてみたんだけど……効果はないみたいだね」
私に一瞬目をやった真田くんは小さなため息を吐いた。
――ズキン。
……迷惑なのかな?
「あ……ちょっ……茂木さん、そうじゃない!」
慌てて手を振った真田くん。
「僕の不注意で茂木さんに迷惑かけてるのが申し訳なくて、早く元に戻してあげたいって思ってるだけなんだ」
「不注意? 迷惑? ……何言ってるの?」
不注意というのはこの前ぶつかった時の話なんだろうけど、迷惑って何?
私が真田くんを好きなことが、私にとって迷惑って言いたいの?
真田くんにとって迷惑っていうなら話は、まぁ分かるんだけど……。
「何って……誤って惚れ薬を茂木さんに服用させてしまったことだけど?」
「……………………はい?」
私と咲弥の声が重なる。
なんかものすごくとんでもないワード入ってない?
「ほ……惚れ薬?」
「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ」
「ふざけてなんかないよ。本当のこと」
いたって冷静に真田くんは言った。
「……うそ。じゃ、じゃあ今の私の気持ちはその薬のせいだって言うの?」
「うん、そう」
真田くんの顔は真面目だった。その顔のまま、ふいに距離を詰められる。
「わっ」
すぐ目の前。あり得ないほど近くに真田くんの顔がある。
真田くんの瞳には私だけが映っていた。
し、心臓が破裂しそう。
「ドキドキしてる?」
そう言った真田くんの唇の動きに、さらにドキドキした。
殺される! 萌え殺しだ!
「……っだあぁ! 離れろ!」
「っ! さ、咲弥!?」
突如現れた邪魔者に心臓が救われる。
咲弥に掴まれ、真田くんは離れていった。
「こういう事するつもりで麻美に、んなモン飲ませたのか?」
「二つ誤解がある。一つ、僕は茂木さんをどうにかしたくて薬を使ったわけじゃない。さっきも言ったけど、僕の不注意、事故だったんだ。二つ、彼女は薬を飲んだ訳じゃない。……吸ったんだ」
「……どういう意味だよ?」
真田くんを掴んでいた咲弥の手から、ゆっくりと力が抜けていくのが見えた。
真田くんは二つ椅子を引っ張ってきて、片方を咲弥に勧め、もう片方には自分が座った。
「この間ぶつかった時にもここに来たでしょ? その時ちょうど、惚れ薬の試作品を作っている最中でね……どうも成分が気化していたみたいなんだ」
「マジな話なのかよ……」
「うん」
「信じらんねぇ……。つーか、全体的に信じらんねぇ。なんだよ惚れ薬って……」
言葉通り、信じられないという様子の咲弥。私も同じ気持ちだった。
「信じてもらわないと困る。実際に茂木さんにはその薬の効果が見られるんだから。元に戻すにしても、水をかけたくらいじゃ治らなかったし、茂木さんに協力してもらいなから方法を探すしかない」
「そんな……」
「……ごめんね、茂木さん」
「……ううん」
申し訳なさそうな真田くんに、心が軋む。
真田くんは私に薬を吸わせてしまったことを謝ってる。それは分かってる。分かってるんだけど……。
どうしても真田くんの様子が、告白を断っているように見えてしまう。
気持ちを受け入れてもらえないという点では同じ……だね。
傷ついた心を抱えて、さらに気分は沈む。こんな風に傷つくのに、それさえ薬の効果だなんて辛すぎる。
「大丈夫。方法は絶対にあるから、そんなに落ち込まないでよ」
「真田くん……」
力強い瞳にキュンとすると同時に、この気持ちが消えてなくなるのかと思うと少しさみしかった。
水を被ってそのままにしておいたのがいけなかったんだろう。私は見事に風邪をひいてしまった。
土日を挟んだことが幸いし、欠席は月曜と火曜だけですんだ。
そして五日ぶりの登校となった水曜日。
私を待っていたのは、心を引き裂くような出来事だった――。
4.噂の恋人
「おい、聞いたかよ。……ほら」
「あぁ、例の噂だろ?」
「なんであんな美少女がって感じ……。あーあ、信じらんねーよ」
なんか、学校が騒がしい。
異変を感じたのは昇降口に着いた時だ。……男子どもが心なしそわそわしてるような。
女子とは違い、男子生徒がこそこそと噂話をするというのはあまりない。だから現在の、ところかしこでそんな姿が見られる状況は異常だった。
「麻美っ!」
「……咲弥?」
階段を上りきり、教室へ向かおうと廊下を曲がった時、咲弥が小走りに向かってきた。
「ちょっと、廊下は走らないでよ。あんた、ただでさえ身体が大きくて危ないんだから」
「それどころじゃねぇって!」
いつもなら、それどころって何!? って言い返すところなんだけど、今はそういう気になれない。
咲弥はあまり見せない強張った顔で、私を見ていたのだ。
「落ち着いて、聞け」
「…………なに?」
「真田に彼女ができたって噂になってる」
「は?」
「相手は鴨川美佳っていう一年の女子だ」
「……」
空っぽの言葉だけが思考を横切り、意味を理解させてくれなかった。ぐるぐると、三回ほど言葉を再生してようやく意味を捕まえる。そして生まれたのは一つの疑問。
なんで?
なんで?
なんで、このタイミングで? 真田くん、私が真田くんのこと好きなの知ってるのに……?
