第9話-2
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穴を抜けた先には白い階段が縦横斜めに入り組んだ、不思議な世界が広がっていた。
そこはアニラが創造した空間であり、彼女の意思で出入り口を作らなければ、外へ出ることはできない。
イ・ヴェンスは穴が閉じるのを確認すると、息苦しさに耐えられず、階段の踊り場に筋肉の巨大を横たえた。
筋肉の腕から開放されたドヴォルはしかし、身体のど真ん中に巨大な穴が空いており、すでに意識を保つのもやっとの状態であったが、まだ息絶えることなく、生きていた。
「これしきのことで、こんなことで我が願いは潰えない」
ドヴォルは叫ぶ。
半身の動かないアニラはただ、前世、別の宇宙で兄と読んでいた男が叫ぶのを、じっと見つめていた。
「わたしは、わたしは認められるのだ。学会に、世界に」
唸るように叫ぶドヴォルの声はしかし、ただアニラの作った階段だらけの空間に響くだけであった。
「終わりなのよ、兄さん。貴方の世界はもうない。前世は戻ってこない。前に進むしかないのよ」
少しずつではあるが彼女は息ができるようになっていた。ドヴォルの能力が薄れている証。つまりドヴォルの命が消えようとしていることを示していた。
「800年だ。800年、わたしはこの肉体で生きてきた。長寿の種族とは退屈なものだ。私は研究者としてあらゆることを研究した。だが何一つ成果をだせなかった。800年も生きて何一つだ。種族も宇宙もこの肉体を構成した親という存在もすべてを失った。わたしが産まれた惑星も水が豊かな惑星だった。特にわたしが生きた街は水がきれいだった。現世でもわたしは水から離れることはできなかった。
800年、わたしは認められることを夢見て生きてきたがなにも実らなかった。だからすべてを壊すと誓った。わたしの産まれた意味を、宿命を受け入れた。妹よ、なぜ邪魔をする」
ドヴォルは灯火をまだ消さずに、叫び続けた。
「わたしの両親はわたしを嫌っていた。子供の頃から打たれたことはあっても、褒められたことは一度もなかった。トチスは脊髄に針を突き刺して電気信号を脳に直接送り込むことで学習をする。わたしも科学者を目指したけど、成果はでなかった。親はガッカリするどころか学費をわたしに支払えと言ってきた。その日、わたしは家を出た。そしたら空から隕石が堕ちてきて、世界は終わった。黒い津波が宇宙空間すべてを呑み込んで、わたしが生きていた宇宙は消えたのよ。
わたしだって何一つ成果なんて出せていない。それでも前に進むしかないじゃない」
オレンジ色の瞳にうっすら涙を浮かべ、アニラは叫んだ。
倒れ込んで、息の荒いイ・ヴェンスは前世の息子を見上げ、呟くのがやっとだった。
「必死に生きたのか」
「ああ、生きたさ。わたしなりに必死に。だからここに居る、お前たちと」
イ・ヴェンスは静かに微笑んだ。
「必死に800年も生きたのなら、素晴らしい人生だったと言えるんじゃないか。それは一つの成果、お前という生命の成果だ」
ドヴォルは首を何度も横に振った。
「いらない、そんな形のないものは成果ではない。いらない」
そう叫び腕を倒れているドヴォルの顔にかざすと、アジア人の顔は蒼白になり、呼吸が停止した。
「兄さん」
叫んで近づこうとするトチス人にもドヴォルは透明な手のひらを向ける。すると彼女の呼吸は停止し、その場に倒れ込んだ。
最後の力を出し切ったドヴォルも膝から崩れ折れ、前世の父親の肉体に倒れ込んだ。
アニラの死によって空間は永遠の閉鎖された場所となった。
前世、親子だった3人の遺体はそこで永遠に残るのだ。誰もしらない場所に。
第9話-3へ続く
第9話-2