第8話−25

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 父の記録を脳内で再生したビザンは、他から見れば水の球体に口づけしているだけかのように見えるが、水分子に記録された莫大な情報を脳内へ吸い込み、人間では考えられない勢いで情報を処理、膨大な記録の中から、彼の探し求める答えを探した。

 少し口づけした後、脳内で父が記載したある記録に意識が止まった。

「水は生きている。わたしはそう確信を抱いている。あの惑星ムーノでの体験から、それが合理的な答えだと結論づけた。その体験をここに記録しておくことにする。病の兆候が次第に現れ始めた。いつ、わたしの脳が論理を失うかわからない。
惑星ムーノはほとんどの成分が水分子で構成され、赤道面が13フェザガタ(フェザは万、1ガタ1000メートル)の惑星である。鉄、銅を主成分とした島と呼べるほどの陸地しかなく、海中の深さは2フェザガタを超えていた。
わたしは惑星ムーノを管理する小規模なトルユ文明の族長議会に依頼され、海底調査を行うことになった。彼らは長年、水は神だと信じ水を大事にする風習があったのだが、文明が近代化したことから初めての海底調査が議会で承認され、その調査に私が選ばれた。
わたしは『生命の住処』と現地では呼ばれている海溝からまず調査を始めることにした。今でも最初にターミナズで潜ったあの美しい水中の光景は忘れられない。これまでに観測したことのない水生生物を幾種類発見したことだろうか。
だがそれよりもわたしが驚いたのは、海底に遺跡を発見したことである。水深1フェザガタでのことだ。そこには岩の壁面があり、2つの支柱に支えられた石の天井。遺跡と思しき場所への入り口であった。ターミナズの年代測定では70フェザという年月が経過していた。だがおかしいのだ。惑星ムーノにトルユ文明が興ったのは40フェザの年月である。30フェザもの歳月の差が出たことに、わたしは驚愕した。惑星ムーノにはトルユ文明以外に文明はなく、全身が緑がかったスライム状のトユル人以外に知的生命体は発見されていない。しかもトルユ人は地上生物であり、この深さまで潜る術も持ってはいない。これは何らかの発見が見込まれると、わたしは焦る気持ちを押さえきれず、高水圧水膜を全身に張り巡らせ、ターミナズから飛び出すと、子供のような気持ちで遺跡の入り口に立った。大きな柱はターミナズの分析では銀で作られている。腐食もなく、表面には文字らしき物が彫り込まれていたがターミナズの分析でも、どこの言語なのかいつ頃の言語なのか結局は不明だった。わたしはピクル(ライト)を空中に浮かべ、先へ進んだ。すぐに石の地面は下へ階段となって降りていける構造となっていた。不安。暗闇の中を降りていくのだからそうした気持ちがわたしの理性を狂わせようとしているのが感じられたが、それを抑え込み先に進んだ。階段には砂埃が積もっており、階段を踏む都度、水中に塵が舞って視界を奪う。それでも20歩くらい進んだところで階段は終わり、その先には上下左右が銀色に輝き、入り口で見た柱の文字と同じ文字が刻まれていた。わたしは興奮しながら壁に手を当てた時、前方から激しい光が指してきた。実はその先から記憶が曖昧で、どこで何かをしたのは覚えているものの、どこで何をしたのかまでは覚えていない。ただターミナズに戻らなかった約1日の空白で、わたしは2つの銀色のキューブを見たことだけははっきりと覚えている。
もしわたしが何もわからなくなった時、この記録を眼にした者に、わたしが何を体験しなぜ水に意思があると自然に考えるようになったのかを解明してほしい。
以上、記録を終了する」

 父グザの記録はここで終了していた。
 
 水の球体から唇を離したビザンは、その足で研究室の硬化水分壁の扉を抜け、凄まじい速度の泳ぎで父の待つシェルターへと向かった。

第8話-26へ続く

第8話−25

第8話−25

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-25

CC BY
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