「おい、しっかりしろって!」
「だ、だって……」
苦しい? 痛い? 重い? どんな形容をすればいいのか分からない。……けど、この感情が負からできてることだけは分かった。
「……ハッ」
「麻美、何笑って……」
辛い……けど、この気持ちが薬のせいだと思うと、落ち込むのが馬鹿馬鹿しい。
「いやー、なんか色々通り越して笑えた。……ていうか、それをわざわざ言いに来たの?」
「……教室でお前が今みたいな顔してたら、また別の噂が生まれて大変だろ」
「……」
友達に見られでもすれば、一目で傷ついているのが分かってしまう顔。真田くんに彼女ができたと聞いた時に、私はきっとそんな顔をしていた。
「……ありがと」
「素直な麻美、気持ちわりぃ」
「気持ち悪いってどういう意味よっ!」
そっぽを向いた咲弥の足を軽く蹴飛ばす。
「いった! 何すんだ!」
「気持ち悪いなんて言うからでしょ!」
心はまだ少し痛むけど、さっきよりもずっと楽になっていた。
なんなんだろう。このメンツ。
理科室の机を四人で囲む。私と咲弥と真田くんと……見たことない女の子。小さな顔に大きな瞳を持つ、女の子らしい女の子。鬼って言われる私とはえらい違いだ。
たぶん……ううん、確実に噂の彼女なんだろうな。真田くんの方に席を寄せて、腕に抱きついてるんだもん。絶対、そう。
二人を視界に入れたくなくて、隣に座っている咲弥を見た。
「で、私達を集めて何が話したかったの? 咲弥」
この四人で理科室に集まることになったのは、咲弥が集合をかけたからだ。
難しい顔をして腕を組んでいる咲弥は、低い声を発した。
「その前に……なんだ、あんたは?」
目つきが極悪だ。
けどその視線を受けることになった女の子は、咲弥に柔らかい笑みを返すだけで、さほど気にした様子もなく口を開いた。
「初めまして、先輩方。わたし、聖先輩の彼女で、鴨川美佳といいます」
「んなことは分かってんだよ! なんでここにいるのかを聞いてんだ!」
「あら? わたし先輩に会ったことありましたっけ?」
はぁー、と盛大にため息を吐いた咲弥は不機嫌な様子のまま鴨川さんに向かって言う。
「会わなくても分かるわっ! ……なにせ噂になるほどの絶世の美少女様だからなっ!」
「あらあら! 嬉しいです、そんな風に言ってもらえるなんて! でも……ごめんなさい。わたしはもう聖先輩のものなんです」
ほおを染めた顔に幸せそうな笑みを浮かべ、真田くんにさらにぎゅっと身を寄せた。
「あんたが何者でもいい。だが、どうしてここにいるんだ? 俺は真田だけに声をかけたんだぞ」
「そうそう、それです! 酷いですよー、わたしと聖先輩のラブラブタイムを奪おうとするなんて!」
ねー、と真田くんに同意を求める姿が胸に痛みを与えてくる。胸元を握った手で押さえ、じっと耐えた。
「用事があったから呼んだんだよ! 関係ない奴は帰れ!」
「待ってくれ。伊坂の用事によっては彼女も関係者かもしれない」
その言葉に、私は真田くんを再び視界に収めた。隣に座る鴨川さんをできるだけ意識しないようにして。
「伊坂の用件はだいたい想像が付く。なんで僕が鴨川さんと付き合い始めたのか、だろ?」
「……あぁ、そうだよ」
「彼女が僕の作った惚れ薬を飲んだからなんだ」
…………は?
真田くんが言っていることが分からなくて、思わず咲弥に視線で説明を求めた。が、無駄だった。咲弥も私と同じく、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
「そ、そういうことか。麻美が惚れ薬を吸ったのは、真田が惚れ薬を作ってたからだもんな。そりゃあ惚れ薬のターゲットの女がいるわな。あー、なんで気づかなかったんだ」
……そっか。真田くんは鴨川さんが好きなんだ。だから――。
「早合点されると困る。僕は確かに鴨川さんに薬を飲ませたけど、それは鴨川さんが望んだからだよ」
「…………どういう状況だよ、それ」
惚れ薬って普通、他人に惚れられたいから使うんだよね。惚れたくて使うなんて聞いたことないし、意味がわかんない。
……意味は分からなかったけど、私は密かに次の言葉に期待していた。もしかしたら、真田くんが鴨川さんを好き、という以外の答えがあるかもしれないのだから。
「聖先輩」
鴨川さんが何か含みのありそうな声音で真田くんに呼びかけた。
それを拒否するように、真田くんは首を横に振る。
「茂木さんを巻き込んでいる以上、僕にはことの経緯を説明する責任がある。それに同じ薬を服用している茂木さんの協力があれば、解毒剤だって作りやすくなるでしょう?」
真田くんが言い聞かせると、鴨川さんはあまり納得していない顔をしながらも小さく頷いた。
真田くんは体ごと私と咲弥の方を向き、話し始めた。
「そもそも僕が惚れ薬を作っていたのは、鴨川さんに依頼されたからなんだ。科学部の僕なら惚れ薬も作れると思ったらしい」
……鴨川さんって頭悪い?
