秋の実り
一
秋の実りを拾ったところで、季節の何も消えやしない。
肌寒さを感じるくらいに朝が変わり、私が通した袖の長さを目で測る貴方に言える事ばかりを抱えている。音声を正しく認識できるとして、選択した表現が伝える意味を理解できるとして、貴方の中に動くものがあるのかどうか。
電気信号が生み出す幻想だろうが、妄想だろうが、あると思い、その中で生きることに強く囚われるこの世界に生きる者である以上、これは本当と思うことから始めようと言ってくれた貴方。
その貴方自身が選んだ、異世界とも思える機器的な存在の仕方に、戸惑う私がどう応えるべきなのか。
触れれば冷たい肌の代わり。どんな弾丸からも守れる頑丈。どこまでも飛べる、その片方ずつの脚。化学的な光を放つ目に見て取ってしまう貴方という意思。再現される貴方の声のどこにも間違いがないのが悲しくなって、嬉しくなって、悲しくなってを繰り返し、混ざる。こんな気持ち(って、あえて言わせてね)は一体、どんな名前の数値として、貴方の中に表示されるのか。
貴方と同じ選択が出来なかった今の私では、分かることが叶わない世界。
体温の下がり方から認識し、何の迷いもなく着ていた厚手の上着を脱いだ貴方にされるがまま、大きく包まれる私が流さない涙は暖かく消えていく。貴方が吐けない息を代わりに行なっているつもりはないわ。生きている私がすることだから。違う仕方で生きている貴方に必要な力を与える原理、原則を理解して、私が回す機械には、何の説明も貼られていない。それは口頭で行われ、忘れたとしても一言一句違わずに、何度でも、聞くことができる。全てを覚えた私が諳んじて、傍に居てくれる貴方が微笑みを絶やさずに聞いてくれる大切な事。
うろこ雲が浮かべば秋の季節、より冷たくなる水に触れていく季節。土の汚れは気にならないわ。私の服は洗えばいいし、貴方については綺麗に拭ける。ぴかぴかに輝く。お礼を言われる。どういたしましてって、もう何度も言った。私は記憶しているよ。貴方の中にも記録されているはずだもの。
私たちが好きな季節。過去は埋めて育てるの。貴方が教えてくれた事よ。私がそれを行なっているだけ。
手を差し伸べてくれる貴方を掴み、渡る川の向こう側。山の色合いはほんの少しだけ、前の季節を引きずっている。ねえ、あの木の名前を教えてくれる?この草の名称は、今から言うもので合っている?これは食べられるもの?そうでないもの?貴方が言うことは信じるわ。だって、それが私の意思だもの。
検証済みのマークにする落書きに費やす一時間と、私のお腹が鳴る世界。そろそろ立ち上がって、徒歩できちんと帰ろうか。
大きな樹々をなぎ倒し、小さな両手で地面を掘り起こし、地団駄を踏んですべてを固め、植えられる種も、とび跳ねる虫も、何もかも、居なくなる。
ひと昔前、山に入るといろんなところで見かけた看板が寝転がり、何百回も巡った死と再生が実り実って、元に戻ったみたいに新しくなった。何かが増えて、何かが減ったんだろうけど、私には区別がつかない。きっと、貴方の目には可能な限り、最小の単位でその正しい結果が現れているんだと思う。それについて、私が言いたい気持ちはない。ニンゲンをした文句なんて付けやしない。ただね、貴方からもっと話して欲しい。必要であるか、ないかとか、そういう合理は置いて、仕舞って、みてごらん!とでも声を出して欲しい。その指し示す方向に、私がこの顔や目を正しく向けるから。そうして、私が驚きの声を短く上げれば、十に満たない数羽の生き物が飛び去って、世界は色めき、賑わう。
共有できたらいいのにね、今、こうして見えている私の世界。
一番新しい枯れ木を束にして両手に抱え、貴方と私、二人が進む道筋に木の実を植えるリス(貴方のげっ歯類)は駆け足に次の季節を生きている。長い尾が羨ましいと思っていた私の理由を未だ知らない背中に、追いついてしまう歩み。
いつか、私が貴方より進んだ在り方になってしまっても、そして貴方が廃棄という名の去り方を強いられたとしても、その時の私は貴方を選び、生むでしょう。私の思いとしてプログラミングする。そういう予約を実は済ませているの。そう言ったら、信じてくれるのかしら?
貴方の中で動く仕組みのどこかにあるはずの、何かに誓って。
大きな、大きな秋の欠伸。
秋の実り