僕の大切な理想
仮に僕がもしここで倒れていたとしても、
誰が助けてくれるというのだろう。
僕の自宅へと続くこの道は人通りもあまり多くはなく、
何よりも知り合いがあまりいない。
今どきの世の中、道路の真ん中で倒れ込んでいる人を見ようが、
何よりも恐怖が一番に先行して、
助けるという選択肢が考えに浮かぶ確率も少ないと思う。
それが仮に知り合いだったとしても、
単に顔を見知っているだけであまり親しくもない間柄であれば、
助けるかどうか疑問を抱くところだ。
何が言いたいかというと、世界は殺伐としていると言うことだ。
何がどう起こってこうなったのかは、自分には分からないが、
今の世の中は殺伐としている。そうして僕は、現代人である。
まだ、20歳である。近所のおばさんの話すところによれば、
「××ちゃん(←男であるが。)は、若いのに暇そうねぇ。」
と、言うことである。別段、反論する術も持ち合わせてはいない。
けれども、これでいいのかと思う。
本当に、このまま自立して大人になってしまっても、いいのか。
大した大人になる自信などは、微塵もない。
自分には成すべき事がまだ、何も見つかっていないのだと思う。
成すべき事など何もなくても、皆仕事をして働いているのだ、
と見ず知らずの誰かは言う。けれども、
ただ金を作って家に帰って食って終わるだけの日常なら、
誰も働かず、家にいた方がいいと思うだろう。
そこにはきっと、理想があるのだと思う。
自分はこうなりたい、こういう家に住みたい、
こういう生活をしたい、そこそこ裕福になりたい、
苦労したくない、苦痛を抱え込みたくない、
誰かと一緒に暮らしたい、大切な人と。
それだけの理想とある程度の固まった現実があって、
はじめて人間は社会へと足を踏み出すことができるのだろう。
それから、だ。大人になって歩き出せるのは。
まだ、自分には大切な何かもない。守るべき理由もない、
守るべき何かもない、大事な心の寄る辺もない。
ただ感情は空白の中をただただ彷徨って、
理想もなく確固たる現実もなく、凡庸と漂っている。
こんな僕だからこそ、守るべき大事な何かが欲しいのだ。
大切な守るべき何かが。
と。携帯が突如振動し始めた。ポケットから取り出すと、
それは親しい彼女からの連絡だと分かる。
僕は通話のボタンを押して、彼女の声へと耳を傾ける。
「さっき、終わったの。大丈夫、健康だって。」
僕は、感激して涙が頬を伝わっていった。
そう。僕には、守るべき大事な何かが、━
新しい生命が、生まれたのだ。
彼女が、妊娠した。
僕の大切な理想
僕は、勢いよく足を走らせて、自宅へと戻った。
働いて長年貯めたお金で買った、自家用車へ向けて。
乗り込んで、エンジンを忙しくかけて、発進させて。
彼女の待つ、病院の前へと。
僕は、愛する大事な人達のもとに、急いで行った。