「お前、馬鹿なのか?」
私が心でこっそり思っていたことを、咲弥が直球で尋ねていた。
「心外です! 科学に詳しい聖先輩なら、作れるかもしれないって思うじゃないですか!」
「いや、もうその考え方自体が馬鹿だろ!」
「馬鹿馬鹿って……現にわたしや茂木先輩に効果が出てるじゃないですか!」
確かにそうなのだけど。
「それにしても、惚れ薬って……。よくそんなの作ってもらおうと思ったわね」
私がそう言うと、鴨川さんは足元に置いてあった自分の鞄を漁り、一冊の本を取り出した。得意気な顔でこっちに向けてくる。
「これに書いてあって、ピンと来たんです!」
「……なになに? いちゅうのかれを、らぶまじっくでめろめろに……?」
顔から変な汗が出た。
『意中の彼をラブマジックでメロメロに!』
読んだだけで恥ずかしくなるタイトルが、むせ返りそうな濃いピンクで彩られている。
……これおまじないの本だよね、小学生とかが読む。
「これに作り方が書いてあったんで、聖先輩にお願いしたんです」
「……お前、すごいな」
咲弥が真田くんに向かってしみじみ言った。
「なんでこんな本から本物の薬が作れんだよ?」
「僕だって作れるなんて思ってなかったさ。そもそも人間が恋愛をするメカニズムだって解明されてないんだから、惚れ薬なんて作れっこない……。けど断っても断っても、鴨川さんがどうしてもって言うからヤケになって書いてある通りにやってみただけだよ」
なんだか真田くんの態度が冷たいっていうか、淡白っていうか……もしかして……。
「つーか待て。一つ確認させろ。真田、お前は好きで鴨川と付き合ってんだよな?」
「それは」
真田くんの視線が自分の腕を掴んでいる鴨川さんへと向いた。彼女の顔に何を感じたのか、真田くんはため息を吐き出した。
「僕が付き合っている理由は約束と責任だよ。薬を作る前に約束したんだ。薬は最初に鴨川さんが自分で試すこと」
「試した結果、わたしが聖先輩を好きになるようなことがあれば効果が切れるまで付き合うこと」
真田くんから言葉を引継いだ鴨川さんが、まるで契約書を読み上げるかのように淡々と言った。
ふと、心が軽くなる。
……良かった。
彼女の一言に、安心している自分がいた。良かった、真田くんは鴨川さんのことが好きなわけじゃないんだ、と。
浅ましいな。理由はどうあれ、真田くんと鴨川さんが付き合ってるのには変わりない。割って入れるわけもないのに、真田くんの気持ちが鴨川さんに向いていないことが嬉しかった。
「……なるほどな。だから麻美が自分に惚れてると知りながらも、このタイミングで付き合い始めたのか」
「そう。僕が鴨川さんと約束したのは茂木さんにも惚れ薬が効いてると分かる前だったからね。……本当だったら付き合うよりも先に茂木さんには説明をしようと思ってたんだ。惚れ薬が理由とはいえ、茂木さんは僕に恋しているわけだからね。何も言わずに別の人と付き合い始めたら気分悪いだろうし。けど上手く出来なかった」
「私が風邪で休んでたから?」
「うん、だから遅くなっちゃって……あ、その件についても謝らないとね。風邪引いたのも、僕の短絡的な行動が原因でしょ? 本当に何から何まで迷惑をかけ通しで、ごめん」
「ううん、いいの」
不思議だった。今までぺしゃんこに潰れていた気持ちが、風船に空気を送り込んだみたいにみるみる膨らんでいく。
真田くんはちゃんと私のことを考えてくれてた。惚れ薬で好きになってるだけなのに、そんな私の気持ちまで汲んでくれるなんて……!
どうしよう、また真田くんの良いとこ見つけちゃった。どんどん好きになるのに比例して胸の痛みも増していく。
絶対に報われない。分かっていても膨らむ気持ちをどうすることも出来なかった。
5.薄い狂気
なんの解決策も見つからないまま、一週間が過ぎた。
「今日は抹茶クッキー作って来たんです~。みんなで食べましょう!」
放課後の理科室に鴨川さんの明るい声が響く。
確か昨日がマフィンで、一昨日がプリンだった。
私と鴨川さんに異変がないかを確認するため、毎日真田くんは問診する。せっかく集まるんだからと鴨川さんがお菓子を作って来てくれるようになったんだけど……。
「あれ? 茂木先輩、抹茶嫌いでしたか?」
「ううん、そうじゃないの」
毎日作ってくれる鴨川さんには悪いけど、出されるままに食べてたら……デブまっしぐら!
「でも今日はいいや」
「何か体調に変化でも?」
すかさず真田くんが聞いてきた。
「体調は……変わらないかなー」
変わるのは体重だ。
「貰わないなら、俺が食うぞ」
私の目の前に置かれていた可愛い包みのクッキーが、横から伸びてきた手に持っていかれた。
「……どうぞ」
……なんでこいつまで居るんだろう?
今回の件に一切関係ないんだけど、咲弥は毎日この会に参加してる。なんでも、「ここまで知っちまったからには放り出せない」だそうだ。よく意味が分からない。
「あ、わたし教室に忘れ物して来ちゃいました! ちょっと取ってきます」
鴨川さんは慌てた様子で立ち上がり、小走りで理科室を出ていった。残された私と咲弥と真田くん。
……会話がない。
私としても、どっちかと二人なら普通に喋れるけど、二人と同時に話すのは難しい。
「ねぇ」
意外なことに、この場で一番口の重そうな真田くんが、話し始める。
「ずっと聞きたかったんだけど、なんで伊坂までいるの?」
「あ?居たら悪いのかよ?」
……咲弥、ガラ悪い。
別に不良ってわけじゃないんだけど、おとなしい雰囲気の真田くんとの対比でだいぶ不良寄りだ。
「悪くはないけど、わざわざ自分に無関係なことに時間を割いていることに疑問を感じる」
なんで、と首を傾げる真田くんが可愛い……。男子高校生をかわいいと思わせるなんて、惚れ薬恐るべし!
「悪くねぇなら、ガタガタ言うな」
「悪くはないんだけど、……いや、悪いのかもしれない」
「……何言ってんだ」
「もし伊坂がここにいる理由が、茂木さんに好意があることに由来する心配のせいだったら悪いな、って思って」
「は?」
急に自分の名前が会話に上り、私は思わず声を漏らした。その声は同じく声を上げた咲弥のそれとピッタリ重なる。
好意って……咲弥に限ってそんなものあるわけがない。家が向かいなだけのただの幼馴染だし。
「ほんと、お前、大丈夫か?」
「僕は通常通りだよ」
「あー……ま、真田の通常は他の人間の異常なんだが……」
「で、どうなの? 伊坂は茂木さんが心配だから来てるの?」
咲弥が小さく言った言葉は無視して、真田くんは話を戻す。
「な、なんでお前にそんなこと言わなきゃなんねーんだ!」
「もしそうなら謝ろうと思ってるし、そうじゃないなら理由が聞きたい」
ブレることのない真っ直ぐな視線が咲弥へと注がれる。
私はというと、二人のやりとりが面白いので黙って見ていた。咲弥が私を好きだなんて、なんて面白い冗談だろう。
「謝らなくていい! 別に俺は麻美の心配なんかしてねぇし、ただ……惚れ薬ってのがどんなもんなのか興味あるだけだ!」
……だろうね。私も心配されたいとも思わないし。
「そう、なら良かった」
咲弥の言葉に、真田くんが表情を和らげたその時、理科室のドアが開き鴨川さんが姿を見せた。
「おかえり」
そう言った真田くんに満面の笑顔を返した鴨川さんは、ふと視線を咲弥に移した。
「……んだよ?」
「いーえ……」
言葉とは違い、鴨川さんの視線は咲弥に止まったままだ。
鴨川さんと咲弥が、まるで視線を逸らした方が負け、とでも言わんばかりに見つめ合う。
「だから、なんだよ! 言いたいことがあるなら、はっきりと言え!」
短気な咲弥はついにしびれを切らし、強めの口調で鴨川さんに言った。
「じゃあお言葉に甘えますけど……、伊坂先輩、茂木先輩のことが好きですか?」
もしかして、聞いてた? そんな風に思ってしまう。だってさっきのやり取りとまるで同じ内容だ。
「んなわけねーだろ!」
「えー……そんなはずないですよー。だって――さっき伊坂先輩が食べたクッキーには惚れ薬が入ってたんですから」
まさかの告白に、息を飲んだ。理科室に沈黙が訪れる。
「ほ、惚れ薬って鴨川さんが飲んだやつ?」
「そうですよ」
うわずった私の問いに、しれっとした顔で答えた鴨川さん。うーん……とんでもないことしてるのにすごいな。
「な、なななななぁっ?」
言葉も出ないか、咲弥。気持ちは分かる。惚れ薬なんて聞いたらそりゃあ動揺するよ。しかも相手は私らしいし。
……あれ?
「咲弥が惚れ薬入りクッキーを食べたのはいいとして」
「よくねーよ!」
「なんで相手を私に指定できたの?」
「それはですね」
「おい、無視すんな!」
「咲弥、あんた惚れ薬に興味あるって言ってたじゃない。願ったり叶ったりでしょ。いいから黙ってて」
咲弥の声がうるさくて鴨川さんの声が聞こえないじゃない。
なんかまだぶつぶつ言ってるけど、とりあえず話に割って入ってはこなくなった。
「惚れ薬が体に馴染んで、一番初めに目にした相手を好きになるみたいですよ!」
なるほど。だから鴨川さんは一旦出て行ったのか。
私と鴨川さんに効果が出てる以上、この説明も本当なんだろうけど気になる点がある。
「体に馴染んでって、一体どれくらいなの?」
「さぁ? 人それぞれじゃないですか? わたしは結構すぐでしたよ。十分くらいだったと思います。先輩はどうでしたか?」
「私もたぶんそれくらい……」
咲弥が私の分のクッキーまで食べ終えたのはもう十分以上前の話。私と鴨川さんのケースから考えると、もう効果が出ても良いはずだ。
同じことを思っているであろう真田くんと鴨川さんも咲弥を見る。三人の視線を一身に受けた咲弥はたじろいだ。
「麻美を好きになんてなってねーからなっ!」
失礼な言葉だ。
まぁ、でも、意地になっているのが分かるし、何より別に咲弥に好かれたいとも思ってないからイライラはしないけど。
「なんで伊坂先輩には効果が出ないんでしょう?」
「この結果は興味深いな」
「ふざけんなっ!」
咲弥の一喝にから一拍おいて、静寂が訪れる。
わぁ、咲弥……本気で怒ってる……。
「大体なんなんだよ、人に妙なもん盛りやがって! どういうつもりだ!」
「えーっとですねー、なんていうか……わたしなりの聖先輩への協力です」
「僕への?」
真田くんが首を傾げると、鴨川さんはこくんと頷いた。
「サンプルが多い方が、早く解毒薬作れますよね!」
「無関係な俺を巻き込んでんじゃねーよ!」
その通りだ。惚れ薬を盛るのはやり過ぎだと思う。
机に両腕を乗せて手を組み、その上に軽く顎を置いて真田くんは目を閉じている。
「確かに、惚れ薬にどんな効果があるのか知るためには人数が多いに越したことはない。だけどその為に被害を広げたんじゃ本末転倒だ」
今度は私達三人の非難を含んだ視線が鴨川さんへと集中する。
ふにゃり、と鴨川さんの顔が歪んだ。
「ご、ごめんなさい……」
あ……謝るんだ。
小さな声で謝る鴨川さんの反応は少し意外に感じられる。
咲弥に睨まれたり怒鳴られたりした時には涼しい顔をしていたのに。
「ど、どうしても聖先輩の役に立ちたくて……」
「はっ。どうだかな。本心は自分が元に戻りたいだけだろ」
「そ、そんなことありませんっ!」
咲弥の嘲笑に鴨川さんの甲高い声が上がる。
涙目の鴨川さんを見ているとなんだか可哀想な気もするけれど、咲弥の鴨川さんを責めたくなる気持ちも分かる。事故である私とは違って、咲弥の服用は避けることができた事だ。
「いや……待てよ?」
「咲弥?」
咲弥の冷静な声に驚いた。今までの熱い声から一転して、理性の強い声音になっていた。
「その動機はおかしくないか? だってそうだろ。真田の役に立つってことは、惚れ薬の効果を消す為に動くってことだろうが……。惚れ薬の効果で真田に惚れている今、別にお前は薬の効果を失くして、真田を好きじゃなくなりたいわけじゃないはずだ」
「……そっか、そうだよね」
それは同じ薬を服用している私にも分かる。真田くんを好きなのが惚れ薬のせいだって聞いても、だからといって早く解毒薬を作って欲しいだなんて思わない。真田くんを好きなのに、その好きって気持ちが消えちゃう方が……よっぽど嫌だ!
「う、嘘じゃないです! 本当に……」
「お前、本当は」
咲弥は取り合わなかった。そのまま言葉を続ける。
「俺を麻美にあてがおうとしたな? 自分と同じく真田を好きな麻美を排除したくて」
咲弥の言葉に驚いき、目を瞠ったままで鴨川さんを見た。彼女は口を引き結び固い表情で、咲弥と私を見ていた。……ううん、見ていたというよりも睨んでいたといった方がより正確な気がする。それくらい鴨川さんの目つきは険しいものだった。
そうなんだ。たぶん、咲弥の言うことは正しい。
鴨川さんも反論しなかった。
「そうなの? 鴨川さん」
「聖先輩……」
あぁ、真田くんは残酷だ。
恋心に狂わされてしでかした悪事を暴かれた鴨川さんにとって、恋する相手の真田くんから駄目押しのように問われる事は、この上ない苦痛だろう。
けど、私にはそれを止める気にはならなかった。私もまた恋心に狂わされている人間の一人だからだ。
大好きな真田くんの恋人である鴨川さんの汚い面が、真田くんの目に触れることを私は楽しんでいた。同情的な瞳で取り繕った皮のすぐ内で、私はざまあみろとせせら笑っていた。
……嫌だ。なんだこれは。
誰にも見えない心の内。だけど、私は、私自身は知っている。
ライバルが堕ちていくのを嬉しくてしょうがないと思ってしまう自分の醜さが――嫌だ!
「あの!」
胸が破裂するほどの自己嫌悪を感じた時、私は思わず声上げていた。
「ゆ、許してあげようよ」
――恋による狂った行為を許してあげよう。
「鴨川さんだって、悪気があったわけじゃないんでしょう?」
――可哀想な鴨川さんをせせら笑ったのだって悪気はなかった。
「それになんにしても、私と鴨川さんには解毒薬が必要なわけだし、一人増えても変わらないよ」
「……そうだね」
真田くんの同意を聞いて、ようやく力が抜けた。
「今更何を言ったところで、伊坂が薬を服用してしまった事実は変わらない。……悪いね、伊坂。無関係だったところを関係者にしてしまって」
冷静な様子で話す真田くんに、咲弥も怒りを収めざるをえなかったようで、息を吐きながら表情を緩めた。
「もういい。おまえの言う通り、食っちまったもんはしょうがねぇ」
「すまない。できるだけ早くなんとか解決方法を考えてみるよ」
その言葉を最後に、理科室には気まずい沈黙が下りる。二人に許された鴨川さんが洟をすする音を聞きながら、私もまるで自分のことのようにホッとしていた。
6.私と幼馴染と大好きな人
「ねぇ、ちょっと。……おかしくない?」
「何が?」
くつろぎまくっている目の前の男をジト目で見るが、相手は全く意に解さなかった。
鴨川さんの起こした惚れ薬混入事件の後、私達はあまり時間をおかずに解散した。話す必要のある内容もなかったし、雑談をする空気でもなかった。
皆と別れた私は、親から買い物を頼まれてスーパーに寄ってから帰って来たんだけど……どうしてか、咲弥が私の部屋でくつろいでいた。
半ズボンにTシャツといったラフな私服でベッドに横になっている咲弥を見ると、ここがどこだか疑いたくなる。
ここ、私の部屋だよね?うん。そうだ、私の部屋だ。
一瞬部屋を見回してしまった。でも違和感があるのは咲弥だけ。
「なんで部屋の主を差し置いて横になってるの!?」
「差し置いてって……お前今帰ってきたばっかだろ」
私の姿を見て、咲弥は体を起こしベッドに座る格好となった。
「私が居ないのに咲弥が部屋にいるなんておかしいでしょ!?」
「しょーがないだろ、麻美のお袋さんに、もうすぐ帰るはずだから部屋で待っててって、言われたんだから」
あぁ、母よ。あなたの娘は女子高校生で、その幼馴染は男子高校生。さすがに女子高校生の部屋に男子高校生を一人で居させるのはどうかと思う。
「はぁ……」
無頓着っぷりを発揮してくれた母に不満はある。が、それよりも。
「何の用なわけ?」
「……」
「咲弥?」
咲弥のまとう雰囲気が変わる。無意識に背筋が伸びた。
「なんで……あの女は、俺に惚れ薬を盛ったんだろうな?」
「は……?」
「だって、おかしいだろ」
「そ、そそそそ、そんなの、あんたを私に……ほほ惚れさせたかったか、からでしょ……っ!」
「……」
上手く舌が回らなかった。咲弥がなんとも言えない冷めた目で私を見てる。
だって緊張するんだもん!
いくら咲弥とはいえ私を好きになるとか……言葉にするのだって恥ずかしい。
その時ふと、あの時のことが思い出された。
――僕のこと好き?
リフレインする真田くんの声に、鼓動が高く跳ねた。
よくまぁ、真田くんは面と向かって言えものだ。
「……それがおかしいんだよ」
咲弥の言葉で現実に引き戻される。
「な、なによ! 仕方ないでしょ、言い慣れないから噛んじゃっただけ」
「いや、麻美のおかしな話し方のほうじゃねーよ」
まだ少し噛み気味になっていた私の言葉を遮って淡々と話を続ける。
「俺があの女の立場だったら……薬は真田に飲ませるぞ」
「え……」
そうだ。
惚れ薬が手元にあったなら、それを使う相手は好きな相手になるはず。
でも……実際には鴨川さんは咲弥を私に惚れさせる為に使った。
「確かに……おかしい、かも」
真田くんを好きな私が邪魔だったとしても、真田くんの気持ちが鴨川さんに向いてしまえば私にはもうどうしようもない。
どうしようも……。
気づいてしまった。私は、真田くんが鴨川さんを好きでないことだけが、支えなんだ。
それに気づいてしまえば、もう本心を無視出来ない。
私は、真田くんが鴨川さんを好きになるのが怖い。そんなことになったら、体ごと心が砕け散ってしまいそうな気がする。
……怖い。
惚れ薬の効果だと言い聞かせても、それでもなお収まらない。
恐怖に包まれる中、一つの仮定がハッと閃いた。
「もしかして」
私の声に反応して、斜め下を向いて思案していた咲弥が顔を上げる。
「鴨川さんも同じ……」
鴨川さんも私と同じように、怖かった? それで、私の気持ちも察することができた……とか。
「鴨川さんは私に気を使ったんじゃないかな? 真田くんが鴨川さんを好きになって、私が諦めざるをえなくなるより、咲弥が私をすすす好きになって私が動きづらくなる方が、私は傷つかないから……」
咲弥の眉がグクッと寄った。
「それ、本気で言ってんの?」
言葉と一緒に溜め息も吐き出され、呆れていることがうかがい知れる。
「だって……そうとしか考えられないし……」
「あの女がそんなお優しい人間には見えないけどな。……つーかさ、俺がもし麻美を好きになったら、お前は真田を諦めるのか……?」
「へ……?」
顔の筋肉が固まってしまった。なにその冗談、っていう軽口さえ出てこない。
咲弥の瞳は真剣そのもので、冗談として流せるようなものじゃなかった。
ゴクリと唾を飲んで、喉をほぐす。
「お……おおっぴらに好きだって言えないだけだよ。諦めない、諦めないよ。だって、諦められるわけないもん」
「それが惚れ薬の効果でもか?」
振り絞って言った言葉に、咲弥は低い声で反応した。
「だ、だってそれは咲弥も同じでしょ? 私のことをす、好きになったとしても、それは惚れ薬の効果なわけなんだしさ」
部屋の空気が重かった。次に咲弥が何を言うのか全く予想出来なくて、鼓動が早まっていく。
無言で立ち上がった咲弥は私の肩に手を置いた。緊張で体に力が入る。
「じゃあ、もし……」
低くなった声で、咲弥は続きを囁いた。
「――惚れ薬に関係なくお前のことが好きだって言ったら?」
「え……?」
一瞬勘違いをしそうになった。
咲弥が私を好きだと言ったように思う。それも惚れ薬と関係なく。
でも、そんなこと――。
高まっていた緊張はほぐれ、ゆったりと息を吐く。
「それが惚れ薬の効果でしょうが!」
――ありえない。
咲弥がおかしな雰囲気を纏っているのは惚れ薬のせいだ。それが分かった途端、スッと体が軽くなる。
伸ばした手で咲弥の頭を軽く叩くと、
「何すんだ! 人が真剣に話してるってのに!」
「バカが考え込むとロクなことにならない」
「バカは認めるが、今それ関係ないからな! ……俺は本当に」
「あー、はいはい。惚れ薬惚れ薬」
「バカはお前だ! 俺はもっと前か……ら……?」
咲弥の勢いは電池が切れるみたいに急激に落ちていき、やがて止まった。
「咲弥?」
「……そういうこと……か」
ハッとした、そしてどこか呆然とした面持ちで呟いた。
私は首を傾けることで疑問を示すけれど、咲弥はそれを無視して、口の中に言葉を溜めたまま吐き出すことはなかった。
翌日の放課後、私は真田くんと向かい合って座っていた。ここのことろ恒例となった四人での集会のはずなんだけど……。
「鴨川さん、遅いね」
「そっちも。伊坂、どうしたの?」
咲弥と鴨川さんの姿はない。
「さぁ? 来ないとは言ってなかったんだけど……」
本当にどうしちゃったんだろう?
教室には居たし、態度も……うーん、変わったところはなかったと思うんだけどな。
「もしかして、昨日の今日だし来たくなくなったのかと思ったけど……茂木さんに何も言わずにってことはなさそうだから、何か理由があるんだろうね」
しみじみと、自分の言葉に違和感を持ってなさそうに言った真田くん。
「……あのさ、真田くん」
前々から思っていたことを、私は意を決して口に出す。
「私と咲弥は別に、すっごく仲が良いってわけじゃないからね。……ただの幼馴染ってだけ」
なぜか真田くんは私と咲弥が付き合ってることにしたがる。時々感じるその言い回しに気付かないはずがない。
真田くんは表情がないことが多く、あまり感情を表にださない。だというのに、今この瞬間、真田くんは非常に申し訳なさそうな、罪悪感に溢れた顔をしていた。
「……ごめんね」
「いや、謝るほどのことでもないけどさ」
あまりに痛々しい表情で、見ていられなくなった。何か、私が悪いことをしている気分にさせられる。
「だって……そういう風に思うのだって、僕の惚れ薬のせいだから」
「はぁ?」
あまりに見当はずれな返しだった。
「それって惚れ薬がなければ、私は咲弥が好きだって言いたいの?」
「……」
彼は無言を貫いた。けど目だけは肯定を示している。
その瞬間、泣きたくなるような、叫びたくなるような、強烈な情けなさが私に襲いかかってきた。
咲弥を好きなんてありえない。それは惚れ薬を飲む以前の自分の感情を思い出して、はっきりそう言い切れる。断じて惚れ薬のせいなんかではない。
けど、それより何より、自分の気持ちが完全に嘘として真田くんに伝わっている事がなによりも辛い。
「っ! 待って、茂木さん! な、なんで泣くの?」
慌てた様子で伸ばされた真田くんの腕。でもそれを受け入れられず、つい強い力ではねのけてしまう。
「意味も分からないくせに、優しくしないでよ!」
ヒステリックな自分の声が理科室に広がった。
驚いた顔の真田くんが目に入るけど、もう止まらない。
「わ、た、し、は! 真田くんが、好きなんだよ!」
「それが惚れ薬の効果だから」
ほとんど叫んでるみたいな私とは違い、落ち着いた調子のままの真田くん。
私ばかり熱くなって……広がる温度差にもっと憤ってしまう。
「知らない! 惚れ薬なんて、知らないよ! だってこんなに好きなんだよ! 惚れ薬なんて関係ないよ!」
訪れた沈黙。
肩で息をする私が見た真田くんは――見たことのない昏い目をしていた。
「……そんなこと、軽々しく言っていいのかな?」
熱かった体が、冷房の掛かった部屋で氷水を浴びせられたみたいに一気に冷え込む。荒かった息は落ち着きを取り戻し、涙は止まった。
「その言葉を信じて、僕が茂木さんに何かしたら……困るのは薬の効果が切れた後の茂木さんだよ」
「そ、そんなことない! 私は……っ!」
「困るかどうかを判断するのは、今の君じゃない。……薬の効果だって分かってるけど、余計なことを言って煽るのは止めてくれないか?」
「だって! だって真田くんは何も分かってないから……私だって薬の効果だって分かってからは気持ちを押さえてたよ。でも、惚れ薬がなければ咲弥を好きだったなんて言われたら黙ってられないよ」
精一杯自分の気持ちをぶつける。これが私の本心なんだ。
けれど――。
「でもそれが事実だ」
全然、全く、私の気持ちの1%も伝わってない。
もう、どう伝えていいか分からない。気持ちが大きくなりすぎて、言葉では包みきれなくなっていた。
「……隠しているのか、それとも無意識なのか」
真田くんが無機質な声で言った。私は耳を傾ける。
「茂木さんはいつも伊坂と楽しそうにしてた。惚れ薬で僕に惚れていても、それは一切変わらなかった。……思い知らされたよ。惚れ薬なんかで人の心は動かないって」
淡々と出てくる言葉とは裏腹に、真田くんの顔はなんだかさみし気に見えた。だから……なんだか期待してしまう。
「今から、ずるいこと言うね。………………僕、茂木さんが好きかもしれない」
とても静かだった。理科室の中からも外からも音が消えてしまったみたいだ。だいぶ夢みたいで、でも薬品の匂いがはっきりと現実だと示していた。
泣きそう、と思った時には涙が溢れていた。
「わ、私も……っ!」
ヒクつく喉から絞り出した声は、裏返っていた。
「私も、真田くんが好き!」
「それが聞けて良かった」
私は心からそう言って、真田くんも良かったって言った。なのになぜか、真田くんの顔が曇る。……どうして?
私が感じた疑問は、直後の言葉で語られる。
「いい思い出になったよ。これでもう茂木さんが元に戻っても、今の言葉を思い出して前に進める気がする」
何も通じていない。
そして気付いてしまった。私達の間にできている大きな溝を埋めるには、惚れ薬を解毒するしかない。けれど解毒してしまえば……私の気持ちは消えてしまうかもしれない。
惚れ薬の効果がない状態の私の気持ち。真田くんがずっと気にしていたものだ。
惚れ薬なんか関係ないと口では言いつつも、私は惚れ薬の効果が切れるのを――真田くんへの気持ちを失うことを恐れていた。
なんてことだろう。私はバカだ。
いくら咲弥を好きだと勘違いされたからって、今ある感情だけで突っ走って、変わってしまうかもしれない気持ちを無責任に押し付けてしまうなんて。
話がかみ合わないのは、全部私のせいじゃないか。
自分の愚かさに愕然とし羞恥心がこみ上げてきたその時、ふいに廊下が騒がしくなる。
「いいから、早く来い!」
「痛い! 引っ張らないで下さい! こんなにまでされなくても行きますから!」
「嘘つけ! さっき逃げただろうがっ!」
言い争う男女の声には聞き覚えがあった。
咲弥と鴨川さん……?
「……来たみたいだね」
真田くんがドアに視線をやってそう言ったと同時に、ガラガラと割と乱暴にドアが開けられた。
「ほら着いたぞ! 観念しやがれっ!」
咲弥は突き飛ばすように鴨川さんを理科室内に押しやると、自らも後に続く。
二人はいつもの位置に座った。
「どうしたの? 二人揃って遅れるなんて」
私がそう訊くと、咲弥はニヤッと口角を上げた。
「確認してたんだよ。俺の推理が正しいかどうかをよ。……さぁ、白状してもらおうか」
まるで探偵にでもなったかのように、自信をたっぷり含ませた声でそう言った。……でも、あんたもう答え合わせしてきたんだよね?そんな探偵はいないよ。
鴨川さんは俯いたままで、何も話し出さない。それに痺れを切らした咲弥が、ダンッと机を叩いた。
「いい加減にしろ! たとえお前が話さなくても、俺は真相を知ってんだぞ!? 遅かれ早かれバレることなんだよ!」
「……わたし、悪くないです」
ポツリと零したその一言をきっかけにして、堰を切ったように気持ちを口から溢れさせる。
「わたし、悪い事なんかしてないですよ! 好きな人にアプローチして何が悪いんですか!? 自分が出来ないことをわたしがしてるからって妬まないで下さい!」
身を乗り出して咲弥に怒鳴り返す鴨川さんは、見たことない位の怒りを顔に浮かべていた。つり上がった目には憎しみさえ感じられる。
「……自分から話す気はないってことだな? いいだろう、俺から話してやるよ――お前の計画的狂言をな」
鴨川さんに怯んだ様子もなく、自分が呆れていることを伝えたそうな瞳をして咲弥は静かに口を開いた。
「鴨川の目的は、真田に惚れ薬を作ってもらうことじゃなかったんだ。鴨川は、真田と付き合うことが目的だった。そうだな?」
鴨川さんは縦にも横にも首を振らない。鴨川さんの返答を諦め、咲弥は話を続ける。
「鴨川は、真田と付き合いたくて、真田に惚れ薬を作らせることを思いついた」
「え!?」
思わず声を上げていた。
「普通、好きな相手に作らせる……?」
惚れ薬ってそういうもの? いやいや、薬の効果で好きにさせられてるって分かったら気まずいと思うんだけど。
「伊坂、僕は惚れ薬を飲んでいないよ。飲んだのは彼女自身だ」
「それも鴨川が言い出したことだろ? お前言ってたよな、惚れ薬の効果が出た場合は付き合うって約束をしたと」
驚き、瞠目した真田くんはそのまま視線を鴨川さんへと移した。その視線から逃げるように、鴨川さんは顔を背けた。
「つまり…………なるほど、そいうことか……」
今耳にした内容を飲み込むように、呆然と呟きを落とした真田くん。
「真田も分かったみたいだな。ま、鴨川が俺じゃなく真田に薬を盛っていたら、もっと早く気付けただろうけどな」
「……そうだね。でも、僕に薬を盛っても意味がない。それどころか感づかれる恐れがある。僕が鴨川さんの立場でも伊坂に薬を盛るのが適切と考えるだろう」
「なになに? 話についていけてないんだけど」
二人ばかりが真相へたどり着き、私だけおいてけぼりを喰っていた。「つまりね」と真田くんが言う。
「伊坂なら、惚れ薬で茂木さんを好きになったと錯覚してくれると思ったわけだ。プラシーボ効果を期待したんだろう」
「真田くん……それってどういう」
「わたし、悪くないです」
鴨川さんが消え入るような声でそう言った。それは小さい声ながら、不思議と尊重されるべき響きを持っていたように思う。耳を傾けるあまり、言葉を途中で放り出してしまった。
「わたしは……嘘なんて……吐いてないです。薬を飲んで……薬の効果ではないですけど、……それでも聖先輩が好きで付き合ってるんです。おかしくないです。……わたしは悪い事なんかしてないです」
「え、鴨川さん……今なんて」
「わたしは、ただ聖先輩が好きなだけです! わたしは何も……悪くない」
私の声は鴨川さんの耳には届かなかったようだ。同じ言葉を繰り返し続ける鴨川さんを無視して、気になる点に思考を移す。
――薬の効果ではなく、真田くんを好き?
真田くんも、鴨川さんが嘘を吐いていたと言っていた。
もしかして、それって……。
「惚れ薬で好きになったっていうのは嘘で、本当は惚れ薬を飲む前から真田くんを好きだったってこと……?」
鴨川さんの呪文のような弁解が止まる。キッと強い意志を持った視線が、私に牙をむいた。
「あんたのせいよ! あんたが変なタイミングで出てくるから全部台無しじゃない! どうしてくれるわけ!?」
鴨川さんは態度を一変させた。怒りを持って詰め寄られ、たじろいでしまう。
「もう少しで聖先輩と正式に付き合えたのに!」
「ん? 君の惚れ薬の効果が切れるまでって話でしょ」
「薬の効果じゃないですもん! ずっと好きです! 一生、一緒です!」
狂気を感じた。たぶんもう、鴨川さんはまともじゃない。
鴨川さんは縋るように真田くんの腕を掴んだ。
「……茂木さん」
鴨川さんの腕を丁寧に引きはがして立ち上がった真田くんは、机を迂回して私の方へとやってきた。
「今、僕が何を考えているか分かる?」
「は? え?」
そう言った真田くんは驚くほど、穏やかな表情だった。鴨川さんに騙されていたことを知った直後とは到底思えないほど、優しい目をしている。
「喜んでる……?」
考えるよりも先に、言葉が出ていた。真田くんは微笑みを深める。
「当たり。だって、鴨川さんが惚れ薬の効果を偽装していたっていうのなら……茂木さんが僕を好きなのも、惚れ薬じゃないってことになるでしょ」
「……そ、それって」
「聖先輩!」
大声に驚いて鴨川さんを振り返ると、彼女はすごい形相でこっちを睨みつけていた。けど、不思議と怖くはない。たぶんそれは……真田くんの気持ちに期待しているからだ。まだ真田くんから決定的な答えは貰ってない。でも、ほとんどそれに近いものを受け取っている。その安心感が、恐怖を打ち消していた。
「その女を選ぶんですか?」
「うん」
「わたしと付き合ってるのに?」
「薬の効果がある間と言ったはずだ。あの薬に、人を恋に落とす効果はなかった。僕が君と付き合う義理はない」
「こんなに好きなのに?」
ぐずぐずと泣き声を混ぜながら、必死で言い募る鴨川さんの姿に、胸がチクリと痛む。しかしそれと同時に勝者の快感があるのもまた事実だった。
「――義務や責任で人を縛り付けて付き合おうとする人間を愛せるかどうか、それを想像する力すらないの?」
鋭い、刃物のような言葉だった。声自体に強い感情は聞き取れない。けれど、その言葉は確実に鴨川さんに止めを差していた。
横にいた咲弥も思わず「うわっ」と小声で漏らすほどには、人に深く食い込む言葉だった。
鴨川さんは乱暴に自らの涙を拭い、小走りで理科室の扉へと向かう。出ていく時に「大っきらい!」と絞り出すように言って、そのまま去っていった。
「お前、怒らせると怖いんだな」
咲弥はホッと息を吐きながら言うと、真田くんはコテンと首を傾げた。
「怒る? 別に僕は怒ってないけど?」
「素であれだったら、なお怖いわ! 間違ってはいなかったが、好きな奴にあんな風に言われたら傷つくだろ。……恨まれんじゃねーの?」
最後の部分をからかうような口調で言う咲弥に、真田くんは真面目に頷きを返す。
「だろうね。そのつもりだから」
「あ?」
「だって、あのままだと鴨川さんの恨みが茂木さんに行くかもしれないでしょ。……彼女を守るのは彼氏として当然のことだと思うけど?」
咲弥の口が「あ」の形を保ったまま固まった。私もまったく同じ。
「どうしたの、二人とも?」
「か、かかかかか、彼女って……」
「え? なってくれるよね、両想いなんだから」
彼女。両想い。バラバラの単語が頭の中で飛び交い、状況を理解する。あぁ、そっか。私はこの人に選ばれたんだ。
温かく、安心して涙がでそうな、柔らかな感情。これを幸せって呼ぶのかもしれない。
「茂木さんの気持ちが薬のせいじゃないって分かった今、僕が諦める理由はない。互いに思い合っている二人が付き合わないなんておかしな話でしょ、ね?」
「は、はい!」
「良かった。じゃあ晴れて今日から僕らは恋人同士だ。……悪いね、伊坂」
「っ!? な、なんで俺に謝るんだよ!」
「ん? だって君も茂木さんのこと好きでしょ?」
当然のように言った真田くん。そっか、真田くんはそっちも勘違いしてたんだ。ということは真田くんに、私と咲弥は両想いと思われていたのか。
「す、好きじゃねーよ! そんな暴力鬼女!」
「なんですって?」
言い捨てて逃げ出した咲弥。
それを追うため立ち上がったんだけど……走りだす前に腕を掴まれてしまった。
振り返ったら、思っていたよりも真田くんの顔が近くにあり、心臓が跳ねた。
「いいよ、追わなくて。僕の愛だけで君を満たしたいから……伊坂は邪魔だ」
そのまま唇が重なる。直前に物騒なことを言ったとは思えないほど、それは柔らかくて甘かった。
【完結】私と幼馴染と気になるあの人